出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

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 ハーバートさんは私を家に入れてくれると、すぐに二階に案内してくれました。

 そこには、

「君は、この部屋を使うといい」

 公爵家で使っていた部屋よりも、はるかに良い部屋が待っていました。

 ベッドと小さな机が置いてあって、その二つがあってもまだスペースがあります。

 最近まで使っていた部屋との違いに、何だか申し訳なくなりました。

「ありがとうございます。お世話になります。この御恩は、働いてお返ししますので」

「そんなに恩を感じなくていいよ。荷物を置いて、休むといい」

 お言葉に甘えて、ベッドの横に鞄を置こうと中に入ると、ハーバートさんに呼び止められました。

「待って、エリ。どうして足を引きずっているんだ?」

「あ、これは……」

 一日経っても足の痛みは引いていなくて、むしろ、酷くなってて……

「座って」

 ハーバートさんが引き寄せた椅子に座らされて、

「触るよ」

 しゃがんでからご自分の膝に私の足を乗せると、靴と靴下を脱がされていました。

 恥ずかしいからと、断る時間がありませんでした。

 そして、私の足を見て、

「これは、酷いな。一体、どこから歩いてきたんだ?」

 顔をおもいっきり顰めました。

 それには、家からとしか答えようが……

 自分でも、足を見るまではここまで酷いことになっているとは思いませんでした。

 両足共に、踵も指先も水膨れが潰れて、血が滲んでいるところもありました。

「このまま、待ってて」

 私の足をそっと下ろして立ち上がったハーバートさんは、階下に駆け下りて行きました。

 そしてほどなくして両手に色々と抱えて戻ってくると、あたたかいタオルで足を包んでくれて、それは少しだけ滲みましたが、気持ちよさの方がまさっていました。

「すみません、こんな事を……」

「無理をしすぎだ。この町の労働者でもここまで酷い足にはならない。ビルソン家は、君をここまで歩かせたのか?」

 ハーバートさんは、怒りを露わにしながら、最後に薬を塗ってくださりました。

「今日はもう、俺が呼びにくるまで、ここで休んでおくんだ。いいね?」

「はい……ご迷惑をおかけしました」

「そんなことは思う必要はないよ。何か食べる物を持ってくる」

 片付けを済ませたハーバートさんは、今度は湯気の出るスープと、ハムと瑞々しい野菜が挟まったパンを運んでくれました。

「ゆっくり食べるといい」

 そう仰ってくれながら。

 私には食事の味が分からないので、贅沢な、野菜の入った温かそうなスープやパンに申し訳なく思いました。

 初対面の私にここまで親切にできるその優しさに、驚くばかりです。

「本当に、ありがとうございます」

「俺は、横暴な貴族の行いのせいで、平民が辛い思いをするのを見るのが我慢ならないんだ。特に、何の義務も責任も負わずに、利益を得る事ばかり考えてふんぞり返っている奴らを見るのは。だから、君は気にしなくていい」

 ハーバートさんに、たくさん謝罪をしたくなりました。

 何の義務も責任も果たすことができない私が、嘘をついて甘えているので。

 これ以上の嘘はつかずに、誠実に働こうと誓いました。

 寝心地の良いベッドで一晩ぐっすりと寝て、それで来て早々、会って早々にお世話になってばかりなので、何もせずにただ家においてもらうわけにはいかず、せめてと翌日の朝食を作ってみたのですが……

 食事作りは今までしてこなかったので、慣れないことの上に、さらに、塩と砂糖を間違えてしまったようでした。

 ハーバートさんが一緒にと声をかけてくださったので、同じテーブルを囲んでいましたが、オムレツを口に入れると、不自然な甘みが口の中に広がってそのことに気付きました。

「ごめんなさい……」

 あれだけ張り切って、何でもしますと言ったのに……

 また、役立たずな自分が嫌になります。

 居た堪れなくなって、目の前に座るハーバートさんに謝罪していました。

 でも、ハーバートさんが怒ることはありませんでした。

「気にしなくていいよ。塩と砂糖を色分けしておく。塩に青いラベルを貼っておくから、それを覚えておくといい」

「はい」

 朝から落ち込みます。

「でも、甘いオムレツも美味いな」

「………」
 
 気を使っていただいて、心苦しいです。

 そんな思いを見抜かれたのか、

「少しだけ塩をふって、パンに挟んで食べてみるといい」

 私の前に塩の小瓶が差し出されました。

 言われた通りにします。

「あっ、美味しい……」

 それを食べて驚きました。

 自分で言うのもなんですが、ふわふわのオムレツをパンに挟むと、塩で味が引き締まったおかげで優しい甘さに変わっていました。

 料理というよりも、おやつに食べそうなものですが。

「なっ?これ、けっこうクセになりそうだ。生徒達が喜びそうだから、今度これを手土産にしてみるよ」

 生徒さんとは?と、モグモグと口を動かしていると、

「新しい発見を、ありがとう」

 優しく笑いかけられていました。

 自分が失敗したものを上手くフォローされて、嬉しくてまた泣きたくなりました。

 今までは、失敗すれば、ただ叱られて、責められて、罰を与えられてと、そんなことばかりでしたので。

 さすがに泣くなどと、みっともないことはできないので、グッと力をいれて堪えますが。

 あっ……

 この時になってやっと私は、普通に食事の味を感じていることに気付きました。

 そもそも、舐めても分からないから、確認せずに塩と砂糖を間違えてしまったのであって、いつぶりかの食事の味が、味覚が、戻っていることに驚きを覚えました。

 それは、突然の変化でした。

 環境が変わったからでしょうか。

「美味しい……」

 それをまた感じることができて、嬉しい。

 ここに来て、思いもよらぬことばかり起きます。

 それも、これも、ハーバートさんの人柄のおかげでしょうか。

 口の中のものを飲み込んで、顔を上げると、そのタイミングで、穏やかな顔をしたハーバートさんが話し出しました。

「俺はこの後、町に用事を済ませに行くけど、エリは好きに過ごしていいから。ただし、木に赤い印がついているものの向こう側には行ってはダメだ。その先は魔物がいるから」

「はい。分かりました」

 魔物が出ると聞いて、少しだけ不安になります。

「その赤い印がある所までは魔物避けをしてあるから大丈夫だよ」

 そんな私の思いを感じ取ってくださったのか、安心させるように付け加えてくれました。



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