平凡ばあちゃんの思い出話

ミズキケイ

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わたしと犠牲者

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 これまで、語ることを後回しにしてきたことがあります。犠牲になった方々のことです。とはいっても、大したお話しがあるわけでもないのですが。
 なにはともあれ、死者85人の災害です。
 流されたものが家や道具類、家畜だけならよかったのですが、人も流されてきていました。わたしの身近でも、大水の死者は無縁の存在ではありませんでした。家族や近くの親戚は全員が無事でしたから、身内の死には縁がありませんでしたが、人や動物の死体が川の土手にあった竹林にひっかかっていたらしいのです。「らしい」というのは、とんでもなく怖がりなわたしは、それらを見ないように必死でしたから実際には人も牛も死体はひとつも見ていないのです。「どこそこに死体が引っ掛かっとるけえ見に行こう」「あそこの近くに土左衛門が上がっとる」と近所の人たちは野次馬に行っていました。でも、わたしは死体の噂のある場所の近くを通る時は、うっかり見てしまいたくなかったので、うつむいて地面を睨みながら走って通り抜けていました。学校へ行く時に通る道が竹林沿いだったので怖くて仕方なかったのをよく覚えてます。もしかして自分も……?と思ったら、余計に怖くなってしまうのです。
 上流で家族を水に流された人たちは、どこにどんな怪我人がいるか、どんな死人がいるかを訪ね歩きながら下流へ、下流へと移動しておられました。年格好の似た怪我人がいると聞けば会いに行って本人か確かめる。歩けないようなら背負うか大八車などで連れて帰る。誰かの死体が竹やぶや木の枝に引っかかっていると聞けばそこへ行く。遺体が身内なら枝から下ろして、戸板に乗せて何人かで担ぐか、大八車を曳いて連れて帰る。そのような感じだったのだと聞いています。
 当時は、歩けないからといって救急車やタクシーで移動したり、誰かが亡くなったからといって葬儀屋さんがストレッチャーと専用の自動車で迎えに来てくれるような時代ではありません。自動車を持っている家庭なんてほとんどありませんから、大きな物を運ぶのは大八車という荷車です。荷物が重たすぎて運べない時には、牛や馬に曳いてもらう。そんな時代なので、自力で動けない方を運ぶのも、家族や親族が人力でしていたのです。
 今なら警察や消防の方が遺体を回収して、どこかのお寺や学校などの施設に収容しておいてくださるかもしれません。でもあの時は、見付けたら見付けたままの場所からあまり動かされることはなかったようです。まったく放置というわけでもなかったでしょうし、家族も必死で行方不明者を探しているので何週間もほったらかしになることもなかったみたいですけど、まだ子どもだったので詳しくは覚えていません。ただ、今のようにきちんと遺体を安置する場所があれば、身内を探す人たちも少しだけ楽だったことでしょう。テレビもない、携帯電話もない、固定電話も村に数件だけ、移動も徒歩か、精々が自転車。そんな時代の人探しは大変な労力と時間が必要だったことでしょう。歩きまわって出会った人に訪ねて歩く探し方なので、行方不明になった身内を見付けることができなかった人、家族に見付けてもらえずに無縁仏として供養された方もおられたのではないかと思います。
 何かが少しでも狂っていたら、わたしの家族もわたしや妹を探して歩いていたかもしれません。勝手に家を飛び出したことは後からひどく怒られました。でも、死んでしまっていたら怒られることもできませんでした。
 生きているからこうやって語ることができる。あの時、妹と一緒に死んでいたか、70年以上経った今も当時のことを語ることができているかは、ほんの紙一重のことだったんだと、思い出す度に偶然の重なりに感謝しています。
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