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後編

36 テオドールの罪

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「そんなの、酷いわ!!お父様を拘束するなんて。お父様は、あんなに立派な方なのに」

 こんな女がまだぬくぬくと城で守られていたのが不快だ。

 ローザはわざとらしく胸の前で両手を組んで、瞳をウルウルとさせている。

 私やリュシアン相手では効果はないのに。

 さらに言えば、テオは顔を思いっきり顰めている。

「ローザ。ブランシェット公は、ギフト所持者で国王の実子でもあるキーラに酷い虐待を行ってきた。その罪は、断罪されるべきなんだ」

 そんなローザにでも、リュシアンは諭すように柔らかい声で語りかけている。

「そんなのデタラメよ。国王の実子って何?それにお姉様がギフト所持者なら、国を守るのは当たり前でしょ?何で出ていったりしたの。それに、子供がいるの?お相手は、誰なの?まさか、テオドール様……?お姉様なんかが………」

 ローザの作られた顔から吐き出される苛つく言葉を聞いていたら、この子をグチャグチャにしたくなる衝動が抑えられなかった。

「だったら何?あれだけ殺しかけといて、誰が国を、あんた達を守る気になるのよ。謂れの無い罪を認めろと、王国兵に突き出したのはアンタでしょ。もう忘れたの?随分と都合のいい頭をしているのね。それに、お父様お父様って。アレは、アンタのお父様なんかじゃないでしょう。アンタのお父様は、そこの王子様やテオと同じ伯爵家の当主の男よ」

 テオもリュシアンも悲哀を浮かべて私を見ていたけど、私はやめなかった。

「な、なんのこと?」

 ローザの人形のような顔が強張り、

「アンタは、リュシアンと腹違いの兄妹なのよ!!結婚できるわけないのよ!!」

「うそよ!!そんな事、デタラメよ!!」

 悲鳴のような否定の声をあげる。

「アンタがどれだけ否定しようと、変わらない事実よ。それに、アンタはすでに純潔を守っていないでしょ。そんな体で王家に嫁げるわけないじゃない。アンタの大好きなお父様と、散々房事を繰り返しておいて、初夜に行われる儀式の時に、何て言い訳するつもりだったのかしら?」

「血の繋がりはなかったのだとしても、父親と思っていたものと……房事をしたと言うことなのか……?」

 リュシアンは真っ青な顔でローザを見て、テオはとうとう顔を覆ってしまっていた。

「お父様は、私の事を愛しているから、嫁いだ後の閨で困らないように指導してくださっただけだわ!みんな通る道だって、初めての私を優しく導いてくださったわ。お父様と房事を行うのは、親子の愛を確かめるだけで、結婚した後に何の問題もないと仰っていたわ!お父様は、私のことをイイ子だと、たくさん褒めてくださったわ!お姉様はお父様に愛されていないからって、私に嫉妬して意地悪を言っているのよ!!」

 リュシアンはローザの暴露に吐き気を催してきたのか口元を押さえている。

「こんなのおかしいわ。ねぇ、テオドール様。私、貴方に言われた通りにイイ子でいたのよ?」

 今度はテオに向き直って、媚を含んだ甘ったるい声でそんな事を言った。

 テオは唇を震わせて、怯えたようにローザを見ている。

 テオに、言われた通り?

 その言葉がやけに引っかかった。

「イイ子でいたいから、たくさんの人の言う通りにしてきたわ。お父様とだってそう。イイ子って、たくさん褒めてもらいたくて、嫌だって思っても我慢したのよ?痛いって泣いてやめてもらえなくても、我慢したのよ?テオドール様から言われたから。だから……」

 段々と、ローザの様子がおかしくなっていった。

 その変化は顕著で、目の焦点が定まっていおらず、その瞳が酷く濁っている。

 ショックのあまり、気でも触れたか。

 それならそれで、いい気味だ。

「なのに、どうして、私とリュシアン様は結婚できないの?王妃になれないの?」

 ふらふらと、ローザはリュシアンの方へ行こうとする。

「私、イイ子でしょ?リュシアン様の事も、きっとたくさん気持ちよくさせられるわ」

 ローザが一歩近づく毎に、怯えるようにリュシアンは退がる。

 リュシアンの前に騎士が立ち、

「彼女を、お連れしても?」

「頼む。丁重に。治療院へ……」

 そう命じていた。

 ぶつぶつと何かを言い続けるローザは連れて行かれた。

「俺のせいなんだ」

 その姿が見えなくなってから、テオの小さな声がぽつりと漏れた。

「精神干渉したばかりに、歪みが生じて、狂気が、さらなる狂気を生んで。ローザと公爵があそこまで歪んだのは、俺のせいなんだ」

 自身の震える両手を見つめていた。

「テオのせいじゃない。あの男もローザも元々歪んでいた。あの男の欲と、ローザのさがが合わさった結果だ」

 節度をギリギリ保っていた男好きが、テオの干渉でタガが外れただけだ。それは元々のローザの性質が関係しているのだから。

 そして、あの男に至っては最初から歪んでいた。

 私はそう思っているのに、テオは自分の責任だと感じている。

「少しだけでいい。1人になりたい……」

 崩れ落ちるようにソファーに深々と座り込んだテオは、また項垂れていた。

「キーラ。今日はもう疲れただろうから、部屋に案内するよ」

 そんなテオを気遣うように、リュシアンが声をかけてきた。

「私、一人で部屋に戻るから、リュシアンはテオの側にいてあげてよ。その方がいい気がする」

「………」

 今はテオを一人にはしたくないし、否定しないから、リュシアンの方がいいのだろう。

 こんな時でも、私には弱音を吐きたくないらしい。

「わかった。だれか、彼女を案内してあげてくれないかな」

 部屋の外へ向けてリュシアンが声をかけて、

 私が扉を開けて、

 そして、

 全身が凍りついていた。












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