厳ついオメガはいかがですか?

凪瀬夜霧

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王都デート(5)

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 劇場を出ると迎えの馬車が停まっていた。乗り込むと知っている方向へと向かっている。

「ディナーは俺の屋敷でしたいのですが、よろしいですか?」
「勿論です」

 隣り合って座る、その手が自然と触れてくる。ほっそりとした、まるでピアニストのような綺麗な手。剣タコもない、柔らかなもの。自分とは大違いだと思いながら、ハインツは内心苦笑する。
 ふと香る、苺のような甘酸っぱい香り。それは隣からしている。とても好きな匂いをずっと感じていたくて知らず寄り添うと、アーベルもまた身を寄せてくれた。

「いい匂いがします」
「え?」
「爽やかな草花の中に香しい甘い香り。これが貴方のフェロモンなのですね」

 そう言われてちょっとオロオロする。自分では感じないものだし、実は周囲から言われた事もないのだ。それどころか、ハインツはオメガとして致命的な欠陥があった。

「あの、アーベル」
「なんでしょうか?」
「フェロモン、出ていますか?」
「え? えぇ」
「本当に出ていますか?」
「俺にはそのように感じますが?」

 驚く顔をしているアーベルに、ハインツは嬉しくて泣きそうになる。心苦しくて言えなかった、言えばきっとこの関係が終わりになってしまうと思っていた事柄に、改善の兆しが見えたのだ。

「私はこの年でヒートがきていないんです」
「え?」

 目を見開いたアーベルがギュッと手を握ってくる。案じている様子が嬉しい。知られたら、嫌な顔をされるのではと思って言えなかった。
 そうか、この人は案じてくれるんだ。

「ヒート不順、というやつですか?」
「えぇ、しかも重度の。医者も原因が分からないと。加えてフェロモンの出も悪くて。だからこそアルファの仲間といてもまったく問題が無かったのは、学園生活では良いことでしたが……ごめんなさい。怖くて、言えなかったのです」

 アルファとオメガなのだ、当然そういう関係も結ぶし子も欲しいと望まれるかもしれない。なのにハインツでは誘惑が出来ない。
 勿論体を交える事は子を求めるばかりではない。気持ちを確かめ強固にする為でもあるし、そういう思いでヒートじゃなくても交わる人もいる。
 でもここまで酷いヒート不順では、そもそも子を授かれるかも定かじゃなかった。他のアルファのフェロモンも感じにくいハインツでは、相手を探す事も出来なかった。
 欠陥品。見た目、腕力ばかりではない根本の理由で、ハインツは自分をそう認識していた。

 触れる手が優しく撫でるようにしてくれる。慰めだと思う。それが心に染みた。

「その程度の事で、俺が貴方を諦める筈がありませんよ」
「でも」
「子は授かり物ですし、俺はそれほど子が欲しい訳ではないのです。いえ……親になるのが、怖いというのが本音です」
「え?」
「……食事の後に少し、話したい事があります。聞いていただけますか?」
「? えぇ、勿論」

 神妙な……やや暗い顔でアーベルが言うのにハインツは頷いた。何か重大な事を告げられる、そんな予感がある。
 不安になる。でも番になるなら知らなければいけない事のようにも思う。少なくともアーベルがそう感じているのだ。ならば、受けとめなければいけないのだろう。
 馬車の中は途端に、静かになった。

 アーベルの家に着くと執事のエッボが笑顔で出迎えてくれた。
 時刻は夕刻を過ぎて夜が訪れようとしている。濃紺が茜を飲み込み始めた空には小さく瞬く星がちらほらと、輝くビーズを散りばめたように広がっていた。

 既に部屋の準備は出来ているとのことで、ハインツは一旦休ませて貰う事にした。通された部屋は大きめの天蓋付きのベッドで、清潔で綺麗。柔らかな緑色を基調としているのも落ち着けた。
 そこのソファーに腰を落ち着けたハインツは直ぐにドサリと横になり、顔を覆った。

(無理! 今日凄く幸せでもう無理! え? 私死ぬの? こんな幸せが一気に押し寄せてきて逆に不安! いっそひと思いに今殺して!)

 思い出すだけで顔から火が出そう。アーベルがかっこよすぎて瞼の裏に焼き付き目を閉じていても苛む。握ってくれていた手が思い出すと熱を帯びる。少し憂える様子も見られてちょっと可愛かったし、何かしてあげたくなる。
 婚約者の顔がいいだけじゃなく、全てで誘惑してくるの狡い!

 それに、ちょっと感激した。
 ずっと感じられなかったアルファのフェロモンを感じる事が出来た。強烈ではないけれど、確かに好ましい香りがして心臓がドキドキした。

「これが、オメガの幸せ……」

 初めて知った。こんな、腹の底から湧き上がる思いなんだ。体の全部がその人の存在を認識して目覚めるような思いがあるんだ。それに伴う幸福感が、あるんだ。
 思い出してもドキドキする。大好きな苺の甘酸っぱい香りに乗せて甘い香りもした。いつまででもそれを感じていたいと思えた。
 ギュッと胸元を握る。知らず、ハインツは微笑んでいた。


 従者に呼ばれてダイニングへと向かうと、二人だけの為に席が用意されていた。
 大きすぎないテーブルには白い綺麗なクロスと整えられたカトラリー。そこには既にアーベルがいて、ハインツを見てエスコートしてくれた。

「休めましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「いえ。では、食事と致しましょう」

 ワインはサッパリとした白ワインで、心地よい酸味がある。そこに出されたアミューズはとても可愛らしいものだ。
 ホワイトソースに細かく刻んだベーコンやミートソースを乗せた一口サイズの舟形タルト。それらを摘まんで食べるとパリッとしたタルトの食感と優しいホワイトソース、そしてベーコンの塩味が広がる。ミートソースの方は肉の旨味とそれを吸ったトマトソースが美味しい。

「美味しいです。それに可愛い」
「良かった」

 率直な感想を漏らすとアーベルも嬉しそうに笑う。エッボもほっとしたようで、嬉しそうに笑った。

 滞りなく食事が進む。目でも楽しませてくれる料理はどれも味が良く、彩りも鮮やかだ。それらを食べながら今日の事を話し笑う。時には来週のパーティーの話も出て、ダンスは大丈夫かとか、そんな事をとりとめもなくしていた。

 そんなこんなであっという間にデザートも食べ終え、今は紅茶と小さなクッキーが出された。

「この後、談話室へとお誘いしたいのですがよろしいですか?」

 紅茶を一口啜ったアーベルに問われ、ハインツは頷く。その表情が何処か硬くて不安にはなるが、きっと大事な話なんだろう。

「勿論です」
「よかった」

 アーベルは側のエッボに目配せをし、エッボはきっちりと会釈をして退出していく。その後も紅茶がなくなるまでゆったりと、二人はなんでもない話をした。


 談話室は思ったよりもこぢんまりとした部屋だった。
 おそらく主人の私室などがあるのだろう奥まった場所で、入った正面は大きな暖炉。壁際には本棚の他に酒やティーセットが置いてある棚。そして古いドレッサーがある。高さは腰位置よりも少し高いくらいで、上の天板には何やら絵が置いてあった。
 四人掛ければ狭いと感じそうなソファーセットが暖炉の前にあり、そこにはお酒とグラス、摘まめる程度の軽食が用意されていた。

「掛けてください」

 エスコートされて座ると、アーベルは対面に座る。隣で無い事を少し寂しくも思うが、それを言える雰囲気ではなかった。

「まずは乾杯をいたしましょう」
「はい」

 手ずからグラスに注がれた赤いワインを飲み込む。重みのあるそれはハインツとしては少し飲み慣れない。だが、アーベルは一気に飲み干した。

「アーベル!」
「……少し、舌を軽くしたいのですよ」

 そう言いながら酔えている感じはしない。空気は重く、表情は沈み込むと同時に暗く鋭くもあって、そんな様子で語られる事が決して簡単じゃないのを感じる。
 聞く方にも覚悟を強いる、そんな様子だった。

「聞いて、いただけますか?」

 数分、重苦しいまま時が過ぎて後、アーベルはそう切り出した。まどろっこしいものをすっ飛ばした彼を相手に喉が渇いて、目の前のワインを少し流し込む。

「はい」

 そうしてハインツもまた、気を引き締めた。
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