10 / 12
10.後日談 Ⅱ
しおりを挟む
ディアナは保護政策を提案したことで、王女の秘書官に抜擢された。
三つ年下のエーデルガルド王女が学院在籍中、政務が滞らぬように名代として調整することが彼女の役目であった。けれども今、王女の下で働くということは、婚期が遅れるということを意味していた。シュテルン王国の女性は16~20歳前後で結婚する者が多く、王女の卒業を待っていたら、適齢期ギリギリといったところになる。
「せめて婚約者だけでも確保しておいた方が良いんじゃないか?」
王宮では辣腕を振う公爵であっても、娘の結婚というナイーブな話題を出すのは躊躇われたようだった。まして、親達が決めた婚約者に婚約破棄されるという過去を持っているディアナであるから猶更だ。
「私は自らの手で『あの方』が出来なかったことを成し遂げたいのです」
「お前の気持ちも分かる。しかし、その理想を受け継いでいく者を作ることもまた、貴族としての役目の一つだ」
「……」
「そう長くはないが時間はある。よく考えなさい」
モーント公爵の言葉は、娘の心情に父として寄り添うものであるのと同時に、公爵としての忠告でもあった。
けれども、父の言葉に答えを返せぬまま、ディアナが仕事に奔走する日々が三年ほど続いたある日。とある港町に視察に訪れた際、そこで知った顔を見つけたのだった。
港に到着した船の荷を下ろす人足の中に、レオンハルトの姿を見つけたのだ。三年前に見た時よりも日に焼けて、何よりも肉体労働に従事している為か、たくましさも増しているように見えた。
声を掛けても良いだろうかと迷っていると、
「おい!レオン!ちょっとこっちに来てくれ!」
と、船の持ち主である商会長がレオンハルトを呼んだのだった。どうやらレオンと名乗っているらしい。呼びかけなくて良かったと胸を撫で下ろしたのだった。
「秘書官殿。この者は最近うちの商会で経理を担当することになったレオンと申します」
「……お初に御目に掛かります。レオンと申します」
レオンハルトもまたディアナのことを覚えていたのか、少しだけ目を見張ったものの、すぐに表情を取り繕って挨拶をして見せた。貴族の礼ではなく、平民のそれだったが、美しい所作は相変わらずであった。
「初めまして。王太女殿下の秘書官であるディアナ・モーントと申します。本日は殿下の名代として、こちらの視察に参りましたの」
平民の身の上で、宮仕えの人間と顔見知りだなんて状況は、悪い方に勘繰られてもおかしくはない。ディアナもまた初対面を装ったのだった。けれども彼はすぐに仕事に戻ってしまい、それ以上をすることは出来なかった。
「経理の担当だと仰っていましたが、どうして荷運びを?」
どういう意図で彼を紹介して来たのか量りかねて、世間話のように商会長に問い掛ける。
「元々レオンは人足だったんです。少し前にレオンが新人の頃の世話役が腰を悪くしまして、自分が代わりに出ると」
「まぁ……」
相変わらず義理難い性格をしているようだ。
「荷運びだって簡単な仕事ではないのですが、経理の方の仕事も完璧で……」
「素晴らしいですわね。ですが、どうして経理が出来る方が人足なんて安い給金で働いていたのかしら?」
王宮で財務担当者として働いていたのだから実務経験は十分にある。日雇いの人足のように安い給金で働くよりも、最初から経理として雇ってもらった方が良かっただろうのに。
「はい。お恥ずかしい話ですが、レオンは田舎の学問所を出ただけというので人足に回したのです」
商会長の答えを聞いて、己の努力の結晶である学歴さえも奪われてしまったレオンハルトを思い、ディアナは胸が潰れるような気持ちになった。彼の本当の学歴を知れば、引く手あまただったに違いない。ただ、地域によって教育格差はあって、レオンハルトがどこの出身と書いたかは分からないが、商会長の判断が間違っていたとも思えなかったのだ。
「ですが、事務所で日当を渡している時に帳簿が見えてしまったようで、数字の間違いを指摘されましてね。レオンの言う通りだったんですよ。テストをしてみたら計算も出来る上に、帳簿の書き方を教えればすぐに覚えたんですよ。天才だと思いました。丁度人員を補充しようと思っていたところだったので、正式に雇用したのです」
帳簿の書き方だって知っていたけれど、詮索されないように無知を装ったのだろう。いや、最初に覚えた時も、きっとすぐに覚えてしまったのだろうが、天才扱いをされて困惑しているレオンハルトを思い浮かべ、ディアナはニヤニヤと笑ってしまいそうになるのを、どうにか堪えた。
「人足からの大抜擢にやっかむ者もいましたが、レオンの奴は堅物の癖に人の懐に入って行くのが上手いんですよ。誰より仕事をしますし、驕ることもない。今じゃ事務所の全員が、レオンを一番頼りにしているくらいです」
どこにいても彼は評価される人なのだろう。全くの赤の他人だというのに、ディアナはレオンハルトが評価されていることが誇らしくてたまらなかった。
三つ年下のエーデルガルド王女が学院在籍中、政務が滞らぬように名代として調整することが彼女の役目であった。けれども今、王女の下で働くということは、婚期が遅れるということを意味していた。シュテルン王国の女性は16~20歳前後で結婚する者が多く、王女の卒業を待っていたら、適齢期ギリギリといったところになる。
「せめて婚約者だけでも確保しておいた方が良いんじゃないか?」
王宮では辣腕を振う公爵であっても、娘の結婚というナイーブな話題を出すのは躊躇われたようだった。まして、親達が決めた婚約者に婚約破棄されるという過去を持っているディアナであるから猶更だ。
「私は自らの手で『あの方』が出来なかったことを成し遂げたいのです」
「お前の気持ちも分かる。しかし、その理想を受け継いでいく者を作ることもまた、貴族としての役目の一つだ」
「……」
「そう長くはないが時間はある。よく考えなさい」
モーント公爵の言葉は、娘の心情に父として寄り添うものであるのと同時に、公爵としての忠告でもあった。
けれども、父の言葉に答えを返せぬまま、ディアナが仕事に奔走する日々が三年ほど続いたある日。とある港町に視察に訪れた際、そこで知った顔を見つけたのだった。
港に到着した船の荷を下ろす人足の中に、レオンハルトの姿を見つけたのだ。三年前に見た時よりも日に焼けて、何よりも肉体労働に従事している為か、たくましさも増しているように見えた。
声を掛けても良いだろうかと迷っていると、
「おい!レオン!ちょっとこっちに来てくれ!」
と、船の持ち主である商会長がレオンハルトを呼んだのだった。どうやらレオンと名乗っているらしい。呼びかけなくて良かったと胸を撫で下ろしたのだった。
「秘書官殿。この者は最近うちの商会で経理を担当することになったレオンと申します」
「……お初に御目に掛かります。レオンと申します」
レオンハルトもまたディアナのことを覚えていたのか、少しだけ目を見張ったものの、すぐに表情を取り繕って挨拶をして見せた。貴族の礼ではなく、平民のそれだったが、美しい所作は相変わらずであった。
「初めまして。王太女殿下の秘書官であるディアナ・モーントと申します。本日は殿下の名代として、こちらの視察に参りましたの」
平民の身の上で、宮仕えの人間と顔見知りだなんて状況は、悪い方に勘繰られてもおかしくはない。ディアナもまた初対面を装ったのだった。けれども彼はすぐに仕事に戻ってしまい、それ以上をすることは出来なかった。
「経理の担当だと仰っていましたが、どうして荷運びを?」
どういう意図で彼を紹介して来たのか量りかねて、世間話のように商会長に問い掛ける。
「元々レオンは人足だったんです。少し前にレオンが新人の頃の世話役が腰を悪くしまして、自分が代わりに出ると」
「まぁ……」
相変わらず義理難い性格をしているようだ。
「荷運びだって簡単な仕事ではないのですが、経理の方の仕事も完璧で……」
「素晴らしいですわね。ですが、どうして経理が出来る方が人足なんて安い給金で働いていたのかしら?」
王宮で財務担当者として働いていたのだから実務経験は十分にある。日雇いの人足のように安い給金で働くよりも、最初から経理として雇ってもらった方が良かっただろうのに。
「はい。お恥ずかしい話ですが、レオンは田舎の学問所を出ただけというので人足に回したのです」
商会長の答えを聞いて、己の努力の結晶である学歴さえも奪われてしまったレオンハルトを思い、ディアナは胸が潰れるような気持ちになった。彼の本当の学歴を知れば、引く手あまただったに違いない。ただ、地域によって教育格差はあって、レオンハルトがどこの出身と書いたかは分からないが、商会長の判断が間違っていたとも思えなかったのだ。
「ですが、事務所で日当を渡している時に帳簿が見えてしまったようで、数字の間違いを指摘されましてね。レオンの言う通りだったんですよ。テストをしてみたら計算も出来る上に、帳簿の書き方を教えればすぐに覚えたんですよ。天才だと思いました。丁度人員を補充しようと思っていたところだったので、正式に雇用したのです」
帳簿の書き方だって知っていたけれど、詮索されないように無知を装ったのだろう。いや、最初に覚えた時も、きっとすぐに覚えてしまったのだろうが、天才扱いをされて困惑しているレオンハルトを思い浮かべ、ディアナはニヤニヤと笑ってしまいそうになるのを、どうにか堪えた。
「人足からの大抜擢にやっかむ者もいましたが、レオンの奴は堅物の癖に人の懐に入って行くのが上手いんですよ。誰より仕事をしますし、驕ることもない。今じゃ事務所の全員が、レオンを一番頼りにしているくらいです」
どこにいても彼は評価される人なのだろう。全くの赤の他人だというのに、ディアナはレオンハルトが評価されていることが誇らしくてたまらなかった。
71
あなたにおすすめの小説
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので
麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。
全15話。プロローグから4話まで一挙公開。
翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。
登場人物
マーリン・ダグラス
結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。
デミトリアス・ドラモンドまたはアロン
マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。
ギルバート・ダグラス
マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。
シェリー・モーヴ
ギルバートの愛人
エミリー
マーリンの親友で既婚者。
ララとリリー
マーリンの屋敷のメイド達。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。
アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。
もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる