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13章:ラン・カレイユ人質救出作戦

1話:奇妙な同行者(チェルル)

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 王都帰還後、シウスからの手紙と報告をするとすぐに動いてくれた。主に指示を受けていたらしい宰相府のキアランという人だ。
 なんというか……神経質そう? 眼鏡の奥がもの凄く冷たい感じがする。浮かべる表情も皮肉っぽい。

 けれどその後に同行すると言われて紹介された人は、もの凄く変な人だった。

「マーロウ・アボット」
「……」

 一言のみだ。

 なんというか……不健康な感じがする。肌の色が白いというよりは、青白くて頬が痩けて見える。青い目なんだろうけれど、どんよりとして生気が見えない。しかも目の下の隈が病的だ。
 体だって貧弱。細いし、筋力あるのかな?

「マーロウ、しっかりしろ」
「仕方ないだろ、暗がり暮らしから明るい所に引きずり出されて頭が痛くなりそうなんだ。光線過敏症なんだよ」
「単なる寝不足だ」
「後で医務室行って栄養点滴打ってもらわないと……」
「経口摂取をしろ!」

 キアランという人が、もの凄く気の毒に見えてきた。

 それでも、どんよりした目がチェルルとハクイン、リオガンを見ているのはなんだか緊張する。こう、心の中を探られる気分がした。

「ジェームダルの人、か。話、聞いてる。君たちの能力についてはこれから査定するから、働いてね。あぁ、でも怪我とか見たくないから頑張って。俺、血とか見ると倒れるから」
「……はぁ」
「疲れた。今日は喋りすぎた。ねぇ、医務室連れて行って。点滴打ってもらうから」

 なんて言えばいいんだろう、この感じ。ここに来て騎士団が心配になったチェルルだった。


 その後、第五師団へも顔を出した。旅ですっかり慣れたレイバンやドゥーガルドは普通に迎えてくれたし、帰りの船で同行したグリフィスも機嫌良く迎えてくれた。
 なんというか、グリフィスといるのはとても馴染みがいい。それというのもダンがこのタイプなんだ。豪快で面倒見が良くて後腐れがない。頼れる兄貴である。

「そっか、マーロウと会ったか」

 馬の手入れをしながら話すグリフィスを手伝うチェルルとハクイン、リオガンに、グリフィスは苦笑する。その表情が全部な気がする。

「癖が強いだろ、あれ」
「あの人、騎士団でいいんだよね?」

 ハクインが思いきり失礼な事を言うが、これに誰もが「失礼だ」とは言わなかった。言えなかったのだろうけれど。

「まぁ、引きこもりの病弱野郎だがな。あぁ、守ってやってくれよ。あいつ、剣持った事もないからな」
「それで騎士団務まるの!」

 ハクインの驚愕は当然で、グリフィスも軽く笑っている。

「あいつの武器は武じゃないからな」
「つまり、頭が良いって事?」
「決断力と遠慮の無さもな」

 そう言って、グリフィスが色々と話してくれた。

「マーロウは元々侯爵家の跡取りなんだが、あの通りの性格だ。好きな事は徹底的で狂気を感じるのめり込みよう。嫌いな事は死んでも嫌だって奴だ。こんなんで、父親も手を焼いたんだな。騎士団に入れたいと直接泣きついてきた」
「はぁ……」

 なんというか、凄い人だ。

「んで、シウス様とファウスト様が訪ねたんだが、これがまたな。幽霊みたいなのが出てきて肝が冷えたらしい」
「あれ、夜に会いたくないよね」

 ハクインの言葉にリオガンも無言で頷く。ちょっと珍しい様子だ。

「武についてはからきし。だが、頭のキレがいい。決断も早い。その能力を買って、特例で入れたんだ」

 つまり、頭脳のみで騎士団にいるのか。それも凄い。

「ちなみに騎士団の書庫の蔵書の位置とタイトル、内容、全部覚えてるぞ」
「えぇぇ!!」

 これには三人とも、大いに驚いた。

「それで、なんでこの馬もの凄く入念に手入れしてるの?」

 もの凄く入念にブラッシングをしている。普通、ここまでやるだろうか?

「マーロウ乗せるからな。獣臭いと酔うんだよ、あいつ」

 もう、何も言えなかった。


 かくして王都を出発し、一路東砦へと向かった。エルの集落がある東の森の手前にある砦だ。
 到着するまで、マーロウは馬に揺すられていた。ちなみに一人で馬に乗れない。小柄なチェルルが馬を操る事になり、その前に乗せたのだが……ダメだろこの人。

「馬クサい……振動が酔う……暑い……」

 いや、これでも丁寧にしてるはずなんだけれどな?

 なんにしても砦についたその日は、この人ダメだった。「寝る」の一言を残して寝室に入って二日寝倒した。あまりに起きないから死んでるんじゃないかと心配になって様子を見に行ったけれど、ちゃんと息はしてた。

 だが、そこからがもの凄く怒濤だったのだ。


「あの、今なんと……」

 砦を預かるうだつの上がらない感じのおっさん騎士が、マーロウをもの凄い目で見ている。早く逃げたいとか、この若輩がとか、どうしてこんなに上から目線なんだとか、言いたい事が色々溢れる感じだった。
 でも、過去を知っていればそれも頷ける事をマーロウは平然と言ってのけたのだ。

「同じ事何回も聞くの止めて、バカじゃないんだから」
「あの、ですが!」
「エルとの協力を図る。幸い下地はシウス様がしてくださった。森の事は彼らが一番詳しい。そしてここはラン・カレイユとの国境になる。森の異変を察知するためには彼らの力を借りるのが一番。以上」

 しごく真っ当な事を言っている。だが、エルを迫害したのは彼ら東の人間だ。それもあって帝国との和解をした現在でも、エルの人間と東の人間は互いに混じり合わないのだ。
 というよりも、東の人間が一方的にエルを避けている。自分達のしてしまった事の恐ろしさを知った彼らはその罪から目を背け続けている。その結果だった。

「あの、彼らとて我々と協力するのは……」
「利害が一致する。彼らとて森を守りたい。だが、彼らばかりでは守りきることに不安が残るのもまた事実。互いの利が一致するなら協力は可能だ」
「ですが」
「第一、やってしまったことを認めずに非を詫びないからこんな面倒な事になるんだ。さっさと過ちを認めて保証なり謝罪なりしろよ面倒臭い。いい加減大人なんだからさ、頭の一つも下げればいいんだよ」

 ブツブツと正論を愚痴のように吐き出すマーロウに、砦の責任者は苦虫を噛みつぶす。チェルルとしてはそんな顔をする方がおかしいと思うのだが。

「なんにしても、これ厳命ね」
「あの!」
「できないなら、あんた砦解雇で前線行って。それで無くても人足りなくてこっちはピリピリしてるんだから手間かけさせないでよ。いっそ前線で剣握ってくれたほうが役立つならそうして」

 うんもすんもなく言い放ったマーロウはこれ以上議論の余地無しという様子で砦の責任者を下がらせて溜息をつく。あまりに一方的で強引なやり方に、ちょっと驚いてしまった。

「大丈夫か、あれ」
「なにが?」
「いや、お前が正論なのは分かるし、利害も一致するが……事が急すぎて余計に拗れるんじゃ」
「帝国側との話はついてて、彼らも全ての帝国人が偏見を持っているわけじゃないと理解して、現在街で生活しているエルも多くなった。森に戻った面々だってそれを理解している。下地をシウス様が苦労なさって作ったんだから、後はこちらの誠意を見せるだけだろ?」
「まぁ……」
「あぁ、誰か森に住んでるエルとパイプ持ってない? 繋ぎして欲しいんだけど」

 うん、確かにこれは話が早い。強引で、間に誰かが入らないと摩擦が凄いという一点を除けばこんなに素早い対応はない。

「えっと、森にいるのってフェレスさんやリスクスさん?」
「あぁ、そうだね。そういえば、君とレイバン、ドゥーガルドは面識あるんだっけ」
「あぁ、うん」
「じゃ、今から行ってきて」
「えぇ!」
「こっちから詫び入れて、協力体制を作りたい」
「いや、あの……」
「交渉よろしく」

 そう言うとマーロウは「話しすぎた。疲れた」と言って部屋に引きこもってしまう。残されたチェルルは隣のグリフィスと顔を見合わせ、苦労の多い溜息をついた。


 なんにしてもこうなっては行くしかない。レイバン、ドゥーガルドと共に森に向かうと早い段階でマケに出会えた。
 マケはとても頭の良い狼だ。チェルル達を見つけると静かに近づいてきて、臭いを確かめて更に寄ってくる。少し硬めの毛を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めていた。

「お前のご主人に話を通したいんだけど、いるかな?」

 問えば身を返して「ついてこい」というような素振りをする。それについて行った三人は、程なく冬を過ごした洞窟住居に到着した。

「皆さん、ご無事でしたか!」
「リスクスさん」

 柔和な様子で出迎えてくれた人を前に、三人はそれぞれに気が緩んだ。そして出迎えたリスクスも嬉しそうにしてくれた。

「別れてから、皆さんが無事か気になっていたのです。何事もありませんでしたか?」
「まぁ、それなりに元気にやってるよ」
「それはなにより。ところで、何用でしょうか?」

 リスクスの問いに、無理難題を押しつけられた三人は顔を見合わせて苦笑いしか出なかった。

 中に入ると森に戻ってきたエルの面々と、何故かポリテスがいる。彼らは皆穏やかに三人を迎えてくれたのだが、用件を伝えると途端に険しい顔をした。

「正直、帝国への恨みは薄らいだ。良くしてもらったし、保証なんかもできた。約束も守ってもらったから、多少感謝もしてる。だが、協力となるとまた話が別だ」

 厳しい顔をするフェレスに、数人が同意する。
 だが穏健派のリスクスとポリテスはまた違う様子だった。

「線引きは必要ですが、適切な距離であれば協力していくことも悪くは無いと思います」
「だが」
「彼らは森の薬草や動物の毛皮を欲している。そして私達は煮炊きに必要な道具を作る事はできませんし、何かあれば医者にもかかりたい。救える命を助けられないのは、苦しい限りです。そうした最低限の共生は、事件前はできていたはずです」

 リスクスの言葉に項垂れる者も多い。そしてこれが現実なんだと、妙にリアルなものを感じた。
 更にポリテスが言葉を繋げた。

「クシュナートと取引をしている俺の集落でも、線引きをしている。その間でなら、やっていける。何より治療の大切さをお前達から学んだ。あの時熊に襲われて重傷だった者も、クリフの指示書のように治療して全員が復帰か、復帰間近だ」
「ほんと!」
「チェルル殿にも助かった。仲間を長い苦しみから救ってくれて感謝している。それに、熊を引きつけてくれた勇気にも感謝している」
「あぁ、いや……」

 少し照れる。いや、内容はとてもいい事とは言えないのだが。
 それでも誰かに感謝されるのは、ムズムズした感じがして嬉しいやら恥ずかしいやらだ。

「一度、ちゃんと話をしてみるのも良いかと思います。何より彼らが言う事は正論。この森に侵入者があって感知ができても、実際に戦うとなれば力が足りない事もある。森を守る為、協力は必要になります」

 リスクスの強い言葉に思うところはあったのだろう。結局みなが「一度話をする」という事で同意してくれた。


 この事をマーロウに伝えると、彼は一言「ご苦労様。君たち使えるね」と労ったのだが……労いだったのか?
 グリフィスに伝えると「珍しい褒め言葉だ」と言っていた。どうやら、彼なりにいい評価だったらしい。
 こうして東砦の責任者、町長、そしてエルからフェレスとリスクス、そしてポリテスが顔を合わせる事となり、緩衝材としてチェルルとグリフィス、進行役としてマーロウが立ち会う事になったのである。

 そして約束の日、予想以上に場の空気は重たかった。

「まずはお集まり頂いて感謝します。現在、我が国は交戦状態にあり、ラン・カレイユと国境を接するここも人ごとじゃない。そこで、森の賢者であられるエルの皆様と東砦、強いてはこの町とも連携を取って守ってもらいたいというのが、前提の話です」

 以前とは打って変わって落ち着いた丁寧な言葉のマーロウは、それでもうんざりな顔をしている。それというのも、町長と砦管理の奴がずっと俯いたまま怯えた顔でエルの面々を見ているからだ。
 この目で見られるのは確かに不快だ。こちらが気にしなくても重なればイライラする。実際気の短いフェレスはずっと腕を組んで苛立っている。

「とは言え、この状況では難しいのも確か。顔も見ないで協定もクソも無いんで、さっくりこいつらの首刎ねるか」
「え?」
「え!」
「は?」

 唐突なマーロウの言葉に、彼以外が目を丸くする。それは当然だろう。突然「首を刎ねる」とか怖すぎる。

「お待ち下さいマーロウ殿!」
「なんで? だってお前等のやったこと、罪のない人間の大量殺人でしょ? 胡散臭い祈祷師に騙されて何人殺したわけ? その様子だと、お前等も加担したよね?」
「それは! この地域の安寧のために!」
「普通に考えれば、疑うでしょ。彼らが何したわけ? 普通に行商しただけでしょ。しかもお前等が信じた祈祷師、結局詐欺師だし。エルの持ってた財産持ち逃げして捕まって首刎ねられたしね。大量殺人だから、時効は二十年。まだ問えるんだよね」

 この時の町長と砦管理人の顔は見る間に蒼白となって震えだした。
 だがこの状況に驚いたのは彼らばかりじゃない。フェレスも思わず立ち上がった。

「俺達は別にこいつらの首なんざいらないぞ!」
「あれ? そうなの? 貰っときなよ、憎い相手だろ?」
「いるか! こいつらの首で親父やお袋が戻ってくるわけじゃねぇ! 俺達はただ、いるのにいないような態度を取られるのが気にくわないってだけだ!」

 フェレスすらも慌てながらの発言に、マーロウの口元はニヤリと変わった。

「じゃ、こいつらが態度改めたら協力してくれるわけ?」
「それは……まぁ。俺達だけで森を守りきるには人手が足りないのも確かだし」
「ふーん、だってさ。おっさん達、この人達が善人でよかったね。お前等が態度を変えれば許してくれるってさ」

 青い顔をしていたおっさん二人が激しく頭を縦に振っている。そしてフェレスを見て深々と「すまなかった」と謝罪したのだ。

 その後はあっという間。マーロウの提案でそれぞれ森と町での棲み分けはそのまま。だが、行商には応じる事になった。
 実際町でも森の薬草などは助かるし、ここの毛皮は高値で売れる。肉を得るにも森での狩りは必要なのだ。
 そしてエルの民には調理器具や医療の関係で町に頼りたいところもある。これが素直なところだった。
 協力としても森での異変を砦に伝え、砦ではその異変に真摯に対応をする事が話し合われた。
 ちなみに、態度が悪い場合は即刻帝国へ通報するようにとなった。その時にはこの二人のおっさんの首が飛ぶらしい。

 多分マーロウはこうなる事を分かっていてとんでもない事を言ってのけた。実際にやるかは別としても、予想の斜め上をいく上司からの発言に両サイドは慌てふためいたのだ。


「なんかあの人のやり方、こえぇ」

 終わった後で、チェルルは溢した。上手く手の上で踊らされた感じがする。
 ただ、当人はまったく平然としていた。

「プライドだなんだで大人は面倒くさい。そんなの非効率的だ」
「あぁ、うん」
「おい、マーロウ。お前本当にあの二人の首切れたのかよ」

 グリフィスの問いに、マーロウは艶の悪い金髪をかいた。

「できなくない、面倒臭いけど。砦責任者の方は簡単に切れた。俺、人事権も譲渡されたから。そのかわり後が困らないように整える条件付きだけど。それが面倒だ」

 できたんだ……

「まぁ、やらかした過去についてはどうしようもないけど、あの責任者の能力までは疑ってないし。何だかんだ上手くやってるしね。思惑通りに事が運んで、無駄な労力使わなくて良かった」

 言うやいなや、マーロウは大きな欠伸をする。そして途端に足元が危うくなった。

「やばい、眠い、喋りすぎた。寝る」
「部屋で寝ろ!!」

 グリフィスが支え、部屋に放り込んでいる。そして溜息をついて「暫く足止めだな」と言った。

 なんというか、独特な人。この調子で本当に大丈夫なんだろうか。
 思うが、まぁ、なんとかなるんだろう。グリフィスと二人顔を見合わせて苦笑したチェルルもまた、欠伸を一つして眠る事にした。
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