出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

文字の大きさ
23 / 27

敬愛すべき(エディー)

しおりを挟む



「ハーバートさん!おかえりなさい!」



 そのまま立ち去るつもりだったのに、背後から姉様の弾んだ声が聞こえて、思わず振り向いていた。

 そこには、黒い髪に空のような青い瞳の男性が立ち、似た容姿をもつ幼子を抱き上げて、僕のことを見ていた。

 ハーバート。

 論文を出した教育学者と同じ名前だ。

 同一人物かは分からないけど、ハーバートと呼ばれた男性が、何かを見透かすように、僕のことを見つめていた。

「よければ、我が家で休憩していかないか。お茶くらいは出せる」

 その男性の言葉にどこか優しい含みがあるような気がしたのは、自分がそうと思っていたいだけなのか、

「お言葉に、甘えてもいいでしょうか……」

 帰るつもりだったのに、つい、そう答えてしまっていた。

 そして、未だかってないほどの緊張に晒されることになった。

 国王陛下と謁見した時でさえ、ここまでの緊張はなかったというのに。

「気が利かなくて、ごめんなさい。ハーバートさんが声をかけてくださって良かったです」

 姉様が、ニコニコしながら僕の前にお茶と、手作りと思われる焼き菓子を置いてくれた。

 招待された家には、温かみのあるたくさんの絵が飾られていた。

 その絵と同じくらい、この家も温もりのある家だった。

「遠方から来られたのなら、お疲れでしょうから、時間が許す限りゆっくりしていってください」

「歓迎、痛み入ります」

 向かいには姉様と旦那さんが座り、その対角に幼子が座って、両手で持ったコップのミルクらしきものを飲んでいた。

 親子で並ぶと、幸せそうな家族そのものだ。

 この場では、僕は明らかな他人で、疎外感はあった。

 だからなのか、あの決意はどこにいったのか、姉様と、口にしたい欲求で溢れていた。

「……僕は、せめて貴女の幸せを願ってもいいでしょうか」

 思わず口にしてしまい、

「はい?」

 姉様は、また、不思議そうな顔で僕を見て、そして旦那さんを見上げていた。

「彼は、エリの弟なのではないか?エリに会いに来てくれたのではないか?」

 ハーバートさんは、妻を安心させるかのように、穏やかに微笑んだままだ。

 その顔を見て、確信した。

 ハーバートさんは、僕の正体を知った上で、ここに招待してくれていたんだ。

「僕は、決して、貴女の幸せの邪魔をしません。でも、せめて、僕には、敬愛すべき姉がいたのだと、それを誇りに思うことを、この胸にとどめることを許してください」

「エディー?」

 姉様が、目を見開いて、僕の名前を呼んでくれた。

 泣きたいほどに、それが嬉しかった。

「だって、エディーは、こんなに小さかったのに」

 思い出の中の僕を、抱き上げてくれるかのような仕草を見せた。

「僕はもう、14歳です。それは、1,2歳の頃の僕ではないですか?」

 そうよねと、姉様が僕に微笑んでくれて、それがまた嬉しくて、息苦しくなっていた。

「貴方が会いに来てくれて、嬉しい。私は、自慢できるようないい姉ではなかったので」

 少しだけ哀しそうに話すその顔を見ると、僕も辛くなる。

「そんなことはありません!何度でも言います。貴女は、僕の敬愛すべき姉です。僕が、貴女のことを姉と呼ぶことが痴がましいのかもしれませんが……それでも、貴女は敬愛されるべき女性です」

 僕が言葉を重ねるたびに、姉様は、居心地が悪そうに苦笑している。

 何か間違った事を言ったのかと、不安になったのだけど、

「二人は、目がよく似ているからすぐに分かったよ。そして、性格の本質もよく似ているようだ。家族が家族を慕う気持ちに、多くの理由が必要なのか?」

 それは、まるで、大人が子供に、教師が生徒に、教え諭すような話し方だった。

「慕い合う姉弟が再会を素直に喜び合うことは、そんなに難しく考えなくていいことのはずだ」

「「はい。そうですね」」

 僕と姉様が同時に言ったものだから、思わず顔を見合わせて、そして笑い合っていた。

 それが打ち解けるきっかけになったのか、それから、姉様の手作りのお菓子をいただきながら、少しずつ、今までの事をお互いに話していった。

 居心地の良い空間で、その時間が過ぎるのはあっという間だった。

 姉様とハーバートさんとに、帰り際、それを伝えることだけは忘れなかった。

「姉様がここにいることは、誰にも言いません。姉様の静かな幸せを願っています」

 でも、僕の心配は、ハーバートさんがすぐに打ち消してくれる。

「大丈夫だ。エリがここに来た時とは状況が違うし、何よりも家族は俺が守るから心配しなくていい」

「はい。その……姉様のことをよろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げて、そして上げたところで、また声をかけられた。

「エディー。君が公爵家を継いで、もし何かに困るようなことがあれば、いつでも力になりたい。その時は、俺を信じて、俺に相談してくれ」

「はい、心に留めておきます。ありがとうございます」

「それは、もう目前まで迫っていることではないのか?」

 ハーバートさんは、どこまでも僕の思いを見透かしているようだった。

「ハーバートさん、それは……エディー、お父様に何かあったの?」

 あんな人のために姉様の心が揺らされることが嫌だった。

 姉様が、不安そうに瞳を揺らしながら僕のことを見ている。

「父は、もう、長くはありません」

 それを告げると、姉様は思わずといった様子で口元に手をあてた。

「姉様を家から追い出すような仕打ちをした事を後悔していました。父は、姉様が生きていることは知りません。ここに僕が来たことは誰にも言っていません。父は勝手です。姉様に会いたいと願うことなど、自分自身が叶わなくしてしまったのですから。でも、それは僕の勝手な考えであって、決めるのは姉様で……」

「ハーバートさん……私、どうしたら……」

 姉様は明らかに動揺していた。

 でも、そんな姉様に、ハーバートさんは変わらない穏やかな微笑を向けていた。

「エリが後悔しないようにしてほしい」

「でも……ハーバートさんも、一緒に……」

「俺も一緒に行くから、不安に思わなくていい。そばにいる。思う通りにすればいい。自分の心のままに。エリが望むのなら、会いに行けばいいんだ。子供達と一緒に」

「はい」

 姉様の心が決まったことを確認すると、姉様達を出迎えるために僕は一度家に戻り、そして、すぐに再会の日は訪れることとなった。









しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

魔力なしの役立たずだと婚約破棄されました

編端みどり
恋愛
魔力の高い家系で、当然魔力が高いと思われていたエルザは、魔力測定でまさかの魔力無しになってしまう。 即、婚約破棄され、家からも勘当された。 だが、エルザを捨てた奴らは知らなかった。 魔力無しに備わる特殊能力によって、自分達が助けられていた事を。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

【完結】没落令嬢の結婚前夜

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢アンジェリーヌは、裕福な家で愛されて育ったが、 十八歳のある日、突如、不幸に見舞われた。 馬車事故で家族を失い、その上、財産の全てを叔父家族に奪われ、 叔父の決めた相手と結婚させられる事になってしまったのだ。 相手は顔に恐ろしい傷を持つ辺境伯___ 不幸を嘆くも、生きる為には仕方が無いと諦める。 だが、結婚式の前夜、従兄に襲われそうになり、誤ってテラスから落ちてしまう。 目が覚めると、そこは見知らぬ場所で、見知らぬ少年が覗き込んでいた___  異世界恋愛:短編(全8話)  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】サポートキャラって勝手に決めないで!

里音
恋愛
私、リリアナ・モントン。伯爵令嬢やってます。で、私はサポートキャラ?らしい。 幼馴染で自称親友でヒロインのアデリーナ・トリカエッティ伯爵令嬢がいうには… この世界はアデリーナの前世での乙女ゲームとやらの世界と同じで、その世界ではアデリーナはヒロイン。彼女の親友の私リリアナはサポートキャラ。そして悪役令嬢にはこの国の第二王子のサリントン王子の婚約者のマリエッタ・マキナイル侯爵令嬢。 攻略対象は第二王子のサリントン・エンペスト、側近候補のマイケル・ラライバス伯爵家三男、親友のジュード・マキナイル侯爵家嫡男、護衛のカイル・パラサリス伯爵家次男。 ハーレムエンドを目指すと言う自称ヒロインに振り回されるリリアナの日常。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 多人数の視点があり、くどく感じるかもしれません。 文字数もばらつきが多いです。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

【完結】回復魔法だけでも幸せになれますか?

笹乃笹世
恋愛
 おケツに強い衝撃を受けて蘇った前世の記憶。  日本人だったことを思い出したワタクシは、侯爵令嬢のイルメラ・ベラルディと申します。 一応、侯爵令嬢ではあるのですが……婚約破棄され、傷物腫れ物の扱いで、静養という名目で田舎へとドナドナされて来た、ギリギリかろうじての侯爵家のご令嬢でございます……  しかし、そこで出会ったイケメン領主、エドアルド様に「例え力が弱くても構わない! 月50G支払おう!!」とまで言われたので、たった一つ使える回復魔法で、エドアルド様の疲労や騎士様方の怪我ーーそして頭皮も守ってみせましょう!  頑張りますのでお給金、よろしくお願いいたします!! ーーこれは、回復魔法しか使えない地味顔根暗の傷物侯爵令嬢がささやかな幸せを掴むまでのお話である。

処理中です...