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転職・ウェイター
第五話 チップ
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サンジュウシがブラックブリード・エンパイアの世界に来てから一週間が経とうとしていた。
彼は――働いていた。
「いらっしゃいませ~」
ここは酒場兼宿屋『龍のうろこ』。
素泊まり一泊二十円で、この世界では並の宿屋だ。しかし、酒場のほうは比較的に安く飲み食いできるため、それなりに人気がある。
つまりは本日も盛況である。
「兄ちゃん! こっちにビール二つ頼む!」
「は~い」腰掛けエプロンをしたサンジュウシがカウンターに向かうとジョッキを持ってサーバーからビールを注ぎ込んだ。「お待たせしました~、ビールです」
「お~、ありがとよ。兄ちゃん、この仕事も大分慣れてきたんじゃないか?」
「ええ、それなりに。楽しんでますよ」
この世界に来た初日はここに宿を取り、食事も済ませた。
二日目は金策を思案していた。百億を貯めるにはモンスターを倒したりクエストを受けることが手っ取り早いが、サンジュウシの心に植え込まれた恐怖がそれをさせてくれない。再びダンジョンに出てみたりもしたが、スライムを一目見た瞬間に引き返した。
そして三日目。サンジュウシは図書館に向かった。初日に見つけた『この世界の職業全集』を手に、無期限の貸し出しを頼んだ。そして知ったのは、この世界にある職業の三分の一はモンスターに関わる危険なものでハンターに類していることだった。
モンスターに関わらず危険の少ない職業は基本的に街の中にしかない。その中からサンジュウシが選んだのは宿屋と併設されている酒場で働くことだった。
「ここで働かせてほしい」
ただ一言そう伝えると、何かを察したような若い女性店主は頷いて見せた。
「一人で切り盛りするの大変だったから助かるわ~。なんなら出来る?」
「料理も出来なくはないですが……」言いながら厨房を眺めると見たことも無い食材が目に付いた。「接客、ですかね」
「じゃあ、ウェイターを頼むわ。今日からお願いできる?」
「はい、了解です」
そうして働き始めて四日が経ち、慣れと同時にやりがいを感じていたサンジュウシは仕事を楽しんでいた。
「お兄さ~ん、こっちの注文も取ってくれない?」
「は~い、ただいま~」
楽しんでいる理由は女性客にもあった。だが、下心では無く。この世界にはチップを渡す習慣があるらしく、サンジュウシの可愛らしい見た目も相俟ってか特にハンターの若い女性客は周りに厳つい男性が多いせいか多くのチップをくれるのだ。
「お兄さんお勧めのお酒はどれ~?」
「ん~……お嬢さん、今日はちょっと飲み過ぎじゃないですか? お酒にします? それとも葡萄のジュースにします?」
「じゃあ、ジュースにしておこうかな」
「はい、すぐにお持ちしますね」
そう言って笑顔を向ければ若い女性ハンターは撃ち抜かれたように仰け反りつつチップの十円札を手渡した。これだけでも宿泊代の半額になる。良い稼ぎだ。
「ありがとうございました~。気を付けてお帰り下さい」
店先に出て最後の客を見送ったサンジュウシは静かに溜め息を吐いて、ドアに掛かっている看板を『OPEN』から『CLOSED』にひっくり返した。
「ジュウシくん、今日はもう上がっていいわよ」
「はい。あの、できればサンのほうを取ってください」
「はいはい、サンくん」
「どうも」ほくそ笑んだサンジュウシはエプロンを外しながら階段に向かった。「じゃあ、お先です」
「あ、そうだ。サンくん。ちょっと明日仕入れに行ってくれない?」
「仕入れですか? まぁ別にいいですけど……どこまでですか?」
「街の南側にある農場。普段の仕入れはもう少し後なんだけど、このところお客さんが増えたからね。お酒とか食材とか色々と……もう連絡は入れてあるから、よろしく」
「農場ですか……わかりました。まぁ、地図でもいただければ」
「うん、書いておくね」
お願いします、という意味を込めて頷いて見せたサンジュウシは二階へと上がっていった。
二階の廊下を進んだ一番奥。
部屋の中には小さなテーブルと椅子が一脚、シングルベッドが一つ置かれており、奥のドアの先にはトイレとシャワールームが付いている。
サンジュウシは真っ先に椅子に腰を下ろして背嚢をテーブルの上に置くと、ポケットの中から渡されたチップを出して枚数を数え始めた。
「――七――八。八十円か。そこそこだな。収納」
すると持っていた八十円は手の中から消えた。数日のうちに色々と実験した結果、背嚢が体から離れていてもサンジュウシのものである限り他人には使えないし、収納することが可能だった。しかし、離れても大丈夫な距離は目に見える範囲まで。ドアを一つ隔てれば収納することも出すことも出来ない。不便というよりは理に適っているシステムであった。
「じゃあ……収納」呟くと着ていた服が消えた。「まぁ、着替える手間が無くなったのは有り難いけどな」
とはいえ、それ以外は元の世界と同じで汚れはシャワーを浴びなければ落ちないし、眠らなければ疲れが取れない。当然のことではあるが、元は三日三晩寝ずにゲームが出来たサンジュウシもこの世界に来てむしろ健康的な生活になった。
そんな中、サンジュウシの心の隅にある思いが浮かび始めていた。
――元の世界に帰る理由、とは?
そんなことを思いながら、今日も今日とて流した汗をシャワーで洗い流すのだった。
彼は――働いていた。
「いらっしゃいませ~」
ここは酒場兼宿屋『龍のうろこ』。
素泊まり一泊二十円で、この世界では並の宿屋だ。しかし、酒場のほうは比較的に安く飲み食いできるため、それなりに人気がある。
つまりは本日も盛況である。
「兄ちゃん! こっちにビール二つ頼む!」
「は~い」腰掛けエプロンをしたサンジュウシがカウンターに向かうとジョッキを持ってサーバーからビールを注ぎ込んだ。「お待たせしました~、ビールです」
「お~、ありがとよ。兄ちゃん、この仕事も大分慣れてきたんじゃないか?」
「ええ、それなりに。楽しんでますよ」
この世界に来た初日はここに宿を取り、食事も済ませた。
二日目は金策を思案していた。百億を貯めるにはモンスターを倒したりクエストを受けることが手っ取り早いが、サンジュウシの心に植え込まれた恐怖がそれをさせてくれない。再びダンジョンに出てみたりもしたが、スライムを一目見た瞬間に引き返した。
そして三日目。サンジュウシは図書館に向かった。初日に見つけた『この世界の職業全集』を手に、無期限の貸し出しを頼んだ。そして知ったのは、この世界にある職業の三分の一はモンスターに関わる危険なものでハンターに類していることだった。
モンスターに関わらず危険の少ない職業は基本的に街の中にしかない。その中からサンジュウシが選んだのは宿屋と併設されている酒場で働くことだった。
「ここで働かせてほしい」
ただ一言そう伝えると、何かを察したような若い女性店主は頷いて見せた。
「一人で切り盛りするの大変だったから助かるわ~。なんなら出来る?」
「料理も出来なくはないですが……」言いながら厨房を眺めると見たことも無い食材が目に付いた。「接客、ですかね」
「じゃあ、ウェイターを頼むわ。今日からお願いできる?」
「はい、了解です」
そうして働き始めて四日が経ち、慣れと同時にやりがいを感じていたサンジュウシは仕事を楽しんでいた。
「お兄さ~ん、こっちの注文も取ってくれない?」
「は~い、ただいま~」
楽しんでいる理由は女性客にもあった。だが、下心では無く。この世界にはチップを渡す習慣があるらしく、サンジュウシの可愛らしい見た目も相俟ってか特にハンターの若い女性客は周りに厳つい男性が多いせいか多くのチップをくれるのだ。
「お兄さんお勧めのお酒はどれ~?」
「ん~……お嬢さん、今日はちょっと飲み過ぎじゃないですか? お酒にします? それとも葡萄のジュースにします?」
「じゃあ、ジュースにしておこうかな」
「はい、すぐにお持ちしますね」
そう言って笑顔を向ければ若い女性ハンターは撃ち抜かれたように仰け反りつつチップの十円札を手渡した。これだけでも宿泊代の半額になる。良い稼ぎだ。
「ありがとうございました~。気を付けてお帰り下さい」
店先に出て最後の客を見送ったサンジュウシは静かに溜め息を吐いて、ドアに掛かっている看板を『OPEN』から『CLOSED』にひっくり返した。
「ジュウシくん、今日はもう上がっていいわよ」
「はい。あの、できればサンのほうを取ってください」
「はいはい、サンくん」
「どうも」ほくそ笑んだサンジュウシはエプロンを外しながら階段に向かった。「じゃあ、お先です」
「あ、そうだ。サンくん。ちょっと明日仕入れに行ってくれない?」
「仕入れですか? まぁ別にいいですけど……どこまでですか?」
「街の南側にある農場。普段の仕入れはもう少し後なんだけど、このところお客さんが増えたからね。お酒とか食材とか色々と……もう連絡は入れてあるから、よろしく」
「農場ですか……わかりました。まぁ、地図でもいただければ」
「うん、書いておくね」
お願いします、という意味を込めて頷いて見せたサンジュウシは二階へと上がっていった。
二階の廊下を進んだ一番奥。
部屋の中には小さなテーブルと椅子が一脚、シングルベッドが一つ置かれており、奥のドアの先にはトイレとシャワールームが付いている。
サンジュウシは真っ先に椅子に腰を下ろして背嚢をテーブルの上に置くと、ポケットの中から渡されたチップを出して枚数を数え始めた。
「――七――八。八十円か。そこそこだな。収納」
すると持っていた八十円は手の中から消えた。数日のうちに色々と実験した結果、背嚢が体から離れていてもサンジュウシのものである限り他人には使えないし、収納することが可能だった。しかし、離れても大丈夫な距離は目に見える範囲まで。ドアを一つ隔てれば収納することも出すことも出来ない。不便というよりは理に適っているシステムであった。
「じゃあ……収納」呟くと着ていた服が消えた。「まぁ、着替える手間が無くなったのは有り難いけどな」
とはいえ、それ以外は元の世界と同じで汚れはシャワーを浴びなければ落ちないし、眠らなければ疲れが取れない。当然のことではあるが、元は三日三晩寝ずにゲームが出来たサンジュウシもこの世界に来てむしろ健康的な生活になった。
そんな中、サンジュウシの心の隅にある思いが浮かび始めていた。
――元の世界に帰る理由、とは?
そんなことを思いながら、今日も今日とて流した汗をシャワーで洗い流すのだった。
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