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12話:軍神降臨

1話:決死行

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 深夜の布陣。その数は千を超えた。
 それに対し帝国側砦には動ける人員が少ない。
 ランバート、ゼロス、ボリス、コンラッド、ハリー、エリオット、シウス、チェスター、ウェイン。他、第二師団五十名。
 アルブレヒト、ダン、キフラス、レーティスのジェームダル組を含めても千を相手に戦う事は不可能と判断された。
 他は負傷兵と医療班、クリフは医務班としてカウントされた。

 だが幸いなのは背後が自国であることだ。布陣側の門扉を硬く閉じ、補給することで持久戦に持ち込める。
 だが困るのは前線だ。前にも敵、後方にも敵だ。兵糧も届かず戦場に孤立した形になる。

「ファウストがおれば敵陣を崩す事は可能じゃが、人数を抱えての布陣じゃ。到底士気を維持できぬ」

 地図を広げた深夜会議は深刻なものだ。シウスは予定通りジェームダルの三人を王都へと向かわせ、第五に指示を出してもらうと共に現状を伝えさせた。

 だが問題は現状の打破。兵糧は二日もせずに途切れるだろう。水などはもっと早く切れる可能性がある。

「医療部隊も心配です。こちらは落ち着いていますが、前線で新たな被害が多く出ているかもしれない。オリヴァーがいますが、彼だけで対応できるかは疑問です。医療品もどうなっているか」
「……誰かが、ファウストに現状を伝え奴を反転させるしかあるまい」

 シウスの判断に、全員は苦い思いをしながらも頷くしかない。これが正しい判断だ。
 ただ問題は誰が最前線にこれを伝えに行くかだ。危険が大きいうえに大人数は避けたい。目の前に布陣した敵に悟られれば撃破は免れない。

「……僕がいく」

 そう言ったのは、ウェインだった。

「第二師団は陽動、斥候。こういう場面ではうってつけだ」
「ですがウェイン」
「こっちは籠城できる! でも、最前線のファウスト様やアシュレーが後方を突かれたら危ない。後方、預かってたのにこれじゃ」

 ギュッと、ウェインは手を握る。そして、強情な目で周囲を見回した。

「一人ではいかない。決死行だけど……誰かついてきてくれるなら」

 誰もが一瞬言葉を詰まらせた。安全策はないだろう。
 だがそこで、一つ手が上がった。

「俺でよければ」
「チェスター!」

 思わぬ申し出に、ウェインは驚いたように声を上げる。それに続いて三つの手が第二師団から上がった。

「やってやりましょう、ウェイン様!」
「俺達は第一や第五の裏方じゃない! 立派な騎士だ!」
「決死行だって、これだけの人数がいれば一人くらい最前線に辿り着けるはずです!」
「みんな……ありがとう!」

 泣きそうな顔をしながらもウェインは笑って頭を下げる。この様子に、残る面々は気を引き締めた。

「……無謀かもしれぬ。だが、彼らが敵の目の届かぬ所に行けるくらいまで目くらましをしよう」
「シウス?」

 アルブレヒトが首を傾げる。だが、ジェームダル組も含めて気が引き締まった。シウスが何を思っているのか、それを理解したようだった。

「まだ夜は明けぬ。今のうちに彼らを出す。夜陰に紛れて、彼らを安全な場所まで出す」
「それには賛成です。ですが、あちらの目が彼ら五人に向かわないとは」
「向かわせねばよい。力業になるが、出る」
「出るって!」

 アルブレヒトは驚いたように抗議の声を上げた。だが、この時のシウスの目は真剣で、そして揺らがないものだった。

「力業じゃ。故に、命の保証もできぬ。無理のできぬ者は砦に残れ。戦える者だけでしばし時間を稼ぐのじゃ」
「そんな無謀な! 兵をむざと殺す事になりかねません!」
「だとしても前線に抜ける五人を援護できねばどうにもならぬ。兵糧が途絶え、状況も分からぬままでは最前線は崩れるであろう。被害はこっちの数十倍じゃ」
「だからって!」
「宰相としての判断じゃ! 例え兄とて口出しは無用。五人を援護する。戦闘は短く、砦から離れるな。引き上げの時は合図をする。出したら撤退の合図があるまで門扉を閉める故、戻れぬ。よいか」

 シウスの決死の表情に不安な眼差しもある。だが、それに応えない面々もまたいないのだ。

「俺は出ます」

 苦笑して、ランバートは手を上げた。ここずっと気持ちの悪い闘いが続いている。こんな事、早く終わらせなければファウストに会うこともできない。

「俺も出させてください」
「俺も。正直体が疼きます」
「及ばずながら、俺も出させてください」

 ゼロス、ボリス、コンラッドの第一師団が名乗りを上げる。そこに、ハリーも手を上げた。

「俺も出ます。医療助手よりも体を動かす方が得意なので」
「ハリー!」
「駄目なんて言わないでくれよ、コンラッド。二人で出れば怖くないだろ?」

 茶目っ気を含んだハリーの頬はほんの少し染まっている。恥ずかしそうに。でも、目は真剣なままだ。そしてコンラッドもこれに頷いた。

「シウス様、僕も出てもいいですか?」

 側に控えていたラウルが尋ねる。これに一瞬苦しそうな顔をしたシウスは、だが静かに頷いた。

「私は動けぬ。頼めるかえ、ラウル」
「勿論です!」

 大きく笑ったラウルを一度抱きしめたシウスは、それだけで手を離した。

「俺も出ようかねぇ。暴れたい気分だ」
「兄者、楽しそうだな」
「お前は出ないのか、愚弟よ」
「聞くまでもない。出る」

 キフラスとダンがニッと笑う。その側で、レーティスは多少迷いそして声を上げた。

「弓の腕に覚えのある者を砦の上へ。皆、砦から離れないように戦って下さい。上から弓兵へ合図を出します。怪我人の確認も上からのほうが容易いでしょう。エリオット先生に治療の準備をしてもらい、すぐに運び込めるように準備を」
「それなら第二が向いてる。勝手口かなんかから出て、素早く人拾って帰って来るくらいは可能だ」
「では、勝手口の側に救護所を作ります。クリフ、手伝ってくれますか」
「勿論です、エリオット様!」

 こうして動きが決まった。
 前線に伝令をしにいく五人には安全そうな森のルートを教えた。途中の泉には近づかないように伝え、足の速い馬を用意して黒い外套を羽織らせた。
 そうして五人が裏口から抜けた後、砦に篝火が灯され夜の平原に名乗り出た面々が出たのであった。
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