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ホウシェン国編

050話 大海原の嵐

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山際にある洞窟の内部を下へと進むと地底湖のような場所に出る。
そこには10名程度が乗れる錆が目立つ古い鉄製の小型船が停泊していた。

「・・・本当に大丈夫なのか天音?」

「こっちの事は気にしないで、上手く収めるから。それよりも貴女は上手くやりなさいよ?一緒に居れるようにお膳立てしてあげたんだから。」

「・・・うん、私頑張るよ。」

桜と天音さんが別れの挨拶をしているようだった。
この国で刀鍛冶の技術を学べなかったのは残念だけれど、今は急いで出国した方が良さそうだ。

「おい!何やってんだ!行こうぜ!」

逸早く船に乗り込んだスピカが、どこからか入手した海賊の船長が被るような帽子を頭に乗せて僕らに乗船を急かす。
明らかにサイズが不釣り合いなのか被っているというより、背負っている感じだ。

「さぁ!ラルク、行きましょう。」

僕は桜に手を引かれ船に乗り込む。
彼女はこんな形で故郷を出る事に抵抗や躊躇は感じないのだろうか?

「全員乗ったぜ先輩!」

「よし!出航だ!」

この船は魔力マナを動力とするらしく、舵を握るスピカの小さな手が輝く。
そしてゆっくりと船が前進を始める。

今や電動エンジンが主流なのに随分と古い技術が使われた船だな。
まぁ見た目通りと言えばそうなんだけれども。

「ラルク君!」

天音さんが船を目掛けて何かを投げて来た。
僕はその長細い物体を両手でキャッチする。

それは、黒い鞘に納められた50センチ位の刀だ。
これはこの国で小太刀っていう名前のショートソードのような武器だ。

「餞別!桜の事をお願いね!!」

「は、はい!」

屋敷からこの洞窟までの案内中は彼女が僕に話し掛ける事は無かった。
先の拉致の件で、お互いにどこか気不味かったからだ。

彼女は少し寂しそうな笑顔で手を振っていた。

その視線の先に映るのは僕では無く桜だった。
桜もまた少しだけ優しい笑顔で腕を組んで対岸を見つめていた。

「ラルク、それを見せてくれませんか?」

「あ、うん。」

桜は小太刀を受け取ると鞘から抜き放ち少し驚いた表情を見せる。

「これは【五月雨さみだれ】。最高峰の・・・いえ、里で安置されていた伝説級の武器です。」

彼女が言うには忍衆の里に伝わる伝説の武器で桜の武器と同様に壊れないと伝わる一品らしい。
桜が言うには、彼女なりの"詫び"のつもりなのでしょうと話す。

"詫び"と言うには随分高価な物だと思う。
この刀を使いこなせるくらい強くなれって事のように思えた。

1本道の洞窟を抜けるとホウシェン国の南端の海へと出る。
結局3日間という短い滞在期間だったが、濃い経験が出来たような気がする。

国によってはスピカ達のような喋る黒猫もモンスターや魔物として扱われるのは、ある意味発見だったし武器の製法も大きく異なるのは勉強になった。

「おい、ラルク!これからどこを目指すんだ?」

舵を握るスピカが声を上げて次の目的地を聞いて来た。
目的地と言われても、着のみ着のまま出航したので当然ノープランだ。

僕は自分の記憶の中の地図を広げ大体の位置を想像する。

1番近い場所は僕達が来た南極大陸のタクティカ国、そして北西方向は故郷のアルテナ国の存在するガルダイン大陸。
しかし、この小さな船ではガルダイン大陸までの航路は食料や荒れた海流地帯を越えれるとはとても思えない。
南東に舵を切って貰い、1度タクティカ国に戻るのが安全策だと思う。

「1度タクティカ国へ戻ろう。この小型船でも3~4日間あれば戻る事が出来るんじゃないかな?」

「ケホッ、それが良いかもな。この船の倉庫を見て来たが食料は少なかったぜ。」

蜘蛛の巣まみれのレオニスが船の甲板に顔を出した。
甲板の下がエンジンルームと倉庫になっているようで、レオニスが中を見回っていたみたいだ。

この船は元々小型の海賊船だったらしく、海図と錆びた武器に少しの食料が積んで有るだけだったようだ。
食料は節約しても保存食で約1日分、それ以外は酒の樽1つあるだけらしい。

真水は生活用の魔法スペルでどうとでもなるけど、食料は海で調達するしかないかも知れない。
それよりも、なんの成果も得ないまま7日間弱で国に戻る事になるとは、なんとも情けないと言うか見送ってくれた皆に申し訳ないような気がする。

少しだけ重い気分を感じながら海を眺めていると水平線の彼方が輝き始め、やがて太陽が顔を見せ始めた。
海の輪郭が光に照らされて明確に見え大きな光がせり上がる様は、いつ見ても壮大でこの世界の広さと自分の小ささを教えてくれる。

「お~い!ラルク!ヘルプ!!」

思わず溜息を漏らす僕に向けてスピカが助けを求めて来た。
後方に目を向けると舵にしな垂れ掛かってグッタリしているスピカがいた。

僕はスピカと操舵手を替わり、スピカはノソノソと僕の頭に昇りぐったりと寝そべる。
ただの魔力マナ切れという訳では無く、とても体調が悪そうだ。

「やっぱり食べた"者"がスピカ殿の体調に影響を与えているんですか?」

「・・・かもな?食あたりだろ。」

桜とレオニスもスピカの体調を心配しているようだった。

2人の話ぶりだとスピカは食物による体調不良じゃないかと話していた。
スピカでも食物で体調崩す事があるのかと少しだけ驚いた。
2年近く一緒に暮らしてきたが、こんなに弱ったスピカは初めて見たかも知れない。

「それよりも、北の空が気になりますね。・・・嵐が来そうです。」

桜が心配そうに北の空を眺める。
日が昇るまで気が付かなかったが北の方角には巨大な黒雲が空全体を覆っていた。


――数時間後。


桜の嫌な予感はズバリ的中する。

巨大な黒雲を暴風が誘うように船に追い付き、僕らの船は瞬く間に嵐の中心へと飲まれてしまった。
空には雷鳴が轟き、高波が船全体にぶつかる。

大波に揺られて船体が大きく揺れる。
船の操縦が初めての僕はこの状況下でどう対処して良いのか分からず焦る。

そんな中、僕は一つの案を思い浮かべる。

「レオニス!少し舵を変わってくれないか?」

「良いけど、どうすんだ!?」

「上手くいくかは分からないけど、この船にルーンを刻むんだ!桜はスピカをお願い。」

「わ、分かりました。ラルクも気を付けて!」

僕は操舵室を出て大雨と暴風の吹き荒ぶ甲板へと躍り出た。
外は先程日の出を見た情景とは打って変わって、大雨と強風で酷い有様だった。

こういう嵐から船を守る場合は・・・
旅を見守る意味を持つ「ラド」と大切な者を守る意味を持つ「ニイド」を刻もう。

僕は暴風で揺れる甲板を進み船首へと辿り着き、そこにルーン文字を2文字刻み魔力マナを注ぐ。
高波がぶつかり船体が大きく左右に揺れる。
大雨で滑りそうになる足場を踏ん張り魔力マナを注ぐ作業に集中する。

程無くしてルーンが刻み終わり、船全体が大きく輝く。
よし!これで少しは安全性が強化されたはずだ。

「ラルク大丈夫ですか!」

操舵室の方から桜の声が響く。

「大丈夫!今終わりました!」

僕は桜の声が聞こえ、操舵室の方に体を向けて叫んだ。

その瞬間、大雨で濡れた甲板で足を滑らせて態勢を崩す。
タイミング悪くよろけた方向に突風が吹き、更に高波が船体を襲い逆側へ大きく揺れる。

――そして、僕の体は宙を舞った。

「ラ、ラルク!!!」

暴風の中で一際大きい桜の声が響き、目に映る場面がスローモーションのように流れる。
僕の体は暗雲と高波で濁った極寒の海へと落ちる。

流氷こそ無い海域だが極度に低い水温は僕の体温を瞬間的に低下させ、体の自由を奪う。

息が出来ない。
もがく力さえ入らない。

寒い・・・
目が霞む・・・

真っ暗な視界の中、重く絡みつく海水の中で腕を伸ばす。
しかしその手は何も掴む事が出来ず虚しく力を失った。






長い長い時間、揺り籠に揺られていたような気がする。

目が覚めると不思議な雰囲気の部屋だった。
様々な物が歪曲したように作られ部屋を隔てる扉は無く、歪んだ出入口から明るい光が漏れていた。


僕は肌触りの良い着物を着させられ丸いベッドに寝かされていた。

ズキズキ・・・

頭が痛い。
僕は頭を押さえると包帯のような物が巻いている事に気付く。
誰かが傷の手当てをしてくれたのか?

僕は改めて周囲を見渡す。
不意に入口の所に人影が見えた。

そこには長い髪の20代くらいの女性が立っていた。
僕が起き上がっているのに気付き、そのシルエットが歩み寄って来た。

「お目覚めですね、ラルク様。」

ラルク様と言う言葉を聞いた瞬間、頭がズキリと痛む。

"ラルク"って何だ?

それが最初に感じた感覚だった。
僕はその女性の問いに対する答えに困る。

ラルクって僕の名前なのか?
自分の名前を思い出せない事が恐怖となり僕の心を蝕む。

ズキリ・・・

女性は小走りで駆け寄り僕の顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?ラルク様・・・」

ズキリ・・・

「ううぅ・・頭が痛い。僕は・・・誰?」

「ラルク様、・・・もしかして記憶が?今、神官を呼んでまいります。」

心臓の鼓動に合わせるように頭がズキズキと痛む。
僕は再度ベッドに倒れ込み体を丸くして痛みに耐えるしか無かった。



再度気が付くと、あれだけ痛みを放っていた頭痛は治まっている。
目の前には初老の男性と、先程の女性が心配そうな面持ちで僕を見つめていた。

「大丈夫かね?痛みは治まったと思うのだが。」

「は、はい。もう頭痛は治まったみたいです。」

僕の言葉を聞いて初老の男性と女性はホッとした表情で胸を撫で下ろす。

「ワシは神官のフランク、この娘は聖職者のシトリーだ。君の名前を教えて貰って良いか?」

「・・・覚えて無いんです。さっき、シトリーさんがラルクって・・・あれは僕の名前ですか?」

「え、ええ。これを・・・。」

彼女は1枚の黒いカードを手渡して来た。
それは変わった色の個人カードだった。

ラルク ♂ 出身国:タクティカ国

加護:「*****」
特殊才能ギフト:「****」「****」「****」「****」

後見人
タクティカ国教皇:ユーディ
タクティカ国軍務大臣:グレイス・F・ウスキアス
タクティカ国公爵:レヴィン・S・ゴーヴァン
商人:セロ

こう記載されていた。

・・・これが、僕の名前?

でもこの個人カードは変だ。
加護や特殊才能ギフトの欄が不自然に伏せられている。

このカードを見ても特別な感情も湧かず、記憶が戻る事も無かった。
僕が自分の個人カードを眺めていると不意に部屋の入口に3人の人影が現れる。

両脇に黒い鎧を纏った兵士と、中央に高位の神官服の美しい女性が立っていた。
その姿を見たフランクさんとシトリーさんは3人に対して膝ま付く。
服装に違わない高位の人物なのだろう。

「フランクさん、シトリー御苦労様です。そして初めましてラルク様、お会い出来て光栄です。」

その美しい女性と兵士は僕に対して丁寧に頭を下げる。

それを見た僕は慌ててベッドから降りようとしてバランスを崩して倒れる。
足の筋力が衰えているのか上手く力が入らなかった。

フランクさんとシトリーさんが僕の体を支える。
自分の体が思うように動かないのが、少しだけショックだ。

「ラルク様、無理はしないで下さい。貴方は3ヶ月近く眠っておられたのですから。」

シトリーさんの言葉を聞いて僕は驚く。
僕は3ヶ月も眠っていたのか・・・・でも、どうして?

「話はまた後日にしましょう。体長が万全になるまで、シトリーが面倒を見て差し上げなさい。」

「畏まりました、お任せください。」

そう言って女性と兵士は部屋を立ち去ろうとする。
不意に女性が振り向き口を開いた。

「自己紹介を忘れておりました。私はティンダロス国の宰相をしております、デウスと申します。以後お見知りおきを・・・」

彼女はそう言って優しく微笑むと部屋を跡にした。

部屋には柔らかな彼女の香水の残り香が薄っすらと漂っていた。
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