恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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11章:バロッサ盗賊捕縛作戦

15話:バロッサ大捕物(ゼロス)

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 事は予定通り進んでいる。気になるのはランバートの様子だ。どうやらファウストとぶつかったらしい。それを聞いたクラウルもまた、大きく表に出しはしないが気遣っている様子だった。

 宰相府と暗府が密かに商人達の家を囲った。荷を抑え、先程馬車も確保し荷を改めた事がひっそりと伝わってきた。大方の予想通りだった。

「お前は表から堂々と罪状を突きつけろ。俺は裏から中に入る」
「分かりました」

 ゼロスは今、バロッサの傭兵ギルドの前にいる。店は開いておらず、人の姿はない。そこへそっと忍びより、静かにドアを開けた。
 ドアベルの音が場違いに鳴り、奥に居た人物が顔を出す。中途半端な丈の黒髪を後ろに撫でつけ、後ろで一つに括ったギルドマスターがゼロスを見て眉根を寄せた。

「ここは傭兵ギルドだよ、騎士様。あんたのような人がくる所じゃない」
「仕事を漁りにきたんじゃない。言いたい事は、分かっているんじゃないのか?」

 男は少し驚いた後で、ニヤリと笑みを浮かべる。それが全てだ。

「さぁ、何の事か分かりませんが?」
「先に起こった傷害事件で、お前の部下を一人確保している。そいつがよく喋ったぞ」

 顔色が僅かに変わった。睨めつける暗い瞳がゼロスを捉えている。

「先程、荷馬車を襲った盗賊も捕縛した。お前の悪事は直ぐに明るみに出る」
「……なるほど。それで?」
「は?」

 それで、とはどういうことだ。大人しく投降しろというこちらの気配は伝わっている。ならば、言いたい事は。

「抵抗すれば斬る」
「無抵抗という訳には行きませんでしょ」

 男はニヤリと笑い、カウンター側にあるレバーを押した。
 途端、店の内部に鐘を打ち鳴らすような音がした。それと同時に上階で人が動く気配。
 ゼロスは剣を抜いた。そして、カウンターの中にいるギルドマスターへと斬りかかった。
 だが、相手も傭兵を束ねる人物だ。カウンター内部に潜ませていた剣を引き寄せ抜き放ち、正面からそれを受けた。
 意外と強い。切りつけて無力化を狙った強い当たりは受け止められている。

「あまりナメてもらっては困る、騎士殿。これでも現役時代はそれなりに名を売った傭兵だったんだよ?」

 余裕の笑みを浮かべるギルドマスターが正面からゼロスを見る。そして、振り払われて後ろへと飛んだ。
 その間に上から武装した傭兵が十数人と降りてきて、ゼロスとギルドマスターの間に雪崩れ込んだ。

「そいつを始末しておけ」

 そう言い残すと、ギルドマスターは店の奥へと消えていく。慌てて追いかけるゼロスの前には十人以上の筋肉だるまだ。

「ドゥーもこれだけいると邪魔くさいな」

 友人そっくりの筋肉武装集団に悪態をつき、ゼロスは改めて剣を構え直し、そしてすぐさま攻撃へと移った。
 命を奪うような戦いを騎士団では基本しない。無力化する事が一番だ。ゼロスもその基本をちゃんと踏まえている。まずは剣を握る腕を切りつけ、抵抗を奪う。もしくは足を狙い逃走を阻止する。
 狭い店内に溢れる程に人がいる。ここで大立ち回りなんて逆に危険だが、ゼロスは上手く立ち回った。直線的な突きや斬撃で確実に沈めていく。大ぶりなんて事はしない。
 それでも敵の数の密集率が違う。一人を沈める間に周囲を囲まれ、攻撃を受ける。正面を剣で切り伏せ、もう一方を足などで払っても他から飛んでくるものは避けようがない。細かな傷が増えていく。腕に、足に、胴に傷が増えるが、興奮状態であまり痛みを感じない。なにより、立ち止まるほどの時間的余裕はない。

 五人、六人と沈めた時には、黒い制服に僅かなシミが出来ていた。それでも、残る人垣を斬り伏せた。ようやく奥へと進める。層の厚みがなくなった所で前に出たゼロスの足は心なしか笑っていた。それでも体を立てて前へと出る。そして、残りを切り倒そうとした所で一気に人垣が崩れた。
 見えたのは深い黒。長身に剣を構えた人が、悠然と残る傭兵を切り倒していく。その太刀筋に躊躇いなどない。斬り殺すつもりの剣は相手の生死を問わないものだった。

「クラウル様」

 全てを片付けたクラウルはまったくの無傷だ。騎士団の制服は他者の血に濡れる。全てを鎮圧して剣を収めた人は、少し駆けるようにゼロスへと近づいた。

「ゼロス!」

 終わったと思えば足が笑った。体に力を入れれば僅かな痛みが走り、おかしな方向に力が入る。そうするとまた違う傷が痛む。結局体を立てていられずに前のめりに崩れる。その体を、強い腕が支えた。

「大丈夫か」
「痛いですけど、平気です」

 情けない、この程度で。

 ゼロスは再び自分に気合いを入れて足を立てた。その手を、クラウルが補助してくれる。どうにか体が上がり、立ち上がれる。そうすれば、気合いと根性で歩く事ができた。

「ギルドマスターは?」
「捕縛した」
「捕縛、ですよね?」
「あぁ、捕縛だ」

 多少都合の悪い顔をしたように思う。本当に僅か、眉が動いたのだ。だからだろう、ギルドマスターも無傷ではないと思ったのは。

「殺してませんよね?」
「それはない」
「それならいいですが」

 クラウルが脇から腕を入れ、支えてくれる。しっかりとした力に凭れかかっていられるのは案外楽だった。そのまま側の長椅子に腰を下ろしたゼロスは、それ以上動ける気がしなかった。

「とりあえずここにいろ。こいつらを縛ってから傷の手当てをする」
「死にませんから、平気ですよ」

 言えば酷く嫌そうな顔をする。眉根に皺が寄り、厳しい表情だ。離れようとした体が戻ってきて、汗やら血やらにまみれた髪を梳かれ、額にキスをされる。あまりに場違いで目を丸くした。

「俺が見ていられない」

 真っ直ぐな瞳が深くそれだけを伝える。それに見入って、ゼロスは呆然とした。
 生まれたのは胸の奥に響く熱だったように思う。感情に名はつけられない。複雑に絡むような混在の感情に、適切な言葉を当てられない。だが胸の奥を突如焼くような衝動は分かった。

 一瞬、身を委ねてもいいように思えてしまった。

 そんなゼロスになど気づきもせずに、クラウルは手際よく転がる男達を縄で縛り上げ、建物の柱などに括り付けてしまう。さすがと言えばいいのだろうか。
 力が抜けた。そうしたら痛みが襲って、クラクラした。少し血が流れただろうか。眠気も襲ってきて瞼が落ちそうだ。

「ゼロス!」

 気づいたらしいクラウルが駆け寄ってきて声をかけている。でも眠くて、それもあまり聞いていなかった。

「眠いので、寝てもいいですか?」
「待ってろ、直ぐに救護班を連れてくる」
「あぁ、いえ、眠いだけですので先に人を入れて連行をお願いします。死にはしませんので、そっちを先にしてください」

 それだけを淡々と伝えて、ゼロスは目を閉じた。落ちる眠りは案外安らかで、鼻先を掠める柔らかな香りと温かさに笑みが浮かぶ。
 こうしてゼロスの捕り物劇も終わったのだった。
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