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12話:軍神降臨

2話:前線の攻防

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 雪崩のような馬蹄の音が響き渡る。人が出た、それによって一斉攻撃が始まったのだ。

「やばいな、流石に……」

 思わず笑ってしまうボリスの心境は、分からないではない。だが、誰よりも前に立ったダンが軽く首を回し、背負の大剣の柄を握り絞めた。

「ビビるなよ、お前等。気力で負けたもんから死ぬんだぜ、こういうのは」

 言うなり、更に数歩前に出る。そして、向かってくる馬をめがけて駆け出していった。

「こっちは胸くその悪い戦いばっかでむしゃくしゃしてんだよ! てめぇら、覚悟しやがれ!!」

 走る馬の上で男が剣を振り上げる。だがダンはその馬の首を叩き斬り、更に馬上の男を地上に叩き落とした。

「今です! 弓兵構え! 放て!」

 レーティスの号令で砦の上から一斉に矢が降り注ぐ。その矢に射られて落馬する多くの敵。その中でも特に命中率のいい矢がある。
 見上げた砦の上、そこにいたのはアルブレヒトと、毒で倒れていたコナンだった。

「負けられないな」

 負傷した者まで援護してくれている。これで負けては砦が落ちる。ファウストに、顔向けできない。

 握り直した剣を持ち、ランバートは戦場を走り敵を切り伏せていく。薄い刃の剣は強い当たりには耐えられない。だが男達の装備は粗末で薄い。当然首を守るような物はない。
 十字架の剣が戦場に舞う。その度、腕や首が弧を描いて飛んだ。
 トドメを刺すような事はしなかった。その時間が無駄だ。動けなくなればそれでいい。生死まで構っていられない。

「お前さん、やるねぇ」

 側で同じように敵を真っ二つにしているダンが笑う。それに、ランバートもニヤリと笑った。

「俺も、溜まってたみたいで」
「綺麗な顔しておっかないねぇ。流石軍神の恋人だ」
「それは関係ないですよ!」

 迫る馬の目を矢が射貫き、乗っている兵が落ちる。そこを直ぐさま始末した。

 戦場を見回せば、各所で皆戦っている。
 ハリーは軽い身のこなしで無力化を考えている。前と違うのは、しっかり回避までしていることだ。そしてその側ではコンラッドが死角を潰すように立ち回っている。こちらも動きに無駄がなく、体力を温存しながら周囲を見ている。
 ボリスは相変わらず突出型だが、それでも周囲は見えている。剣の一閃が確実に相手を捉えるばかりではなく、足も手も、使えるものは全て使う。その分消耗も激しいのに、それに耐えうる体力も身につけていた。
 ゼロスは確実に多人数戦をこなしてきたんだろう。動きに隙がなくなってきている。動きの柔軟性も上がり、確実に仕留めていく。
 何よりそのゼロスの側でラウルが動いているのが、本当にバランスがいい。ゼロスもラウルの動きを分かっていて、互いに信頼して動いている。

 突然、グッと腕を引かれてよろめく。そこに背後からの剣が振り下ろされたのを見て、ランバートは腕を引いた相手を見上げた。

「助かった、キフラス」
「こんな状況で考え事をするな。来るぞ」

 静かに言われ、剣を構える。だいぶ、戦えている。こちらが力を振るえば振るうほどに敵はやっきになっている。
 今のうちにウェインやチェスターが森を抜けてくれれば。それだけを願っていた。

 その時、遠方より轟音が響き、帝国騎士は思わず手を止める。空の闇に紛れた黒いもの。それが、凄い勢いでランバート達が戦う中に落ちてきた。

ドォォォォォン!

 激しい振動と抉られた大地。飛んだ石つぶては容赦なく周囲の人々を攻撃した。

「ハリー! コンラッド! ボリス!」

 土埃がおさまり、見回した先では額から血を流すハリーが呆然とし、コンラッドも足を負傷している。そしてボリスにいたっては尖った石の破片が腕を刺していた。

「皆さん気をつけてください! 敵陣前方四〇〇メーター先に移動式の大砲があります!」

 レーティスの取り乱しそうな声に、ランバートは焦った。
 大砲の射程は長くはないが、威力はある。こんなものを投入してきたら、こちらの砦が落とされる。籠城どころの話じゃない。

「レーティス、玉はどこにある!」
「玉?」
「大砲の玉! もしくはテントみたいなのはないのか!」

 ランバートが叫び、辺りを見回す。その間にもう一発、大砲の玉が飛んできて大地を削った。

「ったく、これじゃ攻め入れもしねーぞ!」
「射程圏内に素早く入り込む! 玉こめに時間がかかるはずだ」

 ラウルがその言葉に反応して前に出る。敵も大いに焦りを見せる混乱の中、ラウルは大砲を目指していた。
 だがその前に一人の男が立ちはだかり、ラウルと切り結ぶ。
 他とは雰囲気の違う男だ。なんというか、目が気持ち悪い。値踏みするように絡み、口元に笑みを浮かべた男はだが、他の雑魚兵とは違っていた。

「おっと、可愛い子だな。俺様好みだ」
「なっ……くっ!」

 屈強な体をした男は腕力のみでラウルを退けるとそのまま、無骨な剣を一閃させる。ラウルの頭上を通り過ぎた剣は、彼の髪を数本風に散らした。

「良い反応するねぇ、可愛い子ちゃん。ますます俺様好み」
「お前!」
「睨んだって可愛いな。ナルサッハ様に言って、捕らえたら俺様が貰うとしよう。無理矢理こじ開けて犯すのって、最高に気持ちがいい」
「な……」

 驚いた顔をしたラウルの横を、大砲の玉がまた飛ぶ。それは徐々に徐々にこちらの陣営を穴だらけにし、視界を悪くさせる。

「ランバート、敵陣左側に小さなテントがあります! そこから玉を運び出しているようです!」
「了解! ダン、キフラスは敵の迎撃に努めてくれ! ゼロスは負傷した三人を守れ!」
「ランバート!!」

 言い捨てて、ランバートは人混みを真っ直ぐに走った。ラウルがあの気持ち悪い男と戦ってくれている間に、武器庫を潰す。大砲の玉があるなら、火薬もあるはずだ。

 怒号を上げて斬りかかってくる奴らを問答無用に切り捨てていった。背にも、首筋にも汗が伝う。心臓の音はずっと加速を続けている。疲弊は理解している。
 でも止められない。止まったらきっと、動けない!

 ランバートを倒す事に失敗した数多の敵兵が山を作る中、ランバートが切り開いた道は小さなテントを目前としている。ランバートはハクインの置き土産を手に、それを思いきり投げつけた。
 衝撃が加わった瞬間、激しい音と光が辺りを包み周囲を麻痺させていく。耳を塞ぎ、目を瞑っても多少はダメージがあった。耳が遠くなり、目も多少はチカチカする。
 それでも敵の衝撃の何十分の一だ。

 そうして近づいたテントの中の敵を切り伏せ、中身が大砲の玉や火薬である事を確認したランバートは火薬の側に同じ火薬で導火線を引き、そこに火をつけて急いで逃げた。これが爆発すれば間違いなく敵陣は大混乱になり、帝国どころの話ではなくなる。
 だが、十分な距離を取れないまま、積み上がった火薬に火がついてしまった。

「!」

 熱風が肌を焼く気がした。音が遠くに聞こえるが、感じる熱と衝撃はわりと強い。ひりつくような痛みが背にあり、思わず地に伏せる。

「どれだけ火薬持ち込んだんだ……」

 見ればテントからは火柱があがり、辺りを赤く染めるほどだ。
 敵は大慌てで水をどうにかしようとするが、ラジェーナ砦の井戸は使用できないように封じている。そして彼らはこの水が汚染されている事を知っているはずだ。

「上流から水を持ってこい!」

 混乱の声が聞こえる中、ほくそ笑んでランバートは倒れ込む。喉などは焼いていないが、熱波なのか炎なのかをくらった背がヒリヒリと痛んでいる。

 そのランバートを誰かがグッと持ち上げ、担ぐ。赤い夜に更に色を添える赤が、目に入った。

「無茶をしすぎる!」
「キフラス……」
「引き上げだ」

 強い力はランバートを抱えていてもそれなりに早い。だが、逃げる影を追う者もある。流石にそれを追い払う事は難しい。
 だがその時、どこからか「ピィィィィィ」という高い指笛の音がして、炎を更に巻き上げるような突風が吹き込んだ。

「ぐあぁ!」

 追いかけていた兵を飲み込む勢いに、後方から悲鳴が上がっている。

「風?」
「シウス様だ」

 あの音を一度聞いた事がある。東の森で、風を操り狼を退けたものだ。
 更に援護射撃だといわんばかりに矢が放たれる。砦の上ではアルブレヒトが一人、矢を放っていた。

 引き上げの合図があり、全員が砦の中へ素早く逃げ込むと門が閉じる。その後は疲労が凄まじく、皆が石の床に転がって息を吐いていた。

「しんど……」
「ボリス、血止めろ」
「分かってるけど、痺れててさ。誰か縛って」
「ハリーは意識戻ったか?」
「生きてるよ~。まだ痛いけど。コンラッド平気?」
「お前達ほど重傷じゃない」

 それぞれが軽口をたたいて、それで笑う。生きている事をもの凄く実感すると同時に、命の危険も大いに感じるものだった。

「大丈夫ですか!」

 エリオットが慌てて駆けつけ、側には救急箱を持ったクリフが走り込んで来る。
 直ぐさま応急手当がされ、ボリスは腕を縛られ刺さっていた石つぶてを抜かれた。こっちは縫わなければならない。
 ハリーは頭を打っているが、反応は正常。軽い脳しんとうの疑いだが、念のため無事な隊員が側に付くことになった。
 コンラッドの足は血を流していたが数針縫う程度だ。

「ランバート、背中」
「あぁ、うん」
「無理しないでよ」

 クリフが悲痛な顔で、濡らしたシーツを背中にかける。途端、痛みが走ってちょっと呻いた。

「服が完全に焼けていますよ。でも、服が防御になって肌は軽度熱傷。多少水ぶくれになるかもしれませんが、痕までは残りませんよ」

 「ただ」と、エリオットは悲しそうに言う。そして、先が焼けて縮れている髪を見せた。指で触って、ポロポロ落ちるレベルだ。

「あー、やっちゃったか」
「どうしましょう」
「どうしましょうって……」

 こうなったら、切るしかないだろう。縮れたままにしておけないし。

「ゼロス、お願いできるか?」
「どうして俺だ」
「器用そうだから」
「……ファウスト様が怖いな」

 言いながらも立ち上がり、ハサミをクリフから受け取る。ランバートはしっかり座り直して、ゼロスに任せた。

 髪を切るのは、どのくらいぶりだろう。何だかんだと面倒になって、伸ばす事が多くなった。切るといっても整える程度で、背中まではあったのだ。ファウストが、長い方が好きだと言ったから。

「できたぞ」

 床を見ると、なんだか無残な感じがする。苦笑して、少し軽くなった頭を振った。今は肩にかかる程度に短い。

「短いのも、似合っていますよ」
「うん」
「そうかな?」

 なんだか照れくさい。同じ事を、ファウストは言ってくれるだろうか。
 そんな事を思ってしまう。

 だがそんな余韻も、今夜は与えてくれないらしい。突如駆け込んできた第二師団の隊員は真っ青な顔をしている。その後ろからは伝令に出した二人の隊員が体中に矢を受けて、ウェインを支えている。
 そのウェインはぐったりと意識がない状態で、口元から細く赤い滴が伝った跡があった。

「ウェイン様!」
「悪い、ランバート。ウェイン様、守ってやれなかった……」

 今にも倒れそうな第二師団の先輩達の傷も浅くない。腕に、肩に、足に矢を負っている。そのほとんどが後ろからだ。
 そしてウェインの傷はたった一つ。後方から左胸を突き刺す一本の矢だけだった。

「すぐに処置室に運んで!」

 血相を変えたエリオットがウェインを抱き上げる。ほんの僅か、ヒュッという息があるばかりで意識は戻らないまま、ポタポタと血が床を汚していく。

「先輩達もすぐに治療しないと」

 クリフが矢を抜き、縫いながら薬を塗る。ランバートもそれを手伝おうとして、脇から止められた。

「貴方は休みなさい。あとのことは任せて」
「無傷ではないのですよ、ランバート。大丈夫、このくらいは私達にもできます」
「アルブレヒトさん、レーティス」

 二人がしっかりと頷き、テキパキとクリフの指示通りに動いていく。
 脇をゼロスに抱えられ、不安や混乱、痛いくらいの無事を願う思いを置き去りに、ランバートはその場を去るより他になかった。
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