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隣国の暗殺事件

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私達の結婚から一年ほど経った頃、リゼットは姿を消した。

結婚して以来、リゼットが私に同行することも少なくなっていたのだが、定位置であった執務室の長椅子にさえ姿を見せることはなくなってしまったのだ。間もなくナタリーとの子供が生まれるというのに、彼女はどこへ行ったのだろうか。

「殿下!取り急ぎご報告申し上げます!」

側近達がノックもそこそこに飛び込んで来た。

「どうした。何があった?」
「隣国エレジーの第二王子が王太子暗殺未遂容疑で失脚しました!」
「何だと!?」

エレジーの第二王子の下には、我が国の平民が妃として輿入れしたと話題になったことがあった。市井で出会った二人が熱烈な恋に落ち、攫われていくように輿入れしたとか。歌劇の主役さながらの実話に、特に平民達の間では流行したようだった。貴賤結婚ではあるが、エレジーは一夫多妻制を許しているので側妃の一人として娶られたらしい。

「その娘が第二王子を甘言で惑わし、王太子殿下を毒殺しようとしたそうです。計画自体は未遂に終わった為、王太子殿下は御無事だそうです。第二王子と側妃は既に処刑されたとのこと」
「何ということだ……」

いくら平民だったとはいえ、元は我が国の民だ。その娘を裏で操る人間がいると隣国が疑心に駆られてもおかしくはない。何らかの追及がある可能性もある。既にこの世にはいないとはいえ、間もなく私の子が産まれるという慶事に水を差した平民の娘が憎らしい。

それから私は父王達が集まっているであろう会議場へ向かうと、そこで恐ろしい続報を聞かされることとなった。


「第二王子の側妃は【悪女・マドレーヌ】だっただと!?」


ナタリーを陥れようとしたマドレーヌは療養の為に辺境の修道院へ入れられたはずだった。
確かに修道院のある地方の、その先にある国境を越えるとエレジーなのだが、療養とはいえ罪人に等しいマドレーヌは王家とブランシュ侯爵家の他に複数の大臣、教会の司祭の許可なくば修道院を出ることができないようになっていたのだ。

「どうやら修道院の者を買収した第二王子が、マドレーヌと別の人間を入れ替えて連れ出したようなのです……」

この続報自体がエレジー筋の情報である以上、真偽を確認する為に今は信頼できる者を修道院に向かわせている最中であるそうだ。

「斬首される直前の言葉が『無印が攻略失敗したから、続編に期待したのに何なのよ!!』だったそうです」
「やはり脳の病は癒えなかったのだな」

療養の為に行かせたはずなのに、修道院での治療は全く意味を成さなかったようだった。

「第二王子がマドレーヌをどこで見初めたのかは分からないが、悪女を自ら取り込んで自滅したのか」

父王が顎髭をさすりながら呟くと周囲の空気もまた少しだけ和らいだように感じる。
父の言う通り、最初に我が国を欺いたのは第二王子の方であるのなら、こちらに責任追及するのはお門違いと言える。ただでさえ今回の暗殺事件で紛糾しているだろうところに、他国の規則を破った上で毒婦を迎えたなど公表できるわけもなかった。

それでも不測の事態に備えてある程度意見を交換した後、それぞれの仕事へ戻って行った。私達も執務室に戻ったわけだが、何だか仕事が手に付かず、一度休憩を挟むことにした。

「まさか、あのマドレーヌが他国で王子妃になっているとはな……」

私の中のマドレーヌは、平凡な少女に過ぎない。もちろんこの上なく性格が悪く、悪知恵も働かないくらい賢くないことくらいしか知らないわけだが。

「しかし、不謹慎なことを言ってしまいますと、あの娘が早々に隣国に渡っていて良かったです」
「あぁ。我が国で問題を起こされていたらと思うと、な」

レオポルドとアレクシはお互いの顔を見合わせながら、神妙に頷き合う。

「殿下はお忘れになっているようなので言いませんでしたが、学院の入学式に殿下に接触して来ようとした娘はマドレーヌですよ」
「そ、そうだったか?」

確かにナタリーと並んで歩いている時、誰かが近づいて来たのを側近のレオポルドが遮ってくれたのは覚えている。その時にリゼットが忌々し気に見ていたような気もする。それがマドレーヌだったとは露ほども分からなかった。

「可愛いって男子学生の間じゃ話題になってたんですけどね。殿下はその頃から既に妃殿下に首ったけでしたから」
「あれからもマドレーヌは殿下に何度も近づこうとしてきて、俺達大変だったんですよ」
「成績が下位クラスなので授業中に会うことはありませんでしたが、図書館や中庭を利用しようとすると突撃しようとしたので、護衛を増やして接触を妨害していました」

他にも色々と私とマドレーヌという娘と出会わないように暗躍していたらしい。

「殿下は妃殿下に夢中とはいえ、変な噂が立って御二人の仲が拗れては差し障りが生まれますから」
「どうやら私達は随分とお前達に苦労をかけたらしいな」
「まぁ、引導を渡したのは殿下御自身でしたけどね」

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