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2章:一家集団殺人事件
7話:復讐者の眠り(シウス)
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その教会は時に取り残されてしまったようにひっそりと佇んでいる。壁面は所々が黒ずみ、蔦が這っている。
確信はない。だが、ここに居るように思う。
ギュッとコートの前を握ったシウスは進んだ。ここにラウルが居ると信じて。
壊れて外れかけた柵の間に滑り混み、周囲を見回す。足跡などもない。どうやら入口は正面の一カ所のみのようだ。
シウスがそちらへ回ろうとしていると、不意に音が聞こえた。ドンドンと、力の限り叩く音だ。
どこだ? どこにいる!
周囲を見回したシウスの目に鉄の扉が目に入る。おそらく直結で地下に通じているのだろう観音開きの引き上げ戸には頑丈な閂がされている。
こうした物は珍しくない。大抵は物置や食料の貯蔵庫に使う。
シウスは慌てて閂を外してドアを引き上げた。
予想通り地下へ続く階段がある。そして元気のいい男の子がガタガタと震えながら目を丸くして、シウスを見ていた。
「あ……シ……」
「今は声を上げるでない、敵にバレる。皆、無事か? 怪我をした者などはないか?」
「ない。毛布が沢山あって、食べ物も。でも、ラウル兄ちゃんが」
シウスは地下への階段を降りていく。部屋は一つ、やはり貯蔵庫だ。そこには毛布をすっぽりと着て、身を寄せ合う六人の子供達がいた。全員寒そうな様子だが、怪我をしているわけではない。部屋の隅を見ればパンや果物といった食べ物が箱に入れてあった。
「あ……シウス様……」
「皆無事だな? 動けぬ者はないか?」
「大丈夫。でも、ラウル兄ちゃん連れてかれちゃったの」
女の子がワッと泣き出す。その子の背を撫でて、シウスは全員を見回した。
あの男はこれだけ残酷な事をしながらも、子供には一切手を出していなかった。それどころか数日ここで過ごせるようにしている。
不意に思いだした。あの事件で捕まった他の子供達が言うには、彼ら兄弟は子供達の面倒を積極的に見ていたのだと。
歪めたのは身勝手な大人だ。欲望にまみれた大人だ。温かな者が逃げ出した四兄弟を見つけていたなら、こんな悲惨な末路を辿らずに済んだかもしれない……。
だが、既にウォルターの犯した罪は許されないものだ。
「よいか、ここから少し行ったら柵の壊れた場所がある。そこから外に出て、城に行きなさい。皆事情を知っている故、温かく迎えられる」
「シウス兄ちゃんは?」
「私は、ラウルを助け出す」
湖面のような瞳に強い光が宿った。
子供達を全員無事に外に出し、壊れた柵から外に出たのを確認してからシウスは一人教会の中へと入った。
静寂の教会は捨てられてどのくらいなのか。カビと埃の臭いがする。赤いカーペットが真っ直ぐに祭壇へと続き、色をくすませた聖母像が残されている。
それでも、慈悲のある顔をしている。憐れむように……
目を逸らし、脇の扉を開けたシウスはそのまま二階を目指した。そうして軋む階段をゆっくりと足音を立てずに進むうち、苛立った声が聞こえてきた。
「おい、俺の話し聞いてんのか!」
知らない男の声と、肌を叩くような音。だが、うめき声はない。悲鳴もない。
胸がドクリと不安な音を立てる。あの男と一緒にいるのがラウルなら、叩かれたのはラウルだ。それなら、どうして声がしない? どうして、反応がない?
恐怖に一瞬足が止まる。例え猿ぐつわをしていても、声を発すれば何かしらの音がする。階段を上った所で声が聞こえ音が聞こえるなら、音が響きやすい構造なんだろう。肌を叩く音すら聞こえる。
声がしないのは、できないから……それほどに、弱っている? もしや、無残に刻まれた母親達のように……。
居ても立ってもいられなかった。音がするのも気にせず、シウスは声のした部屋を目指し駆け出して、躊躇い無く開け……声を失った。
ラウルは裸にされ、縛られ、腹や腕に痣を作りながら、光のない目で身動き一つしていなかった。
そしてウォルターはそんなラウルを犯しながら、今まさに首を絞めていたのだ。
「なっ!」
ラウルに夢中で音に気付かなかったのだろう。不意を突かれたウォルターが驚きの声を上げた次の瞬間には、その首は胴と繋がってはいなかった。
一瞬だった。血が沸騰するような感覚のまま、シウスは強く踏み込み剣を抜き、渾身の力でウォルターを斬り伏せた。
吹き上がった血で辺りは赤くなり、不自然な痙攣をした胴体はしばし反射で踊った。シウスはその体がラウルへと倒れるよりも前に後方へと投げやる。途端ラウルの後孔から溢れ出したのは、一体何回分なんだと言いたくなる男の放った白濁だった。
「ラウル! ラウル!!」
腕を解き、冷たい体を抱き寄せる。外気に冷えて震えているが、生きている。
腕を、背を、頭を何度も撫でた。着ていたコートを着せかける。
それでもラウルの目に光が戻らない。息をしているのに、表情がない。何度泣いたのだろう、消えない涙の跡が残っている。唇を噛み締めたのか僅かに切れてしまっている。
「ラウル、すまぬ。遅くなってしまった……ラウルっ」
呼びかけても反応がない。心臓の音が聞こえるのに、ぐったりとして声の一つも上がらない。
嫌だ、こんなのは。誰にも渡さぬ、例え死神だろうとこの子は渡さぬ!
抱き上げようとした手に、トロトロと溢れる残滓。シウスは忌々しく指を這わせ、ほんの少し後孔を広げる。溢れるように出てくるそれらが受けた乱暴の深さを物語っている。腹の痣、腕も……足には指の形に跡が残っている。
「すまない……」
どれほどに辛かったのか。どれほどに……
「ラウル……」
抱きしめて、抱え上げ、シウスは教会を出た。外は丁度雪が降り始めていた。不思議と寒さを感じない。心の方がよほど、冷え切っていた。
ラウルは宿舎で治療された。幸い腹部の痣も深刻なものではなく、拘束されていた腕も折れたりはしていない。受けた陵辱の方は酷かったが、命に関わったりはしなかった。
シウスは毎日のようにラウルの側についた。個室の、温かく清潔な部屋。仕事の手が空くとここにきて、痛かっただろう腕をマッサージし、柔らかさを取りもどした髪を撫で、血色のある頬に触れる。
「ラウル、早く目を覚ましておくれ。もう、二日が経つのだぞ?」
首を絞められたものの、指の跡すらつかぬほど。息が止まったり、脳に異常があるものではないという。
なのにラウルは昏々と眠り続けている。穏やかに胸を上下させて。
教会で見た、あの光景を思い出す。何も映し出さないライトブラウンの瞳。明るく表情の多いあの子の、無の表情。絶望や悲しみだけが残ったものに思えた。
「ほら、早う目を覚ましておくれ。そうしたら、話をしよう。私は話す事が沢山あるぞ。お前の事、私の事、懺悔と、未来と」
この子の過去を知った。罪を知った。それでもこの心になんら変化はない。この子が愛しい。この子が欲しい。孤独の中にあった私が初めて求めた一つ。気まぐれな当てつけから始まり、真実になった。過ごした時間の数だけ思い出がある。
そして、謝りたい。助けられなかった事、そもそも言い出せなくしてしまった事。
そして言いたい事がある。相談して欲しかった事、疑わずに側にいて欲しかった事。罪を知ったからと言って、壊れるほど安い関係ではないのだと言うこと。
早くライトブラウンの瞳が見たい。名を、呼んでもらいたい。抱きしめて……何度でも愛していると伝えたい。
その時、ピクリと指先が動いた。それを目にしたシウスは手を強く握り乗り出すようにラウルの顔を覗き込んだ。
「ラウル!」
呼びかけに、長い睫毛が微かに動く。確かめるように。そうして次には、光を宿したライトブラウンの瞳がシウスを確かに捉えた。
「ラウル!!」
目が覚めた。ようやく、日常が戻って……
「あの、どちら様ですか?」
「…………え?」
キョトンとした愛らしい瞳のまま、ラウルはシウスを見て確かにそう言った。
意味が、分からない。「どちら様ですか?」何の冗談だ。これは、なにが……
「あの、ここはどこですか?」
「ラウル……何を言っておる! ここは騎士団の病室じゃ!」
「騎士団? 病室? 僕は、どこか怪我をしたんですか?」
……話しが、通じていない? 本当に、分からない?
オロオロしたラウルに嘘はない。こんな悪質な冗談を言う子ではない。
「あの、僕教会に戻らないと。シスターが心配します。お仕事も決まってなくて、とても心配かけてしまっているのに怪我なんて……」
「ラウル……」
「? あの、何処かでお会いしましたか? 僕の名前、どうして」
シウスの瞳から涙が溢れ出した。ラウルが居なくなってしまったあの時間よりも、苦しくて死んでしまいそうだ。口元に手をやり、泣き濡れるシウスを心配するようにラウルは起き上がり、そっと頬を撫でてくれる。
優しいのだ、この子は。本当に心配してくれる。例えそれが
記憶から消してしまった相手であっても――――
確信はない。だが、ここに居るように思う。
ギュッとコートの前を握ったシウスは進んだ。ここにラウルが居ると信じて。
壊れて外れかけた柵の間に滑り混み、周囲を見回す。足跡などもない。どうやら入口は正面の一カ所のみのようだ。
シウスがそちらへ回ろうとしていると、不意に音が聞こえた。ドンドンと、力の限り叩く音だ。
どこだ? どこにいる!
周囲を見回したシウスの目に鉄の扉が目に入る。おそらく直結で地下に通じているのだろう観音開きの引き上げ戸には頑丈な閂がされている。
こうした物は珍しくない。大抵は物置や食料の貯蔵庫に使う。
シウスは慌てて閂を外してドアを引き上げた。
予想通り地下へ続く階段がある。そして元気のいい男の子がガタガタと震えながら目を丸くして、シウスを見ていた。
「あ……シ……」
「今は声を上げるでない、敵にバレる。皆、無事か? 怪我をした者などはないか?」
「ない。毛布が沢山あって、食べ物も。でも、ラウル兄ちゃんが」
シウスは地下への階段を降りていく。部屋は一つ、やはり貯蔵庫だ。そこには毛布をすっぽりと着て、身を寄せ合う六人の子供達がいた。全員寒そうな様子だが、怪我をしているわけではない。部屋の隅を見ればパンや果物といった食べ物が箱に入れてあった。
「あ……シウス様……」
「皆無事だな? 動けぬ者はないか?」
「大丈夫。でも、ラウル兄ちゃん連れてかれちゃったの」
女の子がワッと泣き出す。その子の背を撫でて、シウスは全員を見回した。
あの男はこれだけ残酷な事をしながらも、子供には一切手を出していなかった。それどころか数日ここで過ごせるようにしている。
不意に思いだした。あの事件で捕まった他の子供達が言うには、彼ら兄弟は子供達の面倒を積極的に見ていたのだと。
歪めたのは身勝手な大人だ。欲望にまみれた大人だ。温かな者が逃げ出した四兄弟を見つけていたなら、こんな悲惨な末路を辿らずに済んだかもしれない……。
だが、既にウォルターの犯した罪は許されないものだ。
「よいか、ここから少し行ったら柵の壊れた場所がある。そこから外に出て、城に行きなさい。皆事情を知っている故、温かく迎えられる」
「シウス兄ちゃんは?」
「私は、ラウルを助け出す」
湖面のような瞳に強い光が宿った。
子供達を全員無事に外に出し、壊れた柵から外に出たのを確認してからシウスは一人教会の中へと入った。
静寂の教会は捨てられてどのくらいなのか。カビと埃の臭いがする。赤いカーペットが真っ直ぐに祭壇へと続き、色をくすませた聖母像が残されている。
それでも、慈悲のある顔をしている。憐れむように……
目を逸らし、脇の扉を開けたシウスはそのまま二階を目指した。そうして軋む階段をゆっくりと足音を立てずに進むうち、苛立った声が聞こえてきた。
「おい、俺の話し聞いてんのか!」
知らない男の声と、肌を叩くような音。だが、うめき声はない。悲鳴もない。
胸がドクリと不安な音を立てる。あの男と一緒にいるのがラウルなら、叩かれたのはラウルだ。それなら、どうして声がしない? どうして、反応がない?
恐怖に一瞬足が止まる。例え猿ぐつわをしていても、声を発すれば何かしらの音がする。階段を上った所で声が聞こえ音が聞こえるなら、音が響きやすい構造なんだろう。肌を叩く音すら聞こえる。
声がしないのは、できないから……それほどに、弱っている? もしや、無残に刻まれた母親達のように……。
居ても立ってもいられなかった。音がするのも気にせず、シウスは声のした部屋を目指し駆け出して、躊躇い無く開け……声を失った。
ラウルは裸にされ、縛られ、腹や腕に痣を作りながら、光のない目で身動き一つしていなかった。
そしてウォルターはそんなラウルを犯しながら、今まさに首を絞めていたのだ。
「なっ!」
ラウルに夢中で音に気付かなかったのだろう。不意を突かれたウォルターが驚きの声を上げた次の瞬間には、その首は胴と繋がってはいなかった。
一瞬だった。血が沸騰するような感覚のまま、シウスは強く踏み込み剣を抜き、渾身の力でウォルターを斬り伏せた。
吹き上がった血で辺りは赤くなり、不自然な痙攣をした胴体はしばし反射で踊った。シウスはその体がラウルへと倒れるよりも前に後方へと投げやる。途端ラウルの後孔から溢れ出したのは、一体何回分なんだと言いたくなる男の放った白濁だった。
「ラウル! ラウル!!」
腕を解き、冷たい体を抱き寄せる。外気に冷えて震えているが、生きている。
腕を、背を、頭を何度も撫でた。着ていたコートを着せかける。
それでもラウルの目に光が戻らない。息をしているのに、表情がない。何度泣いたのだろう、消えない涙の跡が残っている。唇を噛み締めたのか僅かに切れてしまっている。
「ラウル、すまぬ。遅くなってしまった……ラウルっ」
呼びかけても反応がない。心臓の音が聞こえるのに、ぐったりとして声の一つも上がらない。
嫌だ、こんなのは。誰にも渡さぬ、例え死神だろうとこの子は渡さぬ!
抱き上げようとした手に、トロトロと溢れる残滓。シウスは忌々しく指を這わせ、ほんの少し後孔を広げる。溢れるように出てくるそれらが受けた乱暴の深さを物語っている。腹の痣、腕も……足には指の形に跡が残っている。
「すまない……」
どれほどに辛かったのか。どれほどに……
「ラウル……」
抱きしめて、抱え上げ、シウスは教会を出た。外は丁度雪が降り始めていた。不思議と寒さを感じない。心の方がよほど、冷え切っていた。
ラウルは宿舎で治療された。幸い腹部の痣も深刻なものではなく、拘束されていた腕も折れたりはしていない。受けた陵辱の方は酷かったが、命に関わったりはしなかった。
シウスは毎日のようにラウルの側についた。個室の、温かく清潔な部屋。仕事の手が空くとここにきて、痛かっただろう腕をマッサージし、柔らかさを取りもどした髪を撫で、血色のある頬に触れる。
「ラウル、早く目を覚ましておくれ。もう、二日が経つのだぞ?」
首を絞められたものの、指の跡すらつかぬほど。息が止まったり、脳に異常があるものではないという。
なのにラウルは昏々と眠り続けている。穏やかに胸を上下させて。
教会で見た、あの光景を思い出す。何も映し出さないライトブラウンの瞳。明るく表情の多いあの子の、無の表情。絶望や悲しみだけが残ったものに思えた。
「ほら、早う目を覚ましておくれ。そうしたら、話をしよう。私は話す事が沢山あるぞ。お前の事、私の事、懺悔と、未来と」
この子の過去を知った。罪を知った。それでもこの心になんら変化はない。この子が愛しい。この子が欲しい。孤独の中にあった私が初めて求めた一つ。気まぐれな当てつけから始まり、真実になった。過ごした時間の数だけ思い出がある。
そして、謝りたい。助けられなかった事、そもそも言い出せなくしてしまった事。
そして言いたい事がある。相談して欲しかった事、疑わずに側にいて欲しかった事。罪を知ったからと言って、壊れるほど安い関係ではないのだと言うこと。
早くライトブラウンの瞳が見たい。名を、呼んでもらいたい。抱きしめて……何度でも愛していると伝えたい。
その時、ピクリと指先が動いた。それを目にしたシウスは手を強く握り乗り出すようにラウルの顔を覗き込んだ。
「ラウル!」
呼びかけに、長い睫毛が微かに動く。確かめるように。そうして次には、光を宿したライトブラウンの瞳がシウスを確かに捉えた。
「ラウル!!」
目が覚めた。ようやく、日常が戻って……
「あの、どちら様ですか?」
「…………え?」
キョトンとした愛らしい瞳のまま、ラウルはシウスを見て確かにそう言った。
意味が、分からない。「どちら様ですか?」何の冗談だ。これは、なにが……
「あの、ここはどこですか?」
「ラウル……何を言っておる! ここは騎士団の病室じゃ!」
「騎士団? 病室? 僕は、どこか怪我をしたんですか?」
……話しが、通じていない? 本当に、分からない?
オロオロしたラウルに嘘はない。こんな悪質な冗談を言う子ではない。
「あの、僕教会に戻らないと。シスターが心配します。お仕事も決まってなくて、とても心配かけてしまっているのに怪我なんて……」
「ラウル……」
「? あの、何処かでお会いしましたか? 僕の名前、どうして」
シウスの瞳から涙が溢れ出した。ラウルが居なくなってしまったあの時間よりも、苦しくて死んでしまいそうだ。口元に手をやり、泣き濡れるシウスを心配するようにラウルは起き上がり、そっと頬を撫でてくれる。
優しいのだ、この子は。本当に心配してくれる。例えそれが
記憶から消してしまった相手であっても――――
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