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泥と掃除と片付け
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あの水害について調べた資料によると、1番ひどく浸水した場所は家から2キロくらいの距離で、水かさは3メートルくらいだそうです。わたしの家の床上浸水は足首よりちょっと上くらいまでだったと家に残った人たちが話していました。基礎と当時の建物の床下を合わせると実家の床は周りの地面より2.5メートルから3メートル近く高いはずなので、やはりわたしの村もそのくらいの高さまで水がきたのでしょう。
洪水の後は家の外の片付けも大変ですが、家の中も大変です。周りの家よりは被害が少なかったとはいっても、やっぱりわたしの家も床上浸水をしたのですから、家の中は泥だらけです。
家に残った家族の働きのおかげで畳は無事でしたが、泥だらけの床の上に戻すわけにもいきません。とはいっても、水道があるわけでもなく、ホースがあるわけでもなく。井戸には手押しポンプがあったので、水を汲み上げる作業自体はそれほど大変ではありませんでしたが、バケツに水を汲んで家の中まで持って行って、雑巾で床を何度も何度も拭いて。泥がなくなるまで毎日繰り返しました。
ところで、古い家の畳の下がどうなっているか知っていますか?畳を上げてみると、その下はスカスカの床板なんですよ。畳を上に置けば重さで床板がずれることもないので、釘で床板を打ちつけたりもしてありません。畳が湿気て傷んだり、床板と畳の間にカビが生えたりしないように通気性をよくするためなんです。
そういえば先日、畳の下の床について、孫が仕事先で聞いたことを話してくれました。ちょうど、特別警報が出るほどの豪雨で市内にも被害が出たすぐ後のことでした。その方は「床上浸水したから家を乾かしてる。畳も駄目になったから捨てるために全部外に出したけど、畳を上げてみてびっくり。下の床が全部ちゃんと敷き詰めてなくて、釘すら打ってなかった。ひどい安普請で驚いた」と孫に話したそうです。わたしみたいな年寄りから見ればそれで普通、ちゃんとした日本家屋ね、って思うんですけど、知らない人には床板をケチッた安普請に見えるみたいです。ちょっとしたジェネレーションギャップです。
余談はこのくらいにして、時を昭和20年に戻します。
生活空間の掃除と片付けも大変でしたけど、わたしの家には蔵や納屋もあったので、そっちの掃除と片付けも大変でした。蔵の1階には米や漬物が置いてありましたが、それらの一部も浸水していました。家に残ったみんなが協力して、母屋や離れの畳を泥水から守ることはできましたが、さすがに蔵や納屋までは手が回らなかったみたいです。
母屋、離れ、納屋、蔵。掃除をして片付けなければならないところは沢山あります。昼間の片付けだけでは終わらないので、夜も蝋燭を持って片付けました。ここで若い人たちは、蝋燭?と思うかもしれません。当時も電灯や懐中電灯はありました。でも、電灯は家の中にひとつ、代わりにコードが何メートルもあるので必要な時には天井からはずして必要な場所まで持って行くのが当たり前。そんな電灯も、洪水のせいであの時は停電していたので使えない状態でした。懐中電灯や電池も、今みたいに気楽にどんどん使えるものではありません。沢山あって役に立つのは蝋燭だったんです。
夜、蝋燭を持って、ここを照らせ、こっちに灯りをよこせ、と言う大人の手伝いをするのは私の役割でした。でも、その手伝いの中で大変厄介なことが起きたんです。蝋燭を持ったわたしは、手どころか全身がブルブルと震えてしまって、そのせいで火が消えるのです。昼間はそうでもないのですが、夜になるとなぜだか蝋燭を持った手がひどく震えてしまうんです。何度も何度も火が消えるので親からはひどく叱られました。蝋燭を消してしまったら片付けも時間がかかって、なかなか寝られません。わたしも震えないように頑張っていたけど、どうにも怖くて仕方ありませんでした。大水の後しばらくは、妹と一緒に逃げたせいで家財道具を高い所に逃がすための人手が減って大変だった、蝋燭くらいまともに持て、蝋燭を持ったもんが震えてどうする、と怒られて散々でした。
洪水の後は家の外の片付けも大変ですが、家の中も大変です。周りの家よりは被害が少なかったとはいっても、やっぱりわたしの家も床上浸水をしたのですから、家の中は泥だらけです。
家に残った家族の働きのおかげで畳は無事でしたが、泥だらけの床の上に戻すわけにもいきません。とはいっても、水道があるわけでもなく、ホースがあるわけでもなく。井戸には手押しポンプがあったので、水を汲み上げる作業自体はそれほど大変ではありませんでしたが、バケツに水を汲んで家の中まで持って行って、雑巾で床を何度も何度も拭いて。泥がなくなるまで毎日繰り返しました。
ところで、古い家の畳の下がどうなっているか知っていますか?畳を上げてみると、その下はスカスカの床板なんですよ。畳を上に置けば重さで床板がずれることもないので、釘で床板を打ちつけたりもしてありません。畳が湿気て傷んだり、床板と畳の間にカビが生えたりしないように通気性をよくするためなんです。
そういえば先日、畳の下の床について、孫が仕事先で聞いたことを話してくれました。ちょうど、特別警報が出るほどの豪雨で市内にも被害が出たすぐ後のことでした。その方は「床上浸水したから家を乾かしてる。畳も駄目になったから捨てるために全部外に出したけど、畳を上げてみてびっくり。下の床が全部ちゃんと敷き詰めてなくて、釘すら打ってなかった。ひどい安普請で驚いた」と孫に話したそうです。わたしみたいな年寄りから見ればそれで普通、ちゃんとした日本家屋ね、って思うんですけど、知らない人には床板をケチッた安普請に見えるみたいです。ちょっとしたジェネレーションギャップです。
余談はこのくらいにして、時を昭和20年に戻します。
生活空間の掃除と片付けも大変でしたけど、わたしの家には蔵や納屋もあったので、そっちの掃除と片付けも大変でした。蔵の1階には米や漬物が置いてありましたが、それらの一部も浸水していました。家に残ったみんなが協力して、母屋や離れの畳を泥水から守ることはできましたが、さすがに蔵や納屋までは手が回らなかったみたいです。
母屋、離れ、納屋、蔵。掃除をして片付けなければならないところは沢山あります。昼間の片付けだけでは終わらないので、夜も蝋燭を持って片付けました。ここで若い人たちは、蝋燭?と思うかもしれません。当時も電灯や懐中電灯はありました。でも、電灯は家の中にひとつ、代わりにコードが何メートルもあるので必要な時には天井からはずして必要な場所まで持って行くのが当たり前。そんな電灯も、洪水のせいであの時は停電していたので使えない状態でした。懐中電灯や電池も、今みたいに気楽にどんどん使えるものではありません。沢山あって役に立つのは蝋燭だったんです。
夜、蝋燭を持って、ここを照らせ、こっちに灯りをよこせ、と言う大人の手伝いをするのは私の役割でした。でも、その手伝いの中で大変厄介なことが起きたんです。蝋燭を持ったわたしは、手どころか全身がブルブルと震えてしまって、そのせいで火が消えるのです。昼間はそうでもないのですが、夜になるとなぜだか蝋燭を持った手がひどく震えてしまうんです。何度も何度も火が消えるので親からはひどく叱られました。蝋燭を消してしまったら片付けも時間がかかって、なかなか寝られません。わたしも震えないように頑張っていたけど、どうにも怖くて仕方ありませんでした。大水の後しばらくは、妹と一緒に逃げたせいで家財道具を高い所に逃がすための人手が減って大変だった、蝋燭くらいまともに持て、蝋燭を持ったもんが震えてどうする、と怒られて散々でした。
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