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10 困ったときは
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ずっと、もやもやとしたものを、胸に抱えていました。
何かがつかえたような、鉛を飲み込んだような……
元婚約者の存在は、思いのほか私に影響を与えていました。
あの女性が言っていた、ハーバートさんに協力してほしい事が何かが気がかりでした。
魔法使いとしてのハーバートさんに協力してほしいことなのか。
ハーバートさんが、危険に晒されることはないのか。
それに、お二人の関係……
ハーバートさんはあのように言いましたが、あの女性の方はハーバートさんのことをどう思っていたのか。
でもあんな、悪意を持った言い方を好意を寄せる人にするでしょうか。
幼なじみだと言ったお二人は、今までどのように過ごしてきたのでしょうか。
どこかで仲違いし、ハーバートさんが逃げなければならない状況に陥ったのだとしたら、やはりあの女性は危険な人となるのでしょうか。
私は……ハーバートさんを心配できる立場にないのに……
考えることが、今度は自分に向いていました。
ここに来た本来の目的を思い出します。
ハーバートさんも、いつかは誰かと結婚する日がくるはずです。
ハーバートさんみたいな方が、本当に私の旦那様になってくださったらいいのにと、そう思う気持ちはあります。
でも、私はもう、ハーバートさんを騙してしまっています。
それは望めないことでした。
不誠実なことをしたのは私の方です。
こんなことなら、初めから嘘などつかずに事情を話せばよかったです。
いつかはこの家を出ていかなければならない時が訪れます。
それまでに、もう少し字を覚えることができればいいですが。
まだまだ、新しいものを習得する時は時間がかかります。
でも、たとえこの家を出たとしても、この町でなら暮らしていけそうな気はします。
畑のお手伝いをしたり、店番をしたり。
高齢なお宅の薪割りをしたり、暖炉の掃除を手伝ったりすれば、その日食べるくらいはどうにかなるのではないでしょうか。
それに、ハーバートさんと、町の人達の顔を思い出します。
困った時に助けてほしいと声をあげれば、手を差し伸べてくれそうな方達ばかりです。
嘘をついた私が、この町に住むことを許してくれるでしょうか。
洗濯物を干しながらため息をついたところを、ハーバートさんに見られてしまいました。
「元気がないな。どうした?」
嘘をついている私に変わらず優しいので、心苦しくなります。
「すみません、何でもないのです」
「疲れているなら、無理せずに休んでくれ」
「あ、いえいえ、本当に体調は大丈夫です」
今は、体を動かしている方がいいようなので。
横に並ぶハーバートさんは、いつもと変わらないように見えます。
「何か心配なことがある時は、すぐに言ってくれ」
そう言い残して、ご自分の仕事に戻って行かれました。
私がどれだけ心配されていたのか、神妙な顔をされたハーバートさんに呼ばれたのは、その日の夜でした。
「エリ、伝えておきたいことがあるから、ちょっといいか?」
「はい」
食事のテーブルに、ハーバートさんと向かい合って座ります。
どうしたのか、何を言われるのか、不安にもなりましたが、そうして教えてもらったことは、
「アタナシアさんですか……?」
「ああ。何か俺が不在の時に困ったことがあれば、彼女を頼るといい。ここの領主でもあるウィーナー伯爵家の御令嬢なんだが、俺が出会った貴族の中で、唯一まともな人だ」
「すみません……」
後ろめたいことがあるので、思わず謝ってしまっていました。
「あ、いや、すまない、そう言えば君は貴族に近しい者だったな。君は一緒にいても苦にならないから、すっかり身近に感じていたよ」
好意的に受け取められたものの、本当に申し訳なく思います。
私はまだ、ハーバートさんの嫌いな貴族の端くれではあるので……
そんな私の思いを知らないハーバートさんからは、丁寧に住所を教えていただき、私が分かりやすいように、地図も書かれていました。
乗り合い馬車の乗り方も教えてもらいました。
そして、もし分からなければ、ここにいる人に聞けばいいからと、お店の人も教えてくれたし、最悪、この紙を見せて案内してもらうといいと、言われました。
「そのアタナシアさんだが、彼女は優秀な魔法使いで、俺も時々お世話になる。とても優しい子だから、エリの力にもきっとなってくれるよ」
ハーバートさんを助けることができるほどの女性ということで、それが羨ましいと思っていました。
「ハーバートさんは、何か危険なお仕事もされているのですか?」
魔法使いは、凶暴な魔物の討伐に協力しなければならないことがあると、聞きました。
「いや、俺は危険なことには参加しないが……念のためだよ。エリには家族がいないと言っていたから、君が困らないようにしたいだけだ。アタナシアさんは、どんなことでも力になってくれるから」
町の人ではなく、魔法使いのアタナシアさんに頼らざるを得ない状況が訪れるということが、想像できませんでした。
そんな事態にならない方がいいのは、当たり前のことです。
「ハーバートさん、無理はなさらずに、必ず無事に家に帰ってきてくださいね」
そう、お願いすることしかできませんでした。
何かがつかえたような、鉛を飲み込んだような……
元婚約者の存在は、思いのほか私に影響を与えていました。
あの女性が言っていた、ハーバートさんに協力してほしい事が何かが気がかりでした。
魔法使いとしてのハーバートさんに協力してほしいことなのか。
ハーバートさんが、危険に晒されることはないのか。
それに、お二人の関係……
ハーバートさんはあのように言いましたが、あの女性の方はハーバートさんのことをどう思っていたのか。
でもあんな、悪意を持った言い方を好意を寄せる人にするでしょうか。
幼なじみだと言ったお二人は、今までどのように過ごしてきたのでしょうか。
どこかで仲違いし、ハーバートさんが逃げなければならない状況に陥ったのだとしたら、やはりあの女性は危険な人となるのでしょうか。
私は……ハーバートさんを心配できる立場にないのに……
考えることが、今度は自分に向いていました。
ここに来た本来の目的を思い出します。
ハーバートさんも、いつかは誰かと結婚する日がくるはずです。
ハーバートさんみたいな方が、本当に私の旦那様になってくださったらいいのにと、そう思う気持ちはあります。
でも、私はもう、ハーバートさんを騙してしまっています。
それは望めないことでした。
不誠実なことをしたのは私の方です。
こんなことなら、初めから嘘などつかずに事情を話せばよかったです。
いつかはこの家を出ていかなければならない時が訪れます。
それまでに、もう少し字を覚えることができればいいですが。
まだまだ、新しいものを習得する時は時間がかかります。
でも、たとえこの家を出たとしても、この町でなら暮らしていけそうな気はします。
畑のお手伝いをしたり、店番をしたり。
高齢なお宅の薪割りをしたり、暖炉の掃除を手伝ったりすれば、その日食べるくらいはどうにかなるのではないでしょうか。
それに、ハーバートさんと、町の人達の顔を思い出します。
困った時に助けてほしいと声をあげれば、手を差し伸べてくれそうな方達ばかりです。
嘘をついた私が、この町に住むことを許してくれるでしょうか。
洗濯物を干しながらため息をついたところを、ハーバートさんに見られてしまいました。
「元気がないな。どうした?」
嘘をついている私に変わらず優しいので、心苦しくなります。
「すみません、何でもないのです」
「疲れているなら、無理せずに休んでくれ」
「あ、いえいえ、本当に体調は大丈夫です」
今は、体を動かしている方がいいようなので。
横に並ぶハーバートさんは、いつもと変わらないように見えます。
「何か心配なことがある時は、すぐに言ってくれ」
そう言い残して、ご自分の仕事に戻って行かれました。
私がどれだけ心配されていたのか、神妙な顔をされたハーバートさんに呼ばれたのは、その日の夜でした。
「エリ、伝えておきたいことがあるから、ちょっといいか?」
「はい」
食事のテーブルに、ハーバートさんと向かい合って座ります。
どうしたのか、何を言われるのか、不安にもなりましたが、そうして教えてもらったことは、
「アタナシアさんですか……?」
「ああ。何か俺が不在の時に困ったことがあれば、彼女を頼るといい。ここの領主でもあるウィーナー伯爵家の御令嬢なんだが、俺が出会った貴族の中で、唯一まともな人だ」
「すみません……」
後ろめたいことがあるので、思わず謝ってしまっていました。
「あ、いや、すまない、そう言えば君は貴族に近しい者だったな。君は一緒にいても苦にならないから、すっかり身近に感じていたよ」
好意的に受け取められたものの、本当に申し訳なく思います。
私はまだ、ハーバートさんの嫌いな貴族の端くれではあるので……
そんな私の思いを知らないハーバートさんからは、丁寧に住所を教えていただき、私が分かりやすいように、地図も書かれていました。
乗り合い馬車の乗り方も教えてもらいました。
そして、もし分からなければ、ここにいる人に聞けばいいからと、お店の人も教えてくれたし、最悪、この紙を見せて案内してもらうといいと、言われました。
「そのアタナシアさんだが、彼女は優秀な魔法使いで、俺も時々お世話になる。とても優しい子だから、エリの力にもきっとなってくれるよ」
ハーバートさんを助けることができるほどの女性ということで、それが羨ましいと思っていました。
「ハーバートさんは、何か危険なお仕事もされているのですか?」
魔法使いは、凶暴な魔物の討伐に協力しなければならないことがあると、聞きました。
「いや、俺は危険なことには参加しないが……念のためだよ。エリには家族がいないと言っていたから、君が困らないようにしたいだけだ。アタナシアさんは、どんなことでも力になってくれるから」
町の人ではなく、魔法使いのアタナシアさんに頼らざるを得ない状況が訪れるということが、想像できませんでした。
そんな事態にならない方がいいのは、当たり前のことです。
「ハーバートさん、無理はなさらずに、必ず無事に家に帰ってきてくださいね」
そう、お願いすることしかできませんでした。
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