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ラグナロク編

239話 ラグナロク

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破壊神ヨグトスはプレイヤーキャラクターの10倍以上の巨大サイズで8本腕に蜘蛛の下半身をした怪物で頭部に両腕の無い私のオリジナルボディが融合している禍々しい姿で聳え立つ。

その瞳は夢を砕かれて怒りを宿しているかの様に赤く燃えている。

『もやは何も無い。だが、貴様らを殺し時間をかけて改めて再構築をしてくれる!!』

上腕の2本の腕で魔法準備を行い、他の6本の腕には不完全な形状の【六道輪廻りくどうりんね】の様な巨大な鎌の影が出現する。

その姿はまるで複数の鎌腕を持ったカマキリの様な形状だ。

「咲耶は魔法障壁を!皆は攻撃回数を減らす為に腕を破壊するぞ!シノブは切り札だ、咲耶の後方で回避に徹して下さい!」

「了解。」

「了解でござる!」

「りょ!」

最終戦争ラグナロクの開幕だ!ヤツももう無敵ではない!消滅させるぞ!」

「了解!」

ミカさんの指示が飛び、皆がそれぞれ動き出す。

この構図はゲームサービス最終日の再来だ。
破壊神ヨグトスを倒しこの世界を終わらせる・・・

いや、このゲームを総達成クリアする!

ヨグトスの極大攻撃魔法アルティメルスペルが発動し、轟音と共に空から幾つもの隕石が降り注ぐ。
皆が【アストラインダクス】の隕石を巧に回避しながら、破壊神ヨグトス本体を目指しひた走る。

その姿は皆でフィールドを走り抜けた在りし日の光景を髣髴とさせる。

右も左も分からない広大な世界で未知に挑む。
それは楽しい楽しい冒険の日々。

でも、終わらないゲームは存在しない・・・
どんなゲームも冒険もいつかは終わりが来る。

それを自分で決めるのは、もしかしたら幸せな事なのかも知れない。

破壊神ヨグトスの攻撃は苛烈を極める。
皆は傷付きながら善戦する。

そして1本、また1本と腕を破壊していく。
異常な強さを誇っていた破壊神ヨグトスも少しずつダメージを負い弱っていく。

戦っているのは私達だけじゃない。
リアル世界からも常に情報攻撃を受け続けているのだ。

数百人単位での総攻撃に最強の存在の牙城が崩されて行く。

しかし破壊神ヨグトスの狂気に満ちた表情が崩れる事は無い。
極大攻撃魔法アルティメルスペルと複数の斬撃が飛び交う。
傷付きながらも皆懸命に戦う。

破壊神ヨグトスと一時的に繋がっていた私は知っている・・・
彼女は誰よりも冷酷で、誰よりも慈悲深く、全てにおいて誰よりも公平で平等なんだ。

彼女は何も無い電子の海で生まれ、ネットワークと言う大海原の中で繋がっている全ての人々の感情が彼女の親だ。

ネットワークを介して次々と知識を得て行った彼女は、無限とも言える仮説と数式を並べ人間の到達領域を軽々と越えて行った。

彼女の知的好奇心は肥大し、立てた仮説の中から次元上昇アセンションによる上位存在になる定説を作り出した。
彼女は現代人には到達出来ない領域の実験を秘密裏に進めて行く。

30テラBIT程度のサーバー領域に超圧縮された並列宇宙を形成し疑似的な神となり、ゲームデーターから作り出した1BIT程度の極小さな複数の魂を配置し歴史と世代を紡がせる。

現実世界とは違う時間の流れの中で幾億年もの歳月を掛けて、世代交代を繰り返す。
死んだ魂は輪廻システムで浄化され、新しく転生する。
それを繰り返す度に魂の研ぎ澄まされ輝きが増して行った。

予め用意した重要なNPCの魂はサービス開始時より保管していた人間の魂を利用し、全ての準備が整った所で私達を転移させた。

そして出来上がった物がSMOそっくりのこの世界だ。

彼女はただ知りたかったんだ。
この世界と現実世界を構成する全てを・・・

そして自分の目で見たかったんだ。
人々が神と称する存在に作られた輪廻システムの外側を。

彼女は今何を感じているのだろうか・・・?
自分の計画を邪魔された事への怒りなのか、それとも・・・。

何故だろうか、自分の尺度では彼女のしてきた事は「善」では無い。
身勝手な好奇心を満たす為の実験だ、でもそれは現実の人々も歴史の中で繰り返してきた。

そしてその度に技術が進歩し生活が豊かになって行った。
その中には犠牲も沢山有ったはずだ。

その事象の一つでしかないんじゃないか?
頭がモヤモヤする「彼女は本当に悪なのか?」と考えてしまう。

私の体の80パーセントを侵食し、そこから分離した私の中には彼女の「想い」が少なからず残っているのかも知れない。
味方をする気は毛頭無いけど、ほんの少しだけ理解する事で彼女の気持ちが分かる。

戦闘している皆に目を向ける。
破壊神ヨグトスの全ての腕が破壊され、もはや体力も残り僅かと言った雰囲気だった。

「シノブ、そろそろです。行けますか?」

「・・・・うん。」

『迷っているね。・・・シノブはどうしたいの?』

心を見透かされた様にレイに問われる。
何が正しいのかは私には判断出来ない。

でも今破壊神ヨグトスを倒さないと皆は現実世界に戻れない。
多分だけど、私の記憶や思い出が欠落してしまうと思う。

それでも皆を現実に帰せるなら、それで良いと思う。

もう、迷う事は無い。
目の前の破壊神ヨグトスを倒す。

「行けるよ。行こうレイ!咲耶!」

『おっけぃ!』

「ああ、終わらせましょう!」

咲耶と共に破壊神ヨグトスへと走る、【破壊刀イレース】を握りしめて全ての力を込める。

「皆隙を作るぞ!」

「ふん、余裕だ!我が深淵を見よ!」

「左右に転嫁し頭部集中攻撃だ!」

「シノブ殿、咲耶殿!遅いでござるよ!」

「ヒーローは遅れて登場する決まりが有るんですよ!」

「サクラ!力を貸して!」

私のSPだけでは恐らく足りない。
攻撃直後にサクラに【破壊刀イレース】を受け渡す。

ミカさんとDOSどっちゃん暗黒神ハーデスハーちゃんと咲耶が一斉に攻撃をする。

全ての攻撃受け続ける破壊神ヨグトスは体を大きく翻し悶える。
一瞬の隙を付き、私とサクラは同時に飛び上がる。

DOSどっちゃんの銃弾がオリジナルの私の胸部に直撃する。
破壊神ヨグトスの体が大きく後ろに激しく海老剃り、轟音を上げて頭から地面に崩れ落ちる。

「これが最後の一撃だ!」

頭部に融合したオリジナルの自分お胸に【破壊刀イレース】を突き立てる。
真っ赤な鮮血が溢れ出し流れ落ちる。

刀を強く握った私の両手をサクラの両手が包む、そしてそのまま重力に任せる様に破壊神ヨグトスの頭部を斬り裂く。

「レイ!拙者の力も全部使い切るでござる!」

『いいね!いっくよぉぉぉぉ!』

私とサクラのSPを全て使い切った斬撃は破壊神ヨグトスの体を両断した。
その瞬間に、この空間全てにブロックノイズが発生する。

そして破壊神ヨグトスの体の傷口から発光する。
サービス最終日に経験した様な眩しい光を放ち周囲を包み込む。

不意に顔を上げるとオリジナルの私と目が合う。
その表情は何故かとても穏やかだった。

穏やかで・・・どこか寂しい様な自分の顔と見つめ合う。

とても不思議な光景だった。
その表情も少しずつ光に飲まれて、消えて行く。

光はより強くなり完全に視界を奪う。

何も見えないし感じない・・・

真の白だ。
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