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ステラⅢ
15 魔女の囁き
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部屋のベッドに腰掛けて、ボーッと壁を見つめていました。
何かをする気力がなく、そこからしばらく動けませんでした。
お昼を過ぎた頃、ドアがコンコンとノックされるまでは。
「ステラ、ちょっと食堂に来い」
ギデオン様の声でした。
それを告げると、足音はさっさと遠ざかって行きます。
言われた通りに食堂に向かうと、カウンターの向こうの厨房内にギデオン様の姿がありました。
「そこに座れ」
昼食の時間が終わり、片付けも済んで一段落した食堂内は、私達以外誰もいません。
長椅子に座ると、すぐに、向かい側にギデオン様も座りました。
「ステラ。まずは飲め」
ドンと目の前に置かれたのはお酒……ではなく、樽型のジョッキに入った蜂蜜ミルクでした。
ホカホカと湯気が立っています。
ここに来たばかりの頃、ギデオン様はよくこれを作って飲ませてくれました。
ひと口飲むと、優しい甘さと一緒にお花の香りも口の中に広がって、お腹がぽかぽか温まってきます。
「美味しいです」
「それはそうだろう。俺の魔法で、丹精込めて作ったやつだからな」
当然だと言うように、ギデオン様の表情は動きません。
「それで、何があった?ディランに何かされたのか?」
「いえ!ディランさんは何の関係もありません!」
「あいつの前で百面相しているステラは悪くなかったが、今は死にそうな顔をしているぞ。いつも言っているだろ。魔法の暴走を防ぐために、健全な心を保てと。お前は大量殺人者になりたいのか」
「ごめんなさい……」
不測の事態に陥り、私が無関係な人を殺めてしまう事を、ギデオン様はいつも心配してくれていました。
その為に、徹底的に修行されたのです。
「いつも、いつも、ごめんなさい……無理矢理押しかけた私が元気に生きてこられたのも、ギデオン様が保護者になってくださったからで……迷惑をかけてごめんなさい」
「お前は、俺に負い目を持つ必要はない。庇護する対象は、どうやら俺にこそ必要だったみたいだからな。ジェレミーもそう思ったから、あっさりとお前を俺に押し付けたんだ」
顔を上げてギデオン様を見ました。
心配してくださっているというのに、見せているのは、会った時と変わらず不機嫌顔。
笑った顔なんかほとんど見た事がありません。
額の真ん中を、グッと寄せて。
でも、それはギデオン様の優しさの裏返しです。
「お前は俺の弟子で、娘で、いいんだ」
「でも、こんな大きな子供がいて……ギデオン様が、シャーリーさんにフラれたら責任感じます……」
「生意気だ。俺よりも、お前の事だ」
「その事なのですが、ギデオン様。私、ここに来た経緯をディランさんに話すことにしました。それで、悩んでいる事が少し解消されると思います。この前言ったみたいに、もしディランさんが……」
「わかった、わかった。守ってやるよ。まず、お前。それからディラン。アレは頑丈だから、それで十分だろ」
「ありがとうございます」
「俺はやりかけの事を終わらせてくる。お前はそれをちゃんと飲んで、晩飯はしっかり食べろ」
「はい。ありがとうございました」
ギデオン様の背中を見送って、ジョッキを空にすると、厨房内でそれを洗って隅に逆さにして置きました。
底にはしっかりギデオン様の名前が書かれていたので、思わず笑ってしまいます。
マイジョッキを使っているのかと。
部屋に戻るべく食堂から出ようとしたところで、今度はディランさんが出入り口にいて驚きました。
終業にはまだ時間があります。
心配そうに私を見ていました。
「ディランさん……仕事してください……」
「王太子殿下から直々に命令が下った。婚約者が激怒しているから、自分を助けると思ってフォローに行ってくれと」
「どんな命令ですか……」
不思議な命令はともかく、アリソン様が私の為に怒ってくださっている事には、感謝の気持ちでいっぱいでした。
「ディランさん、もしよければ、少し時間をもらえますか?伝えたい事があります」
「お前に時間を使う為にここにいるんだ」
ディランさんなら、必ずお姉様の事を一番に考えた上で、どうすればいいか教えてくれるはず。
「ディランさんに見てもらいたいものがあります。でもそれは私の部屋から出したくはありません。ディランさん、一緒に来てもらえますか?」
詳細を省いても、ディランさんは何も聞かずに私と一緒に部屋まで来てくれました。
部屋にディランさんが入ると、とても狭く感じたものですが、人を招いた事がないので、おかしな所はないかちょっとだけ心配になりました。
背後に立つディランさんに見守られながら、大切な物を入れている保管箱を開けると、革表紙の日記と、飴の入っていた缶が並べられていました。
10年前、ディランさんから貰った四角い缶です。
うっかりしていました。見られたら恥ずかしいと、慌てて缶を手に取って、ローブの内ポケットに隠します。
「ステラ……」
「はい……」
「古い物は口に入れるなよ」
「違います!もう、中身はとっくの昔に空です!ただ、蓋を開けた時の甘い匂いが好きなだけです!それに、ディランさんを思い出すからっ……」
思わず口が滑ってしまい、それを聞いたディランさんは驚いたように私を見ています。
「どうぞ!私が話すよりも、読んでもらった方がいいと思います!」
バンっとディランさんの胸に日記を押しつけて、誤魔化しました。
一つだけある机の椅子を勧めて、私はベッドに腰掛けます。
ディランさんは特に何も言わずに、日記を読み始めました。
最近もらった飴のガラス瓶は、まだ中身が入っていて、机の上に置かれています。
ディランさんはそれに気付いているでしょうか。
沈黙が続きます。
その間、ずっと、ディランさんは、お姉さまからの求婚をどうするのかと考えていました。
お姉様からの気持ちを蔑ろにするとは考えにくいです。
お二人は結婚されるのか。
ディランさんは、お姉様の事を愛しているのか。
お姉様は……シリルにぃ様の事をどう思っているのか……
また気持ちが沈んでしまいそうになりましたが、すぐに気持ちを切り替える必要がありました。
ディランさんは速読ができるのか、短時間で日記を読み終えていたので。
パタンと日記を閉じたディランさんが、椅子に座ったまま、私に向かい合うように体の向きを変えました。
自然と、自分の背筋が伸びます。
「この日記の真偽はともかく、お前はこれを見つけて、その内容を知って、エステルの為に隠そうとしたと、その認識でいいんだな?」
「はい」
「で、それでもエステルの事を姉と思っているんだな?」
「はい」
ディランさんは、ジッと私を見つめてきます。
何を思っているのか。
エステルお姉様の事を考えているのはもちろんなのでしょうけど、
「悪かった。お前一人に抱え込ませて」
意外な言葉でした。
「どうして、ディランさんが謝るのですか?」
お姉様の代わりにと言う事でしょうか?
でも、お姉様も何も悪くありません
「謝らなければならないのは、私です」
「お前は何も悪くない。訳もわからない内に、言葉も違うような遠い異国に連れてこられて、置き去りにされて、怖い目に遭わされて、痛い目に遭わされて、一人で大人達の事情まで押し付けられて、お前は今日まで、一人でたくさん頑張ってきたんだ」
「……一人じゃなかったです。ギデオン様が私を育ててくれたから……改めて、それがわかりました」
「ああ、そうだろうな。ああ、くそっ。ステラは、確かによく笑うようになった。初めて出会った時は、とにかく怯えていて。お前の笑顔を引き出したのが、この魔法士団とそしてギデオンだと思うと……」
ディランさんはとても悔しそうな顔をしていました。
「ええっと?あの、それで、あの森でディランさんと会う前に、私は怖い大人達から逃げていました。その日記に出てくる女性からです。男爵家の使用人と、その人が一緒にいて、その時にその女性、怖い魔女から呪いを受けて……」
秘密がバレる前に殺せと言われたと話したところで、ディランさんは殺気を撒き散らしたので、私の方が冷や汗をかいてしまいます。
「当時、男爵家に勤めていた使用人はほぼ全員辞めさせられている。どこで何をしているかは、念のため確認をとっておく」
「お手数をおかけします」
「お前に呪いをかけた魔女までいやがるのか。男爵家……いや、カティック伯爵家と関係しているのか。エステルの出自については、一旦置いておくとして」
魔女の家に来なさい
「それで、その日記に記されている場所に行ってみたいと思っています。オードリー様が、魔女と出会った家です」
「お前が行きたいって言うなら付き合うが、何があるんだ?」
「お願いします。確認したい事があります」
その言葉だけで、すぐにディランさんは実家に帰る際に利用している転移ゲートに案内してくれました。
ミナージュ辺境伯領と王宮を結ぶもので、有事の際に王家の方々が利用されるそうです。
ミナージュ家の者はそれをいつでも利用する事ができるそうで、覚えのある感覚に包まれると、瞬く間に見知らぬお屋敷が建つそばに出ていました。
「その場所はロット領になるだろう。こっちだ。馬に乗って移動する」
突然厩舎に現れたディランさんを見て、馬丁の方が驚かれていましたが、すぐに馬を貸していただき、海からは離れた場所にある目的地へと向かいました。
そこはすぐに見つけることができ、廃墟のようで、人の気配はありませんでした。
「こんな場所がロット領にあったんだな。ここに、何があるんだ?」
二階建ての大きな建物の入り口に立ちます。
入り口は、数段の階段を登った先にありました。
ディランさんは、警戒するように中を見渡しています。
「うちの別荘に似ているな……」
ディランさんの呟きが聞こえましたが、私には、タリスライトの家にしか見えませんでした。
お母さまが呼んでる……
その声に引き寄せられるようにフラフラと歩いて行こうとすると、
「バカ、足元をよく見ろ!」
腕を掴まれていました。
耳元で聞こえたディランさんの怒鳴り声に、よく見れば、床は穴だらけです。
今の今まで気付かず、どうしてと、気付かない方がおかしいのに。
幻覚作用のある何かが、この場に影響を及ぼしているのか、私の頭は混乱していました。
朽ちた様子の廃墟なのに、タリスライトの家にも変わらず見えて、私、どうしてこんな危険な場所にディランさんを連れて来たの?
私は私の意思でここに来たわけじゃない。
ずっと、魔女に呼ばれていて、それに気付かずに、ディランさんをここまで連れて来てしまって……
そもそも、呪いなんか解く気はなかった。
お姉様の秘密は誰にも言わないつもりで、ディランさんにも言うつもりはなかったのに、私は、いつから、私の意思で行動していないの?
魔女は私の事を見ていたのに。
もっと慎重にならないといけなかったのに。
貴女を苦しめる者は消すの
全部、消してしまうの
その方が楽になれるでしょう?
「ごめんなさい……ごめんなさい……ディランさん……」
酷い頭痛がして、頭を抱えて座り込む。
廃墟の中に数歩入った所で、足が凍りついたように動かなくなっていました。
キーンと耳鳴りがして、何も考えられなくなって。
ディランさんが何か言っていても、それは声として私の耳には届かなくて。
体が浮き上がったかと思うと、ディランさんは私を肩に担ぎ上げ、数段の階段を一気に飛び降りていました。
誰がそれを放ったのか、背後からいくつもの氷柱が襲いかかってきますが、それを器用に避けたディランさんは、廃墟を飛び出して、繋いでいた馬の元へと戻ろうとされていました。
あと少しというところで、
「お姉様のものになるくらいなら……」
私の口が勝手に動く。
いつの間にか、手の中に握られていた黒い剣。
蔓のようなものが巻き付いて、私の腕とその剣は繋がっています。
それを握りしめて、おもむろに、何の躊躇も無くディランさんの背中に突き刺さしていました。
背中側から胸にかけて刃は簡単に貫通する。
すぐ近くで聞こえた呻き声。
人の体を傷付ける、初めての感触。
それは、生々しく、はっきりと伝わってきました。
肌を裂き、筋を絶ち、血管を破り、骨を削り、肺を貫く感触が。
足を止め、呆然と胸を見つめるディランさんから、剣を抜き、体をひねるようにして地面に立つと、また傷付けるために剣を向けていました。
胸を押さえる指の間から、赤い血が溢れ出ているのが見えます。
「心臓……刺し損なった。早く貴方を殺して、次はお姉様を殺しに行くの」
また、口が勝手に動く。
あの騎士はもうすぐ死ぬ
貴女のせいでね
魔女が楽しげに囁く。
ヤメテと、いくら叫んでも、人形のような自分の姿を眺めることしかできませんでした。
何かをする気力がなく、そこからしばらく動けませんでした。
お昼を過ぎた頃、ドアがコンコンとノックされるまでは。
「ステラ、ちょっと食堂に来い」
ギデオン様の声でした。
それを告げると、足音はさっさと遠ざかって行きます。
言われた通りに食堂に向かうと、カウンターの向こうの厨房内にギデオン様の姿がありました。
「そこに座れ」
昼食の時間が終わり、片付けも済んで一段落した食堂内は、私達以外誰もいません。
長椅子に座ると、すぐに、向かい側にギデオン様も座りました。
「ステラ。まずは飲め」
ドンと目の前に置かれたのはお酒……ではなく、樽型のジョッキに入った蜂蜜ミルクでした。
ホカホカと湯気が立っています。
ここに来たばかりの頃、ギデオン様はよくこれを作って飲ませてくれました。
ひと口飲むと、優しい甘さと一緒にお花の香りも口の中に広がって、お腹がぽかぽか温まってきます。
「美味しいです」
「それはそうだろう。俺の魔法で、丹精込めて作ったやつだからな」
当然だと言うように、ギデオン様の表情は動きません。
「それで、何があった?ディランに何かされたのか?」
「いえ!ディランさんは何の関係もありません!」
「あいつの前で百面相しているステラは悪くなかったが、今は死にそうな顔をしているぞ。いつも言っているだろ。魔法の暴走を防ぐために、健全な心を保てと。お前は大量殺人者になりたいのか」
「ごめんなさい……」
不測の事態に陥り、私が無関係な人を殺めてしまう事を、ギデオン様はいつも心配してくれていました。
その為に、徹底的に修行されたのです。
「いつも、いつも、ごめんなさい……無理矢理押しかけた私が元気に生きてこられたのも、ギデオン様が保護者になってくださったからで……迷惑をかけてごめんなさい」
「お前は、俺に負い目を持つ必要はない。庇護する対象は、どうやら俺にこそ必要だったみたいだからな。ジェレミーもそう思ったから、あっさりとお前を俺に押し付けたんだ」
顔を上げてギデオン様を見ました。
心配してくださっているというのに、見せているのは、会った時と変わらず不機嫌顔。
笑った顔なんかほとんど見た事がありません。
額の真ん中を、グッと寄せて。
でも、それはギデオン様の優しさの裏返しです。
「お前は俺の弟子で、娘で、いいんだ」
「でも、こんな大きな子供がいて……ギデオン様が、シャーリーさんにフラれたら責任感じます……」
「生意気だ。俺よりも、お前の事だ」
「その事なのですが、ギデオン様。私、ここに来た経緯をディランさんに話すことにしました。それで、悩んでいる事が少し解消されると思います。この前言ったみたいに、もしディランさんが……」
「わかった、わかった。守ってやるよ。まず、お前。それからディラン。アレは頑丈だから、それで十分だろ」
「ありがとうございます」
「俺はやりかけの事を終わらせてくる。お前はそれをちゃんと飲んで、晩飯はしっかり食べろ」
「はい。ありがとうございました」
ギデオン様の背中を見送って、ジョッキを空にすると、厨房内でそれを洗って隅に逆さにして置きました。
底にはしっかりギデオン様の名前が書かれていたので、思わず笑ってしまいます。
マイジョッキを使っているのかと。
部屋に戻るべく食堂から出ようとしたところで、今度はディランさんが出入り口にいて驚きました。
終業にはまだ時間があります。
心配そうに私を見ていました。
「ディランさん……仕事してください……」
「王太子殿下から直々に命令が下った。婚約者が激怒しているから、自分を助けると思ってフォローに行ってくれと」
「どんな命令ですか……」
不思議な命令はともかく、アリソン様が私の為に怒ってくださっている事には、感謝の気持ちでいっぱいでした。
「ディランさん、もしよければ、少し時間をもらえますか?伝えたい事があります」
「お前に時間を使う為にここにいるんだ」
ディランさんなら、必ずお姉様の事を一番に考えた上で、どうすればいいか教えてくれるはず。
「ディランさんに見てもらいたいものがあります。でもそれは私の部屋から出したくはありません。ディランさん、一緒に来てもらえますか?」
詳細を省いても、ディランさんは何も聞かずに私と一緒に部屋まで来てくれました。
部屋にディランさんが入ると、とても狭く感じたものですが、人を招いた事がないので、おかしな所はないかちょっとだけ心配になりました。
背後に立つディランさんに見守られながら、大切な物を入れている保管箱を開けると、革表紙の日記と、飴の入っていた缶が並べられていました。
10年前、ディランさんから貰った四角い缶です。
うっかりしていました。見られたら恥ずかしいと、慌てて缶を手に取って、ローブの内ポケットに隠します。
「ステラ……」
「はい……」
「古い物は口に入れるなよ」
「違います!もう、中身はとっくの昔に空です!ただ、蓋を開けた時の甘い匂いが好きなだけです!それに、ディランさんを思い出すからっ……」
思わず口が滑ってしまい、それを聞いたディランさんは驚いたように私を見ています。
「どうぞ!私が話すよりも、読んでもらった方がいいと思います!」
バンっとディランさんの胸に日記を押しつけて、誤魔化しました。
一つだけある机の椅子を勧めて、私はベッドに腰掛けます。
ディランさんは特に何も言わずに、日記を読み始めました。
最近もらった飴のガラス瓶は、まだ中身が入っていて、机の上に置かれています。
ディランさんはそれに気付いているでしょうか。
沈黙が続きます。
その間、ずっと、ディランさんは、お姉さまからの求婚をどうするのかと考えていました。
お姉様からの気持ちを蔑ろにするとは考えにくいです。
お二人は結婚されるのか。
ディランさんは、お姉様の事を愛しているのか。
お姉様は……シリルにぃ様の事をどう思っているのか……
また気持ちが沈んでしまいそうになりましたが、すぐに気持ちを切り替える必要がありました。
ディランさんは速読ができるのか、短時間で日記を読み終えていたので。
パタンと日記を閉じたディランさんが、椅子に座ったまま、私に向かい合うように体の向きを変えました。
自然と、自分の背筋が伸びます。
「この日記の真偽はともかく、お前はこれを見つけて、その内容を知って、エステルの為に隠そうとしたと、その認識でいいんだな?」
「はい」
「で、それでもエステルの事を姉と思っているんだな?」
「はい」
ディランさんは、ジッと私を見つめてきます。
何を思っているのか。
エステルお姉様の事を考えているのはもちろんなのでしょうけど、
「悪かった。お前一人に抱え込ませて」
意外な言葉でした。
「どうして、ディランさんが謝るのですか?」
お姉様の代わりにと言う事でしょうか?
でも、お姉様も何も悪くありません
「謝らなければならないのは、私です」
「お前は何も悪くない。訳もわからない内に、言葉も違うような遠い異国に連れてこられて、置き去りにされて、怖い目に遭わされて、痛い目に遭わされて、一人で大人達の事情まで押し付けられて、お前は今日まで、一人でたくさん頑張ってきたんだ」
「……一人じゃなかったです。ギデオン様が私を育ててくれたから……改めて、それがわかりました」
「ああ、そうだろうな。ああ、くそっ。ステラは、確かによく笑うようになった。初めて出会った時は、とにかく怯えていて。お前の笑顔を引き出したのが、この魔法士団とそしてギデオンだと思うと……」
ディランさんはとても悔しそうな顔をしていました。
「ええっと?あの、それで、あの森でディランさんと会う前に、私は怖い大人達から逃げていました。その日記に出てくる女性からです。男爵家の使用人と、その人が一緒にいて、その時にその女性、怖い魔女から呪いを受けて……」
秘密がバレる前に殺せと言われたと話したところで、ディランさんは殺気を撒き散らしたので、私の方が冷や汗をかいてしまいます。
「当時、男爵家に勤めていた使用人はほぼ全員辞めさせられている。どこで何をしているかは、念のため確認をとっておく」
「お手数をおかけします」
「お前に呪いをかけた魔女までいやがるのか。男爵家……いや、カティック伯爵家と関係しているのか。エステルの出自については、一旦置いておくとして」
魔女の家に来なさい
「それで、その日記に記されている場所に行ってみたいと思っています。オードリー様が、魔女と出会った家です」
「お前が行きたいって言うなら付き合うが、何があるんだ?」
「お願いします。確認したい事があります」
その言葉だけで、すぐにディランさんは実家に帰る際に利用している転移ゲートに案内してくれました。
ミナージュ辺境伯領と王宮を結ぶもので、有事の際に王家の方々が利用されるそうです。
ミナージュ家の者はそれをいつでも利用する事ができるそうで、覚えのある感覚に包まれると、瞬く間に見知らぬお屋敷が建つそばに出ていました。
「その場所はロット領になるだろう。こっちだ。馬に乗って移動する」
突然厩舎に現れたディランさんを見て、馬丁の方が驚かれていましたが、すぐに馬を貸していただき、海からは離れた場所にある目的地へと向かいました。
そこはすぐに見つけることができ、廃墟のようで、人の気配はありませんでした。
「こんな場所がロット領にあったんだな。ここに、何があるんだ?」
二階建ての大きな建物の入り口に立ちます。
入り口は、数段の階段を登った先にありました。
ディランさんは、警戒するように中を見渡しています。
「うちの別荘に似ているな……」
ディランさんの呟きが聞こえましたが、私には、タリスライトの家にしか見えませんでした。
お母さまが呼んでる……
その声に引き寄せられるようにフラフラと歩いて行こうとすると、
「バカ、足元をよく見ろ!」
腕を掴まれていました。
耳元で聞こえたディランさんの怒鳴り声に、よく見れば、床は穴だらけです。
今の今まで気付かず、どうしてと、気付かない方がおかしいのに。
幻覚作用のある何かが、この場に影響を及ぼしているのか、私の頭は混乱していました。
朽ちた様子の廃墟なのに、タリスライトの家にも変わらず見えて、私、どうしてこんな危険な場所にディランさんを連れて来たの?
私は私の意思でここに来たわけじゃない。
ずっと、魔女に呼ばれていて、それに気付かずに、ディランさんをここまで連れて来てしまって……
そもそも、呪いなんか解く気はなかった。
お姉様の秘密は誰にも言わないつもりで、ディランさんにも言うつもりはなかったのに、私は、いつから、私の意思で行動していないの?
魔女は私の事を見ていたのに。
もっと慎重にならないといけなかったのに。
貴女を苦しめる者は消すの
全部、消してしまうの
その方が楽になれるでしょう?
「ごめんなさい……ごめんなさい……ディランさん……」
酷い頭痛がして、頭を抱えて座り込む。
廃墟の中に数歩入った所で、足が凍りついたように動かなくなっていました。
キーンと耳鳴りがして、何も考えられなくなって。
ディランさんが何か言っていても、それは声として私の耳には届かなくて。
体が浮き上がったかと思うと、ディランさんは私を肩に担ぎ上げ、数段の階段を一気に飛び降りていました。
誰がそれを放ったのか、背後からいくつもの氷柱が襲いかかってきますが、それを器用に避けたディランさんは、廃墟を飛び出して、繋いでいた馬の元へと戻ろうとされていました。
あと少しというところで、
「お姉様のものになるくらいなら……」
私の口が勝手に動く。
いつの間にか、手の中に握られていた黒い剣。
蔓のようなものが巻き付いて、私の腕とその剣は繋がっています。
それを握りしめて、おもむろに、何の躊躇も無くディランさんの背中に突き刺さしていました。
背中側から胸にかけて刃は簡単に貫通する。
すぐ近くで聞こえた呻き声。
人の体を傷付ける、初めての感触。
それは、生々しく、はっきりと伝わってきました。
肌を裂き、筋を絶ち、血管を破り、骨を削り、肺を貫く感触が。
足を止め、呆然と胸を見つめるディランさんから、剣を抜き、体をひねるようにして地面に立つと、また傷付けるために剣を向けていました。
胸を押さえる指の間から、赤い血が溢れ出ているのが見えます。
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