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香水はもうありません
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帰り支度をしていると、担任教師が言う。
「ソラリスさん、少し話がある。時間よろしいかな?」
「どんなご用件でしょう」
「アーサーさんの香水の件なんだ」
やはりね。
職員室に連れてこられた。
中にはアーサー、教師たちが待機していた。
これから断罪イベントでも始める気?
声をあげたのは、爽やかな笑みを貼り付けたアーサーだ。
「やあソラリス! 僕の贈った香水、気に入ったみたいだね。取り巻きに見せていたし」
「だって、素晴らしい香水ですもの」
「……実は、問題が生じててね」
アーサーの声のトーンが落ちる。
わざとらしく。
「侍女のミスで中身が劣化していた。つけてもらって気づいたんだ。酷い臭いだった。……君がつけてしまわないか、心配でね」
そうきたか。
あくまで侍女のせいにして、自分に責任はないと。
らしいと言えば、らしいけれど。
「でも君、素敵な香りって言ってたよね。本当にそう感じたの?」
眉尻をあげ、どこか挑発するような顔だ。
【侮蔑】-95
いつも通り、中身も戻ってきた。
先生たちも動揺を隠せない様子だ。
臭いものが好きな変態なのか?
そんな感じの目をしている。
心外だ。
「特異性という点では、素晴らしいと思いました。刺激も強烈で、なかなか見ないタイプです」
「君の鼻はどうかしてるよ……。とにかくアレは危険だ、処分する。さあ!」
渡してくれと、アーサーが手を伸ばしてくる。
そこで、私は目を瞑る。
死んだ愛犬を思い出す。
目頭が熱くなってきた。
「香水、もうないんです……」
「なん、だと? まさか捨てたのか? 僕の贈り物を!?」
「断じて違います!」
恥ずかしさを捨てて、大げさなくらい動作を大きくする。
「お父様が経営する『王都オークション』に出品登録してしまいました」
「オークション……に……!? なぜ……?」
アーサーは顔面蒼白になり、発する声も弱々しい。
あまりの不意打ちに、魂が抜けたようだった。
「私、アーサー様の優しさを多くの人に知って欲しかったのです」
「意味がわからない! まったく!」
「夜会などで、よく耳にするのです。王家の品が記念に欲しいと。ほとんどの貴族は、そう考えております。そこで、あれを殿下のご慈悲で出品したとなれば、良い噂も回るかと」
淡々と話していく。
アーサーはこめかみに指を当て、頭脳をフル回転させているようだ。
「ちょっと待て。なぜ僕の慈悲だとわかる?」
「だって、出品者はアーサー様で登録しましたから」
「はあ!? どういうことだ、僕はいなかっただろ!?」
「ええ。ですが鑑定して王家の品と判明。さらに、持ち込んだのはサブパートナーであり、お父様の娘でもある私ですから。簡単に信用してもらえましたよ」
にこっ、と満面の笑みを作ってみせる。
これは、作り笑いでもないけれど。
衝撃が強すぎたのか、アーサーの膝が笑っている。
「き、君さ、仮にもサブパートナーからの贈り物を出品って——人としてどうなんだ!」
「ご自分のお言葉を思い出してください」
「へ?」
「あなたは言いました。好きに使ってくれと。これが私の使い方です。自分一人で享受するのではなく、より多くの方々に楽しんでいただきたい。あの素晴らしい香りを」
アーサーは言葉に詰まる。
【猜疑】-90
【恐怖】-86
【焦燥】-82
チャートが入れ替わっている。
私の敵愾心に、ようやく気づき始めた。
ダメ押し、しておきますか。
「かなりの高額が予想されますわね。競り落とすのは有力貴族でしょうか。きっと夜会でも噂になります。楽しみですね~」
「ああぁあ……」
カリカリと爪を噛むアーサー。
高額であんなもの買わされた日には、購入者は怒り心頭だろう。
いくら相手が王族でも、不満を漏らすはず。
しかも買い手は、かなりの金持ち。
爵位の高い貴族だった日には王家(特にアーサー)は、信頼を損ねる。
「……頼む、ソラリス。出品を取りやめてくれないか?」
いまにも泣きそうなアーサーに、私は小首を傾げてみせる。
お馬鹿なので理解できません、という風に。
「頼むよ! こっちが本物の『王家の薔薇』だ。これを渡すから、あちらは返してくれ!」
アーサーが本物を渡してくる。
あれと同じビンでも、中身は淡い蜂蜜色だ。
まだ未開封か。
本命のパートナーにでもプレゼントするつもりだったのかな。
「考えなくもないのですが、一つ気になることがありますわ」
「な……なんだい?」
「謝罪、ありました? 手違いとはいえ、こちらは被害者です。誠心誠意が感じられない、というのが所感です」
面食らったような顔をするアーサーだが、そこは損得計算に聡い男。
すぐに謝罪に入る。
「侍女の手違いとはいえ、申し訳なかった……。今後、このようなことは、ないようにする……」
「……私かアーサー様であれば、出品の取り消しは可能です。ただし、それができるのはあと五分ほど……」
「——ッ!?」
「広場までは、馬車で二十分。でもアーサー様の脚なら、奇跡的に間に合うかもしれませんね」
タイムリミットに焦ったアーサーは、一目散に出口を目指す。
しかし急ぎ過ぎて、すぐそこにあるドアに全身をぶつける。
閉まっていることすら、失念していたようだ。
「グッ……ウゥ……」
「痛がってる暇はないかと。あと四分ですよ」
ずいぶんと青ざめた顔で、アーサーはフラフラと職員室を出ていった。
さて。
私は教師たちに、優雅に一礼をして部屋を出る。
廊下で立ち止まり、ゲットした香水を眺める。
——ゲームにはなかった展開だ。
もの凄いボリュームなので、隠しイベントだった可能性はある。
でも、それ以外も考慮すべきだ。
私自身が能動的に動くことにより、新しい展開が作られている可能性。
仮にそうであっても。
知識が死ぬわけではない。
チャート分析もできる。
私を、ソラリスを、見下した人たちを許さない。
徹底的に闘っていく。
「……プッ」
吹き出してしまう。
私はもう一つ、香水を取り出す。
中身が薄緑色のものだ。
オークションの出品なんて、全部嘘。
アーサーの出方、判断力を試した。
結果は不合格、といったところかな。
「目には目を。嘘つきには嘘を」
アーサーの身体能力は抜群に高い。
あるいは本当に間に合うかも。
そして急いだ先に、在りもしないオークションを取り消そうとして恥をかくだろう。
「走ってアーサー。そこにゴールはないけれど」
私は、独り歩き出した。
「ソラリスさん、少し話がある。時間よろしいかな?」
「どんなご用件でしょう」
「アーサーさんの香水の件なんだ」
やはりね。
職員室に連れてこられた。
中にはアーサー、教師たちが待機していた。
これから断罪イベントでも始める気?
声をあげたのは、爽やかな笑みを貼り付けたアーサーだ。
「やあソラリス! 僕の贈った香水、気に入ったみたいだね。取り巻きに見せていたし」
「だって、素晴らしい香水ですもの」
「……実は、問題が生じててね」
アーサーの声のトーンが落ちる。
わざとらしく。
「侍女のミスで中身が劣化していた。つけてもらって気づいたんだ。酷い臭いだった。……君がつけてしまわないか、心配でね」
そうきたか。
あくまで侍女のせいにして、自分に責任はないと。
らしいと言えば、らしいけれど。
「でも君、素敵な香りって言ってたよね。本当にそう感じたの?」
眉尻をあげ、どこか挑発するような顔だ。
【侮蔑】-95
いつも通り、中身も戻ってきた。
先生たちも動揺を隠せない様子だ。
臭いものが好きな変態なのか?
そんな感じの目をしている。
心外だ。
「特異性という点では、素晴らしいと思いました。刺激も強烈で、なかなか見ないタイプです」
「君の鼻はどうかしてるよ……。とにかくアレは危険だ、処分する。さあ!」
渡してくれと、アーサーが手を伸ばしてくる。
そこで、私は目を瞑る。
死んだ愛犬を思い出す。
目頭が熱くなってきた。
「香水、もうないんです……」
「なん、だと? まさか捨てたのか? 僕の贈り物を!?」
「断じて違います!」
恥ずかしさを捨てて、大げさなくらい動作を大きくする。
「お父様が経営する『王都オークション』に出品登録してしまいました」
「オークション……に……!? なぜ……?」
アーサーは顔面蒼白になり、発する声も弱々しい。
あまりの不意打ちに、魂が抜けたようだった。
「私、アーサー様の優しさを多くの人に知って欲しかったのです」
「意味がわからない! まったく!」
「夜会などで、よく耳にするのです。王家の品が記念に欲しいと。ほとんどの貴族は、そう考えております。そこで、あれを殿下のご慈悲で出品したとなれば、良い噂も回るかと」
淡々と話していく。
アーサーはこめかみに指を当て、頭脳をフル回転させているようだ。
「ちょっと待て。なぜ僕の慈悲だとわかる?」
「だって、出品者はアーサー様で登録しましたから」
「はあ!? どういうことだ、僕はいなかっただろ!?」
「ええ。ですが鑑定して王家の品と判明。さらに、持ち込んだのはサブパートナーであり、お父様の娘でもある私ですから。簡単に信用してもらえましたよ」
にこっ、と満面の笑みを作ってみせる。
これは、作り笑いでもないけれど。
衝撃が強すぎたのか、アーサーの膝が笑っている。
「き、君さ、仮にもサブパートナーからの贈り物を出品って——人としてどうなんだ!」
「ご自分のお言葉を思い出してください」
「へ?」
「あなたは言いました。好きに使ってくれと。これが私の使い方です。自分一人で享受するのではなく、より多くの方々に楽しんでいただきたい。あの素晴らしい香りを」
アーサーは言葉に詰まる。
【猜疑】-90
【恐怖】-86
【焦燥】-82
チャートが入れ替わっている。
私の敵愾心に、ようやく気づき始めた。
ダメ押し、しておきますか。
「かなりの高額が予想されますわね。競り落とすのは有力貴族でしょうか。きっと夜会でも噂になります。楽しみですね~」
「ああぁあ……」
カリカリと爪を噛むアーサー。
高額であんなもの買わされた日には、購入者は怒り心頭だろう。
いくら相手が王族でも、不満を漏らすはず。
しかも買い手は、かなりの金持ち。
爵位の高い貴族だった日には王家(特にアーサー)は、信頼を損ねる。
「……頼む、ソラリス。出品を取りやめてくれないか?」
いまにも泣きそうなアーサーに、私は小首を傾げてみせる。
お馬鹿なので理解できません、という風に。
「頼むよ! こっちが本物の『王家の薔薇』だ。これを渡すから、あちらは返してくれ!」
アーサーが本物を渡してくる。
あれと同じビンでも、中身は淡い蜂蜜色だ。
まだ未開封か。
本命のパートナーにでもプレゼントするつもりだったのかな。
「考えなくもないのですが、一つ気になることがありますわ」
「な……なんだい?」
「謝罪、ありました? 手違いとはいえ、こちらは被害者です。誠心誠意が感じられない、というのが所感です」
面食らったような顔をするアーサーだが、そこは損得計算に聡い男。
すぐに謝罪に入る。
「侍女の手違いとはいえ、申し訳なかった……。今後、このようなことは、ないようにする……」
「……私かアーサー様であれば、出品の取り消しは可能です。ただし、それができるのはあと五分ほど……」
「——ッ!?」
「広場までは、馬車で二十分。でもアーサー様の脚なら、奇跡的に間に合うかもしれませんね」
タイムリミットに焦ったアーサーは、一目散に出口を目指す。
しかし急ぎ過ぎて、すぐそこにあるドアに全身をぶつける。
閉まっていることすら、失念していたようだ。
「グッ……ウゥ……」
「痛がってる暇はないかと。あと四分ですよ」
ずいぶんと青ざめた顔で、アーサーはフラフラと職員室を出ていった。
さて。
私は教師たちに、優雅に一礼をして部屋を出る。
廊下で立ち止まり、ゲットした香水を眺める。
——ゲームにはなかった展開だ。
もの凄いボリュームなので、隠しイベントだった可能性はある。
でも、それ以外も考慮すべきだ。
私自身が能動的に動くことにより、新しい展開が作られている可能性。
仮にそうであっても。
知識が死ぬわけではない。
チャート分析もできる。
私を、ソラリスを、見下した人たちを許さない。
徹底的に闘っていく。
「……プッ」
吹き出してしまう。
私はもう一つ、香水を取り出す。
中身が薄緑色のものだ。
オークションの出品なんて、全部嘘。
アーサーの出方、判断力を試した。
結果は不合格、といったところかな。
「目には目を。嘘つきには嘘を」
アーサーの身体能力は抜群に高い。
あるいは本当に間に合うかも。
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