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洪水
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一生のうちには誰もが「死ななくてよかった!」と心底思うような、九死に一生を得る体験をするはずです。
わたしがそんな体験をしたのは、戦争が終わった年の9月、まだ10歳の時でした。
その日は、台風の影響で、朝起きた時から大雨が降っていました。きっと、もっと早い時間から降っていたのでしょう。昼過ぎになって、消防団の人が「川の水かさが上がっとる。土手も危ないけえ寺に避難せえ」と避難を促しに来ました。幼いわたしは「消防の人が言うんだから避難しないと!」とソワソワと落ち着かない気持ちになりました。
その頃は、私と母と妹2人、終戦直前に満州から引き上げてきて自宅の離れに暮らしていた叔父や叔母と3人のいとこがいました。それから親戚のおばさんが生まれたばかりの赤ちゃんを連れて遊びに来ていました。でも、おとなは誰も避難する準備をしません。それどころか、「この家は土手と同じ高さだ。床も普通より高く作ってある。この家は水に浸かることはない」と平然としています。日暮れ前になって再び消防団の男性がやってきました。もう、家の下の道はうっすらと水におおわれていて、その男性の足元がザブザブいっていたのを覚えています。「もう逃げとらんのはここだけじゃ!はよう逃げえ!」と消防の人がひどく怒っても、おとなたちは「大丈夫だから」の一点張りで聞き入れません。母も頑固なところがある女性でしたし、これまた叔母と親戚のおばさんが強い女性でしたから、避難を促す男性を追い返してしまいました。
確かに、わたしの育った家は周囲とは少し違う家でした。周りにある他の家や田んぼと比べても、わたしの家がある部分は明らかに地面が高く、周囲も石垣でしっかり固めてありました。家のすぐ前に大きなお寺がありましたが、お寺の境内よりも自分の家の庭の方が少し高かったことを覚えています。昭和20年の当時でさえ、母屋は築100年以上の建物でしたから、地面を高くする工事をしたのはもっと前のはずです。きっと、大変な工事だったことでしょう。床下も非常に高い建物でした。古い日本家屋は子どもが入って遊べるくらい高いのは当たり前でしたが、それと比べても我が家の縁の下は高かったことを覚えています。床下には薪が積んであったり、鶏やウサギも飼っていました。わたしも妹たちも、その高い縁側から何度も庭に落っこちたものです。
とにかく、そんなふうに周囲と比べると防災意識の高い建物だったものですから、おとなたちは平然としています。でも、わたしは、地域の防災を担う消防団員が逃げろと言うのに、あれだけ消防の人が語気を強めて怒ったのに逃げないなんて正気だとは思えませんでした。だから、家の前の道がうっすらと水に覆われ始めた様子を見た時、わたしはお寺の裏山に逃げることを決意しました。4歳下の妹が一緒についてきましたが、母も、叔父や叔母も、3人のいとこたちも、9歳下の妹も、親戚の親子も家に残ったままでした。
家族の制止を振り切って家を出た時わたしは、庭を抜けて、すぐ前の道へ下りました。家を出た時、水かさはわたしの足首より少し高いくらいでした。お寺の門までは50メートルくらいです。「充分間に合う」そう思いながらも、急いでお寺を目指します。たった50メートルです。普通に歩いても1分もかかりません。
でも、思っていたようには前に進めませんでした。50メートル程度の距離を進む間にも、泥水がどんどん増えてくるのです。水は腰の高さになり、胸の高さになり、途中からは泳がなければ進めないほどになりました。しかも、プールの水のように静かな水ではありません。どこかから水がやってくるのですから流れがあります。1分ちょっとで胸の高さを超えるほどの早さで増える水。流れにはかなりの勢いがありました。でも、毎日川で泳いでいたわたしは流されてしまうほどでもありませんでした。妹と手を繋いで、ようやく足が地面に届くくらいの深さを、半分水をかき分けて歩き、半分泳ぐような格好で前へ進みます。予想以上の早さで水が増えていた状態でもパニックにならずにすんだのは、無謀といってもいいくらい泳ぎに自信があったからだと思います。また、妹もパニックを起こしてわたしにしがみつくようなことはありませんでした。妹もあの頃はもう泳げたはずですから、しがみつくことの危なさを分かっていたのかもしれません。もし怖がった妹にしがみつかれていたら、まともに泳ぐことができず、どうなっていたか分かりません。
そのようにして妹と2人なんとか手を繋いで泳いでお寺の塀の近くまでたどりつきましたが、そのままでは流されてしまいます。水はどんどん増えます。不意に目に入ったのは竹格子。お寺の塀の古くなった漆喰には何ヶ所か剥がれていたところが元々あったのですが、そこが水のせいで更に剥がれて、格子状に編んだ竹が出てたのです。無我夢中で手を伸ばして塀をつかみました。「ひとまず流されることはない」と安心した直後、わたしと妹の濡れた手が滑って離れ、水流が妹の体をつかんで連れ去ろうとしたのです。
何かの考えが頭に浮かぶ余裕なんてありません。咄嗟に、わたしも一度塀から手を離して水をかきわけて妹の近くへ泳いでいって、その手をもう一度つかむかどうか、その瞬間でした。不意に、わたしたちのすぐ近くに真っ黒い大きな影が迫っていることに気付きました。しかも、その影は速くはありませんが、ぐんぐんとこちらに近付いてきています。どうやってもう一度妹の手をつかんだのか、とにかく必死だったから細かいことは覚えていません。ただその影を見た瞬間に「山だ!」と直感したことだけは、はっきりと覚えています。でも、大きな影の正体を確認する余裕なんてありません。日が暮れてあたりは暗くなっていましたから妹の姿だって影で見えるような状態だし、何よりも自分たちは流されかけていて生きるか死ぬかの瀬戸際です。あれこれ考える暇なんてない。妹の手をもう一度つかんで、手を伸ばしたら塀の竹格子を運良くもう一度つかむことができました。奇跡としか言いようがない一瞬のできごとです。
その後は、塀につかまりながら移動していくとお寺の門がすぐ近くにありましたからお寺に入り、すでに水浸しになった境内を抜けて、裏の山に避難しました。
まさに九死に一生の体験でした。後から知ったのですが、堤防が切れたのは1ヶ所だけではなかったそうです。私の家の下流の土手数ヶ所がどんどん決壊して、そこから一気に水が入ってきたということでした。
あと1分でも家を出るのが遅れていたら?妹の手を再びつかめていなかったら?お寺の塀の表面が水で流されていなかったら?たとえ命を落としていなかったとしても、今のわたしは存在していないでしょう。
なんだかドラマや映画みたいな九死に一生ストーリーですが、災害はそれ自体が非日常ですから、当たり前と言えば当たり前。平凡な人生でも、長生きしていればインパクトのあるお話のひとつやふたつはあるもんです。
それにしても……。自然というのは、水というのは、あんなにも恐ろしいものなのかと思い知らされる出来事でした。
わたしがそんな体験をしたのは、戦争が終わった年の9月、まだ10歳の時でした。
その日は、台風の影響で、朝起きた時から大雨が降っていました。きっと、もっと早い時間から降っていたのでしょう。昼過ぎになって、消防団の人が「川の水かさが上がっとる。土手も危ないけえ寺に避難せえ」と避難を促しに来ました。幼いわたしは「消防の人が言うんだから避難しないと!」とソワソワと落ち着かない気持ちになりました。
その頃は、私と母と妹2人、終戦直前に満州から引き上げてきて自宅の離れに暮らしていた叔父や叔母と3人のいとこがいました。それから親戚のおばさんが生まれたばかりの赤ちゃんを連れて遊びに来ていました。でも、おとなは誰も避難する準備をしません。それどころか、「この家は土手と同じ高さだ。床も普通より高く作ってある。この家は水に浸かることはない」と平然としています。日暮れ前になって再び消防団の男性がやってきました。もう、家の下の道はうっすらと水におおわれていて、その男性の足元がザブザブいっていたのを覚えています。「もう逃げとらんのはここだけじゃ!はよう逃げえ!」と消防の人がひどく怒っても、おとなたちは「大丈夫だから」の一点張りで聞き入れません。母も頑固なところがある女性でしたし、これまた叔母と親戚のおばさんが強い女性でしたから、避難を促す男性を追い返してしまいました。
確かに、わたしの育った家は周囲とは少し違う家でした。周りにある他の家や田んぼと比べても、わたしの家がある部分は明らかに地面が高く、周囲も石垣でしっかり固めてありました。家のすぐ前に大きなお寺がありましたが、お寺の境内よりも自分の家の庭の方が少し高かったことを覚えています。昭和20年の当時でさえ、母屋は築100年以上の建物でしたから、地面を高くする工事をしたのはもっと前のはずです。きっと、大変な工事だったことでしょう。床下も非常に高い建物でした。古い日本家屋は子どもが入って遊べるくらい高いのは当たり前でしたが、それと比べても我が家の縁の下は高かったことを覚えています。床下には薪が積んであったり、鶏やウサギも飼っていました。わたしも妹たちも、その高い縁側から何度も庭に落っこちたものです。
とにかく、そんなふうに周囲と比べると防災意識の高い建物だったものですから、おとなたちは平然としています。でも、わたしは、地域の防災を担う消防団員が逃げろと言うのに、あれだけ消防の人が語気を強めて怒ったのに逃げないなんて正気だとは思えませんでした。だから、家の前の道がうっすらと水に覆われ始めた様子を見た時、わたしはお寺の裏山に逃げることを決意しました。4歳下の妹が一緒についてきましたが、母も、叔父や叔母も、3人のいとこたちも、9歳下の妹も、親戚の親子も家に残ったままでした。
家族の制止を振り切って家を出た時わたしは、庭を抜けて、すぐ前の道へ下りました。家を出た時、水かさはわたしの足首より少し高いくらいでした。お寺の門までは50メートルくらいです。「充分間に合う」そう思いながらも、急いでお寺を目指します。たった50メートルです。普通に歩いても1分もかかりません。
でも、思っていたようには前に進めませんでした。50メートル程度の距離を進む間にも、泥水がどんどん増えてくるのです。水は腰の高さになり、胸の高さになり、途中からは泳がなければ進めないほどになりました。しかも、プールの水のように静かな水ではありません。どこかから水がやってくるのですから流れがあります。1分ちょっとで胸の高さを超えるほどの早さで増える水。流れにはかなりの勢いがありました。でも、毎日川で泳いでいたわたしは流されてしまうほどでもありませんでした。妹と手を繋いで、ようやく足が地面に届くくらいの深さを、半分水をかき分けて歩き、半分泳ぐような格好で前へ進みます。予想以上の早さで水が増えていた状態でもパニックにならずにすんだのは、無謀といってもいいくらい泳ぎに自信があったからだと思います。また、妹もパニックを起こしてわたしにしがみつくようなことはありませんでした。妹もあの頃はもう泳げたはずですから、しがみつくことの危なさを分かっていたのかもしれません。もし怖がった妹にしがみつかれていたら、まともに泳ぐことができず、どうなっていたか分かりません。
そのようにして妹と2人なんとか手を繋いで泳いでお寺の塀の近くまでたどりつきましたが、そのままでは流されてしまいます。水はどんどん増えます。不意に目に入ったのは竹格子。お寺の塀の古くなった漆喰には何ヶ所か剥がれていたところが元々あったのですが、そこが水のせいで更に剥がれて、格子状に編んだ竹が出てたのです。無我夢中で手を伸ばして塀をつかみました。「ひとまず流されることはない」と安心した直後、わたしと妹の濡れた手が滑って離れ、水流が妹の体をつかんで連れ去ろうとしたのです。
何かの考えが頭に浮かぶ余裕なんてありません。咄嗟に、わたしも一度塀から手を離して水をかきわけて妹の近くへ泳いでいって、その手をもう一度つかむかどうか、その瞬間でした。不意に、わたしたちのすぐ近くに真っ黒い大きな影が迫っていることに気付きました。しかも、その影は速くはありませんが、ぐんぐんとこちらに近付いてきています。どうやってもう一度妹の手をつかんだのか、とにかく必死だったから細かいことは覚えていません。ただその影を見た瞬間に「山だ!」と直感したことだけは、はっきりと覚えています。でも、大きな影の正体を確認する余裕なんてありません。日が暮れてあたりは暗くなっていましたから妹の姿だって影で見えるような状態だし、何よりも自分たちは流されかけていて生きるか死ぬかの瀬戸際です。あれこれ考える暇なんてない。妹の手をもう一度つかんで、手を伸ばしたら塀の竹格子を運良くもう一度つかむことができました。奇跡としか言いようがない一瞬のできごとです。
その後は、塀につかまりながら移動していくとお寺の門がすぐ近くにありましたからお寺に入り、すでに水浸しになった境内を抜けて、裏の山に避難しました。
まさに九死に一生の体験でした。後から知ったのですが、堤防が切れたのは1ヶ所だけではなかったそうです。私の家の下流の土手数ヶ所がどんどん決壊して、そこから一気に水が入ってきたということでした。
あと1分でも家を出るのが遅れていたら?妹の手を再びつかめていなかったら?お寺の塀の表面が水で流されていなかったら?たとえ命を落としていなかったとしても、今のわたしは存在していないでしょう。
なんだかドラマや映画みたいな九死に一生ストーリーですが、災害はそれ自体が非日常ですから、当たり前と言えば当たり前。平凡な人生でも、長生きしていればインパクトのあるお話のひとつやふたつはあるもんです。
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