【第二部投稿中】今を生きる魔法使いへ

一三三

文字の大きさ
7 / 62
第一部

6話 お父様

しおりを挟む
 マーシアが言うにはこういうことだった。


 ────
  

 当時、就職活動中だったマーシアは魔法使い専門の職業斡旋所を訪れ、ハイネ・カンパニーの求人を発見した。

『ここの会社は魔法道具を中心とした魔法製品の製作をしている会社で、幾度かヒット商品を世に送り出していますよ。【無限収納トランク】など、その最たるものではないですかね』

 魔法使いに特化した斡旋所ということもあり、職員はマーシアに会社の概要をかなり子細に説明してくれた。

 職員に渡された求人票を見ていると、マーシアの目に三つの部署が書かれた欄が飛び込んだ。

『魔材、調達部……?』

 幼い頃、マーシアは父の店の作業場で、何度か魔法家具の製作に使用する魔材に触れたことがある。
 当然その当時は詳しいことも分からず、ただゴツゴツした宝石のような石が綺麗だからとか、ヌメヌメした謎の緑色をしたジェルの触り心地がいいからとか、そんな子供の好奇心で魔材をいじくっていた。

『ああ、そちらは魔法製品の製作に使用する魔材を各地で調達し、製作の手助けをする役割を担う部署になりますね。たくさんの魔材に触れる機会も多く、中々楽しいお仕事ですよ』

『まあ、そんなお仕事が……』

 マーシアの子供の頃の好奇心が、時を経て動き出す。

(興味深いお仕事だわ……。私にも、出来るかしら……)

 直感的にこの仕事がしたいと思った。
 魔材に詳しくないからこそ、興味が、好奇心が湧き上がる。

『あのぅ、こちらの会社に応募するには──』


 こうして、ハイネ・カンパニーへの就職が決定したのだ。


 ────


「ほーん、そういうことだったのか」

 マーシアの話を聞いたジニは、納得するように首を縦に振った。

「はい。ほとんど好奇心で動いてしまったのですけれどね……」
「まあまあ、結果的にいい方向に転がったってことでさ」
「ふふっ、そうですね。そうしておきます」

 ジニの言葉に、マーシアは安堵の表情を見せた。

「明日、早速魔材調達に行ってくるんです。何だか、すでにワクワクしてきてしまいました」
「おー、そっか! 頑張れよ! どんなもんあったか、後で教えてな」
「はい、勿論!」



 ****



 何だかんだですっかり昨日と同じ時間くらいまで語り合い、マーシアは今日も停留所までジニに送ってもらった。
「二度あることは三度あるって言うから、また次も話し込んじゃったりしてな!」と、ジニは大口を開けて笑う。マーシアも彼の笑顔につられ、穏やかに微笑んだ。


「では、ジニ様。今日もありがとうございました」
「うんっ。じゃ、気を付けてな」

  
 二人が挨拶を交わした時、ジニのズボンのポケットから何かがポロリと落ちる。

「あら? ジニ様、何か落とされましたよ」
「え、何だろ?」

 マーシアは落ちたものを拾い上げる。
 それは、ジニの社員証だった。


『魔法道具開発部:ジニ・エラ』


 そこにはハッキリとそう書かれていた。

「…………あ」

 ジニの顔に、「ヤバい」と文字が描写される。

「ジニ・エラ……? あ、あら? あなたのお名前は、エラ・ジニ様と言うのでは…………」
「………………」

 ジニは困惑するマーシアから、思い切り目を逸らす。

「……ジニ様? これは一体、どういう……」
「わ゛ーーんっ!! ごめん、ごめんっ!!」

 眉を顰めるマーシアに、ジニはひたすら平謝りをする。


「──もうっ! またからかうだなんて!」
「だから、ごめんってえぇ!!」


 ジニから事実を聞いたマーシアは頬を膨らませ、彼をプリプリと睨む。
 だが、嘘発覚は昨日の今日。
 幸か不幸か、マーシアの怒りはすぐに鎮まった。

「では、あなたの正しいお名前はジニ・エラ様なんですね」
「そうです……」
「分かりました。そういうわけでしたら、あなたのことは改めて、様と呼ばせていただきます」

 マーシアはジニを見つめ、そう宣言した。 

「ちぇー。ジニ様呼び気に入ってたのになー」

 ジニは不貞腐れるように、ブーッと口を尖らす。

「そう言いましても、私も男性をお名前ファーストネームで呼ぶのには少し抵抗があります……。どうかご理解ください」
「抵抗?! 何で抵抗なんかあるんだよ?!」

 ジニは同性だろうと異性だろうと、仲良くなれば相手を名前で呼ぶのなぞ厭わない。
 それゆえマーシアの発言に驚愕し、声を荒げる。

「な、何故って……。だって、男性の名前をお呼びするだなんて、何だか恥ずかしくなってしまいますもの……」
 
 マーシアはモジモジと口元に手を当て、目を伏せた。

「そんな理由かい! なら、呼んでくうちに慣れるって! 大丈夫大丈夫!! ほれ、呼んでみよう!! リピート・アフター・ミー!! ジ・ニ・さ・まッ!!」

 ジニは強引に促すが、マーシアは「うーん」と渋り続け、結局名字で呼ぶことに落ち着いた。


「すみません、エラ様……」
「なあに、お気になさらず…………」


 とは言うものの、せっかく名前で呼んでもらっていたのに名字で呼ばれるとなると、仕方ないが寂しさは感じる。

「でももし、また俺のこと名前で呼びたくなったら、いつでも呼んで! そん時は俺もウォルジーのこと、名前で呼んじゃうかも! あっはっは!」
「……?! ま、まあ……っ!!」

 ふざけてウィンクをするジニに、マーシアは動揺し、頬を染める。

 そんなやりとりをしていると、路面電車の光が近付いてきた。


「おっ、今度こそじゃあな、ウォルジー。気を付けて帰れよ!」
「はい。エラ様も、お気を付けて」


 昨日は変な感じで別れてしまったが、今日はお互いきちんと挨拶を交わすことが出来た。
 手を振り停留所から遠ざかるジニを、マーシアは電車の窓越しに見送った。
 
 空いている車内で、マーシアは座席に座る。
 揺れに身を任せているとだんだんと瞼が重くなり、ついついまどろんでしまう。

(話し疲れてしまったのかしら……。いつもより、眠気が……)


 欠伸をし、そのまま眠りに落ちたマーシアは夢を見た。

 
 ────

 
『──マーシア、お前の気持ちはよく分かった。自分のやりたい仕事をやるといい。その代わり、責任を持ってやり遂げるんだよ』
『お父様……はいっ、ありがとうございます!』

 マーシアの父イライアスはふっと笑い、嬉しそうに笑う娘をどこか寂しげに見つめた。

『……となると、家を出るということなんだな?』
『はい、ウィノア市にお引越しをしようかと考えています』
『そうか。ではな、マーシア──』


 イライアスは、マーシアにウィノア市にある防犯対策の優れた高級住宅地に家を手配すると伝えた。
 マーシアは断ったのだが、「ウォルジー家の娘となると、いつ何時危ない連中に狙われるか分からない」と力説する父の圧力に負け、結局タジタジになりながら手配をお願いした。


『お父様、本当にありがとうございます……』
『娘の安全を願うのは父として当然のことだ。何も気にすることはないよ』

 イライアスは娘にそう言うと、しばし押し黙る。

『……お父様?』
『…………ああ、すまない。そ、それよりもうこんな時間だな。今日はもう部屋へ戻ってゆっくり休みなさい』
『はい。では、おやすみなさい……お父様』
『ああ、おやすみ』

 マーシアは深くお辞儀をし、父の部屋を出て行った。


『………………』


 イライアスは眉を顰めて立ち尽くす。
 その時、扉の向こうからノックをする音がした。

『あなた、失礼しますね』

 マーシアの母エルザが、断りを入れてイライアスの部屋に入室する。
 彼女の目の前には、突っ立って肩をプルプル振るわす夫の姿があった。

『? 一体どうなさいまし──』
『…………びええぇぇん!!!!』
『あなた?!』


 イライアスは床に倒れ込むと手足をバタつかせ壁を揺らし、悍馬かんばの如く暴れる。


『うええぇぇん!! いくら何でも寂しいだろう!! マーシアのおバカ!! どうして家を出てしまうんだ!! 送迎でも何でもやるから、ずっとずっと家にいればいいのにぃ!!』


 イライアスの口からは、閉じ込めていた本音がボロボロと溢れ出る。


『あなた! お、落ち着くのです!』

 
 エルザは暴れ狂う夫をどうどうと宥め、彼の体をやっとのことで起こした。

 
『……私もマーシアが家を出るのは寂しいです。でも、二人で話し合ったではありませんか。あの子の人生は、あの子のもの。幸せな人生を送れるように、私達はあの子の背中を押してあげよう、と』
『う゛びいいぃ……。ぞ、ぞうだげど、ぞうなんだげど…………!!』

 イライアスはチーンと鼻をかみ続ける。

『……あの子のことが、心配ですか?』
『心配だとも。大学へ通う道もあったにも関わらず、社会へ出て自分の力で頑張りたいなどと……。就職は認めるが、果たして上手くやっていけるのだろうか……』

 可愛い一人娘のことを思い、イライアスは天井を仰ぎ、憂いの表情を浮かべた。

『マーシアなら大丈夫ですよ。あれでいて結構芯が強いんですから。それに、あの子の心を支えてくれる方だって、必ず現れますわ』
『ああ、だといいのだが……』

 イライアスは、書斎机に置いていたすっかり冷めたコーヒーを一口啜った。


『それこそ、あの子に恋人でも出来てくれたら、一番嬉しいんですけれどね』
『?!』


 軽い溜め息とともに放たれたエルザの発言に、イライアスは口に含んだコーヒーを凄まじい勢いで吐き出す。

『きゅ、急に何を言いだすんだ! ま、ままままだ、マーシアには早いだろう!』
『あら、でもあの子ももう年頃ですよ。それに、心の支えになってくれる愛のお相手は、いてくれるに越したことないじゃないですか』
『いやっ、まあ、それは……。うーん、そ、そうだなぁ……そうかなぁ……?』


 イライアスはもわもわと想像してみた。
 愛する娘が、愛する人を家に連れてきた時の想像を。


『…………わ゛ーーーーんっ!!!! ヤダヤダ、イヤだーーーーっ!!!!』
 
『あなた!!』


 またも家の壁が揺れるほど泣き叫び暴れ、イライアスは駆けつけた守衛に羽交い締めにされたのであった。
 ぐっすり眠りについたのが幸いか、マーシアが父の大暴走に気が付かなかったのは、ある意味奇跡だったのかもしれない。


 ────


「──ベルナ・ストリート、ベルナ・ストリートー」

「はっ……」

 車内アナウンスの声で、マーシアは目を覚ます。ちょうど最寄りに着いたようだ。
 マーシアはポーッと呆けながら、電車を降りた。


(何だかおかしな夢だったわ……)


 それは、現実にあった出来事なのか、あるいは夢の世界での出来事なのか──。

 前半はマーシアの記憶にあるが、後半のことはまるで分からない。だが、真面目で寛容な父が、あんな奇行に及ぶはずがない。ないったらない。ないのだ。
 

『それこそ、あの子に恋人が出来てくれたら嬉しいんですけれどね』


 夢の中の母の言葉が、マーシアの頭に蘇る。


(……私にもいつか、そんな人が現れるのかしら)


 マーシアの中で今、少しだけ浮かび上がりそうだった人物がいた。
 だが、それはすぐにモヤモヤとした朧げなイメージへと変わり、やがて霧散する。彼女には、それが誰なのかは分からなかった。


(うふふ、いつか出逢えるといいのだけれど)

 
 まだ見ぬ恋人を思い、マーシアははにかみながら夜の家路を辿る。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※毎週火曜・金曜日の夜に投稿。作者ブル

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

そのまさか

ハートリオ
恋愛
「そのまさかですわ、旦那様!」 ーーベナ・マギネは、16才の誕生日の前日、ギネオア邸3階からロープで脱出しようとして失敗、その際、残念前世をうっすら思い出し、今世をちゃんと生きようと、先ずは旦那様を色仕掛けで骨抜きにしようとトッチラカル・・! 前世が残念な事もある・・・何のスキルも無い事だってある・・・そんなベナが全力でトッチラカリます! 設定ゆ~るゆるです。緩い気持ちで読んで頂けると助かります。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしました。 読んで、良いなと思ってもらえたら、投票お願いします。 短編ではないので長編選びますが、中編だと思います。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...