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AMNESIA編
242話 「コレクター」と「不健康」
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-東京都 某所-
気が付くと目の前にはディスプレイ画面が有った。
ログインする度に幾度となく見たSMOの初期画面。
戻ったんだ現実に。
夢じゃない。
実際に体験したんだ。
あの痛み、恐怖、焦燥感・・・
辛かった事に楽しかった事、忘れられる訳が無い。
あの体験がゲームで再現出来たら間違いなくゲーム革命が起き、覇権が取れる。
原因となった破壊神ヨグトスを倒した事で、本当の意味でゲームクリアをしたんだ。
そうプレイヤーとして転移した我々6人、誰1人欠ける事無く無事現実世界に戻れたはず。
・・・最後の最後で最高の体験が出来た事は確かだ。
フルフェイス型ヘッドマウントディスプレイを外し後ろを振り向くと、周囲には中年の警察官が3人待機しており目が合う。
「・・・・・」
「・・・・・」
この部屋に自分以外が入ったのは初めての事だ。
制服姿とは言え、他人が部屋に入ってきている事に抵抗が有る。
視力が悪い為、表情が見えないが恐らくドン引きしているに違いない。
僕は机に置いて有る眼鏡を掛けて、ゲーミングチェアを反転させて警官の方を向き直る。
落ち着け・・・
彼等は仕事だ、僕を逮捕しに来た訳じゃない・・・はずだ。
「どうも、お勤めご苦労様です。」
頬に一筋の冷や汗を流し、非常に冷静な態度に見える様に振舞った。
如月直哉、それが僕の名前だ。
キャラクターネームはミカエル=アルファ。
SMO最終プレイヤーポイントランキング8位。
ギルド「深紅の薔薇」の初代にして最後のギルドマスター。
現在大学医学部を専攻する21歳。
フィギュアコレクター兼ぼっち学生だ。
どういう経緯で警察官が部屋に入れたかは敢えて質問しない。
しかしこの部屋を見られた事で誤解が生じる恐れが有ったのだ。
ユニットバス付き、6畳ワンルームの小さなマンションの一室。
部屋にはパソコン1台と医学書と雑誌、そして部屋の壁一面を占拠している巨大なアクリルフィギュアケースとそこに並んだ無数のアニメフィギュアコレクション。
そのコレクションは主に2種類に分類される。
半分は〖ねんどろいど〗と呼ばれる二頭身の造形をした可愛い系のフィギュアだ。
その愛らしいフォルムは見る者に癒しの極致を与える。
まさに精神の【ハイエリクサー】だ。
そしてもう半分のケースには造形美の素晴らしい〖ハイグレード〗だ。
大手メーカーの職人の手で造られた最高造形の一品だ。
それこそ未開封なら5万円以上する商品がズラリと並んでいる。
目の肥えたコレクターなら垂涎物だ、毎日眺めても飽きる事は無い。
転売やコレクター保存と言う概念は僕には無い。
その為、買ったフィギュアは全て開封し箱は容赦無く捨てる。
価値が下がる?
ふざけるな!
売る気なんてサラサラ無い。
顔パーツ等の部品以外は全て廃棄する。
アニメ毎に区画を別けて綺麗に配置を決める。
ゲームで言う所の陣形を考えるのと似ている。
アニメのストーリーの名場面を再現するかの様に飾られたフィギュアは、至高と呼ぶに相応しい。
・・・ここまではちょっとディープなコレクターと言っても遜色は無い。
問題はそのハイグレードフィギュアの全てが露出度の高い衣装を着たアニメの女性キャラクターばかりなのだ。
中年の警察官の表情は不審者を見るかの様な表情だった。
このコレクションの素晴らしさ理解出来る人は多くは無いかも知れないが差別や偏見は良くないと思う。
僕は3人の警官に連れられて病院へと向かい精密検査の為、1日入院をするハメとなった。
当然の事ながら、視力と疲れ目以外はどこも異常は無い。
・
・
・
翌日は昨晩お世話になった警察官が訪ねて来て、事情徴収を受ける事となった。
実際は1時間程度の簡単な対話で終了する。
異世界でハーデスが喋っていたので聞かれる内容は想像が付いた。
ハーデスの会社のシステムトラブルに6名のSMOプレイヤー巻き込まれたと言う話だ。
僕自身特に何の問題も無かった為、すぐに開放された。
フィギュアの件に関しては特に聞かれる事は無かったが、下手したら犯罪予備軍的なブラックリスト入りを密かにしてしまったかも知れない。
更に翌日、SMOを制作している会社の本社から専務と数人の社員がマンションを訪ねて来た。
取り敢えず部屋は散らかっているので・・・と言う苦しい言い訳をして、近くのファミレスに移動して話を聞く事となる。
謝罪とお見舞金と言う名の口止め料を頂き、トラブルに関する謝罪を受け入れる。
別れ際に眼鏡を掛けた痩せ型の社員が話しかけて来た。
なんと、そいつの正体は暗黒神ハーデスこと鶴ケ谷稔本人だった。
第一印象は「不健康」を体現した様な青年だった。
連絡先を改めて交換しその日は別れる。
正直リアルの彼を見た時は驚いた。
ゲーム内のハーデスと言えば浅黒い肌の闇妖精種で厨二病口調の魔王ロールキャラだ。
勝手な印象ではあるが、もっとチャラいサーファー上がりの男と言うイメージを抱いていた。
まぁ人の事は言えないか・・・
僕もゲームキャラクターとはかけ離れているのだから。
・
・
・
一週間程度の休学の後、大学に復帰する。
あの壮大で非現実的な冒険日々から一転し、普段と変わらぬ日常がやって来る。
SMOがサービス終了した事で毎月のお金の消費が減り多少生活が楽になる。
アルバイトの回数を減らし学業に充てる時間を増やす。
充実している生活のはずが精神的に充実してないと言うなんとも不思議な感覚を覚える。
好きだったオンラインゲームが終了すると言うのは、何と言うか・・・
どこか不思議な虚脱感があった。
ログインすると言う日常業務が無い事が生活に物足りなさを生んでいた。
「深紅の薔薇」の皆の連絡先は一応記憶している。
しかしいざ連絡をしようとすると躊躇してしまう。
自分の記憶に絶対の自信が有る訳では無い。
間違っていたら・・・とか、迷惑だったら・・・とかウジウジと考えて連絡を取る事が出来ないで居た。
家・大学・アルバイトのルーティンワークを続けて行く。
そして特に何事も無い日常が冷たい冬の風と共に過ぎ去って行く。
・
・
・
年が明けたある日、僕の携帯電話に鶴ケ谷稔から連絡が入る。
「如月さんの携帯で合ってますよね?鶴ケ谷です。」
「ハーデ・・・じゃなかった。鶴ケ谷さん、お久しぶりです。」
声から不健康そうなオーラが伝わる人は、そこまで多くはないと思う。
以前会ったのは謝罪に来た時だから、ずいぶん久しぶりに声を聞いた。
現実世界でも連絡先を交換したのに、お互い自分から連絡をしないと言う無精な所は共感出来る駄目な部分だ。
実際東京と千葉だから、会おうと思えば簡単に合える距離だ。
でも彼は社会人で僕は学生だ。
生活サイクルの違いは有ると思う・・・とか適当な言い訳を考えて連絡をしない駄目な自分が居る。
ゲーム内の様なリーダーシップは現実では持ち合わせていない。
特殊技能として習得したいものだ。
「ミカエル、話が有る。・・・とても大事な話だ。」
彼はキャラクターネームで僕を呼び、話がしたいので会いたいので予定の空いた日を教えてくれと言う連絡だった。
しばらくぶりにキャラクターネームで呼ばれた事に少し嬉しい気持ちになる。
僕は快く承諾し携帯をしまう。
不意に空を見上げると雪がチラチラと舞い落ちて来た。
寒い・・・
地域的に雪が深く積もる事は無いと思うが髪が濡れるのは好きじゃない。
僕は白い息を両手に吐き温める。
「もう冬だな・・・。」
そして僕は足早に帰宅する事にした。
気が付くと目の前にはディスプレイ画面が有った。
ログインする度に幾度となく見たSMOの初期画面。
戻ったんだ現実に。
夢じゃない。
実際に体験したんだ。
あの痛み、恐怖、焦燥感・・・
辛かった事に楽しかった事、忘れられる訳が無い。
あの体験がゲームで再現出来たら間違いなくゲーム革命が起き、覇権が取れる。
原因となった破壊神ヨグトスを倒した事で、本当の意味でゲームクリアをしたんだ。
そうプレイヤーとして転移した我々6人、誰1人欠ける事無く無事現実世界に戻れたはず。
・・・最後の最後で最高の体験が出来た事は確かだ。
フルフェイス型ヘッドマウントディスプレイを外し後ろを振り向くと、周囲には中年の警察官が3人待機しており目が合う。
「・・・・・」
「・・・・・」
この部屋に自分以外が入ったのは初めての事だ。
制服姿とは言え、他人が部屋に入ってきている事に抵抗が有る。
視力が悪い為、表情が見えないが恐らくドン引きしているに違いない。
僕は机に置いて有る眼鏡を掛けて、ゲーミングチェアを反転させて警官の方を向き直る。
落ち着け・・・
彼等は仕事だ、僕を逮捕しに来た訳じゃない・・・はずだ。
「どうも、お勤めご苦労様です。」
頬に一筋の冷や汗を流し、非常に冷静な態度に見える様に振舞った。
如月直哉、それが僕の名前だ。
キャラクターネームはミカエル=アルファ。
SMO最終プレイヤーポイントランキング8位。
ギルド「深紅の薔薇」の初代にして最後のギルドマスター。
現在大学医学部を専攻する21歳。
フィギュアコレクター兼ぼっち学生だ。
どういう経緯で警察官が部屋に入れたかは敢えて質問しない。
しかしこの部屋を見られた事で誤解が生じる恐れが有ったのだ。
ユニットバス付き、6畳ワンルームの小さなマンションの一室。
部屋にはパソコン1台と医学書と雑誌、そして部屋の壁一面を占拠している巨大なアクリルフィギュアケースとそこに並んだ無数のアニメフィギュアコレクション。
そのコレクションは主に2種類に分類される。
半分は〖ねんどろいど〗と呼ばれる二頭身の造形をした可愛い系のフィギュアだ。
その愛らしいフォルムは見る者に癒しの極致を与える。
まさに精神の【ハイエリクサー】だ。
そしてもう半分のケースには造形美の素晴らしい〖ハイグレード〗だ。
大手メーカーの職人の手で造られた最高造形の一品だ。
それこそ未開封なら5万円以上する商品がズラリと並んでいる。
目の肥えたコレクターなら垂涎物だ、毎日眺めても飽きる事は無い。
転売やコレクター保存と言う概念は僕には無い。
その為、買ったフィギュアは全て開封し箱は容赦無く捨てる。
価値が下がる?
ふざけるな!
売る気なんてサラサラ無い。
顔パーツ等の部品以外は全て廃棄する。
アニメ毎に区画を別けて綺麗に配置を決める。
ゲームで言う所の陣形を考えるのと似ている。
アニメのストーリーの名場面を再現するかの様に飾られたフィギュアは、至高と呼ぶに相応しい。
・・・ここまではちょっとディープなコレクターと言っても遜色は無い。
問題はそのハイグレードフィギュアの全てが露出度の高い衣装を着たアニメの女性キャラクターばかりなのだ。
中年の警察官の表情は不審者を見るかの様な表情だった。
このコレクションの素晴らしさ理解出来る人は多くは無いかも知れないが差別や偏見は良くないと思う。
僕は3人の警官に連れられて病院へと向かい精密検査の為、1日入院をするハメとなった。
当然の事ながら、視力と疲れ目以外はどこも異常は無い。
・
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・
翌日は昨晩お世話になった警察官が訪ねて来て、事情徴収を受ける事となった。
実際は1時間程度の簡単な対話で終了する。
異世界でハーデスが喋っていたので聞かれる内容は想像が付いた。
ハーデスの会社のシステムトラブルに6名のSMOプレイヤー巻き込まれたと言う話だ。
僕自身特に何の問題も無かった為、すぐに開放された。
フィギュアの件に関しては特に聞かれる事は無かったが、下手したら犯罪予備軍的なブラックリスト入りを密かにしてしまったかも知れない。
更に翌日、SMOを制作している会社の本社から専務と数人の社員がマンションを訪ねて来た。
取り敢えず部屋は散らかっているので・・・と言う苦しい言い訳をして、近くのファミレスに移動して話を聞く事となる。
謝罪とお見舞金と言う名の口止め料を頂き、トラブルに関する謝罪を受け入れる。
別れ際に眼鏡を掛けた痩せ型の社員が話しかけて来た。
なんと、そいつの正体は暗黒神ハーデスこと鶴ケ谷稔本人だった。
第一印象は「不健康」を体現した様な青年だった。
連絡先を改めて交換しその日は別れる。
正直リアルの彼を見た時は驚いた。
ゲーム内のハーデスと言えば浅黒い肌の闇妖精種で厨二病口調の魔王ロールキャラだ。
勝手な印象ではあるが、もっとチャラいサーファー上がりの男と言うイメージを抱いていた。
まぁ人の事は言えないか・・・
僕もゲームキャラクターとはかけ離れているのだから。
・
・
・
一週間程度の休学の後、大学に復帰する。
あの壮大で非現実的な冒険日々から一転し、普段と変わらぬ日常がやって来る。
SMOがサービス終了した事で毎月のお金の消費が減り多少生活が楽になる。
アルバイトの回数を減らし学業に充てる時間を増やす。
充実している生活のはずが精神的に充実してないと言うなんとも不思議な感覚を覚える。
好きだったオンラインゲームが終了すると言うのは、何と言うか・・・
どこか不思議な虚脱感があった。
ログインすると言う日常業務が無い事が生活に物足りなさを生んでいた。
「深紅の薔薇」の皆の連絡先は一応記憶している。
しかしいざ連絡をしようとすると躊躇してしまう。
自分の記憶に絶対の自信が有る訳では無い。
間違っていたら・・・とか、迷惑だったら・・・とかウジウジと考えて連絡を取る事が出来ないで居た。
家・大学・アルバイトのルーティンワークを続けて行く。
そして特に何事も無い日常が冷たい冬の風と共に過ぎ去って行く。
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年が明けたある日、僕の携帯電話に鶴ケ谷稔から連絡が入る。
「如月さんの携帯で合ってますよね?鶴ケ谷です。」
「ハーデ・・・じゃなかった。鶴ケ谷さん、お久しぶりです。」
声から不健康そうなオーラが伝わる人は、そこまで多くはないと思う。
以前会ったのは謝罪に来た時だから、ずいぶん久しぶりに声を聞いた。
現実世界でも連絡先を交換したのに、お互い自分から連絡をしないと言う無精な所は共感出来る駄目な部分だ。
実際東京と千葉だから、会おうと思えば簡単に合える距離だ。
でも彼は社会人で僕は学生だ。
生活サイクルの違いは有ると思う・・・とか適当な言い訳を考えて連絡をしない駄目な自分が居る。
ゲーム内の様なリーダーシップは現実では持ち合わせていない。
特殊技能として習得したいものだ。
「ミカエル、話が有る。・・・とても大事な話だ。」
彼はキャラクターネームで僕を呼び、話がしたいので会いたいので予定の空いた日を教えてくれと言う連絡だった。
しばらくぶりにキャラクターネームで呼ばれた事に少し嬉しい気持ちになる。
僕は快く承諾し携帯をしまう。
不意に空を見上げると雪がチラチラと舞い落ちて来た。
寒い・・・
地域的に雪が深く積もる事は無いと思うが髪が濡れるのは好きじゃない。
僕は白い息を両手に吐き温める。
「もう冬だな・・・。」
そして僕は足早に帰宅する事にした。
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