平凡ばあちゃんの思い出話

ミズキケイ

文字の大きさ
9 / 12

泥と掃除と片付け

しおりを挟む
 あの水害について調べた資料によると、1番ひどく浸水した場所は家から2キロくらいの距離で、水かさは3メートルくらいだそうです。わたしの家の床上浸水は足首よりちょっと上くらいまでだったと家に残った人たちが話していました。基礎と当時の建物の床下を合わせると実家の床は周りの地面より2.5メートルから3メートル近く高いはずなので、やはりわたしの村もそのくらいの高さまで水がきたのでしょう。
 洪水の後は家の外の片付けも大変ですが、家の中も大変です。周りの家よりは被害が少なかったとはいっても、やっぱりわたしの家も床上浸水をしたのですから、家の中は泥だらけです。
 家に残った家族の働きのおかげで畳は無事でしたが、泥だらけの床の上に戻すわけにもいきません。とはいっても、水道があるわけでもなく、ホースがあるわけでもなく。井戸には手押しポンプがあったので、水を汲み上げる作業自体はそれほど大変ではありませんでしたが、バケツに水を汲んで家の中まで持って行って、雑巾で床を何度も何度も拭いて。泥がなくなるまで毎日繰り返しました。
 ところで、古い家の畳の下がどうなっているか知っていますか?畳を上げてみると、その下はスカスカの床板なんですよ。畳を上に置けば重さで床板がずれることもないので、釘で床板を打ちつけたりもしてありません。畳が湿気て傷んだり、床板と畳の間にカビが生えたりしないように通気性をよくするためなんです。
 そういえば先日、畳の下の床について、孫が仕事先で聞いたことを話してくれました。ちょうど、特別警報が出るほどの豪雨で市内にも被害が出たすぐ後のことでした。その方は「床上浸水したから家を乾かしてる。畳も駄目になったから捨てるために全部外に出したけど、畳を上げてみてびっくり。下の床が全部ちゃんと敷き詰めてなくて、釘すら打ってなかった。ひどい安普請で驚いた」と孫に話したそうです。わたしみたいな年寄りから見ればそれで普通、ちゃんとした日本家屋ね、って思うんですけど、知らない人には床板をケチッた安普請に見えるみたいです。ちょっとしたジェネレーションギャップです。
 余談はこのくらいにして、時を昭和20年に戻します。
 生活空間の掃除と片付けも大変でしたけど、わたしの家には蔵や納屋もあったので、そっちの掃除と片付けも大変でした。蔵の1階には米や漬物が置いてありましたが、それらの一部も浸水していました。家に残ったみんなが協力して、母屋や離れの畳を泥水から守ることはできましたが、さすがに蔵や納屋までは手が回らなかったみたいです。
 母屋、離れ、納屋、蔵。掃除をして片付けなければならないところは沢山あります。昼間の片付けだけでは終わらないので、夜も蝋燭を持って片付けました。ここで若い人たちは、蝋燭?と思うかもしれません。当時も電灯や懐中電灯はありました。でも、電灯は家の中にひとつ、代わりにコードが何メートルもあるので必要な時には天井からはずして必要な場所まで持って行くのが当たり前。そんな電灯も、洪水のせいであの時は停電していたので使えない状態でした。懐中電灯や電池も、今みたいに気楽にどんどん使えるものではありません。沢山あって役に立つのは蝋燭だったんです。
 夜、蝋燭を持って、ここを照らせ、こっちに灯りをよこせ、と言う大人の手伝いをするのは私の役割でした。でも、その手伝いの中で大変厄介なことが起きたんです。蝋燭を持ったわたしは、手どころか全身がブルブルと震えてしまって、そのせいで火が消えるのです。昼間はそうでもないのですが、夜になるとなぜだか蝋燭を持った手がひどく震えてしまうんです。何度も何度も火が消えるので親からはひどく叱られました。蝋燭を消してしまったら片付けも時間がかかって、なかなか寝られません。わたしも震えないように頑張っていたけど、どうにも怖くて仕方ありませんでした。大水の後しばらくは、妹と一緒に逃げたせいで家財道具を高い所に逃がすための人手が減って大変だった、蝋燭くらいまともに持て、蝋燭を持ったもんが震えてどうする、と怒られて散々でした。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...