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種明かし
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「殿下。御子様が御生まれになりました」
ついに私とナタリーの子供が生まれた。
報告を受けてナタリーの下に向かうと、出産を終えたばかりのナタリーと産婆に出迎えられる。
「無事に生まれてくれて良かった。ナタリーも有難う」
「元気な女の御子様ですよ」
そう言って産婆が自分の腕の中にいる私達の子供の顔を見せてくれた。清潔な布に包まれた赤子が、まるで猫の子供のようにフミャフミャと泣いている。産婆の言うように元気そうだった。
だが、私は別のことが気になって、反応が一瞬遅れてしまった。その一瞬を見逃さなかったナタリーは青い顔をし、申し訳無さそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。男児を産めず……」
「いや、生まれたばかりの赤子というのは猿のようだと思っていたが、自分の子供となるとこんなにも愛らしいとは思わず、驚いてしまったよ」
少しおどけてみせて言うと、目の端に涙を溜めながらもナタリーは笑みを浮かべてくれた。
「女児だろうと男児だろうと私達の子に変わらない。変わらぬ愛情を注ぐことを誓うよ」
「テオ様……」
きっと王位継承権に関わるであろう王子が生まれなかったことを気に病んだのだろう。
十分に休むように伝え、私はナタリーと子を残して部屋を出た。私の配慮に欠けた行動によってナタリーを悲しませてしまったことは後悔しているが、それ以上に私は焦っていた。
(女児、だと……?)
私は生まれてくる子供は男児だと確信していた。以前、リゼットがそう言ったからだ。
“『アンタの代以降、何の因果か分からないけど、アタシ以外に王家に女児が生まれなかったのよね』”
聖女になり得る王家の女児がいなかったから、100年後までルリジオン王国の救済は先延ばしになってしまったのだと。
私の行いが変わったから、運命も変わったというのだろうか。
そもそも未来が変わってしまったら、リゼットはどうなるのか。もしリゼットが私の第一子の下に産まれる子孫であったのなら、既にリゼットが存在する世界ではなくなってしまったということになる。
前提がおかしいのかもしれない。私が瑕疵も無く国王になったのなら、その子供達の結婚相手は相応の相手が選ばれるだろう。リゼットの祖母がどこの家の者かは分からないが、結果として王侯貴族に疎まれて平民同然となる一族に嫁すのだから、高い身分であるはずがなかった。
「リゼット。リゼット、いないのか?」
人払いをして自室に戻ると、私はリゼットを呼んだ。けれどリゼットは姿を見せない。彼女のお気に入りの長椅子に、頭を抱えて腰を下ろす。嫌な予感がする。リゼットに考え過ぎだと笑い飛ばして欲しいのに、相変わらず彼女の姿は見えないままだ。
『リゼットはもういませんよ』
突然降って来た声に顔を上げると、そこには青い髪を流したままの男が立っていた。
「誰だ!」
こんな男は見たことが無い。登城する為の身なりとしても凡そ相応しくない。そしてこの状況に覚えがあった。リゼットが最初に私の前に姿を現した時も、今のように何の前触れもなく目の前にいたのだ。
「創世神カエルム、なのか…?」
問い掛ければ、男は穏やかに表情を向けてくる。
『正解です』
彼がリゼットを私の下に遣わしたというのか。カエルムの微笑はいっそ慈愛的な笑みと言っても過言では無いのだが、私にとっては得体の知れない恐怖の方が勝った。
『もう気づいているのでしょう?未来が変わって、リゼットの存在が消滅したことを』
「しょッ――」
消滅なんて考えなかったと言えば嘘になる。だけど、あのリゼットが消えてしまったなんて信じたくなかった。
『リゼットが言っていたでしょう?貴方の【結婚相手】が起こした問題で、リゼットの一族は不遇に遭ったと』
「あ、あぁ……」
『愚かな貴方は、当時婚約者だったブランシュ侯爵令嬢だと思ったようですが、リゼットのいた世界線での貴方の結婚相手は別の人間です』
私を窮地に追いやるのはナタリーではなかった?
“『実体があったら、アンタの顔に二、三発拳をお見舞いしてやりたいところよ』”
だからあの時リゼットは怒ったのだ。私が全く的外れな思い込みで物を言った挙げ句、婚約者を貶めるようなことを言ったから。
『最初の世界線で貴方は侯爵令嬢を捨て、平民の娘マドレーヌを妻にしたんですよ。そうして妃となった平民の女は、侯爵令嬢との結婚話が二度と持ち上がらないように、破落戸を雇って侯爵令嬢を殺しました』
マドレーヌ――エレジーの第二王子の側妃となり、王太子を暗殺しようとした女であるなら、邪魔になったナタリーを排除しようと動くことは容易に想像が出来た。
『そして男児を産んだ後、マドレーヌの罪に気づいた貴族達に告発されるのです。マドレーヌは処刑となり、貴方は一代限りの伯爵になったが役も得られず、子孫は不遇に晒されました』
リゼットが話してくれた通りだった。リゼットの忠告が無ければ私自身が歩んだ未来だと考えるだけで背筋が凍りそうなほど恐ろしく、嫌悪感に苛まれた。
『リゼットの祖父を産むはずだったマドレーヌが処刑されたので、その瞬間にリゼットはこの世界から消滅したのです』
ついに私とナタリーの子供が生まれた。
報告を受けてナタリーの下に向かうと、出産を終えたばかりのナタリーと産婆に出迎えられる。
「無事に生まれてくれて良かった。ナタリーも有難う」
「元気な女の御子様ですよ」
そう言って産婆が自分の腕の中にいる私達の子供の顔を見せてくれた。清潔な布に包まれた赤子が、まるで猫の子供のようにフミャフミャと泣いている。産婆の言うように元気そうだった。
だが、私は別のことが気になって、反応が一瞬遅れてしまった。その一瞬を見逃さなかったナタリーは青い顔をし、申し訳無さそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。男児を産めず……」
「いや、生まれたばかりの赤子というのは猿のようだと思っていたが、自分の子供となるとこんなにも愛らしいとは思わず、驚いてしまったよ」
少しおどけてみせて言うと、目の端に涙を溜めながらもナタリーは笑みを浮かべてくれた。
「女児だろうと男児だろうと私達の子に変わらない。変わらぬ愛情を注ぐことを誓うよ」
「テオ様……」
きっと王位継承権に関わるであろう王子が生まれなかったことを気に病んだのだろう。
十分に休むように伝え、私はナタリーと子を残して部屋を出た。私の配慮に欠けた行動によってナタリーを悲しませてしまったことは後悔しているが、それ以上に私は焦っていた。
(女児、だと……?)
私は生まれてくる子供は男児だと確信していた。以前、リゼットがそう言ったからだ。
“『アンタの代以降、何の因果か分からないけど、アタシ以外に王家に女児が生まれなかったのよね』”
聖女になり得る王家の女児がいなかったから、100年後までルリジオン王国の救済は先延ばしになってしまったのだと。
私の行いが変わったから、運命も変わったというのだろうか。
そもそも未来が変わってしまったら、リゼットはどうなるのか。もしリゼットが私の第一子の下に産まれる子孫であったのなら、既にリゼットが存在する世界ではなくなってしまったということになる。
前提がおかしいのかもしれない。私が瑕疵も無く国王になったのなら、その子供達の結婚相手は相応の相手が選ばれるだろう。リゼットの祖母がどこの家の者かは分からないが、結果として王侯貴族に疎まれて平民同然となる一族に嫁すのだから、高い身分であるはずがなかった。
「リゼット。リゼット、いないのか?」
人払いをして自室に戻ると、私はリゼットを呼んだ。けれどリゼットは姿を見せない。彼女のお気に入りの長椅子に、頭を抱えて腰を下ろす。嫌な予感がする。リゼットに考え過ぎだと笑い飛ばして欲しいのに、相変わらず彼女の姿は見えないままだ。
『リゼットはもういませんよ』
突然降って来た声に顔を上げると、そこには青い髪を流したままの男が立っていた。
「誰だ!」
こんな男は見たことが無い。登城する為の身なりとしても凡そ相応しくない。そしてこの状況に覚えがあった。リゼットが最初に私の前に姿を現した時も、今のように何の前触れもなく目の前にいたのだ。
「創世神カエルム、なのか…?」
問い掛ければ、男は穏やかに表情を向けてくる。
『正解です』
彼がリゼットを私の下に遣わしたというのか。カエルムの微笑はいっそ慈愛的な笑みと言っても過言では無いのだが、私にとっては得体の知れない恐怖の方が勝った。
『もう気づいているのでしょう?未来が変わって、リゼットの存在が消滅したことを』
「しょッ――」
消滅なんて考えなかったと言えば嘘になる。だけど、あのリゼットが消えてしまったなんて信じたくなかった。
『リゼットが言っていたでしょう?貴方の【結婚相手】が起こした問題で、リゼットの一族は不遇に遭ったと』
「あ、あぁ……」
『愚かな貴方は、当時婚約者だったブランシュ侯爵令嬢だと思ったようですが、リゼットのいた世界線での貴方の結婚相手は別の人間です』
私を窮地に追いやるのはナタリーではなかった?
“『実体があったら、アンタの顔に二、三発拳をお見舞いしてやりたいところよ』”
だからあの時リゼットは怒ったのだ。私が全く的外れな思い込みで物を言った挙げ句、婚約者を貶めるようなことを言ったから。
『最初の世界線で貴方は侯爵令嬢を捨て、平民の娘マドレーヌを妻にしたんですよ。そうして妃となった平民の女は、侯爵令嬢との結婚話が二度と持ち上がらないように、破落戸を雇って侯爵令嬢を殺しました』
マドレーヌ――エレジーの第二王子の側妃となり、王太子を暗殺しようとした女であるなら、邪魔になったナタリーを排除しようと動くことは容易に想像が出来た。
『そして男児を産んだ後、マドレーヌの罪に気づいた貴族達に告発されるのです。マドレーヌは処刑となり、貴方は一代限りの伯爵になったが役も得られず、子孫は不遇に晒されました』
リゼットが話してくれた通りだった。リゼットの忠告が無ければ私自身が歩んだ未来だと考えるだけで背筋が凍りそうなほど恐ろしく、嫌悪感に苛まれた。
『リゼットの祖父を産むはずだったマドレーヌが処刑されたので、その瞬間にリゼットはこの世界から消滅したのです』
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