平凡ばあちゃんの思い出話

ミズキケイ

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お父さん

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 わたしの父親というのは、本当に素晴らしい人でした。きっと、誰もがそうであるように、ズルいところとか、意地悪なところとか、弱いところとか、嫌な面はたくさんあったのだと思います。だって、父も人間で、大人だったんですから。10歳の時、終戦直前に戦死してしまったから、素敵な思い出しか残っていない、っていうのは分かっています。でも、わたしの覚えている父は「立派な良い人」なんだからしょうがないんです。
 父は、とっても歌が上手でした。当時は、レコードも蓄音機も、誰でも持っているような時代じゃありませんでした。父が時々、蓄音機で音楽を聴いている姿が記憶に残っていますが、たぶん、お友達とか、そういった人から、レコードと蓄音機を借りて帰って聴いていたんだと思います。でも、父には、レコードとか、あんまり必要なかったんじゃないかしら、と思います。だって、1回か2回聴いただけで、とっても素敵な声で完璧に歌えるようになっていたのですから。
 一方のわたしはというと、小さい頃は歌が大好きで、作り歌をよく歌っていたものです。でも、おばあさんからは「それでも歌かえ。泣くよりゃマシじゃ」と言われるような歌声でした。とはいえ、大きくなってからは人前で歌うこともなかったので、歌が下手だったからそう言われたのか、歌ってばかりでうるさかっただけなのか、今となってはよく分かりません。
 父の音楽の才能は、父親と育ての母親との間にできた下の妹が継いだみたいです。高校時代には、学校のオーケストラでコンサートマスターを任されるくらいバイオリンが上手だったんです。でも、そのお話はまた今度にしましょう。だって、今回はお父さん自慢なんですから。
 他にも、父は字が上手だったし、いろんな人の相談に乗ったりもしていました。頭がいい人だったんです。字が上手なところは、上の妹が、そして上の妹の息子と孫が継ぎました。今、上の妹の息子さんは書道の先生になっています。
 わたしの字はというと、読みやすいように書いている、という以外には褒めるところはありません。でも、誰が見ても読める字を書いているから、って開き直っています。
 そういえば、大人になってから生みの母親が書いた字を見てびっくりしました。わたしの字とそっくり、誰でも読めるけどヘタクソなんです。さらに言うと、わたしの長男と、長男の1人娘も、わたしと字がそっくり、癖があって、決して上手とはいえません。読めるからいいんですけどね。
 父は褒め上手な人でもありました。たった一言か二言しか言わないのに、私の気持ちを有頂天にさせるような、魔法の褒め方ができる人でした。
 わたしが庭の隅っこで、そこらへんに落ちていた木の枝で何かを書いていた時のことです。まだ3歳か4歳。それを見た父親は「ほう、字が上手いのう」と、文字ですらない落書きを一言だけ褒めてくれたのですが、今でもそのことを忘れることができません。
 怒るのも上手な人だったんじゃないかと思います。いえ、父が怒る姿はほとんど見たことがありません。怒るというよりは、注意とか、指摘とか、そういう言葉の方がいいかもしれません。唯一、父親が怒った姿を覚えているのは、食事の時に上の妹がゴソゴソ動きまわって悪ふざけをしていて、ご飯のおひつの中に足を突っ込んでしまった時くらいです。どんな言葉だったか覚えていませんが、大きな声で一言、それから上の妹は食事を取り上げられて、という感じでした。わたしも、普段は声を荒らげない父親の様子にびっくり。でも、グチグチと言葉数を多く怒ることはありませんでした。
 無口な人ではなかったはずなのに、褒めるも叱るも一言。たった一言なのに、妙に重みがあって心に響く言葉の持ち主でした。その一言の何が特別なんだか、今でもさっぱり。きっと、その時だけじゃない、普段からの何気ない言葉の積み重ねが、一言に重みを与えていたのでしょうね。
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