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12話:軍神降臨

3話:伝令達の戦い(ウェイン)

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 無事に砦を抜け、森へと姿を隠す事ができた。
 前方をチェスターとチャールズが走り、その後をウェインが、後ろをクルーズとイゴールが守っている。
 陽動をしてくれる皆の奮戦の音が遠くに聞こえ、胸が痛んだ。本当ならば陽動は第二師団の仕事なのに、今は彼らに任せるしかない。
 何がなんでも、前線のファウストに事を伝えなければ。そして、軍の反転をお願いしなくては。

 そうして森の深くを走っている。こちらに気付いている気配はない。このままなら通り抜ける事もできる。
 そう、思っていた時だった。

 ヒュン! という鋭い矢の音が後方からして、ウェインの乗っている馬の尻に突き立った。驚きと痛みにのたうち前足を上げた馬の背から素早く地に飛び降りたウェインを、他の隊員は気にして足を止めようとする。
 だがウェインは素早く剣を抜いて、立て続けにした矢音を聞いてそれらを叩き落とした。

「何してる! 行け!」
「ですが!」
「任務を忘れるな!」

 真っ先に反応したチャールズが走り、その後を三人が追う。一人残されたウェインは直ぐさま視線を巡らせ、近くの木の枝の上から殺気を感じて飛び込んだ。
 矢をはたき落とし、幹を蹴って低い枝を掴み反動を利用して枝の上へと乗る。そうして枝を移動しつつ、射手へと迫り剣を一閃させた。

 射手は咄嗟に短剣を構えたが、ウェインの強い当たりに負けて落ちていく。それを追ったウェインは、月光に照らされた射手を見て目を見張った。
 射手はまだ十代後半くらいの少女だった。長い黒髪を一つに束ねた彼女は、強い瞳でウェインを睨み付け、手にした短剣を振り上げた。

 ズキッと、痛みはする。当たった感じ、彼女の力はウェインには敵わない。弓兵としての腕は良くても、短剣は強くない。矢を射かける時間も距離もない与えなければ、簡単だ。
 けれど、十代のこんな少女が血生臭い戦場に出なければならない理由は、なんなんだ。降伏に応じてくれさえすれば、乱暴な事もしない。いや、この場合は捕虜じゃなくて保護だ。帝国では成人前の人物は捕虜としない。

「待って! 降伏して! 君みたいな若い子がどうして戦場なんかに」
「問答無用!」

 少女らしい高い声は強情に申し出を突っぱねる。そして矢筒から矢を引き出すのを見て、諦めた。
 一足飛びに距離を詰めたウェインの動きに、経験の足りない少女は対応できない。あっという間に目の前に迫られ、弓は真っ二つに折られた。
 それでも短剣で対応しようとした、その短剣も弾き飛ばす。高い木の枝に突き刺さった短剣も諦めた少女は背を向けて逃げようとした。
 だが、逃がすわけにはいかなかった。隠密行動の今、声一つあげられれば目的を達成できなくなる。近くに仲間が潜んでいるかもしれない。
 だから、ウェインは鬼になった。

「ぁ……」

 逃げる背を追い、胸を貫いた時、若い体はビクンと大きく震えてか細い声が聞こえた。これが悲鳴だったのか、思わず漏れた声だったのか。どちらにしても、悲しすぎる。
 剣を抜いた途端、吹き上がった血が僅かに体を汚した。倒れた少女は目を見開いたまま手や足を細かく痙攣させ、ものの数分で短い命を終えた。

「ごめんね……」

 助ける方法は、沢山あったと思う。こんな時じゃなければ、急いでいなければ、戦争じゃなければ命まで取らなくて済んだのに。
 光を失った目をそっと閉じさせて、ウェインは辺りを見回す。少し離れた所に矢を受けた馬が座っていて、傷を気にしていた。
 側に寄り、矢を抜いて傷を縛ってやる。すると馬は立ち上がり、後ろ足を引きずりながらも走ろうとした。

「お前は待っていて。この辺にいるんだよ」

 ウェインの言葉が分かったのか、馬はスリッと顔を擦り寄せた後で木々の影に隠れた。

 ウェインは単身、仲間の消えた方を睨み走り出す。森に刺客が紛れていたなら、彼女だけなんて考えられない。一人でもいいから、目的地までいかなければ。

 やがて前方に人影が二つ見え、ウェインは剣を構えて近い一人を斬りつけた。

「ウェイン様!」
「無事か!」

 後方を走っていた二人、クルーズとイゴールが剣を握って対峙している。その前には十数人の少年達だ。どれもきっと、成人間近……あの少女と同じくらいの年齢に見える。
 だがその剣は決して洗練されていない。
 それでも手間取るのは、やはりこんな年齢の子を殺す事は良心に響くからだ。

「何してる! 戦争だぞ!」

 心を鬼にして、ウェインは向かってくる少年を切り伏せた。
 足を狙えば動けない、でも叫ばれればいけない。腕を狙えば無力化できる、でも逃げられれば終わってしまう。苦しまないように殺してやるのが、精々の慈悲になってしまう。

 騎士になったのは、こんな子達を守りたいと思ったから。帝国でまだ、戦争が当たり前だった頃に思ったんだ。どうして、罪のない人が沢山死ななければいけないんだろうと。それを守りたいから、騎士になろうと思ったんだ。
 矛盾してる。国の為にというのは分かっている。国の騎士なのだから武器を持って向かってくる敵に対して慈悲などかけられないのもその通りだ。
 だから、戦争は嫌いなんだ。

 そんな思いがあったから、躊躇ったのかもしれない。彼らを引っ張っていたのだろう逞しい少年と向き合い、剣を交えて動きを止めた。

「もう止めよう! もう、いいじゃないか! こんな……どうして死にたがるのさ!」

 少年と向き合って、叫んでいた。せめて一つでも、助けたかった。
 だがこの慈悲が……躊躇いが、駄目だったのかもしれない。

 ズドンッ! という音を聞いた。瞬間、背に……胸に痛みが走る。息が苦しかった。

「ウェイン様!」

 少年の目が怯えた。でも、この機会を見逃さない。剣を振り上げるのを見て、ウェインは必死に体を立てて目の前の少年を斬り倒した。

 倒れる体を、立てていられなくてしゃがみ込んでしまう。風を切る矢音が後ろからする。一人じゃない、複数いる。
 覚悟を決めた体を、ふわりと包まれた。次にはイゴールの呻く声。庇うように矢を受けたイゴールとクルーズの腕に、肩に矢が突き立った。

「二人とも! っ! ごほっ、かはっ……」

 口の中に、血の味が広がる。急に苦しくなって、息を吸うことも吐くこともできない。倒れたウェインをクルーズが背負い、イゴールが射手を倒しに行く。そうしてものの数分で、彼は戻ってきた。

「ウェイン様!」
「砦に運ぶ! すぐにエリオット様の所に!」

 馬に大事に乗せられたウェインは、喘ぎながら揺られた。息をしているはずなのに、変な所から音がしている。咳き込む度に、口の中に血の味がする。

 だめなのかな?

 ぼんやり浮かんだ死の影が、とても怖い。両親が、兄弟が、仲間の顔が浮かんで消える。ファウスト様の、震えるような苦しい顔を思い出す。戦場で仲間を失う度に涙も流さず泣いている、そんな顔を見てきた。あんな顔を、させてしまうのだろうか?

「ぁ……れぃ……」

 息が抜けるような声で、大切な人を呼んだ。
 会いたいな……生きてる間に、側にいて欲しい。ごめん、ここまでかもしれない。頑張るけれど、頑張りきれるかな? 力が、入らないんだ。息が、できないんだ……

 瞼が落ちそうなのに必死に抵抗したけれど、駄目だ。閉じてしまったら、もう開かない気がするのに……
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