4 / 12
火事と父
しおりを挟む
わたしが子どもの頃、父は消防団に入っていました。今の人たちはどうなっているのか分からないけど、あの頃の若い男の人は、みんな消防団や青年団に入っていたものです。
火事を知らせる半鐘の音が聞こえたら、父は夜中だって飛び起きて、家を飛び出していっていました。
母屋のすぐ隣にある離れの縁側には小さな棚が置いてあって、その中に父の消防団の服が全部入っていました。その棚の中から、育ての母が、順番に物を取り出して手渡して、父を手伝っていた姿をよく覚えています。
「火事だ!」となると、父はあっという間に身支度を整えるのですが、その中でも1番印象に残っているのは脚半、ゲートルとも呼んでいましたが、それを巻く姿です。長い1本の布を膝から下に巻いていくのですが、その手つきの鮮やかで素早いこと!惚れ惚れするような様子でした。チャッチャッチャ、と巻き終わると、最後に、母が持っている帽子をつかんで走って行くのです。
わたしは、目にも留まらぬ速さで支度をするお父さんと、その手伝いをするお母さんの姿を、いつも震えながら見ていました。「夜も遅いんだから起きてこなくてもいいのに」と言われても、起きずにはいられませんでした。だって、火事ってすごく怖かったんですから。どうしても、目が覚めちゃうんです。
ガタガタ震えているわたしやお母さんに見送られて家を出たお父さんは、消防団の道具が置いてある器庫へ向かいます。器庫には必ず父が1番乗りでした。誰よりも早く着いて、後から来た人たちと一緒に素早く出動できるように準備を整えておくのです。1番乗りで器庫に着いた時には、消火活動を終えて帰宅した父は「今日も1番じゃった」と言って家に帰ってきていたものです。逆に、1番乗りを逃した時の父は不機嫌そうでした。父には、負けず嫌いで子どもっぽいところがあったんでしょうね。
今は地域の消防団でも自動車を持っていますが、当時は自動車ではありませんでした。荷車のようなものに手押し式のポンプが載っているものを、団員がみんなで押して火事の現場まで走って持って行っていたのです。ただ、他には何を持って行っていたのか知らないんですけどね。ただ、記憶にあるのは、脚絆を巻く父の姿と、ポンプを押して出動する消防団員の姿くらいなんです。
さて、身支度を整えたお父さんが出て行ったら、次は野次馬です。家族はみんなで、家の近くを流れる川の土手まで出て行きます。土手まで行けば、対岸の町の火事も見えました。昭和の初め頃、わたしの家の周りにはそれほど背が高い建物はありませんでした。だから、ちょっとくらい離れていても、土手に行けば火事がよく見えました。特に夜の火事は、遠いところで燃えていても、すぐ目の前で燃えているかのように近く、炎も大きく感じたものです。そんな火事を、ブルブルガタガタ震えながら家族や近所の人たちと一緒に見物したのです。遠くの火事で、わたしには全然影響がないと分かっていても、なぜだか無性に怖かったのです。
そういえば、この話をした時に「そんなに怖いなら家にいればいいじゃん」と孫に言われたことがあります。でも、とんでもない!家族みんなが火事を見に行くのですから、わたしだけ家に残るわけにはいきません。ひとりで家にいたら、もっと怖くてもっと不安になってしまいます。目の前で炎が燃え盛っていても、誰かと一緒の方がよかったのです。
そろそろ気付いているでしょうが、わたし、実はとんでもない怖がりなんですよ。子どもは男の子2人だから、母親として、ビビった姿は見せないように堂々と振る舞うように頑張ってきましたが、怖がりは今でも変わっていません。怖がりのまま、心配性のままでも、人生なんとかなるもんです。
火事を知らせる半鐘の音が聞こえたら、父は夜中だって飛び起きて、家を飛び出していっていました。
母屋のすぐ隣にある離れの縁側には小さな棚が置いてあって、その中に父の消防団の服が全部入っていました。その棚の中から、育ての母が、順番に物を取り出して手渡して、父を手伝っていた姿をよく覚えています。
「火事だ!」となると、父はあっという間に身支度を整えるのですが、その中でも1番印象に残っているのは脚半、ゲートルとも呼んでいましたが、それを巻く姿です。長い1本の布を膝から下に巻いていくのですが、その手つきの鮮やかで素早いこと!惚れ惚れするような様子でした。チャッチャッチャ、と巻き終わると、最後に、母が持っている帽子をつかんで走って行くのです。
わたしは、目にも留まらぬ速さで支度をするお父さんと、その手伝いをするお母さんの姿を、いつも震えながら見ていました。「夜も遅いんだから起きてこなくてもいいのに」と言われても、起きずにはいられませんでした。だって、火事ってすごく怖かったんですから。どうしても、目が覚めちゃうんです。
ガタガタ震えているわたしやお母さんに見送られて家を出たお父さんは、消防団の道具が置いてある器庫へ向かいます。器庫には必ず父が1番乗りでした。誰よりも早く着いて、後から来た人たちと一緒に素早く出動できるように準備を整えておくのです。1番乗りで器庫に着いた時には、消火活動を終えて帰宅した父は「今日も1番じゃった」と言って家に帰ってきていたものです。逆に、1番乗りを逃した時の父は不機嫌そうでした。父には、負けず嫌いで子どもっぽいところがあったんでしょうね。
今は地域の消防団でも自動車を持っていますが、当時は自動車ではありませんでした。荷車のようなものに手押し式のポンプが載っているものを、団員がみんなで押して火事の現場まで走って持って行っていたのです。ただ、他には何を持って行っていたのか知らないんですけどね。ただ、記憶にあるのは、脚絆を巻く父の姿と、ポンプを押して出動する消防団員の姿くらいなんです。
さて、身支度を整えたお父さんが出て行ったら、次は野次馬です。家族はみんなで、家の近くを流れる川の土手まで出て行きます。土手まで行けば、対岸の町の火事も見えました。昭和の初め頃、わたしの家の周りにはそれほど背が高い建物はありませんでした。だから、ちょっとくらい離れていても、土手に行けば火事がよく見えました。特に夜の火事は、遠いところで燃えていても、すぐ目の前で燃えているかのように近く、炎も大きく感じたものです。そんな火事を、ブルブルガタガタ震えながら家族や近所の人たちと一緒に見物したのです。遠くの火事で、わたしには全然影響がないと分かっていても、なぜだか無性に怖かったのです。
そういえば、この話をした時に「そんなに怖いなら家にいればいいじゃん」と孫に言われたことがあります。でも、とんでもない!家族みんなが火事を見に行くのですから、わたしだけ家に残るわけにはいきません。ひとりで家にいたら、もっと怖くてもっと不安になってしまいます。目の前で炎が燃え盛っていても、誰かと一緒の方がよかったのです。
そろそろ気付いているでしょうが、わたし、実はとんでもない怖がりなんですよ。子どもは男の子2人だから、母親として、ビビった姿は見せないように堂々と振る舞うように頑張ってきましたが、怖がりは今でも変わっていません。怖がりのまま、心配性のままでも、人生なんとかなるもんです。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる