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リバーエッジ

第二十二話 痛み分け

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 植物でできた橋を進んでいけば言っていた通り、やはり途中までしか作られていない。下にいるデーモンたちもこちらに気が付いていて槍などを飛ばしてくるが、アヤメが防いでくれている。

 しかし。

「っ――白虎!」

 おそらくはデーモンが橋を下から槍で突いて崩しかけていたのだろう。白虎は見事にそこに嵌まって落ちていった。俺はギリギリで落ちずに済んだが、落ちた瞬間に戦いを始めた白虎を連れ戻すのは無理だ。

「マタタビ、停まっている暇はありませんわ!」

「わかっている。白虎! 死ぬなよ!」

 猛る遠吠えを背に、橋を駆け出した。白虎も心配だが今は前に進まなければならない。

「先に言っておきますけれど、私の力でマタタビを浮かすことは出来ませんわよ。自分を浮かしながら他の者を浮かすと攻撃が出来なくなってしまいますの」

 まぁ、万能ってわけでもねぇよな。

「じゃあ、跳ぶのと同時に俺の体を吹き飛ばせ」

 橋の端が見えて、速度を増し跳び出せば背中を押されるような空気を感じて思った以上の距離を飛んだが、当然のように目的地には届かず落下地点にはデーモンたちがいる。

 武器の形状を何度も変えるのは面倒だが、折角の変動型だ。活用しない手は無い。

「黒豹流武術――竹林根切! プラス――破竹!」

 撓らせた棒で周囲のデーモンたちを吹き飛ばし、そのままの勢いで駆け出した。

 ――体が重い。

 どれだけ武器の重さに慣れて問題なく動き回れるといっても、それは重さを感じないわけでは無い。常に重いし、持ち歩いたり走ったりするだけでなく戦うとなれば体力は削られていく。

「数が多過ぎますっ! 山道に入り次第この辺り――をっ?」

 俺とアヤメが山道に入ると、途端に後ろを追ってきていたデーモンたちが足を止めた。

「理由はわからないが今のうちだ。行くぞ!」

 後ろに残っている師団に負担を掛けることになるが、山頂にいるであろう強い敵を放置するよりはいいだろう。

 追ってくるデーモンはいないが、元から山にいるデーモンたちを破竹で吹き飛ばしながら進んでいけば地形の違和感に気が付いた。窪んだ地面にはデーモンたちの死体が転がっているが――川が無い。

 その理由は山頂に近付くにつれてわかった。

 焼けた肉の臭いと、転がっている丸焦げのデーモンの死体。それも、大量に。

「まさか、蒸発したのか? 川の水が……全部?」

「あの男ならやりかねませんわね」

 それでも生き残っているデーモンたちを殺し、木の生えていない山頂に辿り着くと燻る死体と炎柱が見えた。そして、その先に――

「っ――ジュウゴ!」

 そこにはマントを羽織った三メートルを超えるデーモンと、そいつの片手で首を掴まれ体を浮かせているジュウゴがいた。その背後で口輪をされて二体のデーモンに担がれている猫耳の女の子が巫女の姫だろう。

「ねぇ、マタタビ。あのデーモン、相当強いですわよね。これだけ離れているのにビリビリと伝わってきますわ」

「やっと気付いたのか? まぁ、感じるよりも先に血塗れのジュウゴを見れば明らかだがな。――無事か!?」

 問い掛ければこちらを向いて頷いたように見えた。ならば、とアヤメのほうに視線を向ければわかりやすいくらいの笑みを浮かべていた。

「あのデカブツは私が倒しますわ」

「俺は後ろの巫女か。まぁ、だとしてもあいつの気を逸らさないとな」

 棒を籠手へと変形させ、地面に落ちていたデーモンの槍を蹴り上げ、掴むのと同時にデーモンに向かって放り投げた。

 弾かれるのはわかっていたから、その瞬間に全力で戦うため地面に足を下ろしているアヤメと共に駆け出した。

 左右から襲ってくるデーモンを殺しながら向かっていると、視線の先から殺気を感じた。

「いつまで掴んでいるつもりだ? 手を――放せっ!」

 ジュウゴの腕から放たれたマグマのような炎がデーモンの体を包んだ。が、首を掴む手は放れずに、炎が消えた後に残ったのはマントすらも燃えずに傷一つ追っていないデーモンの姿だった。

「私が行きますっ!」

 飛び出したアヤメは直接殴りに掛かったが片手で受け流され、その勢いのまま宙を一回転して踵落としをした。が、軽々と受け止められた。

「カカカッ、なるほど。重力を操作しているのか。面白い――が、まだまだ甘い!」

 足首を掴まれたアヤメが投げ飛ばされたが、デーモンの言っていた通り重力を操作しているからどこに当たるでもなく空中で停止した。

「カァア――!」

 しかし、そこにデーモンが掌を向けるとアヤメは体に衝撃を受けたのか吹き飛んでいき木に激突した。

 ジュウゴがいることと、その先に巫女がいること。それに炎が利かなかったことを加味しての肉弾戦だったのだろうが元よりデーモンの体は頑丈だ。それにどんな力を使っている? そもそもデーモンには魔法は使えないと――いや、考えるのは後だ。

「黒豹流武術――極・節外し!」

 籠手の魔力も乗せた本気の一撃だったのだが、その体が吹き飛ぶことも無く。

「……なんだ。お前はつまらない人間か」

 まさか、俺の実力を初めて正当に判断したのがデーモンとはね。とはいえ、俺が弱いことは俺自身が一番よくわかっている。今更、指摘されたところで何も変わりはしない。弱い者なりの戦い方ってものがある。

 第一目標は、まずジュウゴを自由にさせる。そのための足払い――っ、硬ぇな。鉄かよ。じゃあ、次。首を掴んでいる腕を、と見せかけて顔面に向かって極・節外し!

「……撫でたか? 人間」

 関係あるか。どれだけ体が丈夫だろうと弱点はある。つーわけで、技は使わない撓りと捻りを加えた連続殴打だ。

 目、鼻、人中、顎、喉、心臓、肝臓、鳩尾――金的!

「つまらん」

 呟くような声が聞こえた直後、向けられた指が弾かれると体に衝撃を受けて吹き飛んだ。

「っ――てぇ……」

 寸でのところで反応できて籠手で受けられたが、なんだこの一撃は。下手をすればカプリコーンのじいさんより重い。それでいて不可解なのは弾かれた指がということだ。

 ジュウゴは? ――勝ち筋を探しつつ、掴まれている腕を逆に掴み返して熱を送っているように見える。

 なら、アヤメは? ――初めてまともに受けた衝撃で未だ起き上がれずにいる、ね。

 ……良くない展開だ。こんなところで救世主が全滅なんてことになったら俺たちに期待していた奴らはどんな顔をするだろうな。いや……どうでもいい。今の問題は――

「っ!」

 警戒していたはずのデーモンのほうから飛んできた何かが俺の体に衝撃を与えてきた。

「っ――くそっ!」

 二発目、三発目も食らったがその正体がわからない。見えない? 違う。感じるんだ。

 構えた拳でを殴れば当たったのがわかった。それでも衝撃を受けるが、ただ食らうよりも迎い討って相殺するほうがマシだ。

 つーか、これはなんだ? 衝撃波、というよりは空気の弾のような感じがする。

「多いな、おい」

 数が増える。速度が上がる。威力も上がる。相殺し切れないものも出てきたが、さすがは魔力耐性のある服だ。まだ、立っていられる。

「カッ! 余興にしてはつまらない。が――良いことを思い付いた」

 こちらへの攻撃の手を止めずにジュウゴの首を掴んでいた手を放すと、脚が地面に着くのと同時に頭を掴んだ。

「っ――おお――あぁああああ!」

 ジュウゴが突然苦しみ出したが何が起きているのかわからない。そのくせこちらへの攻撃は止まないし助けに行くことも出来ない。

「アヤメ! さっさ起きろっ!」

「起きて……ますわ、よ」

「うっ――く――アヤ、メ――俺様諸共で良い――やれっ!」

 その言葉を聞いた瞬間に手の中で重力の球を作ったアヤメは躊躇うことなく放り投げた。すると、こちらに向けられていた腕がアヤメのほうに向けられ重力の球が相殺するように弾け飛んだ。

 重力の球も利かなかったがおかげでこちらが動けるようになった。デーモンのほうに駆け出しながら籠手を棒に変形させ、撓らせながら振り被った。

 悪いが本気でジュウゴのことも真っ二つにする気でやらせてもらう。

「破竹――っ!」

 だが、デーモンの体に当たった瞬間――鉄の糸で出来ているはずの棒は派手な音を立てながら無惨にも砕け散った。攻撃を相殺していたことにより蓄積していたダメージに耐えられなくなったか。

「アヤメ! 畳み掛けるぞ!」

「わかってますわ!」

 俺とアヤメでデーモンに向かって拳と脚を向けると、その周囲を炎が囲んだのを見て飛び退いた。

 ジュウゴの力なのは確かだが……今のタイミングはまるで――

「どういうつもりなのかしら……ジュウゴ! 貴方は――」

 アヤメも同じことを思ったのか責めるような口調で言うと、炎の渦が消えてデーモンの横に立つジュウゴの姿が見えた。その額には、まるでデーモンのような――しかし、デーモンのそれよりは小さい角が生えていた。

「おい、ジュウゴ。お前、何をしているんだ? 操られるにしたって、どうしてお前が……」

 言いながらも気が付いていた。俺たち三人の中でがあるのはジュウゴだろうということには。想定はしていた。つまり、俺は迷いなく動ける。

 こういうのは元を断てば治るのがセオリーだろう。

「とりえあずお前からだ、デーモン!」

「断る。やれ」

 その瞬間、飛び出してきたジュウゴは炎を纏わせた剣をこちらに向けてきた。意識を操られて喋れない感じか?

 どちらにしてもこの状況――分が悪いのは間違いない。なら、目標を変える。そういう意味も込めてアヤメに目配せをすれば言いたいことを理解したのか頷いて見せた。

 じゃあ、一先ずは竹林根切で動きを止めて、そこにアヤメが重力を負荷させてその場に留める。その隙に奥にいたデーモン二体を殴り殺し、蹴り倒して、巫女を奪い返し振り向けば、アヤメが斬りかかってくるジュウゴの剣を避けているところだった。

「カカカッ、今回はこちらの負け――いや、痛み分けといったところか。お前らのことは知っているぞ救世主共。こちらは三つの植民地を失った。だが、こちらは救世主を一人頂き、人間側の戦力もわかった。上々だ」

「……ですが、そちらの戦力も減らしましたわ」

「カッ! 一万にも満たぬ兵など失ったところで問題にもならん。その精霊の娘に関しても、もう必要は無い。好きにしろ」

 この巫女の姫がデーモンにとって価値が無いと知っていたような言い草だな。

「デーモン、お前はいったい何者だ?」

「知らずに戦っていたのか。随分と信用されていないようだな。我は名を冠する十鬼将の一人――騒乱のグラン。トウガシの城で待っているぞ、救世主共よ」

 そう言うとデーモンとジュウゴは炎に包まれて姿を消した。

「無事か? アヤメ」

「ええ、背中が少し痛むくらいで大したことはありませんわ」

 俺のほうも体の痛みと疲労感はあるが、動けないほどではない。強いて言うのなら背負っている巫女の姫に目を覚まして自らの脚で歩いてもらいたいものだが……それはそれで面倒そうだ。

「マタタビ、見て」

 アヤメの指すほうに視線を向ければリバーエッジの街の所々から煙が上がり、勝鬨が聞こえてきた。

「……勝ったか」

 いや――痛み分け、か。
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