出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

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9 招かれざる客

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 私が初めて描いた水彩画は、額に入れられて一階に飾られてしまいました。

 ハーバートさんを止めたのですが、こんなにいい絵は飾らないと勿体無いと、聞いてはくれませんでした。

 初めて私の意見を聞いてもらえなかった事案だと思います。

 だから今は、家の前の風景画が額に収められて飾られています。

 自分で言うのも何ですが、綺麗な青空の色が鮮やかに映ります。

 飾られるのは恥ずかしいことこの上ないのですが、絵の出来は納得のいくものでした。

 その絵を最後にもう一度しっかりと眺めたハーバートさんは、隣町まで頼まれた物を届けに行ってくると、出掛けていきました。

 日帰りの予定で、その間は私が留守を任されることになります。

 何度も留守番をしているので、その日も特に何もないだろうと、ハーバートさんの帰りを待っていました。

 でも、その方の来訪は突然でした。

 草を踏み締める音に、誰か来たのかな?と外に出てみると、そこに立っていたのは初めてお会いする女性でした。

 町の住人ではないその方は、赤い唇が目を惹くグラマラスな大人の女性でした。

「あら、みすぼらしい家政婦を雇ったのね」

 私の存在を認めた途端に、言われた言葉でした。

 本当のことでも、見ず知らずの人に言われるとチクリとするものはありました。

「ハーバート?いないの?」

 見事な金髪をなびかせた女性は、名前を呼びながら開かれたドアから家の中を覗き込むような動作を見せました。

 ハーバートさんを呼び捨てで、親しい方なのでしょうか?

「あの、ハーバートさんは留守なのですが、お知り合いでしょうか?」

「わたし?ふふっ。私は、あの人の元婚約者よ」

 挑発的な女性の視線が向けられましたが、それよりも予想外の言葉に驚きと動揺が私の中に広がりました。

「えっ、ハーバートさんに、婚約者の女性がいらしたのですか!?」

「公爵家の娘が居座ってたら追い出してやろうと思ったけど、残念。あなたなんか相手にしても、つまらないわね」

 私の反応をよそに、女性はクスクスと笑っています。

「ハーバートとは、一つ屋根の下で一緒に育った幼なじみなのよ。彼は孤児で、捨てられていて、哀れに思った父が彼をうちに置いてあげていたの。でも、ほら、どれだけ卑しい出自でも魔法使いとしては優秀でしょ?一度は父が私の婚約者にしたのだけど、ふふっ、上手いこと逃げられたわ。ほんと、恩知らずよね」

 ここまでくれば、鈍い私も、さすがに彼女から悪意を感じました。

 ハーバートさんの生まれを蔑まれて、悔しさを覚えます。

 でも、何か反論したくても、ただの居候でしかない私がでしゃばって言えることは何もありませんでした。

 友人でも、家族でも、婚約者でも、妻でもない。

 その事実には、また、チクリと痛むものがありました。

「あの、失礼ですが、ご用件は?」

 お腹の前で両手を握りしめて、努めて冷静に尋ねました。

「ちょっと協力してほしいことがあったのだけどねー。また来るわ」

 言いたいことを言った女性は、私の言葉も待たずに帰っていかれました。

 ほんの少しの時間だったのに、とても嫌な時間でした。

 あんな人がハーバートさんの幼なじみなのが、信じられません。

 あれ、でも、ハーバートさんは、家でほとんど一人で過ごしたと……

 ハーバートさんの、元婚約者。

 幼なじみ。

 私にその価値は無いとは言え、公爵家の者を追い出そうとするその強気な姿勢に驚きます。

 誰もいないことを確認してドアの鍵をしっかりかけると、それからは入れたお茶が冷めるのも忘れて、椅子に座ったままテーブルを見つめていました。

「エリ?何かあったのか?」

 だから、ハーバートさんが帰ってきたことにも気付きませんでした。

「すみません、出迎えもしなくて」

 せめて温かいお茶を早く用意しようと、急いで立ち上がります。

「気にしなくていい。それよりも、何かあったのか?何か、ひどく思い詰めているような顔をしている」

 心配をかけてしまいましたでしょうか。

「あ、いえ、お客さんが……今日はお客さんが見えて、ハーバートさんの元婚約者と名乗る方が訪れて……」

 途端に、ハーバートさんの表情が険しいものに変わりました。

「メリンダのことか?俺は、彼女を婚約者だと思ったことは一度もない。何かされなかったか?」

 何かするようなおそれのある方なのですか。

 確かに、いい印象は持てませんでしたが。

「いえ。ハーバートさんに協力してほしいことがあると、仰ってました。また来ると……」

 ハーバートさんは、厳しい顔つきで、何かを考え込んでいます。

 何が起きようとしているのか、不安になりました。

 そんな私の視線に気付いたのか、顔を上げて、

「心細い思いをさせて悪かった。エリが心配するような事は何もないから。だから、安心して」

 安心させるように微笑まれても、私の不安が完全に拭い去られることはありませんでした。






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