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第11話 ロジャーズ縦穴
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ロジャーズ縦穴へは道中での一泊を挟んで、翌日の早朝に辿り着いた。
「うわ~、これが大穴? どうやって降りるの?」
「こちらに縄梯子があります」
「あ、そういうのは整備されているんだ」
「先人たちに感謝ですね。先に行きます」
まずは一段目。約十メートルの高さを梯子を伝って降り、次いで降りて来るクローバーを見上げた。
僕一人であれば梯子を使わずに最下層まで飛び降りても死ぬことは無いと思うけれど、さすがにそうもいかない。
「よいしょ、っと。これってどれくらい深いの?」
「同じような段差が五段目までありますが、その度に深くなります。最大深度は百五十メートルほどでしょうか」
「先は遠そうだね」
「まぁ、急がずに行きましょう」
二段目は二十メートルを降り、三段目では三十メートルを。この時点ですでに地上から六十メートルも地下に降りているわけだが、クローバーは不思議そうに首を傾げた。
「ここ、なんでこんなに明るいの? それに呼吸も出来ている」
「地中に光石という光を発する石が数多く埋まっています。そして光があれば少なからず植物も育つので、空気もありますね」
三段目から四段目へ降りる梯子までは大穴の中に開いた横穴を通っていく必要がある。洞窟の端には植物だけでなく隆起した鉱石も飛び出ているが、道幅はあるから躓くことは無い。
「クローバーさん。そこで立ち止まって壁際に寄ってください」
口の前で指を立てながらそう言って、緩やかにカーブしている向こう側を覗き込めば、そこには鉱石に噛り付く魔物がいた。
「……あれは?」
「ロックイーターです。鉱石を食べる虫型の魔物で、大して強くはありませんが気性が荒く遭遇した相手に無条件で襲い掛かる習性があります。丁度いい機会ですし、クローバーさん。あれを弓で狙ってください」
「刺さるかな?」
「刺さらなくてもいいですよ。当たりさえすれば」
元の大きさに戻した弓と矢を構えたクローバーは、しゃがんだまま弦を引いてロックイーターに狙いを定めた。
「当たっ、れ」
飛んでいった矢はロックイーターの蛇腹のような関節に突き刺さった。
「……どこ狙いました?」
「……頭」
「まぁ、悪くない精度です」
こちらに気が付き向かってくるロックイーターに対してナイフを抜き、足元に跳び掛かってきたところをジャンプで避けて、矢の刺さった関節から体を二つに切り分けた。
振り返れば、クローバーは確かめるように弓の弦を弾いていた。
「どうかしましたか?」
「ん~……あとで調整しようかな、って。そのロックイーターはどうするの?」
「肉厚で意外と美味しいらしいですが、食料には困っていないので外皮だけ剥いでいきましょう。ロックイーターは食べている鉱石の成分を外殻に集めてその身を守っているので、頑丈さは素材の中でも上位のほうです」
「その割には弱過ぎない……?」
「的確に関節部分を狙えれば簡単に倒せますが、それが出来る冒険者ばかりでは無いですから」
関節の隙間にナイフを差し込んで、引っ掛けるように外殻を引き剥がした。
「圧縮する?」
「そうですね。お願いします」
ロックイーターの外殻を回収して洞窟を進み――四段目へと降りる梯子に辿り着いた。
「三段目と四段目を降りたら休憩を取るので、それまで頑張ってください」
「うん。頑張るっ」
三十メートルの梯子を降りて、四段目へ。
ここで休憩してもいいが、残り二段で最後が最も長いのだからその前に立ち止まることはお勧めしない。
そして今度は四十メートルの梯子を降りていき――半分ほどを過ぎたところで縄梯子の妙な揺れに気が付き見上げてみれば、クローバーは腕の力が無くなったのか震えながら縄に腕を絡ませていた。
「クローバーさん、無理なようでしたら――」
言い掛けたところで、クローバーは梯子から手を放して落ちてきた。仕方が無い。
「よいっ、しょ」
こちらも梯子を手放して、落ちてきたクローバーを抱えて下を確かめた。
これくらいの高さなら問題ない。
「――っと」
人ひとりを抱えたままの着地は中々の衝撃で、脚が痺れて動けない。
「っ……ふぅ、気を失っているのは幸いですね」
抱えていたクローバーを下ろせば、疲労と落下の恐怖が相俟ったのか気を失っていた。
洞窟の中で火は焚けないから、下ろさせた背嚢をクローバーの頭の下に敷いて、僕は取り出した干し肉を齧った。
「んっ――!」
起き上がったクローバーは肩を上下させながら大きく深呼吸をしている。
「おはようございます」
「ロロくん……私、何が……?」
「縄梯子を降りている途中で気を失いましたが、運良く怪我もなく着地することができました。眠っていたのは十分くらいですので、まだ休んでいて大丈夫ですよ」
そう言うと、ゆっくり体を倒して背嚢を枕にし、呼吸を整えた。
「すぅ――はぁ……あの高さから落ちて大丈夫だったんだ……」
「強運です」
「……かもね。どれくらい休憩するの?」
「明確には決めていませんが、僕は少しだけ眠ります。その間に食事や水分補給を済ませておいてください」
「わかった~」
ローブの中で体を縮めて、座ったまま目を閉じた。
――――
眠っていたのはおそらく二十分程度だろう。
目を開ければ、クローバーは弓の弦を張り替えていた。
「……器用ですね」
「ん? そうかな? 昔からこういう手作業は得意なんだよね」
「経験が?」
「弓は初めてだけど、大抵は見ればわかるから――ほら、出来た。やっぱりさっきは緩んでたみたい。これでちゃんと射れるよ」
「期待しています。食事は済んでますか?」
「うん。もう準備万端」
「では、行きましょうか。五段目が最後ですが五十メートルと距離が長いので疲れたら言ってください。手足を引っ掛けて休めるのが縄梯子の利点ですから」
「わかった」
そうして縄梯子を降りていき――二度の休憩を挟みつつも、無事に地下百五十メートルの最下層へ辿り着いた。
「ここまで来るとさすがに空気の薄さを感じますね」
「明るさは変わらないのにね」
「下層に降りるにつれて植物が減っていますし、種を運ぶ魔物も多くありませんからその影響でしょう」
「長居はしないほうが良さそうだね。ロジエント結晶はどこにあるの?」
「目の前の道を進んだ先です。休憩は大丈夫ですか?」
「途中で休んだから大丈夫!」
「では、仕事を済ませてしまいましょう」
先の見えないうねった洞窟を進んでいくと、不意に嫌な気配が全身を駆け巡った。
「どうかした?」
「それ以上、進まないでください」
洞窟の中のせいか気配が研ぎ澄まされて肌を突き刺してくる。これが山の中や、相手が人間ならこんなことにはならないはずだ。
しゃがみ込んで向こう側を覗き込めば――居た。
「クリスタルヘッジホッグですか……」
「強いの?」
「通常個体であれば負けることは無いと思いますが、おそらく長いこと冒険者が足を踏み入れていないせいで巨大化したのでしょう」
「……もしかして、あれも石を食べるの?」
「そうですね。しかもロジエント結晶を食べて育っています。正直、強さは計り知れません」
「戦わずに結晶だけを持ち帰ることは?」
「気付かれずに近寄り砕いて圧縮……出来ると思いますか?」
「……無理かも」
「じゃあ、戦うしかないですね。クローバーさんはここに居てください。僕が行きます」
「気を付けてね」
その言葉に頷いて、ナイフを手にクリスタルヘッジホッグの前に姿を現せば、こちらに気が付き牙を剥き出しで威嚇し始めた。
通常サイズであれば体を逆さにさえできれば勝つことは難しくないが、それが出来ないから面倒な魔物だと知られている。
厄介なのは見えている前面を覆っている外皮とそこから飛び出ている鉱石の針――というか出っ張りだ。あの太さなら刺さることはないが、衝撃で骨が折れるくらいは容易いだろう。
「まずは――」
突進してきたのを避けながらナイフを振れば、鉱石の外皮に弾かれた。
「硬っ」
クリスタルヘッジホッグが壁に突っ込むと、埋まっていたロジエント結晶は砕けて弾け飛んだ。
あれだけの衝撃だ。いくら僕の体が頑丈といえどもただでは済まないだろう。
とはいえ、どれだけ巨大な体躯でも僕の力があればひっくり返すことは出来る。問題はどうやってその体に近付くのかってことだ。
突っ込んできたのは避けるしかない。その後、壁に激突して止まっているクリスタルヘッジホッグに近付いたところで、体を回転させて振られた尻尾で引き離される。
尻尾まで鉱石に覆われていて、狙い澄まされた攻撃は避けるしか方法がない。
さて――ピンチではないけれど、あからさまな弱点が無い魔物の相手をするのは面倒だな。
こういう手合いを倒す時の定石は二つある。目などのこちらを認識している感覚器官を潰すか、どうにかして足を止めさせる。
今回の場合は前者だ。
狙いを定めてナイフを握り締め、突っ込んでくるクリスタルヘッジホッグの前に立てば――横から飛んできた矢が目に突き刺さった。
一瞥すれば、驚いた顔をするクローバーが見えた。
「ありがどうございます――っ!」
片目が潰されたことで僕の姿を見失ったクリスタルヘッジホッグの頭を体で受け止め、その首に腕を回した。
振り払おうと体を押し込んでくるが、突進の威力が無ければ恐るるに足らず。
「っ――おおっ!」
重心を下げて、首を絞め上げるように持ち上げたクリスタルヘッジホッグの体を逆さまに放り落とした。
あとは鉱石の外皮で守られていない腹のほうから首を斬って戦闘終了。
「まぁ、こんなところでしょう。クローバーさん。助かりました」
そう言えば、弓を持ったまま近寄ってきたクローバーは驚いたように突き刺さった矢を見下ろしている。
「ううん。ロロくんが目を狙っているような気がして……私も狙ったら、たまたま当たっただけだから……」
「だとしても、あの場で決められたことに意味があります。クローバーさんの手柄です」
「そう、かな……それで、この背中に付いているのがロジエント結晶?」
「いえ、成分はたしかにそうですが、すでに別物です。実物はこちらに」
掌を差し向ければ、クローバーは壁から飛び出ている結晶を見上げて目を見開いた。
「うわっ……これ、全部が結晶? なんでこんなところに……」
「原理としては光石とこの辺りの地中に含まれるいくつかの成分が混ざり合って結晶化したもの、とされています。三分の一程度を回収していきましょう」
突き出たロジエント結晶のくびれている部分にナイフの柄を当てれば、ビキビキとヒビが広がって、ゆっくりと崩れ落ちた。
「圧縮していい?」
「お願いします」
あとはクリスタルヘッジホッグをどうするか。丸ごと持ち帰ればそれなりの額になるのは間違いないけれど、このままでは圧縮できないし、持ったまま梯子を登るのは無理だ。
とりあえず、外皮と肉を解体して、鉱石部分を等分になるように二つに分けた。
「どうして二つに分けているの?」
「こちらがクローバーさんの取り分です。換金所に持っていけばそれなりの額になりますし、鍛冶屋などで加工することも可能なので好きに使ってください」
「え……ロロくんはどうするの?」
「僕は一欠けらを除き換金所に持っていくつもりです。その一欠けらでナイフの加工を」
「そっか……じゃあ、私の分もロロくんに預ける。利用してくれたら嬉しい、かな」
「では、どうするかは一旦措いといて、地上に戻るとしましょう」
切り分けた肉は勿体ないが放置していくしかない。まぁ、地中の栄養にもなるはずだし、別の魔物が食べることもあるだろう。
当然ながら梯子は降りるよりも登るほうが体力を使う。故に一段登る事に休憩を挟むことにした。
「気になったんだけど、どうしてロロくんは魔法を使わないの?」
「あ~、それはですね……」
口籠るのも仕方が無い。
このクエストは、これから先の同行者としてクローバーが有りか無しかを測るためのものでもあった。
正直、共に行動する上ではどちらかというと足手纏いのほうだ。しかし――クリスタルヘッジホッグだ。僕一人でも勝てたとはいえ、助けられたのは事実。それに圧縮魔法の有用性も大きい。
ルール七・目的のための手段を間違えるな。
そして、ルール二・人は嘘を吐く。信用するなら後悔するな、だ。
「……僕は魔法が使えません。そのことについても話す必要がありそうですね」
「そうなんだ。でもまぁ、時間はあるからね。お互いのことはゆっくり知っていこ~」
「ですね。のんびりと、行きましょう」
旅は道連れとも言う。とはいえ、僕が進むのは茨どころか道も無い。もっと言えば、向かう先には何も無い。だが、クローバーがそれをわかっていないはずはないだろうから、わざわざ問い掛けるのも野暮ってものだ。
とりあえず、今は。
「うわ~、これが大穴? どうやって降りるの?」
「こちらに縄梯子があります」
「あ、そういうのは整備されているんだ」
「先人たちに感謝ですね。先に行きます」
まずは一段目。約十メートルの高さを梯子を伝って降り、次いで降りて来るクローバーを見上げた。
僕一人であれば梯子を使わずに最下層まで飛び降りても死ぬことは無いと思うけれど、さすがにそうもいかない。
「よいしょ、っと。これってどれくらい深いの?」
「同じような段差が五段目までありますが、その度に深くなります。最大深度は百五十メートルほどでしょうか」
「先は遠そうだね」
「まぁ、急がずに行きましょう」
二段目は二十メートルを降り、三段目では三十メートルを。この時点ですでに地上から六十メートルも地下に降りているわけだが、クローバーは不思議そうに首を傾げた。
「ここ、なんでこんなに明るいの? それに呼吸も出来ている」
「地中に光石という光を発する石が数多く埋まっています。そして光があれば少なからず植物も育つので、空気もありますね」
三段目から四段目へ降りる梯子までは大穴の中に開いた横穴を通っていく必要がある。洞窟の端には植物だけでなく隆起した鉱石も飛び出ているが、道幅はあるから躓くことは無い。
「クローバーさん。そこで立ち止まって壁際に寄ってください」
口の前で指を立てながらそう言って、緩やかにカーブしている向こう側を覗き込めば、そこには鉱石に噛り付く魔物がいた。
「……あれは?」
「ロックイーターです。鉱石を食べる虫型の魔物で、大して強くはありませんが気性が荒く遭遇した相手に無条件で襲い掛かる習性があります。丁度いい機会ですし、クローバーさん。あれを弓で狙ってください」
「刺さるかな?」
「刺さらなくてもいいですよ。当たりさえすれば」
元の大きさに戻した弓と矢を構えたクローバーは、しゃがんだまま弦を引いてロックイーターに狙いを定めた。
「当たっ、れ」
飛んでいった矢はロックイーターの蛇腹のような関節に突き刺さった。
「……どこ狙いました?」
「……頭」
「まぁ、悪くない精度です」
こちらに気が付き向かってくるロックイーターに対してナイフを抜き、足元に跳び掛かってきたところをジャンプで避けて、矢の刺さった関節から体を二つに切り分けた。
振り返れば、クローバーは確かめるように弓の弦を弾いていた。
「どうかしましたか?」
「ん~……あとで調整しようかな、って。そのロックイーターはどうするの?」
「肉厚で意外と美味しいらしいですが、食料には困っていないので外皮だけ剥いでいきましょう。ロックイーターは食べている鉱石の成分を外殻に集めてその身を守っているので、頑丈さは素材の中でも上位のほうです」
「その割には弱過ぎない……?」
「的確に関節部分を狙えれば簡単に倒せますが、それが出来る冒険者ばかりでは無いですから」
関節の隙間にナイフを差し込んで、引っ掛けるように外殻を引き剥がした。
「圧縮する?」
「そうですね。お願いします」
ロックイーターの外殻を回収して洞窟を進み――四段目へと降りる梯子に辿り着いた。
「三段目と四段目を降りたら休憩を取るので、それまで頑張ってください」
「うん。頑張るっ」
三十メートルの梯子を降りて、四段目へ。
ここで休憩してもいいが、残り二段で最後が最も長いのだからその前に立ち止まることはお勧めしない。
そして今度は四十メートルの梯子を降りていき――半分ほどを過ぎたところで縄梯子の妙な揺れに気が付き見上げてみれば、クローバーは腕の力が無くなったのか震えながら縄に腕を絡ませていた。
「クローバーさん、無理なようでしたら――」
言い掛けたところで、クローバーは梯子から手を放して落ちてきた。仕方が無い。
「よいっ、しょ」
こちらも梯子を手放して、落ちてきたクローバーを抱えて下を確かめた。
これくらいの高さなら問題ない。
「――っと」
人ひとりを抱えたままの着地は中々の衝撃で、脚が痺れて動けない。
「っ……ふぅ、気を失っているのは幸いですね」
抱えていたクローバーを下ろせば、疲労と落下の恐怖が相俟ったのか気を失っていた。
洞窟の中で火は焚けないから、下ろさせた背嚢をクローバーの頭の下に敷いて、僕は取り出した干し肉を齧った。
「んっ――!」
起き上がったクローバーは肩を上下させながら大きく深呼吸をしている。
「おはようございます」
「ロロくん……私、何が……?」
「縄梯子を降りている途中で気を失いましたが、運良く怪我もなく着地することができました。眠っていたのは十分くらいですので、まだ休んでいて大丈夫ですよ」
そう言うと、ゆっくり体を倒して背嚢を枕にし、呼吸を整えた。
「すぅ――はぁ……あの高さから落ちて大丈夫だったんだ……」
「強運です」
「……かもね。どれくらい休憩するの?」
「明確には決めていませんが、僕は少しだけ眠ります。その間に食事や水分補給を済ませておいてください」
「わかった~」
ローブの中で体を縮めて、座ったまま目を閉じた。
――――
眠っていたのはおそらく二十分程度だろう。
目を開ければ、クローバーは弓の弦を張り替えていた。
「……器用ですね」
「ん? そうかな? 昔からこういう手作業は得意なんだよね」
「経験が?」
「弓は初めてだけど、大抵は見ればわかるから――ほら、出来た。やっぱりさっきは緩んでたみたい。これでちゃんと射れるよ」
「期待しています。食事は済んでますか?」
「うん。もう準備万端」
「では、行きましょうか。五段目が最後ですが五十メートルと距離が長いので疲れたら言ってください。手足を引っ掛けて休めるのが縄梯子の利点ですから」
「わかった」
そうして縄梯子を降りていき――二度の休憩を挟みつつも、無事に地下百五十メートルの最下層へ辿り着いた。
「ここまで来るとさすがに空気の薄さを感じますね」
「明るさは変わらないのにね」
「下層に降りるにつれて植物が減っていますし、種を運ぶ魔物も多くありませんからその影響でしょう」
「長居はしないほうが良さそうだね。ロジエント結晶はどこにあるの?」
「目の前の道を進んだ先です。休憩は大丈夫ですか?」
「途中で休んだから大丈夫!」
「では、仕事を済ませてしまいましょう」
先の見えないうねった洞窟を進んでいくと、不意に嫌な気配が全身を駆け巡った。
「どうかした?」
「それ以上、進まないでください」
洞窟の中のせいか気配が研ぎ澄まされて肌を突き刺してくる。これが山の中や、相手が人間ならこんなことにはならないはずだ。
しゃがみ込んで向こう側を覗き込めば――居た。
「クリスタルヘッジホッグですか……」
「強いの?」
「通常個体であれば負けることは無いと思いますが、おそらく長いこと冒険者が足を踏み入れていないせいで巨大化したのでしょう」
「……もしかして、あれも石を食べるの?」
「そうですね。しかもロジエント結晶を食べて育っています。正直、強さは計り知れません」
「戦わずに結晶だけを持ち帰ることは?」
「気付かれずに近寄り砕いて圧縮……出来ると思いますか?」
「……無理かも」
「じゃあ、戦うしかないですね。クローバーさんはここに居てください。僕が行きます」
「気を付けてね」
その言葉に頷いて、ナイフを手にクリスタルヘッジホッグの前に姿を現せば、こちらに気が付き牙を剥き出しで威嚇し始めた。
通常サイズであれば体を逆さにさえできれば勝つことは難しくないが、それが出来ないから面倒な魔物だと知られている。
厄介なのは見えている前面を覆っている外皮とそこから飛び出ている鉱石の針――というか出っ張りだ。あの太さなら刺さることはないが、衝撃で骨が折れるくらいは容易いだろう。
「まずは――」
突進してきたのを避けながらナイフを振れば、鉱石の外皮に弾かれた。
「硬っ」
クリスタルヘッジホッグが壁に突っ込むと、埋まっていたロジエント結晶は砕けて弾け飛んだ。
あれだけの衝撃だ。いくら僕の体が頑丈といえどもただでは済まないだろう。
とはいえ、どれだけ巨大な体躯でも僕の力があればひっくり返すことは出来る。問題はどうやってその体に近付くのかってことだ。
突っ込んできたのは避けるしかない。その後、壁に激突して止まっているクリスタルヘッジホッグに近付いたところで、体を回転させて振られた尻尾で引き離される。
尻尾まで鉱石に覆われていて、狙い澄まされた攻撃は避けるしか方法がない。
さて――ピンチではないけれど、あからさまな弱点が無い魔物の相手をするのは面倒だな。
こういう手合いを倒す時の定石は二つある。目などのこちらを認識している感覚器官を潰すか、どうにかして足を止めさせる。
今回の場合は前者だ。
狙いを定めてナイフを握り締め、突っ込んでくるクリスタルヘッジホッグの前に立てば――横から飛んできた矢が目に突き刺さった。
一瞥すれば、驚いた顔をするクローバーが見えた。
「ありがどうございます――っ!」
片目が潰されたことで僕の姿を見失ったクリスタルヘッジホッグの頭を体で受け止め、その首に腕を回した。
振り払おうと体を押し込んでくるが、突進の威力が無ければ恐るるに足らず。
「っ――おおっ!」
重心を下げて、首を絞め上げるように持ち上げたクリスタルヘッジホッグの体を逆さまに放り落とした。
あとは鉱石の外皮で守られていない腹のほうから首を斬って戦闘終了。
「まぁ、こんなところでしょう。クローバーさん。助かりました」
そう言えば、弓を持ったまま近寄ってきたクローバーは驚いたように突き刺さった矢を見下ろしている。
「ううん。ロロくんが目を狙っているような気がして……私も狙ったら、たまたま当たっただけだから……」
「だとしても、あの場で決められたことに意味があります。クローバーさんの手柄です」
「そう、かな……それで、この背中に付いているのがロジエント結晶?」
「いえ、成分はたしかにそうですが、すでに別物です。実物はこちらに」
掌を差し向ければ、クローバーは壁から飛び出ている結晶を見上げて目を見開いた。
「うわっ……これ、全部が結晶? なんでこんなところに……」
「原理としては光石とこの辺りの地中に含まれるいくつかの成分が混ざり合って結晶化したもの、とされています。三分の一程度を回収していきましょう」
突き出たロジエント結晶のくびれている部分にナイフの柄を当てれば、ビキビキとヒビが広がって、ゆっくりと崩れ落ちた。
「圧縮していい?」
「お願いします」
あとはクリスタルヘッジホッグをどうするか。丸ごと持ち帰ればそれなりの額になるのは間違いないけれど、このままでは圧縮できないし、持ったまま梯子を登るのは無理だ。
とりあえず、外皮と肉を解体して、鉱石部分を等分になるように二つに分けた。
「どうして二つに分けているの?」
「こちらがクローバーさんの取り分です。換金所に持っていけばそれなりの額になりますし、鍛冶屋などで加工することも可能なので好きに使ってください」
「え……ロロくんはどうするの?」
「僕は一欠けらを除き換金所に持っていくつもりです。その一欠けらでナイフの加工を」
「そっか……じゃあ、私の分もロロくんに預ける。利用してくれたら嬉しい、かな」
「では、どうするかは一旦措いといて、地上に戻るとしましょう」
切り分けた肉は勿体ないが放置していくしかない。まぁ、地中の栄養にもなるはずだし、別の魔物が食べることもあるだろう。
当然ながら梯子は降りるよりも登るほうが体力を使う。故に一段登る事に休憩を挟むことにした。
「気になったんだけど、どうしてロロくんは魔法を使わないの?」
「あ~、それはですね……」
口籠るのも仕方が無い。
このクエストは、これから先の同行者としてクローバーが有りか無しかを測るためのものでもあった。
正直、共に行動する上ではどちらかというと足手纏いのほうだ。しかし――クリスタルヘッジホッグだ。僕一人でも勝てたとはいえ、助けられたのは事実。それに圧縮魔法の有用性も大きい。
ルール七・目的のための手段を間違えるな。
そして、ルール二・人は嘘を吐く。信用するなら後悔するな、だ。
「……僕は魔法が使えません。そのことについても話す必要がありそうですね」
「そうなんだ。でもまぁ、時間はあるからね。お互いのことはゆっくり知っていこ~」
「ですね。のんびりと、行きましょう」
旅は道連れとも言う。とはいえ、僕が進むのは茨どころか道も無い。もっと言えば、向かう先には何も無い。だが、クローバーがそれをわかっていないはずはないだろうから、わざわざ問い掛けるのも野暮ってものだ。
とりあえず、今は。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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