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13章:ラン・カレイユ人質救出作戦

8話:色町と王女様?(マーロウ)

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 農村逗留中に、ポリテスからの鷲便を受け取ってあちらの状況は理解した。
 チェルルは予想以上に頑張ってくれた。結果が彼の重傷というのは褒められた結果ではないが、リハビリ含めて一ヶ月かからないとの報告には不幸中の幸いと感じている。
 そしてやはり、無理をしてももう一人付けるべきだったと後悔もしている。少数による強行軍、しかも今後大きな作戦を控えている段階で、個人の武に頼ってしまった部分が否めない。結果が再起不能や死亡では、なんとも夢見が悪い。
 今回は彼のこれまでの人脈と、優秀な医師のおかげで最悪の結果を免れただけで、作戦立案のマーロウとしては悪手だった。

 ただ、良い点は数多くある。
 一つに子供達が無事だった事。これを聞いた研究員達は泣いて喜び、帝国側への服従を誓ってくれた。
 更に良い事として、こちらで医者をしていたナーツという男が同行してくれることになった。息子夫婦は殺されたが、孫が無事に帝国で保護されたと知ると「償いをしたい」と申し出てくれたのだ。
 我が軍の第四師団は後方支援としても衛生兵としても実に優秀だ。これは他国と比べても胸を張って言える。だが、医師ではない。
 これが第四師団のボスであるオリヴァーや、その子飼いでエリオットの弟子でもあるクリフという隊員ならばかなりの事ができる。だがこの二人が抜きん出てそちらの才能があるというだけで、全体にそれを求めてはいけない。
 医師が同行してくれることは、有り難い事だ。

 医師と言えば心強いのが、東砦に一時赴任してくれたのがハムレット・ヒッテルスバッハであることだ。彼は王都医師団の鬼才で変人。故に王都医師団から浮いている。
 が、間違いなく実力は誰よりも上だ。そして彼は国の闇世界に通じる。何よりも頼もしい人物だ。
 だが噂によれば気難しく、仕事のえり好みがあると聞いていた。弟のランバートが騎士団所属だが、方向的には逆方向だ。なぜ自ら辺境の東砦に赴いたのか。疑問に思っていると、リオガンから答えが返ってきた。
 チェルルとハムレットが、恋仲だということだ。つまり医師界の異端児は恋人を案じてできるだけ近くにと仕事を選んだわけだ。
 それにしても、実年齢よりも幼く見えるチェルルにそのような相手がいるとは驚きだ。今頃は治療と称して恋人同士の甘い時間も過ごしていることだろう。
 多少は許す。それで英気を養って今後に活かしてもらえるなら。あまり遅くならないのであれば、見逃そう。


 心の傷が心配されたハクインは、意外と精神的に強かった。接触に対しての過敏という事は多少残っても、取り乱したり拒食となったり、逆に過食という精神障害も今の所見られない。
 おそらくリオガンが側にいることで落ち着きを見せているのだろう。ぎこちないまでも笑顔が見えるし、会話もできる。触れられる事にビクつく事はあっても、相手をちゃんと認識すれば力を抜いて会話が成立する。
 思った以上に順調な回復に安堵した。

 予定の一週間を目安に出発した第五、第四混合師団は、その後数回の野宿を繰り返した後、ルミノラ監獄のある町、ルミノラへと到着した。


 ここルミノラは監獄ありきで成り立った町である。
 大きく威圧的な監獄とその敷地、塀は高く、堀が巡らされ水が満たされている。そこへの入口は跳ね橋のみで、出入はそこ一カ所だ。
 ラン・カレイユの中でも特に凶悪な罪を犯した者が収容されるだけあって、堅牢だろう。
 町はここで仕事をする兵士の為に作られたという感じがある。飲食店が多く、食材店もあるが娯楽が多い。ストレス故だろう。

 だが今は、人の気配がない。食材店などは多少開いているが、飲食店については放置されたという感が否めない。日常を置き去りに住人が逃げた、というのが正しく思える。

 マーロウ達は先行しているグリフィスと合流した。先の報告にあった町外れの潰れた飲食店の中に潜んでいた彼は、なんとも言えない顔で首を横に振る。

「ありゃ、攻略となると時間がかかるぞ」
「だろうね。軽く見たけど、面倒臭い」

 塀の高さは約五メートル、塀から対岸までの堀の幅は二メートルほどだろうか。跳ね橋を下ろすには町側にある見張り塔から合図を出し、監獄側から操作をする形だ。
 この見張り塔を奪取し、合図を出して跳ね橋を下ろさせるしか方法はないのだが、少しでも疑われれば人質の安否に関わる。
 このミッション、人質解放が絶対的なクリア条件だ。そこが損なわれた瞬間、失敗に終わる。関係の無い民間人が死ぬ事になる。
 更にいえば監獄内部が分からない。潜入したとしてもまごつけば人質に犠牲が出かねない。内部が分からない状況でスピーディーな救出作戦。難題をふっかけられた。

 ただ、これで「できません」というアホは宰相府にはいない。求められる結果を導き出してこその宰相府だ。難しい国家間交渉などをしないマーロウだ、現場指揮くらい満足にできなくてどうする。

「グリフィス、様子を見ていて何かヒントはあるか?」
「実は、女が砦によく出入りしている」
「女?」
「近くの色町の娼婦のようだ」

 なるほど、確かにルミノラの町の近くに人で賑わう場所があったが、あれが色町だったか。どうにもあのような場所は苦手だ。マーロウにとって女性というのが一番、理解出来ない生き物なのだ。

「それだけじゃない。ここの奴等は仕事が終わると色町まで通って、帰りは午前様ってのが多い。それが唯一の娯楽なんだろうよ」
「色町に行けば何かと聞けるかもしれないな」
「俺もそう思ってフーエルともう一人を昨日送り込んだんだが……」
「ん?」
「帰ってこないんだよな、あいつら」
「はぁ?」

 グリフィスの思わぬ言葉に驚いたマーロウは、急に頭痛を感じて額を抑える。
 まさか色に溺れ……いや、フーエルが一緒だ。純朴そうだが色に溺れたというのは、考えたく無い。いや、でも、男は下半身に逆らえないとは聞く。特に戦う者は高揚した気分や体を持て余して性的な興奮をため込むとも聞く。若い体に手練手管で落とされ……。

 だめだ、想像がつかない。そうした欲求が薄すぎるから、マーロウには衝動というものが理解しがたい。これが夫婦にでもなり、子孫を残す為と言われたほうが余程納得がいく。子孫を後に残すというのは、生き物として正しい欲望だ。

 なんにしてもこれはどうにかしなければ。
 考え、ちょっと疲れたが決めた。とりあえず色町に行かなければ情報もはぐれた隊員も戻ってこない。

「明日の朝、色町にいく。店は決めてあったのか」
「あぁ。色町のトラソという店だ。ここが一番でかい娼館で、ここの兵士の、特に上官が通ってるらしくてな」
「了解。とりあえず明日ね」

 まったく、頭がいたいことだ。


 翌朝、マーロウはグリフィスを含めた十人程度で色町へと向かった。流石に大人数で町に押しかけるのは目立つ。幸い先の牧場や、放置された家から私服を手に入れた。グリフィスは大分無理矢理だが。
 町に出かけていた男達があらかた戻って来たのをこっそり確認してからルミノラの町を出て十五分、マーロウは静寂の色町にいた。

 流石に人の気配はするが姿は見えない。この町はこれから眠りの時間になるのだろう。

 その中で目的の店を見つけて、グリフィスが前に出てドアを叩いた。
 そうして出てきた女性は、色町に似合わない空気を纏う女性だった。
 雪のように白い肌に、薄い色合いの金髪が真っ直ぐに背中まで伸びている。はっきりとした顔立ちで、瞳は切れ長で緑色。潔癖そうな美女だった。

「営業時間は過ぎていますが」
「それはおかしいな。こちらに、フーエルという者が来ているはずだ」

 グリフィスが凄んで伝えると、女性の眉尻が僅かに上がった。

「何の事でしょうか?」
「知っているでしょ。今、眉が上がった。隠したいことがある。少なくとも行方について知っている。隠しても無駄だから、取り次いで」

 グリフィスの隣に並んだマーロウの言葉に、目の前の美女は不満そうに唇を歪める。
 だがその後ろから現れた女性が、この状況を変えた。

「入ってもらいなさいな、チュウェン」
「ドーニャ様!」

 出てきたのは、とても豊満な体つきの女性だった。
 赤茶色の髪を綺麗に結い上げた青い瞳の美女で、チュウェンと呼ばれた女性よりも妖艶。だが堂々とした風格もある。赤い唇が、とても良く似合う。

「お入りになって、騎士様。こんな所では目立ちますわ」
「こちらの見当はついている、ということか」
「ふふっ、賢い方は嫌いじゃないわ」

 妖艶に、だが蔑むようにも笑う美女に案内されて、マーロウ達は店の上階へと案内されていった。

 綺麗な店だ。掃除も行き届いているし、空気の入れ替えもされている。いくつかの個室が並ぶ中、一番大きな観音開きの扉を開けると、ソファーの上に軽い拘束をされ、美女にからかわれているフーエルともう一人が泣いていた。
 ちょっと、可哀想だ。何せ裸に剥かれて乳首や男根の先っぽを羽根でこしょこしょされている。女性達は楽しそうにクスクス笑っていた。

「あれ、止めてやってくれないか? 流石に可哀想なんだが」
「あら、男の方はあんなのお嫌い?」
「人によるだろうよ! うちの部下を変な方向に躾けないでくれ!」

 グリフィスの悲鳴であっさり二人は拘束を解かれ、一人はへたり込んで泣き濡れ、フーエルは泣きながら走ってきてエグエグしている。
 残酷だな、これはこれで。

「あら~、楽しんでたのに」
「楽しく無いっす! 女は女豹っす! 怖いっす! 女怖いっす!!」
「よしよし、泣くな泣くな。女全般があんなんじゃないからな」
「もうお嫁に行け無いっす!」
「行くなら婿だろうがよ」

 もう、何から慰めればいいか分からないグリフィスから溜息が漏れた。

 女性の神経というものは、男よりも確実に太いと思う。この状況で先程のチュウェンという女性が人数分の紅茶を持って入ってきた。そして平然とティータイムの準備をする。

「まずはお座りになって」
「これ、慰謝料請求してもいいかい?」
「あら、この国にはそのような親切な法律ありませんのよ」

 コロコロと笑う赤茶髪の女性が、マーロウに席を勧める。どうやら責任者と認識したらしい。

「それで? そちらは俺達と取引がしたくて、あの二人を拘束した。で、いいのかな?」
「そうね」
「俺達が何者か、どうして分かったのか教えてもらえると助かるんだけど」
「簡単ですわ。目が死んでない、女性に対して紳士。そんな真っ当な男、この国では稀少生物ですから」

 褒められているのだけれど、そんな気がまったくしない。
 だが彼女の方はニッコリ優雅だ。その所作からみて、そこらの町娘ではない。指先まで神経が行き届いている。ちゃんと教育されている。

「こちらの取引条件を、先に提示いたしますわ」
「随分早いね。こちらが何者か名乗っていない。しかも、こちらの欲しい取引内容と合致しなければそもそも失敗だ」
「あの監獄を攻略する足がかりが欲しい。違いません?」
「半分正解」

 本当は全部正解だけれどね。

「手引きまでいたしますわよ」
「そこまでしてこちらに要求したい内容は?」
「イシュクイナ姫様の解放に、手を貸して頂きたいのですわ」
「!」

 思いがけない条件提示。だが、これは有り難い。イシュクイナ王女の解放、安否の確認はある意味今回のミッションに欠かせない。その為の情報を、この女性は多少持っている。確実じゃ無いとしても、足がかりはあるだろう。何せこちらは情報無しだ。
 同時に、この女性の正体が多少見えてきた。所作の良さに、優雅さ、自信に満ちた様子。

「そちらは、姫付きの女官か何かかな?」
「そればかりではありませんけれどね」

 意味深に笑い、女性は居住まいを正す。それに合わせマーロウも、しっかり女性を見た。

「イシュクイナ王女付き女官騎士長、ドーニャと申します。先程対応した娘は同じく女官騎士のチュウェン。この店にいる女性の半数以上が、王女付きの女官騎士ですわ」

 驚いて、同時に頬の辺りが引きつる。英雄姫とは聞いていたが、ここまでの女傑とは驚いた。まさか女性ばかりの騎士団を個人で作り上げていたとは。
 だが、頼もしい。何せ男にも関わらずほぼ武力なしのマーロウは彼女達にも勝てはしないだろう。

 少し考え、マーロウはグリフィスを側に呼んだ。隣に座らせ、改めて女性に向き合う。

「俺は帝国騎士団宰相府のマーロウ。作戦立案、及び交渉と事後処理が専門の頭脳職。現場の指揮官はこちらのグリフィス将軍。第五師団を束ねている」

 改まっての自己紹介に、グリフィスは多少驚いたようだが大人しく会釈をした。
 この国においてマーロウ達はどうしたって情報源に乏しい。足がかりを一から得て、そこを掘り下げるしかない。
 だがドーニャ達がいれば国内の情勢、情報がある程度手に入る。この女人、おそらくそれなりに網を張っているだろう。抜け目なく、そして王女奪還の為ならば死力を尽くすタイプとみられる。
 対等に手を繋ぐ。それがマーロウの判断だ。

 ドーニャもその意思をしっかりと理解したように頷き、グリフィスに対して握手を求めて双方共に手を結んだ。これで、一気に事が進む。

「ドーニャ殿、俺達の目的は現在前線に出ているラン・カレイユからの兵を少しでも減らす事。前線で囚われた者が自国の有様を伝えた事で、人質奪還が急務と判断した。王女の事も多少そこで聞いている。王女奪還が、俺達の最終的な目的だ」
「そうでしたか……。情けない事ですが、私達は姫様を守る事もできず、庇われ、逃がされた身。近衛騎士団も共に囚われ、姫様の身柄と引き換えに望まぬ戦いを強いられておりますわ」
「聞いている。以前この国で傭兵をしていたダンという男が、前線で戦っていた近衛騎士団長を覚えていた。そこから、王女の存在が浮上した」
「ダン殿ですか!」

 途端、ドーニャは少し嬉しそうな顔をする。武勲を立てて褒美を貰ったらしいが、どうやらそればかりではないようだ。

「何かありましたかな?」
「ダン殿はジェームダルに襲われていた教会を一人で守り抜き、子供達を助けてくれたのです。そればかりではありませんわ。その教会がある村も彼がほとんど守ったようなもの。姫様と私達、近衛騎士が到着した時には事後処理くらいしか残っておらず、姫様はダン殿にそれは感謝をしまして」
「そんな事があったのか」

 意外とやるな、あの片目赤毛騎士。

 ドーニャは懐かしんでいるように、煌めくような青い瞳を細めて笑っている。機嫌の良い彼女は、どこかほっとしている様子でもあった。

「姫様とダン殿はその夜遅くまで飲み交わしましてね。強い殿方に魅力を感じる方ですから、あれこれと。その後どうしてもと王都に呼んだのが最後、姿が見えなく案じておりましたが……帝国に行かれたのですね」
「随分親しかったのだな」
「自分の私兵団に欲しいと、熱心に口説いておられましたわ。ただ、ダン殿には心に決めた主がおり、恩人なのだと。その方をお救いし、力になるのだと姫様を説得しておりましたわ」
「……そっか」

 まぁ、かなり義理堅い男であるのは確かだからな。

「あぁ、話が逸れましたわね。では、ルミノラ監獄の人質解放は兵力を削ぐために必要な事、ということで宜しいですか?」
「あぁ、そう取ってもらって構わない」
「では、早い方が良いでしょう。あそこでは重要では無い人質を簡単に殺しておりますわ。沢山の人を頑丈な建物に入れ、そこにガスを流して一気にと聞いた事があります。とても人の所業ではありません」

 効率はいいが人道的ではない。その処刑方法にすら、マーロウは不服がある。
 確かに大量の罪人を一気に殺すには良い方法だろう。だが、その個人にとっては人生最後の時だ。それを、まるでゴミのように処分されたのではたまったものではない。
 故に、帝国では罪人の処刑も一人ずつ、その最後に一人にならないよう神官が話を聞き、祈りを捧げ、魂のあり方を説き、食べたい物を食べさせて体を綺麗にしてやってからだ。
 非効率的。だが、人には寄り添っている。

「私達ができるのは、あの跳ね橋を下ろさせる事。監獄の中を案内する事。多少の武力として力をお貸しする事ですわ」
「十分だ。いけるか、グリフィス」
「十分だな」
「頼もしいですわ。あそこは雑魚はクズばかりですが、預かる将軍だけはお強く、そして真っ当な人。憎きジェームダルの宰相ナルサッハが信頼を置く老将です。どうか、お気をつけを」

 こうして細かい話し合いを行った結果、決行は今夜と相成った。
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