平凡ばあちゃんの思い出話

ミズキケイ

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火事と父

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 わたしが子どもの頃、父は消防団に入っていました。今の人たちはどうなっているのか分からないけど、あの頃の若い男の人は、みんな消防団や青年団に入っていたものです。
 火事を知らせる半鐘の音が聞こえたら、父は夜中だって飛び起きて、家を飛び出していっていました。
 母屋のすぐ隣にある離れの縁側には小さな棚が置いてあって、その中に父の消防団の服が全部入っていました。その棚の中から、育ての母が、順番に物を取り出して手渡して、父を手伝っていた姿をよく覚えています。
 「火事だ!」となると、父はあっという間に身支度を整えるのですが、その中でも1番印象に残っているのは脚半、ゲートルとも呼んでいましたが、それを巻く姿です。長い1本の布を膝から下に巻いていくのですが、その手つきの鮮やかで素早いこと!惚れ惚れするような様子でした。チャッチャッチャ、と巻き終わると、最後に、母が持っている帽子をつかんで走って行くのです。
 わたしは、目にも留まらぬ速さで支度をするお父さんと、その手伝いをするお母さんの姿を、いつも震えながら見ていました。「夜も遅いんだから起きてこなくてもいいのに」と言われても、起きずにはいられませんでした。だって、火事ってすごく怖かったんですから。どうしても、目が覚めちゃうんです。
 ガタガタ震えているわたしやお母さんに見送られて家を出たお父さんは、消防団の道具が置いてある器庫へ向かいます。器庫には必ず父が1番乗りでした。誰よりも早く着いて、後から来た人たちと一緒に素早く出動できるように準備を整えておくのです。1番乗りで器庫に着いた時には、消火活動を終えて帰宅した父は「今日も1番じゃった」と言って家に帰ってきていたものです。逆に、1番乗りを逃した時の父は不機嫌そうでした。父には、負けず嫌いで子どもっぽいところがあったんでしょうね。
 今は地域の消防団でも自動車を持っていますが、当時は自動車ではありませんでした。荷車のようなものに手押し式のポンプが載っているものを、団員がみんなで押して火事の現場まで走って持って行っていたのです。ただ、他には何を持って行っていたのか知らないんですけどね。ただ、記憶にあるのは、脚絆を巻く父の姿と、ポンプを押して出動する消防団員の姿くらいなんです。
 さて、身支度を整えたお父さんが出て行ったら、次は野次馬です。家族はみんなで、家の近くを流れる川の土手まで出て行きます。土手まで行けば、対岸の町の火事も見えました。昭和の初め頃、わたしの家の周りにはそれほど背が高い建物はありませんでした。だから、ちょっとくらい離れていても、土手に行けば火事がよく見えました。特に夜の火事は、遠いところで燃えていても、すぐ目の前で燃えているかのように近く、炎も大きく感じたものです。そんな火事を、ブルブルガタガタ震えながら家族や近所の人たちと一緒に見物したのです。遠くの火事で、わたしには全然影響がないと分かっていても、なぜだか無性に怖かったのです。
 そういえば、この話をした時に「そんなに怖いなら家にいればいいじゃん」と孫に言われたことがあります。でも、とんでもない!家族みんなが火事を見に行くのですから、わたしだけ家に残るわけにはいきません。ひとりで家にいたら、もっと怖くてもっと不安になってしまいます。目の前で炎が燃え盛っていても、誰かと一緒の方がよかったのです。
 そろそろ気付いているでしょうが、わたし、実はとんでもない怖がりなんですよ。子どもは男の子2人だから、母親として、ビビった姿は見せないように堂々と振る舞うように頑張ってきましたが、怖がりは今でも変わっていません。怖がりのまま、心配性のままでも、人生なんとかなるもんです。
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