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2杯目 2年目の夏
15 美術館
しおりを挟む放課後、文芸部の部室で、僕は合宿中に書いた短編小説の最終稿を推敲していた。
「よっしー、もう帰んの?」
部室のドアから、宝条が顔を覗かせる。
「うん、もう帰ろうかな。宝条は?」
「俺も。…なぁ、もしよかったら、今からちょっと付き合ってくんない?」
宝条が、少しだけ照れくさそうに言った。
「うん、いいけど。どこか行くの?」
「うん。うちの姉貴が、地元の美術館で個展やっててさ。昨日から始まったらしいんだけど、良かったら見に行ってくんないかなーって。」
宝条の姉が画家だとは、初めて知った。
「もちろん、行くよ。…宝条の姉さんって、画家なんだ?」
「まあ、一応な。プロってほどじゃないけど。でも、すげぇんだぜ。絵を描くことにかけては、昔っから俺の自慢だったんだ。」
宝条の言葉には、姉への尊敬と、少しの誇らしさが感じられた。
宝条と二人で、美術館へ向かう道を歩く。
普段は入野さんと三人で帰ることが多いので、宝条と二人きりで話すのは、なんだか新鮮な気分だった。
「俺さ、バスケやってた頃、姉貴の絵を試合の前に見に行くのがルーティンだったんだ。」
宝条が、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「姉貴の絵ってさ、なんか、すげぇ熱量があるんだよ。情熱、っていうか。それを見てると、俺も、もっと頑張んなきゃって、いつも思ってた。」
元バスケ部エースだった宝条。彼のバスケにかける情熱は、姉の絵から生まれていたのかもしれない。
「バスケ辞めてから、しばらくは姉貴の絵も見てなかったんだけどさ。…やっぱ、すげぇよ。なんか、俺の人生の半分は、姉貴の絵と、バスケでできてるようなもんだ。」
宝条は、照れくさそうに頭を掻いた。
僕は、そんな宝条の話に、ただ静かに耳を傾けていた。普段は、陽気で少しふざけている彼だが、その心の中には、秘めたる情熱と、姉への深い愛情があるのだと、知ることができた。
地元の小さな美術館に到着した。
館内には、宝条の姉の作品が所狭しと並んでいる。
どの作品も、力強いタッチで描かれていて、それでいて、どこか繊細で、儚い美しさがあった。
特に目を引いたのは、バスケットボールを持った少年を描いた絵だ。
少年の顔は描かれていない。だが、その背中からは、バスケにかける情熱や、挫折、そして、再起への強い意志が、ひしひしと伝わってきた。
「…これ、俺なんだよ。」
宝条が、静かに呟いた。
「俺が怪我をして、バスケを辞めるって言った時、姉貴が描いてくれた絵なんだ。」
僕は、その絵を食い入るように見つめた。
強さと繊細さが混じり合った、独特な世界観。
僕は、その世界観に、大きな刺激を受けた。
美術館のカフェで、僕たちはジュースを飲みながら、感想を語り合った。
「姉貴さ、昔から絵を描くことしかなくて。周りからは、もっと現実的な道を考えろ、とか色々言われてたんだ。」
宝条が、姉の葛藤について話し始めた。
「でも、姉貴は、それを跳ね除けて、自分の好きなことを貫いてきた。…俺も、バスケを辞めて、美術部に入って。周りからは、色々言われたけどさ。…でも、姉貴の絵を見ると、なんか、これでいいんだって、思えるんだよ。」
宝条の言葉は、自信に満ちていた。
「宝条も、自分の好きなことを貫けばいいんじゃないかな。バスケも、絵も、どちらも宝条の一部なんだから。」
僕がそう言うと、宝条は「だよな!」と嬉しそうに笑った。
姉の創作への情熱に触れ、僕は改めて、自分の小説への情熱を感じた。
(僕も、みんなの心を動かすような、小説を書き続けたい)
宝条の姉のように、自分の好きなことを貫く強さを、僕も持ちたい。
美術館からの帰り道。
先ほどまでの、静かな美術館の空気とは一変して、街は賑やかだった。
「…今日は、ありがとうな、よっしー。」
宝条が、照れくさそうに言った。
「こっちこそ、ありがとう。宝条の姉さんの絵、すごくよかった。僕も、頑張ろうって思えた。」
僕は、心からの感謝を伝えた。
帰り道、僕は、頭の中で新しい物語の構想を思い描いていた。
(バスケを辞めた少年が、絵を描くことで、また新しい自分を見つける物語……)
宝条の姉の絵と、宝条自身の言葉が、僕の創作意欲に火をつけたのだ。
隣を歩く宝条は、少しだけ、晴れやかな表情をしていた。
僕たちは、それぞれが胸に抱いた新しい希望を胸に、家路についた。
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