恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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2章:放浪の民救出作戦

2話:思わぬ招待状

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 ヴィンセントから夕食の誘いを受けた。手紙には『ファウストには内緒で』とあったので、何かあるだろうと思ってランバートは宿舎を出た。
 西地区の少し端のほうにある小さな屋敷は、だが少数で住むには実に使い勝手がいい。控え目な前庭の奥に二階建ての屋敷がある。その扉の前で、執事らしい青年が恭しく頭を下げていた。
 年齢は三十代中程だろうか。撫でつけた黒髪は長く後ろで一括りにしている。おおよそ、常人とは思えない空気がある。屋敷を預かる執事というのは独特の……キリリとした雰囲気があるが、この人物はそこに胡散臭さが混ざっている。

「お待ちしておりました、ランバート様。旦那様がお待ちです、どうぞ」
「有り難うございます」

 一礼し、中に入ってコートを預ける。頃は十月も終盤にさしかかっている。流石に一枚羽織らないと寒さを感じるようになってきた。
 執事に連れられて奥へと向かうその途中、ランバートは先に見慣れた女性を見て足を止めた。波を打つ金の髪に、大きく意志のはっきりとした赤い瞳の女性は見間違える事はない。

「アネット?」
「リフ!」

 嬉しげに笑ったアネットは歩み寄ってきていきなり首に腕を回して抱きしめてくる。だがランバートとしては戸惑いが大きすぎて抱き返す事もできない。どうして彼女がここにいるのか、それをまずは問いたいものだ。

「どうして」
「私、身請けされたのよ」
「身請け? ってことは」
「彼女は私の妻になる予定なんだよ」

 奥から声がして顔を上げる。短く切られた髪は以前と違い耳まで綺麗に見える。緑に黄色を混ぜた明るい瞳は楽しげに笑っている。案外長身な彼は、悪戯をするような笑みを浮かべていた。

「ヴィンセントさん」
「おや、怒られる事はしていない。私は全てを彼女に話して、ちゃんと口説いてここにいて貰っている。勿論、大事に指一本触れていないんだよ」

 眉を上げて肩をすくめる。その様子には一種道化のような様子もあり、相変わらずなんだと思えてしまう。

「妻予定ってなんです」
「私はいつ籍を入れてもいい。というか、そのつもりなんだけれど。彼女が同意してくれずに『愛人で』なんて寂しい事をいうものだからね」
「アネット」

 友人の不憫を思って怒ったのだが、どうやらヴィンセントの意志で保留というわけではないらしい。相変わらず抱きついたままのアネットに溜息をつくと、拗ねた様な幼げな表情で睨まれた。

「だって私、貴族の奥さんなんて器じゃないんだもの。気が引けるったらないわ」
「そんな事この人は望んでないよ。一人で何でもできるんだから、あぐらかいて好きにさせてもらえばいいんだよ」
「嫌よ、そんな虚しいの。必要とされないなんて、女として見損なってもらっちゃ困るわ。やるならちゃんと役目を果たす。だから今、少しずつ勉強させてもらってるのよ」

 彼女は相変わらず彼女だ。なんて意地らしく、なんて強いのだろう。
 そしてそれを見守るように微笑むヴィンセントからも、柔らかな愛情を感じる。案外いい夫婦になる。そんな予感がした。

「いい人に巡り会えてよかったな。この人今でも十分だけど、後はうなぎ登りだから生活困らないよ。怪しい奴はわんさかだろうけれど、あまり首を突っ込むなよ」
「この屋敷でお仕事してくれる人みんなそうだから、自然と話は聞くわね。でも、私ではどうにもならない事ばかりだから平気よ」

 娼館で培った言わず聞かずの精神はどこまでも健在なようだった。

「それよりもリフ、あんた恋人できたんだって?」
「え!」
「まったく、私に知らせもなしなんていい度胸じゃない。いい男なんですって? 上手くいってるの?」
「あぁ、いや」
「もぉ、紹介しないなんて無しよ! どんな男なの? ほら、素直に吐きなさい!」

 体を揺すって強要されるがなんて言えば。思わず背後のヴィンセントを睨んだが楽しそうに笑うばかり。彼女の追求はまだまだだ。

「前に話を聞いたファウストさんなんでしょ? あんた、ちゃんとしてる? もう抱かれたの?」
「抱かれ……」

 ふわふわと思い出す事に顔が赤くなる。激しくも優しい情事を思い起こして、途端に体が熱を持つのがわかった。

「あら? あらあら?」

 口に手を当て頬が染まるのを感じながら、ランバートはアネットを睨み付ける。すると直ぐに手が離れて、次には柔らかく微笑まれた。

「幸せそうね、リフ。ふふっ、可愛いったらないわ。ふてぶてしい態度取って嫌われるような事しちゃだめよ。恋人同士、素直な事が一番なのよ」
「分かってるよ」
「そうね。その顔見ると心配もないか。ほんと、締まりのない顔しちゃって。大好きなんじゃない。あーぁ、妬けるったらないわ」

 肩を叩かれ励まされて、にっこりと笑った彼女は実に清々しい顔だ。

「今度、ちゃんと会わせてちょうだい。虐めたりからかったりしないから」
「分かった」
「きっとよ。後、恋に悩みがあるなら聞くわよ」
「それも覚えておく」

 約束するとアネットは笑って、その場を後に二階へと上がっていってしまった。

「素敵な奥様だろ?」
「あれで寂しがり屋です。後、小さな喜びや幸せが好きです。落とすなら、たまに花を贈ったり一緒に庭の手入れをしてはいかがですか?」
「おや、後押ししてくれるのかい?」
「今の貴方になら任せられます。俺の大事な友人を幸せにしてください。悲しませるような事をしないと約束してくれるなら、お任せします」

 ヴィンセントは少し驚いた顔の後、見た事もない柔らかな顔で「勿論だよ」と約束してくれた。

◆◇◆

 夕食を運びながら、ヴィンセントはランバートの知らない話を始めた。

「ランバート、東に遠征に出る話は聞いているかい?」
「遠征ですか?」

 そんな話は聞いていない。ランバートは首を横に振った。するとヴィンセントは呆れたように溜息をつき、その後で苦笑した。

「隠していたな」
「そのようですね」

 帰ったら問いただす。その思いで目が険しくなるのを、ヴィンセントは可笑しそうに笑った。

「あの男はすっかり尻に敷かれたか。だが、相手がよかったな。公私の混同など許されないんだって?」
「当然です。俺は甘くされる為に恋人になった訳ではありません。そこはきっちりと線引きをして貰わなければなりません」
「流石だね。まぁ、あの男の躊躇いも分からないではない。今回は冬の遠征となる。意外と過酷だ」

 言いつつも涼しい顔で食事を運ぶ姿に、ランバートも静かに頷いた。

「東が、どうしたのです?」
「放浪の民というのを知っているか?」

 素直に首を横に振る。ランバートの傭兵仲間からそのような人々の話を聞いた事はない。ということは、これと言って危険な相手ではないのだろう。

「放浪の民は東の森林地帯で隠れて生活をしている。中心となっているのは、エル族の若者だ」
「エル族、ですか」

 脳裏に浮かんだのはシウスだ。流れるような白髪に白い肌、色素の薄い水色に、虹彩が虹色に輝く不思議な色合いの瞳をしている。彼のこの姿こそが、エル族と呼ばれる人々の特徴そのものだ。

「放浪の民は自給自足で森に住む。そこにカール暗殺で行き場をなくした女性や子供も身を寄せている。外の人間は嫌いだが、助けを求める者には寛容になる。故に、彼らの団体は今は五百人を超えていくつかの集落を形成して暮らしている」
「五百ですか。それは多い」
「エルの一族は強いよ。獣を従えるとも言われるし、精霊を操るとも聞く。まぁ、そのほとんどが迷信だろうけれどね。もしくはそうした力が使える者もいるかもしれないが、そっちが稀なんじゃないかとも思う。何にしても、彼らは国に従わない要注意組織であることは否めない」

 言い方が随分と妙に思える。確かにそれだけの人数がテロリストとなれば驚異だろうが、おそらくそれはない。エルの一族は争いを嫌うと聞く。こちらが攻撃を仕掛ければ返り討ちにあうだろうが、刺激しなければその限りではないはずだ。
 だが、ヴィンセントは表情を沈ませたままワインを飲み込む。そして真剣な目で、ランバートを射貫いた。

「彼らを攫い、他国に売りさばこうという組織がある。新進のテロリスト……というよりは、闇ブローカーかな。裏の組織に捕らえた人を流して莫大な利益を得ている。そいつらの裏には他のテロリストもいる。ようは、資金調達部隊かな」
「!」

 口に入れた肉を思わず丸呑みにしてしまう。味などまったく分からないほどだ。
 マジマジと見れば、ヴィンセントは頷いている。

「その動きを知ったのは九月の終わり。既に攫われた人がいるようだが、幸いな事に取引があった形跡はない。時期が時期だから、頻繁に森に出入りができないのだろう。だが、完全に雪に閉ざされるまえに捕らえた人を連れて森を出るだろう。その前に攫われた人を保護し、放浪の民の全てを保護下に置きたい」
「接触は困難でしょう」
「シウスがいれば話ができるだろうね」

 ランバートはヴィンセントを睨む。だが、それ以外に方法はない。それもまた、分かっている事だった。

「外からの人間を拒むエルは、その実仲間には深い愛情を向けてくれる。シウスはエルの血族。彼がいれば話し合いだけはできる」
「辛い思いをするでしょうに」
「だからこそ、君が側にいてくれることを私は望んでいる」

 緩くヴィンセントを見れば、強い瞳が一つ頷いた。

「シウスがいかに冷静でも、かつての同胞を前に冷静でいられるかは分からない。なんにしても精神的にすり減るのは分かっている。未だ東はエル族に冷たく、彼はそうした目に晒される事になる。君のような優秀で、他人の心を思い立ち回れる人がいるといい」
「ファウスト様を説得します」
「そうしてくれると有り難い」

 ゆるく笑ったヴィンセントに、ランバートはしっかりと頷く。

「私はその間に、難民と少数部族に関する保護法を整えておく。君の父君とも有意義な話をしているから、そちらは心配しなくてもいい。エルの一族は今までこの国にいながら国の民と認定されていなかった。だがこれからはこの国の民として、保護できるようにする。彼らがこれらの法を受け入れてくれるよう、シウスには説得させる。だがまずは、彼らの身に迫る危険を取り去りたい」
「分かりました。俺に出来る事はきっと少ないと思いますが、側についています」
「頼むよ。それと、ファウストの舵取りも頼む。森で仲間の血が流れれば、彼らは絶対に対話に応じてくれない。下手な事ができないのはファウストも分かっているはずだが、あれも感情に負ける事がある。それに、彼らを攫う組織の方も気になる。気が休まらないだろうが、頼むよ」

 確かに気になる事が多すぎる。放浪の民の事も、彼らを攫う組織の事も。そして何よりもシウスの事が気がかりだ。彼は感情を殺す事が苦手だと言っていた。そんな彼が、かつての仲間を前に冷静に対処していけるのか。
 何にしてもまずは、ファウストを問い詰める事が最初のようだった。
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