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ルーン技師見習い編
014話 絶体絶命
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◇◇◆◇◇◇
夕食後に皆と別れ、独り酒場のカウンターに座り酒を嗜む。
剣の師の命日にあたる今日だけは毎年欠かさず1杯だけ飲む事にしている。
アルコールに弱い僕は、小さじ1杯分の少量を口に含み時間をかけて体に馴染ませる。
命日には毎年墓前で一緒に飲むと決めて3年がたつ。
僕はアルコール適正が無いらしく、未だに"楽しく酔う"という感覚に至らない。
師は自分で"酔剣使い"とか自称する程お酒好きで陽気で・・・そして強かった。
帰国したら師の好きだった酒を持って墓参りに行こう・・・。
過去の記憶に想いを寄せていると、近くのテーブルで不穏な話をしている連中の会話が耳に入った。
偶然聞こえてきた会話だったが、その内容に耳を傾けざるを得なかった。
盗み聞きしている事を悟られないように振り向く事無く、意識だけを後方の会話に集中する。
その連中は翌日の夜、この国を襲撃するような事柄を愚痴交じりに話していた。
そして、「犬を嗾ける」とも言っていた。
この犬と言う単語が引っ掛かる。
刺客の隠語なのか・・・それとも?
以前、我が国の聖域を守る集落が黒い獣に襲われた事件があった。
ネイ様を含む極少数の生き残った人の事情聴取を纏めた報告書を読んだ。
集落を襲ったモンスターは四足歩行の黒い獣の姿をしており、絵師により模写した姿が描かれていた。
そして低位の魔法が一切効かないという特徴から、精神獣ではないかと推測されていた。
これはティンダロス国の"猟犬"と呼ばれる召喚獣の特徴に一致している。
もしかすると・・・。
客が少ない店とはいえ愚痴まじりに作戦内容を喋るなんて、まさに素人工作員といった印象を持った。
僕が安い街着を着用していたのも油断する原因になっているかも知れないが、余りに周囲への警戒が無さ過ぎる。
どうする?
この国の衛兵に報告するか?
僕がこの国に来ている事は入国審査の際に知られているはず。
個人カードを見せれば、隣国の騎士団長である僕の報告は無視出来ないはずだ。
僕は残りの酒を一気に飲み干すと酒場を後にした。
去り際に店の入口から会話をしていたテーブル席に目をやると、黒いフードを被った4人組を視界に捕らえた。
見るからに怪しい風貌だ。
まるで絵に描いた暗殺者とか野盗の部類のカテゴリーに最近なりました、そして取り敢えず形から入りました的な感覚。
酒の席の冗談なら良いのだが僕の直感がそれを否定している。
僕はその足で衛兵の詰所に向かい、この街の衛兵長の所へ案内して貰った。
「これはレヴィン殿。初めまして、私はこの街の衛兵長を任されているマイルと申します。」
マイルと名乗った男は見た目は50代くらいの白髪でガタイの良い闇妖精種だった。
ああ、まずい慣れない酒を一気飲みしたのが今頃効いて来た。
「・・・初めまして。・・・タクティカ国騎士団長の・・・レヴィン・セグ・ゴーヴァンと言います。」
「お噂はかねがね。いやはや、ずいぶんとお若くて驚きました。おや?顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
僕は「すみません。」と言って水を1杯貰い、改めて先程の酒場での事情を報告した。
マイルは詳しい事は話せないが、数日前から不審人物が複数目撃されていると報告が上がっていると言う。
「案外、魔族の仕業かも知れませんな。そのうち大攻勢があるかもと噂に上がっておりますし。」
噂ではあるが、現在魔族内の統一がなされ各国に進軍が行われていると言う話だ。
その話はタクティカ国でも耳にした噂だ。
強力な魔人が軍を率いて様々な種族の小さな街や村に進行し領土を広げているらしい。
その噂と怪しい連中が繋がっていると読んでいると・・・。
その後、一頻り社交辞令を並べた会話を交わし、衛兵の中央駐屯所を後にする。
よし、後はこの国の問題だ。
僕は宿舎に戻るとしよう。
――――ここまでが昨夜の出来事。
翌朝シルベール商会の工房を訪れると食堂でネイ様が独りで本を読んでいた。
彼女は数日前に滅んだ集落からの血縁で、現在の魔法師団長をも凌ぐ強さを誇っている。
しかし、聖域を守るという任務に自ら志願している事から副団長というポジションに収まっている。
"猟犬襲撃事件"の生き残りで、破壊神の加護を持った少年を甲斐甲斐しく世話をしている。
国に献上した報告書で何故か彼女は少年の素性を伏せて報告を上げている。
その為、襲撃事件の首謀者の可能性を示唆され秘密裏に国からマークされている。
僕は任務上、彼女に関する報告書も目を通した。
彼女の名前はネイ、 数少ない純粋な古代妖精種の生き残り。
ユーディ様の御息女で、滅びた集落を束ねるフェイル様の孫。
A級冒険者の資格を持っていて、対魔法戦闘に関してはタクティカ国随一との噂だ。
元々 古代妖精種は破壊神を主神として崇める種族だ。
もしかしたら彼女は宗教上の義務感で少年を守っているのかも知れない。
無口で何を考えているか分からないが、僕の直感が彼女は悪ではないと言っている。
まぁ、必要以上に親しくなって"情"が移る事が無いようにはしよう。
僕は本を読んでいるネイ様の正面にさり気無く座る。
「今日は泊まりになりそうですね。」
「・・・そうですね。」
彼女の返事は素っ気ない。
それは誰に対してもそうだ。
心を閉ざしている。
ある意味全員に平等に・・・だ。
僕自身幼い頃から貴族のマナーや社交性を学び、それなりに会話術には自信がある。
しかし、彼女だけは会話の糸口を探すのに必死になるくらいだった。
そんな彼女が唯一、心を開いている人物。
破壊神の加護を持つと言われるラルクと言う少年。
アルテナ国からの書状と、添付された写し絵が彼の特徴と一致していた。
昨日、彼の同僚の子の話ではラルクはルーン文字の扱いが天才的だと言う。
今回の技術研修はセロ商会の新しい支店を出す為のものだ。
・・・思わぬ所でセロ社長に貸しが作れそうだな、フフッ。
ここ1ヶ月間、彼の監視をしてきたが国王陛下や大臣が懸念しているような邪悪な存在には見えない。
それどころか、少し気弱で大人しい性格の一般人だ。
この国に来る以前の話はしてくれないが、「今日こんな事があった。」とか「仕事で失敗をした。」とか日常の些細な事を話してくれる。
ある日、剣を教えてくれと頼まれた事があった。
少しだけ手解きをしたが身体能力も年齢相当で強い訳でも無く、特に才能を感じる事は無かった。
僕の予想が正しければ、ネイ様は襲撃とは無関係だ。
そして襲撃の本当の目的はラルクで、恐らく彼はティンダロス国に命を狙われている。
・・・杞憂なら良いのだが嫌な予感がする。
ネイ様が這う這の体で逃げ出す程の強さのモンスター。
この国に噂の猟犬が現れた時に僕はラルクを守れるだろうか?
◆◇◇◇◇◇
――おおよそ10時間経過
リアナ先輩とカルディナ先輩がほぼ同時に意識を失った。
少し無理をしたようで魔力残量限界を超えて気絶したようだ。
2人の持っていたファルシオンは文字を刻んだ所で折れ、残念ながら生成失敗を物語っていた。
レウケ様が工房の従業員を呼び、2人は医務室へと運ばれて行った。
無念にも今日、先輩達はリタイアだろう。
僕は3文字刻みを難無く完成させたけど、その事で周囲が驚いていたのを思い出す。
やはり難易度が高いんだ。
僕は自分の手の中のグラディウスを再度見つめる。
・・・現在2文字目の途中だ。
集中しよう。
まだ残り20時間くらいは掛かる。
僕は深呼吸をして再度集中する。
・
・
・
――更に8時間経過
現在午前2時を回った所だ。
流石に眠い。
かれこれ19時間はじっとして魔力を注ぎ続けている。
ようやく4文字目の半分刻めている。
僕がウトウトとしていると、それに気付いたレウケ様が話し掛けて来る。
「眠いか?」
「はい、眠いですね流石に。」
レウケ様が僕の頭に手を翳し魔法を使う。
彼の手が一瞬白い光に包まれたと思ったら、今まで感じていた眠気がフッと無くなった。
「おお?何だか眠く無くなりました。」
「睡眠解除の魔法だ。眠くなったら言え。腹は減って無いか?トイレは?」
「だ、大丈夫です。」
約20時間が過ぎた時に、僕の胃が「グゥゥ」と小さく鳴り、空腹を間接的に伝える。
生理現象とはいえ、物静かな空間に響き渡る悲鳴が羞恥心を刺激する。
レウケ様は無言で立ち上がり部屋の隅でゴソゴソと何かをしていたと思ったら、何かを手に持って戻ってきた。
その手には固形保存食の盛り合わせ山盛りにされていた。
そしてレウケ様が「あ~ん」と言って食べさせてきた。
最初は抵抗があったが3口目辺りから特に何とも思わなくなった。
・・・両手が離せない為、当然トイレの補助もして貰った。
申し訳ないが、ハッキリ言って最悪だ。
4文字以上のルーンを刻める者が少ないのは、単純にこれらの補助行為に抵抗が有るからじゃ無いだろうか?
空腹は我慢出来るとは言え、睡魔と尿意は難しい。
やはり補助は必要不可欠だと感じる。
僕は、作業に集中しながら大きな溜息を付いた。
ドオォォォォオオオン!!
その時、部屋の外で巨大な爆発音と地響きが聞こえた。
同時に部屋全体が大きく揺れる。
まるで何かが爆発したか巨大な落雷が近くに落ちたような、そんな衝撃のように感じた。
まさか工房内で事故でも起きたんだろうか?
「な、なんだ!?」
「お前はそのまま集中していろ、余が外を確認してくる。」
レウケ様は立ち上がり、状況確認をする為に部屋を退出していった。
以前にも似たような事があったような・・・
音の反響具合から結構距離の近い場所から響いてきた感じがした。
兵器工房とか日用品工房からだろうか?
先輩達に怪我が無ければ良いけど・・・。
一抹の不安を感じたが、動く事の出来ない僕は現在の作業に集中しなおした。
今までの工程を無駄にする訳にはいかない。
◇◇◆◇◇◇
午前中、街の見回りに出ていた部下が戻り、食堂で経過報告を受ける。
近場での聞き込みになるので、たいした情報を得る事は出来なかった。
交代で休憩を取るように指示を出し、午後からは1名は工房付近に待機。
残りの3名はタロス城付近まで足を伸ばすように指示を出した。
ネイ様は相変わらずルーン工房前で本を読んでいる。
食堂で彼女が視界に入る位置に座り、僕も読みかけの本を取り出して読み始める。
名目上ラルクとネイ様の護衛と監視を兼ねている訳だが、部下からしたら自分達を働かせてサボっている駄目上司のような陰口を言われているかも知れないな。
などと昨夜、酒場で愚痴を言っていた下っ端の会話を自分の部下に置き換えてネガティブな想像してしまう。
この任務に一緒に来ている皆はそうは思ってないだろうが、騎士団内部には若造の僕を快く思っていない連中も沢山いる。
彼等は僕が不在という状況で存分に愚痴を言っている事だろう。
たまに直接、陰口が耳に入った時は「年上の癖に駄目な連中だ」と思ってしまう自分の未熟さが心底嫌になる。
そんな時はラルクの話を聞きたくなり夕食へと誘う。
貴族と平民という枠に捕らわれない彼は、僕の中では既に監視対象というより同世代の友人になってしまった。
"情"というのは、いささか厄介なものかも知れない。
・
・
・
帰還した部下達に就寝を命じて何時間たっただろうか、本を読み終えた僕は少しだけ仮眠を取る事にした。
時刻は深夜の3時過ぎか・・・・。
師の教育で短時間で高圧縮した睡眠を取れる方法を体得している。
その為、1時間程度の仮眠で4時間以上の睡眠効果を得られるから長期任務にも耐えれる。
・・・ラルクの方が大丈夫だろうか?
終業時間が過ぎても工房に籠りっぱなしだ。
30時間以上と言っていたから少しばかり心配だ。
ドオォォォォオオオン!!
僕が目を閉じて眠ろうとした瞬間、食堂全体を揺らす程の衝撃と爆発音で脳が一気に覚醒する。
ネイ様も異変に気付いたのか、本を置き立ち上がって周囲の様子を確認していた。
地面が揺れると同時に部屋を照らしていたランプの光が瞬き、いくつかの火が消える。
その時、工房近くの街中から悲鳴が聞こえて来た。
食堂の窓から外に目をやると少し離れた建物が燃えているように見えた。
そして何かを探すように建物を破壊しながら徘徊する巨大な獣の影が見えた。
僕の脳裏にあった嫌な予感が鮮明な物になる。
――あれは報告にあった猟犬だ。
昨日の夜、「犬を嗾ける」と言っていた連中の会話が脳裏に浮かぶ。
言葉通り"犬"とはな・・・隠語などでは無く、我が国にも出現した猟犬そのものだったか!
僕は食堂を出ると工房入口にいるネイ様に叫ぶ。
「ネイ様!ラルクの警護をお願いします!」
周囲の街灯が消え、薄暗くなった工房の入口で彼女が頷いたのが見えた。
それを確認した僕は路地を飛び出し、火の手が上がる場所を目指す。
「グオォォォォオオオオン!!」
巨大な黒い獣は建物を破壊しながら、眼に付いた住民や衛兵を食い殺し暴れていた。
逃げ惑う人々と果敢に戦う衛兵達が無残に蹂躙されている。
引き裂かれ倒れた兵の中には、僕の部下も含まれていた。
くっ・・・なんて事だ、様子を確認しに向かって殺されたか。
書物で読んだ事はあるが、あれは精神獣と呼ばれる召喚魔獣だ。
実物は初めて見たが、なんと巨大で禍々しい姿なんだ・・・しかし多少見た目やサイズが集落で目撃されたモノの報告と異なる。
あれは、集落に出現した猟犬よりも上位の存在なのだろうか?
獣の足元に転がる血まみれの部下の鎧が視界に移り、怒りが僕の心を乱す。
僕は街中を駆け、獣の足元へと躍り出る。
そして剣を構え、建物の2階の屋根を有に超える大きさの獣と対峙する。
我が家に代々伝わる自慢の愛刀【ガラティン】を抜き放つ。
剣の刃は暗闇でも淡く光りを放っている。
この剣ならば精神獣をも傷付ける事が出来るはず。
僕は剣を両手で強く握り、獣に刃を向ける。
しかし深夜か・・・剣の輝きが薄れて剣自体の重量が増している。
少し不利になるが、やむを得ない。
剣の輝きに吸い寄せられるように、漆黒に窪んだ空洞の中で燃えるような赤い眼光が僕を捕らえる。
巨大な黒い獣が低く唸り、物凄い速さで目の前に跳躍して来た。
その鋭い爪が風を切り裂き周囲の建物を薙ぎ払う。
剣先と鋭い爪が接触し、重い金属音と夜闇の中に火花が飛び散る。
ギィィン!!
右前脚の爪による斬撃を剣で払い、同時に脚の側部を斬りつける。
・・・浅い!
僕はすぐに後方に飛び、獣から距離をとる。
しかし獲物を追う鋭い牙が、僕を逃がす事を許さなかった。
一瞬だった。
防いだ剣に重みを感じた瞬間、全身が吹き飛ばされ建物の外壁に叩きつけられる。
軽装備では防ぎきれない鈍痛が背中に重く響く。
「グハッ・・・!」
石造りの外壁に罅が入る程の衝撃が全身を駆け巡る。
剣の本領が出せない時間帯とはいえ、力の差がここまでとは・・・
「まだだ・・・」
この剣は太陽の光を浴びて力を増す特殊能力がある。
しかし夜間の為、攻撃力が半減しているのだ。
せめて朝日が昇れば・・・・
「レヴィン殿、助太刀する。」
「・・・あの時の獣!」
レウケ様とネイ様が後方に現れる。
ば、馬鹿なネイ様にはラルクの護衛を任せたのに・・・何故来たのか!?
彼女の行動に少しだけ苛立ちを覚える。
「ネイ様!ラルクの警護をお願いしたじゃないですか!?」
僕は獣を睨んだまま、彼女に対して罵声に似た叫びを上げる。
痛みと恐怖がそうさせたのか自分でも分からない。
「大丈夫だ。余と彼女で二重の結界を張った、ラルクは安全だ。それにその古代妖精種の女性はあの獣に因縁が有る用でな・・・。」
レウケ様が僕の言葉に対して応答する。
結界といっても万能ではない、もし獣が囮や陽動で本来の狙いがラルクの命だった場合は詰みだ。
今からでもラルクの元に戻るか・・・?
否、逆にこの獣を"獲物"の元へ誘導するようなものだ。
今は結界の強度を信じるしかない。
そう考える事で精神を落ち着かせると、少しネイ様に対して罵声を浴びせた事を後悔する。
不意にネイ様に視線を向けると、彼女は今までに見た事の無いような怒りに満ちた表情をしていた。
故郷を破壊した獣に対して、憎悪に似た強い怒りを感じているようだ。
彼女も冷静さを失っている・・・これでは連携は難しいかも知れない。
2人は長杖を構え、魔法詠唱を始める。
僕は立ち上がり、正面から獣に向かい走り出す。
ネイ様とレウケ様に無茶をさせる訳にはいかない。
ここは僕が前衛として囮役になるしかない!
「うおぉぉぉぉ!!」
剣に魔力を集め特殊技能を発動する。
獣も僕の動きに反応し、素早い動きで応戦して来る。
獣の左前脚を特殊技能【ライトニングセイバー】で一閃する。
巨大な爪の斬撃もろとも左前脚を斬り飛ばす。
更にネイ様が上位魔法を発動し、巨大な2対の電撃の龍を放つ。
左腕を失った獣が電撃を回避しようとした進路上に、巨大な岩の槍がそそり立ち遮る。
レウケ様が放った土属性の上位魔法か!
「グワオォォォォ!!」
瞬間的に退路を塞がれた獣は電撃の龍に貫かれ、周囲に響き渡る咆哮をあげる。
それと同時に、その大口から炎を司る上位魔法を周囲に撒き散らす。
衝撃と共に着弾した火球が周囲の家屋に移り、一気に燃え広がる。
クソッ!街に被害が広がる!
住民の避難はどうなっているんだろう。
様々な考えが頭の中で渦巻き、集中力が散漫になってしまう。
そう思った矢先に、この国の闇妖精種の魔法師団が現れ、周囲の火災を氷属性魔法で鎮火し始めた。
更にに騎馬に乗ったタロス国の兵士部隊が現れ、獣を取り囲むように整列した。
魔法師団に騎馬隊含めて、ざっと60名か少ないな。
・・・主力部隊は城の守りに回っている可能性があるな。
騎馬隊は僕等の姿と周囲の惨状を確認すると部隊長と思われる人物が叫んだ。
「突撃開始!!」
ルーン文字の刻まれたグレートランスを構え、獣に対し3組の騎馬隊が並列して突撃を掛けた。
しかし騎馬隊の突撃はあまり効果が無く、鋭い爪と牙の餌食となる。
ルーン文字で守られた鎧の防御力は優秀そうだが、あの武器の攻撃力では獣を倒せそうにない。
それに先程、僕が斬り飛ばした左前脚も既に再生している模様だ。
・・・厄介だな。
騎馬隊の攻撃に獣が怒りを露わにしたように大暴れをする。
家屋の鎮火に当たっていたタロス国の魔法師団も鋭い鍵爪で切り飛ばされた家屋の瓦礫が砲弾のような速度で直撃し壊滅していく。
駄目だ・・・動きが速過ぎて、とても対応しきれない。
騎馬隊が獣の間近で乱戦をしているので、ネイ様が魔法を放てないようだ。
レウケ様も部隊の指揮を取ろうとしているが、現在の状況的に第3王子と気付かれて無いように見える。
まずいな、これではますます連携が取れない。
騎馬隊の捨て身の攻撃で獣の素早い動きを封じ始めていたが瞬間的に獣の姿が建物の角に吸い込まれるように入り消えてしまった。
何が起きた!?
ヤツは何処だ!?
一瞬の混乱と迷い。
刹那、僕の背後に巨大な獣の気配が現れた。
――――空間転移か!?
それに気付いた時、既に遅いと感じる。
形容しがたい生臭い吐息が背後から押し寄せる。
まずい!やられる!!
瞬間、背後から強烈な打撃と斬撃を同時に受け跳ね飛ばされた。
転移先に騎馬隊が追い付いたが、統制の取れていない部隊は獣の爪で一掃される。
ルーン文字の刻まれた高防御力の鎧を着用した騎馬隊でも致命傷に近い深手を負っているように見えた。
背中が熱い・・・背中から流れ落ちた自分の血液で地面が染まる。
・・・本国から聖騎士の鎧を持ってこなかった事を今更になって後悔する。
立ち上がろうと顔を上げるとネイ様とレウケ様が獣の両腕に抑え込まれ、苦痛に満ちた表情を浮かべていた。
その姿は獣が小動物を弄び、苦痛に歪む獲物を見て満足しているかのように映った。
助けに行かなければ・・・このままでは2人共殺されてしまう。
しかし、背後から受けたダメージが大きくて立ち上がる事が出来ない。
絶対絶命という言葉が脳裏を過る。
くっ・・・ここまでなのか・・・・
夕食後に皆と別れ、独り酒場のカウンターに座り酒を嗜む。
剣の師の命日にあたる今日だけは毎年欠かさず1杯だけ飲む事にしている。
アルコールに弱い僕は、小さじ1杯分の少量を口に含み時間をかけて体に馴染ませる。
命日には毎年墓前で一緒に飲むと決めて3年がたつ。
僕はアルコール適正が無いらしく、未だに"楽しく酔う"という感覚に至らない。
師は自分で"酔剣使い"とか自称する程お酒好きで陽気で・・・そして強かった。
帰国したら師の好きだった酒を持って墓参りに行こう・・・。
過去の記憶に想いを寄せていると、近くのテーブルで不穏な話をしている連中の会話が耳に入った。
偶然聞こえてきた会話だったが、その内容に耳を傾けざるを得なかった。
盗み聞きしている事を悟られないように振り向く事無く、意識だけを後方の会話に集中する。
その連中は翌日の夜、この国を襲撃するような事柄を愚痴交じりに話していた。
そして、「犬を嗾ける」とも言っていた。
この犬と言う単語が引っ掛かる。
刺客の隠語なのか・・・それとも?
以前、我が国の聖域を守る集落が黒い獣に襲われた事件があった。
ネイ様を含む極少数の生き残った人の事情聴取を纏めた報告書を読んだ。
集落を襲ったモンスターは四足歩行の黒い獣の姿をしており、絵師により模写した姿が描かれていた。
そして低位の魔法が一切効かないという特徴から、精神獣ではないかと推測されていた。
これはティンダロス国の"猟犬"と呼ばれる召喚獣の特徴に一致している。
もしかすると・・・。
客が少ない店とはいえ愚痴まじりに作戦内容を喋るなんて、まさに素人工作員といった印象を持った。
僕が安い街着を着用していたのも油断する原因になっているかも知れないが、余りに周囲への警戒が無さ過ぎる。
どうする?
この国の衛兵に報告するか?
僕がこの国に来ている事は入国審査の際に知られているはず。
個人カードを見せれば、隣国の騎士団長である僕の報告は無視出来ないはずだ。
僕は残りの酒を一気に飲み干すと酒場を後にした。
去り際に店の入口から会話をしていたテーブル席に目をやると、黒いフードを被った4人組を視界に捕らえた。
見るからに怪しい風貌だ。
まるで絵に描いた暗殺者とか野盗の部類のカテゴリーに最近なりました、そして取り敢えず形から入りました的な感覚。
酒の席の冗談なら良いのだが僕の直感がそれを否定している。
僕はその足で衛兵の詰所に向かい、この街の衛兵長の所へ案内して貰った。
「これはレヴィン殿。初めまして、私はこの街の衛兵長を任されているマイルと申します。」
マイルと名乗った男は見た目は50代くらいの白髪でガタイの良い闇妖精種だった。
ああ、まずい慣れない酒を一気飲みしたのが今頃効いて来た。
「・・・初めまして。・・・タクティカ国騎士団長の・・・レヴィン・セグ・ゴーヴァンと言います。」
「お噂はかねがね。いやはや、ずいぶんとお若くて驚きました。おや?顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
僕は「すみません。」と言って水を1杯貰い、改めて先程の酒場での事情を報告した。
マイルは詳しい事は話せないが、数日前から不審人物が複数目撃されていると報告が上がっていると言う。
「案外、魔族の仕業かも知れませんな。そのうち大攻勢があるかもと噂に上がっておりますし。」
噂ではあるが、現在魔族内の統一がなされ各国に進軍が行われていると言う話だ。
その話はタクティカ国でも耳にした噂だ。
強力な魔人が軍を率いて様々な種族の小さな街や村に進行し領土を広げているらしい。
その噂と怪しい連中が繋がっていると読んでいると・・・。
その後、一頻り社交辞令を並べた会話を交わし、衛兵の中央駐屯所を後にする。
よし、後はこの国の問題だ。
僕は宿舎に戻るとしよう。
――――ここまでが昨夜の出来事。
翌朝シルベール商会の工房を訪れると食堂でネイ様が独りで本を読んでいた。
彼女は数日前に滅んだ集落からの血縁で、現在の魔法師団長をも凌ぐ強さを誇っている。
しかし、聖域を守るという任務に自ら志願している事から副団長というポジションに収まっている。
"猟犬襲撃事件"の生き残りで、破壊神の加護を持った少年を甲斐甲斐しく世話をしている。
国に献上した報告書で何故か彼女は少年の素性を伏せて報告を上げている。
その為、襲撃事件の首謀者の可能性を示唆され秘密裏に国からマークされている。
僕は任務上、彼女に関する報告書も目を通した。
彼女の名前はネイ、 数少ない純粋な古代妖精種の生き残り。
ユーディ様の御息女で、滅びた集落を束ねるフェイル様の孫。
A級冒険者の資格を持っていて、対魔法戦闘に関してはタクティカ国随一との噂だ。
元々 古代妖精種は破壊神を主神として崇める種族だ。
もしかしたら彼女は宗教上の義務感で少年を守っているのかも知れない。
無口で何を考えているか分からないが、僕の直感が彼女は悪ではないと言っている。
まぁ、必要以上に親しくなって"情"が移る事が無いようにはしよう。
僕は本を読んでいるネイ様の正面にさり気無く座る。
「今日は泊まりになりそうですね。」
「・・・そうですね。」
彼女の返事は素っ気ない。
それは誰に対してもそうだ。
心を閉ざしている。
ある意味全員に平等に・・・だ。
僕自身幼い頃から貴族のマナーや社交性を学び、それなりに会話術には自信がある。
しかし、彼女だけは会話の糸口を探すのに必死になるくらいだった。
そんな彼女が唯一、心を開いている人物。
破壊神の加護を持つと言われるラルクと言う少年。
アルテナ国からの書状と、添付された写し絵が彼の特徴と一致していた。
昨日、彼の同僚の子の話ではラルクはルーン文字の扱いが天才的だと言う。
今回の技術研修はセロ商会の新しい支店を出す為のものだ。
・・・思わぬ所でセロ社長に貸しが作れそうだな、フフッ。
ここ1ヶ月間、彼の監視をしてきたが国王陛下や大臣が懸念しているような邪悪な存在には見えない。
それどころか、少し気弱で大人しい性格の一般人だ。
この国に来る以前の話はしてくれないが、「今日こんな事があった。」とか「仕事で失敗をした。」とか日常の些細な事を話してくれる。
ある日、剣を教えてくれと頼まれた事があった。
少しだけ手解きをしたが身体能力も年齢相当で強い訳でも無く、特に才能を感じる事は無かった。
僕の予想が正しければ、ネイ様は襲撃とは無関係だ。
そして襲撃の本当の目的はラルクで、恐らく彼はティンダロス国に命を狙われている。
・・・杞憂なら良いのだが嫌な予感がする。
ネイ様が這う這の体で逃げ出す程の強さのモンスター。
この国に噂の猟犬が現れた時に僕はラルクを守れるだろうか?
◆◇◇◇◇◇
――おおよそ10時間経過
リアナ先輩とカルディナ先輩がほぼ同時に意識を失った。
少し無理をしたようで魔力残量限界を超えて気絶したようだ。
2人の持っていたファルシオンは文字を刻んだ所で折れ、残念ながら生成失敗を物語っていた。
レウケ様が工房の従業員を呼び、2人は医務室へと運ばれて行った。
無念にも今日、先輩達はリタイアだろう。
僕は3文字刻みを難無く完成させたけど、その事で周囲が驚いていたのを思い出す。
やはり難易度が高いんだ。
僕は自分の手の中のグラディウスを再度見つめる。
・・・現在2文字目の途中だ。
集中しよう。
まだ残り20時間くらいは掛かる。
僕は深呼吸をして再度集中する。
・
・
・
――更に8時間経過
現在午前2時を回った所だ。
流石に眠い。
かれこれ19時間はじっとして魔力を注ぎ続けている。
ようやく4文字目の半分刻めている。
僕がウトウトとしていると、それに気付いたレウケ様が話し掛けて来る。
「眠いか?」
「はい、眠いですね流石に。」
レウケ様が僕の頭に手を翳し魔法を使う。
彼の手が一瞬白い光に包まれたと思ったら、今まで感じていた眠気がフッと無くなった。
「おお?何だか眠く無くなりました。」
「睡眠解除の魔法だ。眠くなったら言え。腹は減って無いか?トイレは?」
「だ、大丈夫です。」
約20時間が過ぎた時に、僕の胃が「グゥゥ」と小さく鳴り、空腹を間接的に伝える。
生理現象とはいえ、物静かな空間に響き渡る悲鳴が羞恥心を刺激する。
レウケ様は無言で立ち上がり部屋の隅でゴソゴソと何かをしていたと思ったら、何かを手に持って戻ってきた。
その手には固形保存食の盛り合わせ山盛りにされていた。
そしてレウケ様が「あ~ん」と言って食べさせてきた。
最初は抵抗があったが3口目辺りから特に何とも思わなくなった。
・・・両手が離せない為、当然トイレの補助もして貰った。
申し訳ないが、ハッキリ言って最悪だ。
4文字以上のルーンを刻める者が少ないのは、単純にこれらの補助行為に抵抗が有るからじゃ無いだろうか?
空腹は我慢出来るとは言え、睡魔と尿意は難しい。
やはり補助は必要不可欠だと感じる。
僕は、作業に集中しながら大きな溜息を付いた。
ドオォォォォオオオン!!
その時、部屋の外で巨大な爆発音と地響きが聞こえた。
同時に部屋全体が大きく揺れる。
まるで何かが爆発したか巨大な落雷が近くに落ちたような、そんな衝撃のように感じた。
まさか工房内で事故でも起きたんだろうか?
「な、なんだ!?」
「お前はそのまま集中していろ、余が外を確認してくる。」
レウケ様は立ち上がり、状況確認をする為に部屋を退出していった。
以前にも似たような事があったような・・・
音の反響具合から結構距離の近い場所から響いてきた感じがした。
兵器工房とか日用品工房からだろうか?
先輩達に怪我が無ければ良いけど・・・。
一抹の不安を感じたが、動く事の出来ない僕は現在の作業に集中しなおした。
今までの工程を無駄にする訳にはいかない。
◇◇◆◇◇◇
午前中、街の見回りに出ていた部下が戻り、食堂で経過報告を受ける。
近場での聞き込みになるので、たいした情報を得る事は出来なかった。
交代で休憩を取るように指示を出し、午後からは1名は工房付近に待機。
残りの3名はタロス城付近まで足を伸ばすように指示を出した。
ネイ様は相変わらずルーン工房前で本を読んでいる。
食堂で彼女が視界に入る位置に座り、僕も読みかけの本を取り出して読み始める。
名目上ラルクとネイ様の護衛と監視を兼ねている訳だが、部下からしたら自分達を働かせてサボっている駄目上司のような陰口を言われているかも知れないな。
などと昨夜、酒場で愚痴を言っていた下っ端の会話を自分の部下に置き換えてネガティブな想像してしまう。
この任務に一緒に来ている皆はそうは思ってないだろうが、騎士団内部には若造の僕を快く思っていない連中も沢山いる。
彼等は僕が不在という状況で存分に愚痴を言っている事だろう。
たまに直接、陰口が耳に入った時は「年上の癖に駄目な連中だ」と思ってしまう自分の未熟さが心底嫌になる。
そんな時はラルクの話を聞きたくなり夕食へと誘う。
貴族と平民という枠に捕らわれない彼は、僕の中では既に監視対象というより同世代の友人になってしまった。
"情"というのは、いささか厄介なものかも知れない。
・
・
・
帰還した部下達に就寝を命じて何時間たっただろうか、本を読み終えた僕は少しだけ仮眠を取る事にした。
時刻は深夜の3時過ぎか・・・・。
師の教育で短時間で高圧縮した睡眠を取れる方法を体得している。
その為、1時間程度の仮眠で4時間以上の睡眠効果を得られるから長期任務にも耐えれる。
・・・ラルクの方が大丈夫だろうか?
終業時間が過ぎても工房に籠りっぱなしだ。
30時間以上と言っていたから少しばかり心配だ。
ドオォォォォオオオン!!
僕が目を閉じて眠ろうとした瞬間、食堂全体を揺らす程の衝撃と爆発音で脳が一気に覚醒する。
ネイ様も異変に気付いたのか、本を置き立ち上がって周囲の様子を確認していた。
地面が揺れると同時に部屋を照らしていたランプの光が瞬き、いくつかの火が消える。
その時、工房近くの街中から悲鳴が聞こえて来た。
食堂の窓から外に目をやると少し離れた建物が燃えているように見えた。
そして何かを探すように建物を破壊しながら徘徊する巨大な獣の影が見えた。
僕の脳裏にあった嫌な予感が鮮明な物になる。
――あれは報告にあった猟犬だ。
昨日の夜、「犬を嗾ける」と言っていた連中の会話が脳裏に浮かぶ。
言葉通り"犬"とはな・・・隠語などでは無く、我が国にも出現した猟犬そのものだったか!
僕は食堂を出ると工房入口にいるネイ様に叫ぶ。
「ネイ様!ラルクの警護をお願いします!」
周囲の街灯が消え、薄暗くなった工房の入口で彼女が頷いたのが見えた。
それを確認した僕は路地を飛び出し、火の手が上がる場所を目指す。
「グオォォォォオオオオン!!」
巨大な黒い獣は建物を破壊しながら、眼に付いた住民や衛兵を食い殺し暴れていた。
逃げ惑う人々と果敢に戦う衛兵達が無残に蹂躙されている。
引き裂かれ倒れた兵の中には、僕の部下も含まれていた。
くっ・・・なんて事だ、様子を確認しに向かって殺されたか。
書物で読んだ事はあるが、あれは精神獣と呼ばれる召喚魔獣だ。
実物は初めて見たが、なんと巨大で禍々しい姿なんだ・・・しかし多少見た目やサイズが集落で目撃されたモノの報告と異なる。
あれは、集落に出現した猟犬よりも上位の存在なのだろうか?
獣の足元に転がる血まみれの部下の鎧が視界に移り、怒りが僕の心を乱す。
僕は街中を駆け、獣の足元へと躍り出る。
そして剣を構え、建物の2階の屋根を有に超える大きさの獣と対峙する。
我が家に代々伝わる自慢の愛刀【ガラティン】を抜き放つ。
剣の刃は暗闇でも淡く光りを放っている。
この剣ならば精神獣をも傷付ける事が出来るはず。
僕は剣を両手で強く握り、獣に刃を向ける。
しかし深夜か・・・剣の輝きが薄れて剣自体の重量が増している。
少し不利になるが、やむを得ない。
剣の輝きに吸い寄せられるように、漆黒に窪んだ空洞の中で燃えるような赤い眼光が僕を捕らえる。
巨大な黒い獣が低く唸り、物凄い速さで目の前に跳躍して来た。
その鋭い爪が風を切り裂き周囲の建物を薙ぎ払う。
剣先と鋭い爪が接触し、重い金属音と夜闇の中に火花が飛び散る。
ギィィン!!
右前脚の爪による斬撃を剣で払い、同時に脚の側部を斬りつける。
・・・浅い!
僕はすぐに後方に飛び、獣から距離をとる。
しかし獲物を追う鋭い牙が、僕を逃がす事を許さなかった。
一瞬だった。
防いだ剣に重みを感じた瞬間、全身が吹き飛ばされ建物の外壁に叩きつけられる。
軽装備では防ぎきれない鈍痛が背中に重く響く。
「グハッ・・・!」
石造りの外壁に罅が入る程の衝撃が全身を駆け巡る。
剣の本領が出せない時間帯とはいえ、力の差がここまでとは・・・
「まだだ・・・」
この剣は太陽の光を浴びて力を増す特殊能力がある。
しかし夜間の為、攻撃力が半減しているのだ。
せめて朝日が昇れば・・・・
「レヴィン殿、助太刀する。」
「・・・あの時の獣!」
レウケ様とネイ様が後方に現れる。
ば、馬鹿なネイ様にはラルクの護衛を任せたのに・・・何故来たのか!?
彼女の行動に少しだけ苛立ちを覚える。
「ネイ様!ラルクの警護をお願いしたじゃないですか!?」
僕は獣を睨んだまま、彼女に対して罵声に似た叫びを上げる。
痛みと恐怖がそうさせたのか自分でも分からない。
「大丈夫だ。余と彼女で二重の結界を張った、ラルクは安全だ。それにその古代妖精種の女性はあの獣に因縁が有る用でな・・・。」
レウケ様が僕の言葉に対して応答する。
結界といっても万能ではない、もし獣が囮や陽動で本来の狙いがラルクの命だった場合は詰みだ。
今からでもラルクの元に戻るか・・・?
否、逆にこの獣を"獲物"の元へ誘導するようなものだ。
今は結界の強度を信じるしかない。
そう考える事で精神を落ち着かせると、少しネイ様に対して罵声を浴びせた事を後悔する。
不意にネイ様に視線を向けると、彼女は今までに見た事の無いような怒りに満ちた表情をしていた。
故郷を破壊した獣に対して、憎悪に似た強い怒りを感じているようだ。
彼女も冷静さを失っている・・・これでは連携は難しいかも知れない。
2人は長杖を構え、魔法詠唱を始める。
僕は立ち上がり、正面から獣に向かい走り出す。
ネイ様とレウケ様に無茶をさせる訳にはいかない。
ここは僕が前衛として囮役になるしかない!
「うおぉぉぉぉ!!」
剣に魔力を集め特殊技能を発動する。
獣も僕の動きに反応し、素早い動きで応戦して来る。
獣の左前脚を特殊技能【ライトニングセイバー】で一閃する。
巨大な爪の斬撃もろとも左前脚を斬り飛ばす。
更にネイ様が上位魔法を発動し、巨大な2対の電撃の龍を放つ。
左腕を失った獣が電撃を回避しようとした進路上に、巨大な岩の槍がそそり立ち遮る。
レウケ様が放った土属性の上位魔法か!
「グワオォォォォ!!」
瞬間的に退路を塞がれた獣は電撃の龍に貫かれ、周囲に響き渡る咆哮をあげる。
それと同時に、その大口から炎を司る上位魔法を周囲に撒き散らす。
衝撃と共に着弾した火球が周囲の家屋に移り、一気に燃え広がる。
クソッ!街に被害が広がる!
住民の避難はどうなっているんだろう。
様々な考えが頭の中で渦巻き、集中力が散漫になってしまう。
そう思った矢先に、この国の闇妖精種の魔法師団が現れ、周囲の火災を氷属性魔法で鎮火し始めた。
更にに騎馬に乗ったタロス国の兵士部隊が現れ、獣を取り囲むように整列した。
魔法師団に騎馬隊含めて、ざっと60名か少ないな。
・・・主力部隊は城の守りに回っている可能性があるな。
騎馬隊は僕等の姿と周囲の惨状を確認すると部隊長と思われる人物が叫んだ。
「突撃開始!!」
ルーン文字の刻まれたグレートランスを構え、獣に対し3組の騎馬隊が並列して突撃を掛けた。
しかし騎馬隊の突撃はあまり効果が無く、鋭い爪と牙の餌食となる。
ルーン文字で守られた鎧の防御力は優秀そうだが、あの武器の攻撃力では獣を倒せそうにない。
それに先程、僕が斬り飛ばした左前脚も既に再生している模様だ。
・・・厄介だな。
騎馬隊の攻撃に獣が怒りを露わにしたように大暴れをする。
家屋の鎮火に当たっていたタロス国の魔法師団も鋭い鍵爪で切り飛ばされた家屋の瓦礫が砲弾のような速度で直撃し壊滅していく。
駄目だ・・・動きが速過ぎて、とても対応しきれない。
騎馬隊が獣の間近で乱戦をしているので、ネイ様が魔法を放てないようだ。
レウケ様も部隊の指揮を取ろうとしているが、現在の状況的に第3王子と気付かれて無いように見える。
まずいな、これではますます連携が取れない。
騎馬隊の捨て身の攻撃で獣の素早い動きを封じ始めていたが瞬間的に獣の姿が建物の角に吸い込まれるように入り消えてしまった。
何が起きた!?
ヤツは何処だ!?
一瞬の混乱と迷い。
刹那、僕の背後に巨大な獣の気配が現れた。
――――空間転移か!?
それに気付いた時、既に遅いと感じる。
形容しがたい生臭い吐息が背後から押し寄せる。
まずい!やられる!!
瞬間、背後から強烈な打撃と斬撃を同時に受け跳ね飛ばされた。
転移先に騎馬隊が追い付いたが、統制の取れていない部隊は獣の爪で一掃される。
ルーン文字の刻まれた高防御力の鎧を着用した騎馬隊でも致命傷に近い深手を負っているように見えた。
背中が熱い・・・背中から流れ落ちた自分の血液で地面が染まる。
・・・本国から聖騎士の鎧を持ってこなかった事を今更になって後悔する。
立ち上がろうと顔を上げるとネイ様とレウケ様が獣の両腕に抑え込まれ、苦痛に満ちた表情を浮かべていた。
その姿は獣が小動物を弄び、苦痛に歪む獲物を見て満足しているかのように映った。
助けに行かなければ・・・このままでは2人共殺されてしまう。
しかし、背後から受けたダメージが大きくて立ち上がる事が出来ない。
絶対絶命という言葉が脳裏を過る。
くっ・・・ここまでなのか・・・・
応援ありがとうございます!
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