平凡ばあちゃんの思い出話

ミズキケイ

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水が引いても

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 大変な被害を出すような災害は、いつの時代も後片付けが大変です。当時はショベルカーなどの重機やダンプカーみたいな大きな車を使って瓦礫や土砂を運ぶなんてできませんでした。今みたいに、消防や警察、自衛隊の方たちや大勢のボランティアさんが全国から集まってきて後片付けを手伝ってくれるわけでもありません。外部からの人手といえば、被災しなかったり、被害が少なかった親戚や知り合いが手伝いに来てくれるくらい。片付けは、何もかもが手作業で地道なものでした。
 その上、村が水に浸かったのは9月中旬です。わたしが住んでいた村だけでなく、浸水した地域にはとんでもない悪臭が漂っていました。
 あの頃はどの家も汲み取り式トイレ、いわゆるボットン便所でした。今でも汲み取り式トイレは少し残っているようですが、当時のトイレには現在の汲み取り式トイレみたいなきちんとした便槽があるわけではありません。地面に大きな穴を掘って、周囲の土に汚物が染み出しにくいように土を固めて、上に建物を作っただけのものです。また、今の清潔な時代に生まれた人たちからすると汚いお話でしょうが、畑や田んぼの肥料として屎尿しにょうを使っていたのです。トイレの外壁にある扉を開けると、その30cmほど下には排泄物が溜まっていて、それを専用の柄が長い柄杓ですくって、桶に汲み取って、畑まで持って行って農作物に捲いていました。どこの家もトイレはそんな仕組みですから、床上浸水なんかしたら何が起こるか、さあ大変。洪水の後、家の裏にあった梅の木の枝には、どこかの家の着物や、どこの家でもトイレットペーパー代わりに使っていた新聞紙――それも屎尿で変色して赤茶けた汚い新聞紙が引っ掛かって揺れていた、なんとも言えない光景を覚えています。
 トイレ以外にも悪臭の原因はありました。当時は農作業などのために牛や馬を飼っている家も多くありましたから、そういった動物で避難が間に合わなかったものは犠牲になってしまいました。真夏ではないといっても9月はまだ暑い季節。流されてきた牛馬の死体は段々と腐敗していき、災害後の悪臭の原因のひとつになっていました。なるべく早くに片付けるようにしていたとは思います。でも、大型の家畜を釣り上げてトラックに載せる機械もなければ、家畜を運ぶためのトラックさえありません。その上、若い男性は戦争にとられて少なくなっていましたから、大きな動物の死体の片付けにすぐには手が回らない部分もあったのでしょう。
 道路は舗装されていないし、河川だって今みたいにコンクリートで固めてあるわけでもない。家の周りは田んぼや畑。わたしたちの生活は、コンクリートとか、アスファルトとか、ほとんど無縁の環境でしたから、大水が引いた後も庭や道路、田んぼも畑も流されてきた色々な物が混ざり合ってドロドロのベタベタでした。
 今でも、水害の後は悪臭で大変なのだと、ニュースなんかで耳にします。そんなニュースを耳にすると、泥の臭い、排泄物の臭い、生き物が腐る臭い、そんな色々な臭いが混ざった、あの時の雰囲気、空気のにおい、故郷の風景を思い出します。
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