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第一部
17話 ベルちゃん
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「…………ん? ベルちゃん??」
サビを叩いていた鼓動は、一気に終曲を迎える。
「はい、ベルちゃんです!」
マーシアは穢れなき眼でジニに返事を返す。
(いや、誰゛ッ!?!?)
そう言いたい気持ちを堪え、ジニは必死に口を結ぶ。マーシアはニッコリ笑い、話を続けた。
「ベルちゃんは私の実家に住んでいる、クロフェニアン・シープドッグという犬種の男の子のワンちゃんです」
「……ワンちゃん……いヌ? い、犬??」
「はい!」
話はまだまだ続く。
「ベルちゃんは、とてもいたずらっ子なんです。よくお庭の花壇を掘ってはお花を台無しにしてしまったり、シャンプーをした後すぐに庭の池に突進をしては、また全身をずぶ濡れにしてしまったり。中でも一番凄かったのは、お父様がお仕事で使う大事な書類を、全てビリビリに噛みちぎってしまったことです」
「……犬」
ベルちゃんは結構なことをやらかしているが、それを語るマーシアの顔はどこか楽しげだ。
「そんないたずらっ子なベルちゃんなのですが、眠っている時は天使のように可愛い寝顔なんです。それはまるで、いたずらをやり遂げて満足した小さな子のように。うふふっ!」
「………………犬」
ジニの眉間に皺が寄る。
「先日エラ様を介抱した時は、ビックリしてしまいました。何せ、あなたの寝顔がベルちゃんにそっくりだったんですもの」
手を口に当てクスクスと品良く笑うマーシアに、ジニも口角の引き攣った笑顔を向ける。
「あの時、いつも元気なエラ様の眠ったお顔がベルちゃんと重なり、とても可愛らしく思えたのです。でも……ふふっ、もっとビックリしてしまったのは、その後でした」
マーシアはニッコリに歯車をかけた。
「何と、エラ様の髪の感触までもが、ベルちゃんにそっくりだったんです! 滑らかで、だけれど少し硬い質感の髪……。触れていると、私も次第にベルちゃんへの懐かしさに包まれていくようでした」
あの時に想いを馳せるかのように、マーシアは目を細め、うっとりとした声色でジニにそう告げた。
「そのようなことでして、エラ様。私、あなたのことが──」
「ウォ……ウォルジーお嬢さんよぉ……」
「? はい?」
ジニはプルプルと肩を振るわせ、死にそうな顔でマーシアを見つめる。
「つまり……俺は表情から髪まで、ベルちゃんに超そっくりな人間ってことなんだな……?」
「はい! それはまるで、生き写しのように!」
「へええぇ…………そうなんだぁ…………」
ジニは蚊が鳴くよりも小さい声で呟いた。
「ですので、エラ様。私、あなたのことがベルちゃんのように思えて、とても愛おしいんです。あなたの見せるいたずらな笑顔も、眠ったお顔も、髪の毛先も……。これが、先日お話ししそびれてしまった、私自身がエラ様に抱いた気持ちの全てです」
「そう…………そう…………」
ようやく合点がいった。
ジニの浮かれた頭の中でも、一瞬はこんな疑問がよぎっていたのだ。
(ウォルジーは、俺のどこを好きになったんだ?)
自分がマーシアに惹かれているのには充分な理由があるが、彼女が自分に惹かれた決定打とは?
入社してから交流する機会は多かったが、情けない話、あまりマーシアに男らしい姿を見せられたこともない。
つまり、現状としてマーシアが自分に惚れる理由が見当たらないのだ。
だが。
だが、マーシアから本当の気持ちを伝えられ、ようやく分かった。
(俺!!!! ウォルジーに"犬"として見られてんじゃねーかよおおぉッ!!!!)
マーシアは、確かに自分に愛おしいという感情を向けている。
ベルちゃんというフィルターを通して。
「エラ様。この写真に写っている子が、ベルちゃんです」
花の刺繍が施された白地のハンドバッグから、マーシアはカラー写真を取り出した。
そこには、誇らしげにお座りをする長毛の中型犬くらいの大きさの犬が写っていた。
「…………これが、ベルちゃん…………」
「はいっ。うふふ、とっても可愛いでしょう?」
「……ああ。可愛い、可愛いな……。ベルちゃん………………」
マズルがシュッとしているので、本来は凛々しい顔付きなのであろうが、それを一切感じさせない、人間から見ても分かるいかにもいたずら小僧な表情。ヘラッと開けた口。垂れるよだれ。
そして、ちょうどジニ自身の髪と同じくらいの長さであろう体毛。
「……あの、エラ様。図々しいことは承知でありますが、一つお願いがありまして……」
「…………何でございますか?」
マーシアは上目でジニを見遣る。
「最後にもう一度だけ……。あなたの頭を、髪を撫でさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
曇りなき澄んだ眼で、マーシアはジニを見つめ、祈るようにして両手を握る。
「…………いいよ」
「……っ! あ、ありがとうございます! では……」
ジニは横向きになり、頭頂部をマーシアの方へ寄せる。
「うふふっ。本当に、ベルちゃんを撫でているみたいです!」
「そう。そりゃよかった…………」
マーシアはジニの頭を愛おしげな手つきで撫でる。横を向いているため彼女の表情は分からないが、声色から嬉々としているのは確かだった。
(…………)
ジニは今、もの凄く複雑だった。
恋心を抱いた相手に撫でられる嬉しさ。でもその相手は、別に自分に恋をしているわけではないという切なさ。
(ベルちゃん、ベルちゃん……)
ジニの脳内で、ベルちゃんが勝ち誇ったように彼を見下す。
(ベル゛ぢゃ゛ん゛…………ッ!!!!)
──今日、ジニは自分がマーシアに恋をしていることに気が付いた。
そんな感情を抱いた人物と、あわよくば恋人になれるのでは、とも思った。
だが実際は、想い人は愛犬と自分を重ねていただけで、"恋愛"として自分を愛おしく想っていたのではなく、"愛犬"に向ける愛おしさを自分に感じていただけだった。
(くそおおおおおおおおっ!!!!!!)
この日、ジニは負けた。
犬に。
「エラ様、今日はお付き合いいただいてありがとうございました」
「ああ……こちらこそ」
話も終わり店を出ると、辺りはすっかり静寂の夜に包まれていた。
「……? 何だか元気がないようですが、大丈夫ですか?」
ジニの声にいつもの活気がなく、マーシアは心配そうに彼を見上げる。
「え? ああ、気にすんな。何でもないから」
「そうですか? それならいいのですが……」
マーシアの視線が自分から逸れると、ジニは彼女に気付かれないよう、溜め息を吐く。
(誰のせいだと思ってんだよ……)
****
「思い違いだったぁ?!」
休み明けの月曜日。
魔法道具開発部の工房に、開発部員らの驚愕の声が響き渡る。
「…………はい。全部、俺の、思い違いでした…………」
辛うじて発せるしおしおとした声で、ジニは皆にそう伝えた。
「何だ何だ。何があったんだ?」
遅れてきたアレイシオが、パディーに尋ねる。
「こないだエラ君が、ウォルジーさんに愛おしいって告白されたとか何とか言ってたのがあったでしょう? あれ、実際はエラ君がウォルジーさん家で飼ってる犬に似ていたから、何だかんだで、そういう意味で愛おしいってことだったんですって」
「ええぇ……」
アレイシオはジニに視線を向ける。
彼は作業机に侵食してしまいそうなほど項垂れていた。
「しかも、それ言われたのが、エラ君がウォルジーさんに恋をしてるって自覚した時だったらしいんですよ」
「不憫すぎるな」
視線の先に映る哀れな少年は、この短時間ですっかり溶け切っていた。
これでは、彼の明日からのあだ名が「失恋ワンコ」になることは明白だろう。
「エラ、そんなに落ち込むなよ」
アレイシオはポンとジニの肩を叩く。
「グスッ……。おっ……落ち込んでなんかいないですよ……! べ、別に、そんな……ちょっと思ってた展開と違ったから、って……そんな…………そん、な…………」
「落ち込んでるな」
「グスン……」
ジニだって、休みを挟んでどうにかこの悲しすぎる出来事を。もっと言えば、マーシアへの恋心を忘れようとも思った。
だが結果として、そんなのは普通に無理だった。
鈴の音のような心地良い声。真珠のように穏やかな輝きを放つ瞳。柔らかそうな頬。色付きの良い可愛らしい唇。空気をまとう艶やかな黒髪。
意識すればするほど、今まで何気なしに見てきたマーシアの顔が鮮明に心に映し出され、忘れるどころかより彼女への想いを募らせただけだったのだ。
「けど、エラ。お前らしくねぇなぁ。俺に大口叩けるような奴が、どうして惚れた女の子にゃあ、想いの一つも伝えずに黙っていられるってんだよ」
「………………」
それは、ジニ自身も不思議だった。
今まで自分から女の子にガンガンいっていたのだから、マーシアへ想いを伝えるなぞ、わけないはずなのに。
(もしかして、ウォルジーがあんまりにも無邪気で純粋だから……?)
マーシアは歴代の恋人だった子らとはタイプが全く違う。言わば穢れを知らない、無垢で清廉な少女だ。
心のどこかで、無意識に恋慕の念を伝えないよう、歯止めを効かせてしまっているのだろうか。
「まあでも、エラ君。ポジティブに考えれば、ウォルジーさんに嫌われているわけではなくてよかったじゃない。少なくとも、あなたに対して犬並みの愛情はあるみたいなんだし」
「……嫌われてるわけでは、ない……?」
「ええ、そう」
パディーの励ましの言葉に、ジニはピクリと反応する。
(そっか……。てことは、ウォルジーとこれからも、今まで通りの関係を続けることは出来んのか……)
すると、ジニにある考えが浮かんだ。
(……!! てことは、てことはよ?! ウォルジーに、俺を好きになってもらえるようにすることだって出来るんじゃねぇの?!)
とんでもない名案、いや、妙案を思いついてしまった。
素晴らしすぎて、自分でなければ考えもつかなかっただろう。
そう。要は、マーシアの気持ちを自分に向けさせればいいのだ。
勿論、ベルちゃん越しではなく、ジニ・エラ自身を見てもらう。そうすれば、いずれマーシアは自分に惚れ、互いは相思相愛に。
これで、素敵に万事解決。
ハッピーエンドまっしぐらである。
「やってやらぁっ!!!!」
「何が?!」
今の今までしょげていた男の突然の奇声に、周りは驚愕し飛び上がる。
「皆ぁ!! 俺、頑張りますから!! 頑張って、ウォルジーを俺に惚れさせてみます!!」
「え? えぇ……あ、そう。が、頑張ってね……」
「はいっ!!」
ジニは単純な性格ゆえに、気持ちの切り替えがすこぶる早い。拳を握り、早速メラメラと闘志を燃やす。
(ウォルジー!! 絶対、振り向かせてみせるからな!!)
固い固い決意を胸に、ジニは今、マーシアという高嶺に挑む。
サビを叩いていた鼓動は、一気に終曲を迎える。
「はい、ベルちゃんです!」
マーシアは穢れなき眼でジニに返事を返す。
(いや、誰゛ッ!?!?)
そう言いたい気持ちを堪え、ジニは必死に口を結ぶ。マーシアはニッコリ笑い、話を続けた。
「ベルちゃんは私の実家に住んでいる、クロフェニアン・シープドッグという犬種の男の子のワンちゃんです」
「……ワンちゃん……いヌ? い、犬??」
「はい!」
話はまだまだ続く。
「ベルちゃんは、とてもいたずらっ子なんです。よくお庭の花壇を掘ってはお花を台無しにしてしまったり、シャンプーをした後すぐに庭の池に突進をしては、また全身をずぶ濡れにしてしまったり。中でも一番凄かったのは、お父様がお仕事で使う大事な書類を、全てビリビリに噛みちぎってしまったことです」
「……犬」
ベルちゃんは結構なことをやらかしているが、それを語るマーシアの顔はどこか楽しげだ。
「そんないたずらっ子なベルちゃんなのですが、眠っている時は天使のように可愛い寝顔なんです。それはまるで、いたずらをやり遂げて満足した小さな子のように。うふふっ!」
「………………犬」
ジニの眉間に皺が寄る。
「先日エラ様を介抱した時は、ビックリしてしまいました。何せ、あなたの寝顔がベルちゃんにそっくりだったんですもの」
手を口に当てクスクスと品良く笑うマーシアに、ジニも口角の引き攣った笑顔を向ける。
「あの時、いつも元気なエラ様の眠ったお顔がベルちゃんと重なり、とても可愛らしく思えたのです。でも……ふふっ、もっとビックリしてしまったのは、その後でした」
マーシアはニッコリに歯車をかけた。
「何と、エラ様の髪の感触までもが、ベルちゃんにそっくりだったんです! 滑らかで、だけれど少し硬い質感の髪……。触れていると、私も次第にベルちゃんへの懐かしさに包まれていくようでした」
あの時に想いを馳せるかのように、マーシアは目を細め、うっとりとした声色でジニにそう告げた。
「そのようなことでして、エラ様。私、あなたのことが──」
「ウォ……ウォルジーお嬢さんよぉ……」
「? はい?」
ジニはプルプルと肩を振るわせ、死にそうな顔でマーシアを見つめる。
「つまり……俺は表情から髪まで、ベルちゃんに超そっくりな人間ってことなんだな……?」
「はい! それはまるで、生き写しのように!」
「へええぇ…………そうなんだぁ…………」
ジニは蚊が鳴くよりも小さい声で呟いた。
「ですので、エラ様。私、あなたのことがベルちゃんのように思えて、とても愛おしいんです。あなたの見せるいたずらな笑顔も、眠ったお顔も、髪の毛先も……。これが、先日お話ししそびれてしまった、私自身がエラ様に抱いた気持ちの全てです」
「そう…………そう…………」
ようやく合点がいった。
ジニの浮かれた頭の中でも、一瞬はこんな疑問がよぎっていたのだ。
(ウォルジーは、俺のどこを好きになったんだ?)
自分がマーシアに惹かれているのには充分な理由があるが、彼女が自分に惹かれた決定打とは?
入社してから交流する機会は多かったが、情けない話、あまりマーシアに男らしい姿を見せられたこともない。
つまり、現状としてマーシアが自分に惚れる理由が見当たらないのだ。
だが。
だが、マーシアから本当の気持ちを伝えられ、ようやく分かった。
(俺!!!! ウォルジーに"犬"として見られてんじゃねーかよおおぉッ!!!!)
マーシアは、確かに自分に愛おしいという感情を向けている。
ベルちゃんというフィルターを通して。
「エラ様。この写真に写っている子が、ベルちゃんです」
花の刺繍が施された白地のハンドバッグから、マーシアはカラー写真を取り出した。
そこには、誇らしげにお座りをする長毛の中型犬くらいの大きさの犬が写っていた。
「…………これが、ベルちゃん…………」
「はいっ。うふふ、とっても可愛いでしょう?」
「……ああ。可愛い、可愛いな……。ベルちゃん………………」
マズルがシュッとしているので、本来は凛々しい顔付きなのであろうが、それを一切感じさせない、人間から見ても分かるいかにもいたずら小僧な表情。ヘラッと開けた口。垂れるよだれ。
そして、ちょうどジニ自身の髪と同じくらいの長さであろう体毛。
「……あの、エラ様。図々しいことは承知でありますが、一つお願いがありまして……」
「…………何でございますか?」
マーシアは上目でジニを見遣る。
「最後にもう一度だけ……。あなたの頭を、髪を撫でさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
曇りなき澄んだ眼で、マーシアはジニを見つめ、祈るようにして両手を握る。
「…………いいよ」
「……っ! あ、ありがとうございます! では……」
ジニは横向きになり、頭頂部をマーシアの方へ寄せる。
「うふふっ。本当に、ベルちゃんを撫でているみたいです!」
「そう。そりゃよかった…………」
マーシアはジニの頭を愛おしげな手つきで撫でる。横を向いているため彼女の表情は分からないが、声色から嬉々としているのは確かだった。
(…………)
ジニは今、もの凄く複雑だった。
恋心を抱いた相手に撫でられる嬉しさ。でもその相手は、別に自分に恋をしているわけではないという切なさ。
(ベルちゃん、ベルちゃん……)
ジニの脳内で、ベルちゃんが勝ち誇ったように彼を見下す。
(ベル゛ぢゃ゛ん゛…………ッ!!!!)
──今日、ジニは自分がマーシアに恋をしていることに気が付いた。
そんな感情を抱いた人物と、あわよくば恋人になれるのでは、とも思った。
だが実際は、想い人は愛犬と自分を重ねていただけで、"恋愛"として自分を愛おしく想っていたのではなく、"愛犬"に向ける愛おしさを自分に感じていただけだった。
(くそおおおおおおおおっ!!!!!!)
この日、ジニは負けた。
犬に。
「エラ様、今日はお付き合いいただいてありがとうございました」
「ああ……こちらこそ」
話も終わり店を出ると、辺りはすっかり静寂の夜に包まれていた。
「……? 何だか元気がないようですが、大丈夫ですか?」
ジニの声にいつもの活気がなく、マーシアは心配そうに彼を見上げる。
「え? ああ、気にすんな。何でもないから」
「そうですか? それならいいのですが……」
マーシアの視線が自分から逸れると、ジニは彼女に気付かれないよう、溜め息を吐く。
(誰のせいだと思ってんだよ……)
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「思い違いだったぁ?!」
休み明けの月曜日。
魔法道具開発部の工房に、開発部員らの驚愕の声が響き渡る。
「…………はい。全部、俺の、思い違いでした…………」
辛うじて発せるしおしおとした声で、ジニは皆にそう伝えた。
「何だ何だ。何があったんだ?」
遅れてきたアレイシオが、パディーに尋ねる。
「こないだエラ君が、ウォルジーさんに愛おしいって告白されたとか何とか言ってたのがあったでしょう? あれ、実際はエラ君がウォルジーさん家で飼ってる犬に似ていたから、何だかんだで、そういう意味で愛おしいってことだったんですって」
「ええぇ……」
アレイシオはジニに視線を向ける。
彼は作業机に侵食してしまいそうなほど項垂れていた。
「しかも、それ言われたのが、エラ君がウォルジーさんに恋をしてるって自覚した時だったらしいんですよ」
「不憫すぎるな」
視線の先に映る哀れな少年は、この短時間ですっかり溶け切っていた。
これでは、彼の明日からのあだ名が「失恋ワンコ」になることは明白だろう。
「エラ、そんなに落ち込むなよ」
アレイシオはポンとジニの肩を叩く。
「グスッ……。おっ……落ち込んでなんかいないですよ……! べ、別に、そんな……ちょっと思ってた展開と違ったから、って……そんな…………そん、な…………」
「落ち込んでるな」
「グスン……」
ジニだって、休みを挟んでどうにかこの悲しすぎる出来事を。もっと言えば、マーシアへの恋心を忘れようとも思った。
だが結果として、そんなのは普通に無理だった。
鈴の音のような心地良い声。真珠のように穏やかな輝きを放つ瞳。柔らかそうな頬。色付きの良い可愛らしい唇。空気をまとう艶やかな黒髪。
意識すればするほど、今まで何気なしに見てきたマーシアの顔が鮮明に心に映し出され、忘れるどころかより彼女への想いを募らせただけだったのだ。
「けど、エラ。お前らしくねぇなぁ。俺に大口叩けるような奴が、どうして惚れた女の子にゃあ、想いの一つも伝えずに黙っていられるってんだよ」
「………………」
それは、ジニ自身も不思議だった。
今まで自分から女の子にガンガンいっていたのだから、マーシアへ想いを伝えるなぞ、わけないはずなのに。
(もしかして、ウォルジーがあんまりにも無邪気で純粋だから……?)
マーシアは歴代の恋人だった子らとはタイプが全く違う。言わば穢れを知らない、無垢で清廉な少女だ。
心のどこかで、無意識に恋慕の念を伝えないよう、歯止めを効かせてしまっているのだろうか。
「まあでも、エラ君。ポジティブに考えれば、ウォルジーさんに嫌われているわけではなくてよかったじゃない。少なくとも、あなたに対して犬並みの愛情はあるみたいなんだし」
「……嫌われてるわけでは、ない……?」
「ええ、そう」
パディーの励ましの言葉に、ジニはピクリと反応する。
(そっか……。てことは、ウォルジーとこれからも、今まで通りの関係を続けることは出来んのか……)
すると、ジニにある考えが浮かんだ。
(……!! てことは、てことはよ?! ウォルジーに、俺を好きになってもらえるようにすることだって出来るんじゃねぇの?!)
とんでもない名案、いや、妙案を思いついてしまった。
素晴らしすぎて、自分でなければ考えもつかなかっただろう。
そう。要は、マーシアの気持ちを自分に向けさせればいいのだ。
勿論、ベルちゃん越しではなく、ジニ・エラ自身を見てもらう。そうすれば、いずれマーシアは自分に惚れ、互いは相思相愛に。
これで、素敵に万事解決。
ハッピーエンドまっしぐらである。
「やってやらぁっ!!!!」
「何が?!」
今の今までしょげていた男の突然の奇声に、周りは驚愕し飛び上がる。
「皆ぁ!! 俺、頑張りますから!! 頑張って、ウォルジーを俺に惚れさせてみます!!」
「え? えぇ……あ、そう。が、頑張ってね……」
「はいっ!!」
ジニは単純な性格ゆえに、気持ちの切り替えがすこぶる早い。拳を握り、早速メラメラと闘志を燃やす。
(ウォルジー!! 絶対、振り向かせてみせるからな!!)
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