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15話〜ハデス〜
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15話~ハデス~
「…まったく…なんなんだ。」
魔王として魔界を治めてからこんなに馬鹿にされたのは初めてだ。
愛する人と結ばれる喜び。ちょっとハメを外しただけじゃないか。こんなことになると分かっていれば酒など飲まなかった。
「…ふふふ…。」
カシュバール家屋敷の中庭。先を歩くメリンダはこちらを振り返らず真っ直ぐに進んでいく。やっと二人きりになれたというのに、彼女は何も喋らない。
「……。」
俺もまたなんと声をかければいいのか、よく分からなかった。呆れているだろうか。謝りたいが、一体なにから謝るべきなんだ?
月の光に彼女の長い髪がキラキラと輝く。ずっと…その髪に触れたいと望んできたのに。
* * *
俺は生まれつき魔力が強く、幼い頃は周りの心の声を聞く能力を制御できなかった。
「私の可愛いハデス。本当にいい子ね。」
『目つきが悪いのは父親似かしらね。可愛くない子だこと。』
「お前は自慢の息子だ。」
『お前なんかに魔王が務まるのか?我が息子ながら不気味なやつだ。』
両親からの言葉とは裏腹な心を感じながら、俺は魔王になるための教育を受けた。
愛されたいと思ったことは無い。他人とはそういうものなんだと思っていた。本音と建前を使い分け、皆生きている。
魔族が人間との戦争を始めたのは、ずっと昔の話だ。父王の前、先代の魔王のさらに昔から戦争は続いていた。魔族への差別や迫害、きっかけなどもう誰も覚えていない。
成人し魔王の座を継いだ俺は、戦争もそのまま引き継いだ。人間に興味はなかったが、戦争を止める理由も思いつかない。
何事にも興味がなかった俺を変えたのは、もちろん彼女だった。
メリンダが生まれた日のことは、今でも鮮明に覚えている。
俺たち魔族は他人の魔力を感じ取ることができる。魔力が強ければ強いほど、それは鮮明に見えるのだ。
メリンダは眩いほどの魔力を放ちながら生まれてきた。黄金色の光を放つ赤子を、俺は魔界から鏡を通して見ていた。
美しい。ただただそう思った。
誰かを綺麗だと思うことも、それが人間だということも、忘れてしまうほど彼女に見惚れていた。
メリンダはたくさんの愛情を受け、すくすくと成長した。人間界を覗く鏡を見るのが俺の日課になっていた。
しかし、どこか冷めてもいたのだ。結局彼女も他の奴らと変わらない。本音を心の内に隠し、汚い言葉を吐くようになる。
そう思いながら、俺は気持ちを抑えられなくなっていた。
彼女に会いたい。別に認識されなくてもいい。鏡越しではなく、メリンダをこの目で見たかった。
12歳になったメリンダは社交界デビューを果たした。子どもから大人へ。少しずつ大人っぽくなっていく彼女は美しいドレスを身に纏い、大きな会場で父親とダンスを踊っていた。
「メリンダ様、社交界デビュー心よりお祝い申し上げます。」
貴族たちに紛れ、俺は夜会に忍び込んだ。人間の姿をした俺を怪しむ者はいなかった。
「ありがとうございます。」
ずっと見つめていた彼女が目の前にいる。その笑顔を間近で見られただけで嬉しくなった。
『この方はどなただったかしら?お父様のお知り合い?』
俺はわざと彼女の心を覗いた。彼女は他とは違う。いや、結局彼女も他の奴らと一緒だ。そんな不安と期待が入り混じっていた。
「メリンダ様は魔族との戦争についてどう思われますか?」
祝いの夜会には不似合いな話題。一瞬キョトンとした顔をしたあと、彼女は微笑んだ。
「戦争で傷つく方がいなくなることを願っています。人間も魔族もこの世界で生きる者同士なのですから。いつか必ず分かりあえると信じております。」
『もう少し、私がもう少し大人になったらこの治癒の力を傷ついた方々に使おう。人も魔族も関係なく、助けられる方を全て助けたいの。そんなことを言ったら、馬鹿にされてしまうかしら?』
そのまま俺はその場を離れた。彼女は不思議そうに首を傾げていた。
その後、彼女の心を何度も覗いた。しかし、彼女の心から汚いものを見つけることはできなかった。
俺は震えた。この世にこんなにも美しい人がいるのだ。
自分の想いが恋だと気づいたのはその時だった。
* * *
「メリンダ…俺は…ずっと君だけを見てきた。嘘じゃない。まだ…怒ってるか?」
振り向いたメリンダは眉間に皺を寄せ、ひどく険しい顔をしていた。
「本当に、ごめん。」
頭を下げた俺に、彼女は何も言わない。しかし、しばらくすると彼女の笑い声が聞こえてきた。
「しばらくは禁酒です。」
「わかっている。もう酒は飲まない。」
「まずは城の皆さんの誤解を解かないといけませんわ。」
「必ず誤解を解く。俺にはメリンダだけだ。」
顔をあげると、彼女は月の明かりに照らされ女神のように笑っていた。
「本当に私だけだと誓ってくれますか?」
差し出された右手。その場に跪き、その細い手をとる。
「メリンダだけを愛している。今までもこれからも永遠に。」
手の甲にそっと口づけた。これが俺と彼女の初めての口づけだ。
「次に浮気したら、絶対に許しませんからね。」
「…まったく…なんなんだ。」
魔王として魔界を治めてからこんなに馬鹿にされたのは初めてだ。
愛する人と結ばれる喜び。ちょっとハメを外しただけじゃないか。こんなことになると分かっていれば酒など飲まなかった。
「…ふふふ…。」
カシュバール家屋敷の中庭。先を歩くメリンダはこちらを振り返らず真っ直ぐに進んでいく。やっと二人きりになれたというのに、彼女は何も喋らない。
「……。」
俺もまたなんと声をかければいいのか、よく分からなかった。呆れているだろうか。謝りたいが、一体なにから謝るべきなんだ?
月の光に彼女の長い髪がキラキラと輝く。ずっと…その髪に触れたいと望んできたのに。
* * *
俺は生まれつき魔力が強く、幼い頃は周りの心の声を聞く能力を制御できなかった。
「私の可愛いハデス。本当にいい子ね。」
『目つきが悪いのは父親似かしらね。可愛くない子だこと。』
「お前は自慢の息子だ。」
『お前なんかに魔王が務まるのか?我が息子ながら不気味なやつだ。』
両親からの言葉とは裏腹な心を感じながら、俺は魔王になるための教育を受けた。
愛されたいと思ったことは無い。他人とはそういうものなんだと思っていた。本音と建前を使い分け、皆生きている。
魔族が人間との戦争を始めたのは、ずっと昔の話だ。父王の前、先代の魔王のさらに昔から戦争は続いていた。魔族への差別や迫害、きっかけなどもう誰も覚えていない。
成人し魔王の座を継いだ俺は、戦争もそのまま引き継いだ。人間に興味はなかったが、戦争を止める理由も思いつかない。
何事にも興味がなかった俺を変えたのは、もちろん彼女だった。
メリンダが生まれた日のことは、今でも鮮明に覚えている。
俺たち魔族は他人の魔力を感じ取ることができる。魔力が強ければ強いほど、それは鮮明に見えるのだ。
メリンダは眩いほどの魔力を放ちながら生まれてきた。黄金色の光を放つ赤子を、俺は魔界から鏡を通して見ていた。
美しい。ただただそう思った。
誰かを綺麗だと思うことも、それが人間だということも、忘れてしまうほど彼女に見惚れていた。
メリンダはたくさんの愛情を受け、すくすくと成長した。人間界を覗く鏡を見るのが俺の日課になっていた。
しかし、どこか冷めてもいたのだ。結局彼女も他の奴らと変わらない。本音を心の内に隠し、汚い言葉を吐くようになる。
そう思いながら、俺は気持ちを抑えられなくなっていた。
彼女に会いたい。別に認識されなくてもいい。鏡越しではなく、メリンダをこの目で見たかった。
12歳になったメリンダは社交界デビューを果たした。子どもから大人へ。少しずつ大人っぽくなっていく彼女は美しいドレスを身に纏い、大きな会場で父親とダンスを踊っていた。
「メリンダ様、社交界デビュー心よりお祝い申し上げます。」
貴族たちに紛れ、俺は夜会に忍び込んだ。人間の姿をした俺を怪しむ者はいなかった。
「ありがとうございます。」
ずっと見つめていた彼女が目の前にいる。その笑顔を間近で見られただけで嬉しくなった。
『この方はどなただったかしら?お父様のお知り合い?』
俺はわざと彼女の心を覗いた。彼女は他とは違う。いや、結局彼女も他の奴らと一緒だ。そんな不安と期待が入り混じっていた。
「メリンダ様は魔族との戦争についてどう思われますか?」
祝いの夜会には不似合いな話題。一瞬キョトンとした顔をしたあと、彼女は微笑んだ。
「戦争で傷つく方がいなくなることを願っています。人間も魔族もこの世界で生きる者同士なのですから。いつか必ず分かりあえると信じております。」
『もう少し、私がもう少し大人になったらこの治癒の力を傷ついた方々に使おう。人も魔族も関係なく、助けられる方を全て助けたいの。そんなことを言ったら、馬鹿にされてしまうかしら?』
そのまま俺はその場を離れた。彼女は不思議そうに首を傾げていた。
その後、彼女の心を何度も覗いた。しかし、彼女の心から汚いものを見つけることはできなかった。
俺は震えた。この世にこんなにも美しい人がいるのだ。
自分の想いが恋だと気づいたのはその時だった。
* * *
「メリンダ…俺は…ずっと君だけを見てきた。嘘じゃない。まだ…怒ってるか?」
振り向いたメリンダは眉間に皺を寄せ、ひどく険しい顔をしていた。
「本当に、ごめん。」
頭を下げた俺に、彼女は何も言わない。しかし、しばらくすると彼女の笑い声が聞こえてきた。
「しばらくは禁酒です。」
「わかっている。もう酒は飲まない。」
「まずは城の皆さんの誤解を解かないといけませんわ。」
「必ず誤解を解く。俺にはメリンダだけだ。」
顔をあげると、彼女は月の明かりに照らされ女神のように笑っていた。
「本当に私だけだと誓ってくれますか?」
差し出された右手。その場に跪き、その細い手をとる。
「メリンダだけを愛している。今までもこれからも永遠に。」
手の甲にそっと口づけた。これが俺と彼女の初めての口づけだ。
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