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前編

22 仄暗い地下牢で

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「キーラ 」




 気を失っていたのか、名前を呼ばれた気がして意識が浮上した。

 光が射さない暗い牢の中に、ロウソクの明かりだけが灯されている。

 どこから呼ばれたのか、本当に名前を呼ばれたのか、疑問に思いつつ視線だけ動かすと、鉄格子の向こう側に信じられない人が立っていた。

「て……ど……し………」

 一瞬、幻覚かと思った彼に、壊れた声帯を震わせて問いかける。

「迎えに来た」

 一体何を考えているのか、私を驚かせるのはこの人くらいだけど、表情の抜け落ちたその顔からは、感情が読み取れない。

「悪かった。呑気に寝ていたせいで、お前がこんな事になっているのに気付くのが遅れた」

 どんな危険を冒していると思っているの?

 その手には、ここの鍵が握られていた。

「ここから出るぞ」

 それには首を振って応える。

 どんな手を使ったのかは知らないけど、余計な事はしないでほしい。

 これは、私の復讐なんだから。

「復讐なら、この国を出るだけでもできるだろ」

 え?

「ギフト所持者が国を離れたら、それだけで加護は失われるだろ?」

 何で、それを……

「俺も一緒に行くから。俺のギフトは、人の心を読んで操れる」

 衝撃の告白だった。

 唖然と、テオの顔を見る。

 知ってたから私に、近づいたの?リュシアンの害にならないように、この国を守る為に……

 心が凍りついていきそうだった。

 テオの目的を知ったようで。

 でも、テオはすぐに私のそんな考えを否定してきた。

「違う。守りたかったのは、国じゃない。お前だ」

 本当に心を読んでいるんだ。

 でも、テオが守りたいのは唯一の家族だと思っているリュシアンで、私を守る意味なんて、国を守ることしかないじゃない。

「リュシアンを守りたい。けど、それでお前が死んだら意味がない」

 それで、この国の加護が、失われるのに?

「お前が殺されたら、それこそ加護はなくなるだろ」

 一言、テオが私はギフト持ちだと言えばいいじゃない。私と、リュシアンに挟まれて、貴方が苦しむ必要はない。そもそも、私の事は、どうだっていいでしょ。

「お前が口を閉ざしているのに、俺が言えるわけないだろ。この国で鎖に繋がれた様な生を送りたくないから、お前は死を選ぼうとしているんだろ。リュシアンかキーラか、どちらかを選ばなければならないなら、キーラをとる」

 全く嬉しくなかった。

 そんな辛そうな顔で言われても、全く嬉しくない。

 どんな葛藤があったのか。

 きっと今でも、それは続いているはず。

 それに、防壁が無くなった後の混乱にテオも巻き込まれることになるのに、それが分かっていても、私は明日死ぬか、この国を出るかしかもう選びたくはない。

 結局、私の恨み言にテオを道連れにするしかないんだ。

 それなのに、テオは私の罪に付き合おうとしている。

「て……ば………」

「ああ。俺は、キーラの事になると、馬鹿になるんだ」

 テオのこの選択が、私の視た処刑される未来を変えたのか。多分そうなんだろう。

 牢屋の鍵を開けて目の前に立ったテオは、外套を私に着せて抱き上げる。

 その動きだけでも、体のあちこちが痛んで顔を顰めていた。

「こんなにされるまで、助けに来なくて、すまない。朝まで寝ていたら、確実にキーラを助けられなかった」

 また、テオに謝られる。

 テオに私を助ける義務も義理もない。私は貴方をも巻き添えにしているのに。

「あるだろ。俺を助けようとしてお前はこんな目に遭っているんだ」

 もう、堂々巡りになるから、私は黙りたかった。

「暴力以上のことは、されてない……んだな。良かった………」

 私の心を、読むな。

「そうなってたら、そいつらを殺していたかもしれない………」

 底冷えのする冷たいテオの声が、暗い階段に響く。

「ブランシェット公爵家は、お咎めなく存続だ。ギフト所持者かもしれない者の生家だからだそうだ。皮肉だな」

 鍵を探しているうちに知ったことだと教えてくれた。

 あんな家のこと、どうでもいい。

「金を随分と落としてもらったと、王国軍の上層部が話していた。キーラ1人に全部押し付けて、適当に何かを捏造しろと。腐っているよ。何もかもが」

 腐っているね。ほんとに。

 壁が消えた時、ブランシェット家とローザは何と言うつもりだろう。

「それこそ、キーラにはもう関係のない事だ。笑うんだろ?あいつらの事を」

 そうだ。私は嘲笑うだけでいいんだ。余計な事は考えずに。

 テオに委ねて運ばれるまま階段を登り、城の一階部分に出ても、誰もいなくて静かだった。

 ここの人はどうしたの?

「どっかで寝ている」

 それは、テオが操ったってこと?

「そうだ。兵士には何処かで朝まで寝ていろ。すれ違う者には俺の存在を無視しろ。そう命令した」

 たくさんの兵士や騎士がいるはずなのに、暗い通路を通って外に出るまで、誰一人としてすれ違う者、呼び止める者はいなかった。





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