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ルーン技師見習い編

015話 ルーングラディウス

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◆◇◇◇◇◇


工房の部屋が何度も大きく揺れる。
さっき"以前似たような事があった"と感じた事柄を思い出した。
集落であの黒い獣が出現した夜もこんな轟音が聞こえて来たのが始まりだった。

まさか・・・

嫌な予感が脳裏を過る。
外の様子を確認したいが、この部屋は防音性を高める目的で窓が存在しない。
その為、外の状況を一切確認する事が出来ない。

しばらくすると、レウケ様が戻って来る。
その後方に暗い表情のネイの姿も見えた。

「外で問題が起きた、今からこの部屋に障壁結界を張る。お前は外に出るんじゃないぞ!」
「一体何があったんですか?」

どうも嫌な予感が拭いきれず、外の様子を尋ねてみた。
レウケ様が一瞬、口籠る。

「・・・集中を解くな!せっかく費やした時間が無駄になるぞ。」
「は、はい。すみません。」

それは分かっている、けれど・・・
このも言われぬ不安が拭えない。
断言出来るのは、レウケ様が焦る程の事態が外で起きているのは間違いない。

そしてネイは部屋の四隅に何かの模様を書き込み魔法スペルを発動した。
部屋全体を白い壁のような物が薄っすらと包む。

「・・・大丈夫。私が守るから。」

優しい言葉を紡ぐ彼女の表情は普段と違い暗く険しい。
出来れば、こんな表情を彼女にはして欲しくない。

ネイの魔法スペルに重ねるように、レウケ様が別種の模様を書き込み新たな魔法スペルを上書きした。
こうして、この部屋全体を白と紫のドームの様な物で覆ったように見えた。

唐突にネイが後ろから僕を強く抱きしめる。
・・・うわわ、なんだ!?
虚を突かれた僕は、どうして良いか分からず緊張して固まる。
後頭部に彼女の頭部が当たり、背中に彼女の体温が伝わって来る。

「この部屋にいれば安全なはずだ、お前はその作業を続けるんだ。」

ネイに抱きしめられている僕にそう言い残すとレウケ様は急いで部屋を出て行った。

フッ・・・と背中に感じていた重みが無くなり、レウケ様を追うようにネイも部屋を出て行った。
僕は魔力マナの注入を続けながら、振り向く事の無かった彼女の背中を見つめるしかなかった。
・・・・絶対にただ事ではないはずだ。

持っている剣を再度確認する。
現在、5文字目の半分が刻み込まれている。
・・・早く完成させなければ。

僕は不安な気持ちを振り払い、目を瞑って改めて集中する。
この剣に5文字のルーンが刻まれて完成した姿を思い浮かべる。

薄青い刀身に赤い5つのルーン文字が輝くその姿はとても美しく、僕の脳内で映像化される。
この剣をレヴィンのような強い剣士が振るい、華麗にモンスターを討伐する。
英雄・・・この剣を持った者が、そう呼ばれる日の想像だ。

その時、自分の中の扉のような物がほんの少しだけ開いた感覚を覚える。
感覚的に1ミリとか2ミリとか、本当に僅かな隙間だ。
その隙間から、とても暖かい光のようなモノが溢れ出してくる感じ。
その光が急速に体内を通り、全身に魔力マナが巡る。

閉じたまぶたの外で剣が光輝いたような気がして、目を開ける。
すぐに視界に入ったのは、5文字のルーンが刻まれ美しく輝くグラディウスだった。
それはルーンを刻む前とは別の・・・明らかに違う剣に見えた。

「で、出来た!?」

自分でも驚いた。
完成予定時間よりも断然早い。

刻んだルーンは「ウル」「ケン」「ニイド」「イス」「ティール」の5文字。
ウル:荒々しく大きなエネルギーを意味する。
ケン:炎属性。情熱的な勇気や行動力を意味する。
ニイド:大切なものを守る力がある。
イス:氷属性。停滞を意味する。
ティール:実力を発揮し勝利に導く力。

特に取り柄がなかった自分にこんな立派な剣を造る能力があった事に改めて驚く。
これが最低300万ゴールドの価値がある剣か・・・。
自分で造っておいて言うのも可笑しな話だけれど、剣の世間的価値が信じれなくて思わず溜息が漏れる。
完成したという実感よりも"出来てしまった"という感覚。

これを10本造れば3000万ゴールド。
僕の人件費を無視して全部ストレートで作成して廃棄ロスが無かったと仮定して・・・ミスリル鉱のグラディウスの原価を踏まえて純利益率は・・・

ハッ・・・!
今から何の皮算用してるんだ!?
雑貨屋の経験からくる悪い癖が出てしまう。

僕は改めて自分の造った剣を見つめ感慨深い思いに耽っていると、再度部屋全体が大きく揺れた。
そうだ!外で何かが起こっているんだった。
レウケ様とネイはこの場所を動くなと言っていた。
・・・しかし、建物の揺れは一向に治まる様子は無い。

それに何より部屋に入って来た時のあのネイの表情が気になる。
何だか悲し気で、そして怒りに満ちていたように感じた。
彼女の表情はフェイル村長を殺されて、それでも逃げるしかなかった・・・あの時の表情にそっくりだった。

僕は意を決して結界の張られた部屋を出る。
工房内に人の姿や気配は無い、従業員はどこかに避難しているのだろうか?
1階の窓から外を見ると近くで火災が起きているように見えた。
しかし、死角が多すぎて街で何が起きているのかまでは分からなかった。

僕は建物の階段を駆け上がり、4階にあたる工房の屋上へと走った。
所々に設置されているランプが消えており、無人の薄暗い工房内は不気味な雰囲気を漂わせていた。

屋上に着き勢い良く扉を開いた僕は、その光景に驚愕する。
この工房を取り囲む建物が倒壊し、広範囲にわたって火災が発生していた。

ズウゥン!

一際大きい音が鳴り建物全体が大きく揺れる。
この建物の真下辺りから響いて来たように感じ、確認する為に下を覗き込む。
建物のすぐ下の裏路地側に集落を襲った黒い獣の姿が見えた。

ドクン・・・
恐怖心から心拍数が一気に高まる。

良く見ると周囲には襲われ斬り裂かれた人々の死骸と大量の血液が壊された街に飛散していた。
集落で見たあの凄惨な思い出と、現在の状況が重なる。

「な、なんで・・・なんでいるんだ。」

以前襲われた記憶が蘇り、思わず足が竦む。
あの黒く禍々まがまがしい姿は決して忘れる事が出来ない。

しかし、そんな僕の視界に、傷付いて瀕死になっている人影が見えた。
袋小路を背もたれに倒れる男性と獣の両前脚に抑え込まれている2人の人影が見える。
路地裏は暗く、破壊された建物が燃える炎だけが周囲を照らしている。

暗くて見難い・・・人影は動いている、辛うじて生きているようだ。
あ、あれは!?路地に倒れる男性の姿と服装に見覚えが有った。
それは背中に大きな傷を負い、血だらけとなったレヴィンの姿だった。

そして獣の前足で抑え込まれているレウケ様とネイが見えた。
獣は全体重をかけるように2人を圧し潰し、レヴィンは深手を負って立つ事すら儘ならない様子。

助けなきゃ、皆殺される・・・
でも、どうやって!?

心に刻まれた恐怖が沸々と蘇る。
恐い、恐い・・・けど!
僕は無意識に出来上がったばかりのルーングラディウスを握り締める。
その時、鞘の隙間から一筋の光が漏れた。

それに気付いた僕が剣を抜くと、「ニイド」の文字が赤く染まり一際大きく光り輝く。

ニイド・・・確か"大切な者を守る力"。
――大切な人達、大切な友人。

それぞれのルーン文字には意味があり、意思の強さでその力を最大限に発揮するとレウケ様が教えてくれた。
僕はそれぞれに刻まれたルーン文字の意味を強く意識する。
その瞬間、ルーングラディウスに刻まれた全てのルーン文字が赤く輝き始める。

・・・凄い!
魔力マナがルーン文字を通して想いの力に変わる。
レヴィンをレウケ様を・・・そしてネイを助けるんだ。
そして、フェイル村長や集落の人々の仇を打つ!この手で!!

大丈夫だ!絶対に!
強く、強く信じるんだ!
完成前に見た英雄の姿を自分に重ねる。

僕は強い決意をもって、真下に居る黒い獣を目掛けて剣を構えたまま飛び降りた。
自分でも信じられない行動力が自然と体を突き動かす。
そして戦いを決意した勇気に恐怖の感情が少しずつ勝っていくような不思議な感覚を覚える。

”ニイド"が大切な人を守る力を高めてくれている。
"ケン"の文字が僕の中の勇気を強く意識させている。
"ウル"が強大なエネルギーとなり力を与えてくれる。
"イス"が想いをより自分の中に強い意思に留める。
そして"ティール"が勝利へ導く、そう確信を与えてくれる。

全てのルーン文字が赤く輝き、信じられない程の力が溢れ出る。
その気配に気付いた獣が上空から見下ろす僕を見上げる。

「うわぁぁぁぁあああ!!!」

獣と眼が合い自身の記憶の中に大きく影を作る恐怖を振り払うように僕は雄々しく叫ぶ。
そして獣の眉間を目掛けて自由落下速度にまかせ、思いっきり剣を振るった。

ルーングラディウスの光り輝く刀身が獣の眉間に直撃する。
重い衝撃が両腕に掛かり全身を駆け巡る。

剣の刃が触れた眉間が一瞬で凍り獣の頭部を砕く。
そして追撃の炎が獣を眉間から頭部全体を包み焼き尽くした。
赤い炎に包まれて尚、傷口の氷は溶ける事無く傷口から内部を侵食しているように見えた。

ガキイィィィィィン!!

その瞬間、ルーングラディウスが目の前で砕け散る。
どうやらこの剣の性能を最大限以上に引き出し、耐久限界を超えたようだ。
剣が砕けると同時に獣の頭部全体が木っ端微塵に弾けて黒い霧のように消滅する。

黒い霧から強烈な空気圧のようなモノが発生し、その衝撃で僕の体は軽々と吹き飛ぶ。
そして受け身を取れないまま地面に叩きつけられる。
頭部を失った獣の体も黒い霧へと変わり、やがて蒸発するように消滅した。

剣が砕けた瞬間、ルーン文字の効果が消滅したようで身体強化が解けた僕は一気に全身の力が抜けた。
・・・全身が物凄く痛い。
獣と接触した際に最上階から落下した衝撃が軽減されたとはいえ、受け身を取れずに落下したんだから当然だろう。

霞む視界の中でネイとレウケ様が駆け寄ってくるのが見えた。
獣と対峙した恐怖と製造過程の疲労と友人を救えた安堵感が一気に押し寄せ、僕はそのまま眠るように意識を失った。




気が付いたら僕は宿舎のベッドの上だった。
部屋の外から木槌を叩くような音が聞こえる。

ああ、そっか。
壊れた街の修繕が行われているのか。

体を起こすとベッドにしな垂れかかるネイの姿が見えた。
僕の左手を握りながら眠っているようだった。

窓の外には夕日が見え、壊れた街をオレンジ色に染めていた。
自分があの巨大なモンスターを倒したのか。
何だか実感が湧かない・・・ほぼ100パーセント剣の力によるものだからかな。
思い出し武者震いとでもいうのだろうか?
今になって妙な高揚感が襲って来る。

普段の僕なら立ち向かう勇気や行動力なんて湧かなかっただろう。
そうだ、勘違いしてはいけない。
僕自身が強くなった訳じゃないんだ。

「・・・ラルク?」

考え事をしていると、不意にネイが目を覚ました。
彼女は瞳をカッと見開いたと思ったら勢い良く飛び付き抱きついて来た。
そして痛いくらい強く抱きしめられる。

またしても虚を突かれた。
正面から女性に抱き着かれた事なんて初めてだったので全身が硬直する。
ネイの匂いと体温を感じる。
普段ならドキドキするんだろうけど、今はなんだか落ち着くというか心地良い。

「・・・・心配したから。」

彼女は泣いているのか肩が少し震えている。
気の利いた言葉が見つからず、アタフタしてしまう。

その時、ガチャリと部屋のドアが開き。
リアナ先輩とカルディナ先輩とレウケ様が立っていた。
先輩達は抱き着かれている僕を見て、ニヤッと笑ったかと思うとそっと扉を閉じた。

「ちょっ!!先輩!!」

僕が叫ぶと再度扉がゆっくりと開き口に手をやってニヤニヤした先輩達が見えた。
今度は羞恥心のような感情が湧いてくる。
・・・少しは僕の心を休ませてくれ。

「いやぁ~お邪魔化と思いまして。」
「うんうん。」

カルディナ先輩が揶揄からかうような流し目を送り、リアナ先輩が同意して深く頷く。
それを聞いてかネイはそっと体を離し、ベッドの横の椅子に座り直した。

「体調は良さそうだな。お前には本当に色々と驚かされる。」

レウケ様は呆れたような、それでいてどこかホッとしたような表情で話す。
その後、無茶をした事を少しだけ注意され、それ以上に助けた事を感謝された。
先輩達は安全な場所に避難していたらしく怪我は無いと話していた。

「ラルク君の雄姿を見たかったな」と先輩達が盛り上がる。
ふと目をやると先輩達がそれぞれ剣を抱えていた。

「先輩、それは?」

先輩達は「にひひ!さっき出来たんだ!」と笑い剣を鞘から少しだけ抜く。
そこには見事に刻まれた3つのルーン文字が見えた。
凄い、3文字刻みに成功したんだ!

「先輩おめでとうございます!」

「ありがとう!」
「ありがとうございます。でもラルク君は5文字刻みを成功させたんでしょう?見たかったですわ。」

僕も皆にあの剣を見て貰いたかった。
自画自賛のように思えるけれど、あの剣を握った時に感じた強い想いの力とそれに呼応して輝く美しい刀身、そしてあの黒い獣をも一撃で倒せる攻撃力。
本当に素晴らしい武器だった。
・・・砕けて消滅したのが残念でならない。

「あ、ええ。・・・でも壊れちゃいました。」

僕の造ったルーングラディウスは黒い獣を倒すと同時に壊れてしまった。
今では夢だったんじゃないかと思ってしまう。

「見事な剣だった。お前はいずれ歴史になを残す名工になれるだろう。」

レウケ様が僕の頭を乱暴に撫でる。
僕はレウケ様の言葉の重みを受け止め、そして嬉しさで笑った。

その後、レウケ様が事の顛末を話してくれた。
宿舎で寝ていた皆は工房の従業員と一緒に街の地下に有る避難所へと移動していて無事だったようだ。
街を破壊した黒い獣の被害は甚大で、死傷者40名以上。
しかし獣が暴れたのが、この工房の付近のみだったので国全体で見ると被害は軽微だったと判断されているらしい。
しかも朝日が昇る前に起きた事件だったので、この国の半数以上の住民は気付いて無かったらしい。

そして、ここ最近街で怪しい人物達の目撃例が多数あったので組織的な犯罪の可能性があると話していた。
前日には屋台通りで周囲を破壊しながら素早く動く小型生物と、それを追いかける美しい女性の姿が目撃されていたりと街の至る所で騒ぎが起きていたらしい。
・・・結局原因は不明で現在、国を挙げて調査中だと言う。

事件に巻き込まれた当事者のレウケ様もこれからレヴィンと共に王宮に向かわないといけないらしい。
姿が見えないがレヴィンも無事だったようで安心した。

「では、は行く。お前は明日1日ゆっくりと休むと良い。」

「分かりました。ありがとうございます。」

少し話をした後、レウケ様と先輩達は部屋を出て行った。
しばらくして入れ替わるようにレヴィンがやってきて、お礼を言われる。
傷は魔法スペルで治したようで、普段通りの笑顔で安心した。

「本当に助かったよ。それにしても、あの剣を振りかざした君の雄姿は本当に凄かった。」

「ありがとう。レヴィンが無事で本当に良かったよ。」

こうした何気無い様な会話が、なんだか温かい。
友人の無事な姿を見れる事は幸せな事なんだと改めて思った。

「自信を持って良いよ、君はこの街を救った英雄だ。そして僕達の命の恩人だ。」

・・・僕が英雄?
レヴィンの言葉を聞いて少し胸の高鳴りを感じた。
なんだろう、正直照れ臭い。

ネイが僕の手を握り「・・・ありがとう。」と小さく呟き優しく微笑む。

・・・初めて感じる気持ち。
達成感や満足感とでもいうのか・・・形容しがたい想い。
その感覚を今の僕には言葉に出来ないけれど、今まで生きて来た中で1番充実感を得た瞬間だった。
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