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第二章

第28話 これよりひどいものはない

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 まぁ、色々と思うことはある。俺は臆病だからあらゆることに備えておかないと生きた心地がしないが、隣にいるカナリアはウエストバッグ一つで、しかも一人でこの世界を生き抜いている。天才肌なのは知っていたが、ここまでとは。

 弾倉は残り九本。連射しているせいもあってバネの交換は必須だが、替えのバネは三本ある。あとはハンマーとラバー警棒、ナイフと鋸刀か。心許無い。

「雨止んだよ~」

 結局、雨は降り続けたまま公民館で夜を明かすことになった。朝になってようやく雲が晴れて雨が止み、行動開始だ。

「準備は?」

「出来てるよ!」

 入ってきた窓から出て、すぐ近くの公園に置いていたバギーに乗り込みエンジンが掛けた。バギーの運転は初めてだが、要領は車と同じだろう。若干勝手は違うが、問題なく動き出した。

「あれ、バギーってこんなに静かなんだっけ?」

「いや、本来はもっとエンジン音がするものだが、元の想定でゾンビは音のするほうへ向かう、というのがあったから源生が可能な限り改造したんだ」

「な~るほど。じゃあ、うちは周りを警戒してればオッケー?」

「ああ、そうしてくれ」

 今から向かうのはカナリアが変異種と遭遇した地区のほぼ中央に位置している大学病院――より正確に言えば潰れかけの大学病院だ。数年前に大学資金の不正流用が発覚してからというもの入学者や支援者が減り、世界が滅亡する直前にはほとんどの医者や看護師が辞め、患者は他の病院へと移された。残ったのは医療従事者と患者合わせても三十人に満たなかったとか。現状でどれだけ生き残っているのかわからないが、変異種が病院から出てきているのは理に適っている気がする。

「零くんはなんでも知ってるよねぇ」

「なんでもは知らねぇけど……まぁ、これでも医学生だったしな」

 それに、スーパーやショッピングモールと同じように病院も立て籠もるには良い場所だから調べていたというのもある。あくまでも大学病院や国立病院のように設備が整っていて大人数が避難できる場所に絞れば、行動範囲内にあるのは三か所。そのうちの一つが潰れる寸前の鴻然こうぜん大学病院だったというだけだ。

 そろそろカナリアが変異種と遭遇した場所の一つに着く――速度を落として地図を確認していると、不意にカナリアが口を開いた。

「あ、そういえばブレーキ踏んだほうがいいかも。この先、ワイヤー張られてるよ」

 その言葉に顔を上げると、少し先に光に反射するワイヤーが見えた。

「そっ――ういうのは早く言え!」

 ブレーキを掛けてハンドルを切れば車体が横を向き、ワイヤーにぶつかって停まった。

「ギリギリだったねぇ」

「本当にな。こんなのが仕掛けてあるなら……いつからあるんだ?」

「うちが来た時にはもうあったけど、封鎖されてるわけじゃないんだよね。いくつかの道はワイヤーが張られているけど、他のところは普通に通れるし」

「へぇ……地図でどこにワイヤーが張られているのかわかるか?」

「それはわかんないかも。この道は前にも通ったから思い出しただけだしね」

 とはいえ、少なからず交通制限されているというわけか。それがゾンビもどきを制限するものなのか人間を制限するものなのかはわからないが……十中八九この先に生きている人間がいることはわかった。

「お前はここで変異種に遭ったんだよな?」

「そうそう。ワイヤーの向こう側にいたから飛び越えて殺したの。迂回する?」

「……いや、車はここに置いていこう」

 迂回して開いている道から行ったところで、次に同じ場所から出て来られる保証は無い。それを考えればバギーはワイヤーの外側に置いておくほうがいいだろう。

 最低限の荷物を持って、カナリアと共にワイヤーを越えた。

「真っ直ぐ病院に向かう?」

「そうしたいところだが病院の周辺がどうなっているのかわからないからな。とりあえず見下ろせる範囲の高い建物を探そう」

「オッケー」

 街中では不意なタイミングでゾンビもどきと遭遇する可能性もあるから、と拳銃を手にしたが、奴らが音に反応するとわかった以上はむやみやたらと引鉄を引くわけにもいかなくなった。一応は銃声を消すサプレッサーの作り方も教えてもらっているから材料が手に入れば作るとしよう。それまでは銃の代わりにナイフを使うとするか。

 正面から七体。こちらに気が付いたゾンビもどき共がこちらに向かって駆け出してくるのと同時に、カナリアも走り出した。

 抜け出た三体は俺が倒せってことだな。

 一体目は開いた大口の顎を削ぎ落としてから首元を裂き、二体目は顎下からナイフを突き刺し引き抜いて眉間を刺せば、頭蓋骨に引っ掛かったのか抜けなくなった。あと一体は――抜いた鋸刀で首を挽き刎ねた。

「まぁ、こんなもんか」

 少し骨が引っ掛かるような感じもするが刃自体に厚みがあって鋸状になっているから気にすることなく力押しで斬れる。技術が要らないのは有り難いな。

 鋸刀の血を払って鞘に納め、倒れているゾンビもどきの眉間からナイフを引き抜きながらカナリアのほうに視線を向ければ、刃に付いた血をゾンビもどきの服で拭いていた。不遜だな。

「零くん、あそこは?」

 その視線を追っていけばアパートがあった。見たところ三階建てだが、他に高そうな建物は見当たらないし、そこから病院が見えるかも微妙なところだが行ってみる価値はあるか。

「戦いながらでよく気付いたな」

「視野が広いのかもね!」

「ああ、偶々か」

 その指摘にバレたか、みたいな顔をしたカナリアは措いといて。ナイフを手にしたまま、見えているアパートへと足を向けた。

 外階段を上がっていけば屋上へと続いていることがわかって、鍵の掛かっている柵を乗り越えた。さすがに鍵が掛かっていただけあってゾンビもどきはいないが――空になった食べ物の袋と火を焚いた跡がある。ゴミの散らかり方と寝床っぽい毛布の数からして、おそらく三人から四人がここにいた。食料が尽きてアパートを降り、帰ってこられなくなったってところか。

「双眼鏡持ってる?」

「俺が持ってるのは単眼鏡だが……ほら」

 バックパックから取り出した予備の単眼鏡を渡せば、横並びで病院のあるほうに視線を向けた。

「……微妙だな」

 見えてはいるが周囲に樹が立っているせいで出入り口が確認できない。

「零くん、見えてる?」

「いいや、見えてない」

「病院じゃなくて、その手前」

 言われて角度を下げた先には、敷地の中へと続く道にゾンビもどきが行き交っていた。

「なるほど。苦労しそうだな」

 ゾンビもどきの行動には今のところ一貫性が見られない。生きている人間を見つけた時は何を措いても殺しに行くが、それ以外の時は何を目的に歩き回っているのかはわからない。だが、まぁ……今となっては行動を操作することもできるわけか。

「裏口とかあるのかなぁ?」

「病院だしあるにはあるが……中に人がいるのならバリケードが張られているだろうから、入れる場所を探さないと駄目だな」

「別々で探す?」

「いや、別れて探すのは得策じゃない。ゾンビもどきを別の場所に誘導してから二人で這入るとしよう」

 とはいえ、建物の中に這入ること自体は得策じゃない。俺は未だしもカナリアの武器は長物だ。室内で戦うには不利だろう。

「あのさ、そのゾンビもどきってのことでしょ? ゾンビでは無いんだよね?」

「俺たちが想定していたゾンビとは違うだろ。人を食うわけでもないし、感染するわけでもないしな」

「正式な名前付けないの? たぶん、零くんの役目だよね」

「まぁ、考えてはいるんだが――ゼータ、とかか?」

「ローマ字のゼッドってこと?」

「そのギリシャ読みだな。考え方としては最後とか最終とか、これよりひどいものはない、みたいな意味があるから……とはいえ、あくまで候補だ。ゾンビではないが、しっくりくるものを探すべきだろう」

「結構しっくりきてると思うけどね」

「だとしても、他の奴らの意見も聞かないとな」

 話ながら開いた地図で現在地を確認しながら近場の施設に印を付けているとカナリアが覗き込んできた。

「買い物行くの?」

「買い物っつーか強盗だろ。まぁ、それはそれとして。必要物資の調達だ。お前も、これから建物の中に這入るならその大刀以外の武器がいるだろ?」

「うちは大丈夫だよ。狭いところでの戦い方もわかってるからねっ」

「あ~……そうか」

 本人がそれでいいのならいいが、確かにその大刀は折り畳めもしないし、どこかに置いておくわけにもいかないから持っていくしかないか。

 しかし、どちらにしても物資の調達は必須だ。奴らが音に反応するとわかっている以上はそれを利用しない手はない。なのに手元には音を鳴らすような爆発物が無い。まぁ、まだ昼前だ。早めに行動するとしよう。
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