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ティンダロス国編

051話 ティンダロス国のディガリオ

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シトリーさんの補助を受けながらトレーニングをする。
そして、数日で普通に歩行出来るくらいに筋力が回復をした。

理由は分からないが僕は海を漂流していた所をティンダロス国の貿易船に助けられたと言う話だった。

僕の持っていた個人カードは各国の要人が持つような特殊な物で、収容された病院と神殿で治療を受けた後ティンダロス城へと運ばれたらしい。
自分では全く覚えが無いが、僕はタクティカ国の高い地位の人物だと言う話だ。

海難事故に遭ったのか全身に切り傷や打撲跡があり、低体温で仮死状態のまま海を漂っていたようだ。
その時の影響からか記憶に障害が起きている可能性が有ると、この城に従事する医者と神官が話していた。

僕の持ち物は腕に絡まった高価な剣が1本と、首から下げていたペンダントと特殊な個人カードのみだったらしい。
どれもボヤッと見覚えは有るが、僕の記憶を明確にする鍵にはならなかった。

「ラルク様、そろそろお時間です。」

「はい、分かりました。」

今日は以前出会ったこの国の宰相のデウス様と会う予定になっていた。

僕はシトリーさんの案内で応接室へ通された。
この部屋にも扉は存在しない、歪んだ入口が開け放たれている。

この国の物はとても風変わりな造形をしている。
部屋の造り、家具や装飾品に至るまで全てが歪んでいるのだ。
どの品物も上下左右非対称に造られており、シンメトリーな造形物は何一つ見当たらなかった。

この不思議な造りの事をシトリーさんに聞いてみたが、彼女はこの国の生まれでは無いらしく詳しくは知らないと話していた。

芸術的と言えなくも無いが何とも落ち着かない。
その為かどうか分からないけど、視界から入る情報が安心感を阻害している気がする。

暫くすると黒い鎧を纏った騎士とデウス様が部屋へと入って来た。
煌びやかな衣装に身を包み、真直ぐ伸びた背筋と衣装の隙間から覗く色白の長い素足は思わず目で追ってしまいそうな美しさを誇っていた。

彼女の入室に合わせてシトリーさんが手早く紅茶の準備を始める。

「お待たせしました。お久しぶりですねラルク様。」

彼女は優しい笑顔で微笑む。

その笑顔は世の男性なら誰もが魅了されるような美しさで、思わずドキドキと心臓が高鳴る。
まさに「絶世の美女」という言葉がぴったりな容姿とスタイルをしていた。

「改めて自己紹介をさせて頂きます。私はティンダロス国の宰相をしているデウスと申します。ラルク様の事は失礼ですがお持ちの個人カードで拝見いたしました。」

彼女は真直ぐ僕を見つめ話をする。
一部の隙も無い澄んだ金色の瞳に吸い込まれそうになり、組み交わされる美しい足に視線が泳ぐ。
まるでモンスターの「サキュバス」に魅了されているような錯覚に陥る。

「タクティカ国には書簡を郵送しておりますので、連絡がつくまでゆっくりとこの国で滞在して下さい。」

「はい、お世話になります。しかし僕には持ち合わせが無くて・・・武器を持っていたらしいのですが、御恩を返せるとすればその武器を差し上げるくらいしか出来ません。」

「そこは気にしなくても宜しいですよ。それよりも記憶障害と言う話をお聞きしましたが、お加減の方は如何ですか?」

デウス様は心配そうな表情に変わる。
シトリーさんが温かい紅茶をテーブルに並べ、僕の後ろに立ち待機をする。

「・・・それが全く思い出せなくて。自分の名前すらも違和感があるくらいです。」

「そうですか。私やシトリーに出来る事があれば、何なりとお申し付け下さい。」

彼女の優し気な笑顔が眩しい。

どう見ても10代後半から20代前半にしか見えないが、この歳で国の最高位の宰相の位に就いているという事は貴族の中でもトップクラスの才覚の持ち主に違いない。

「今日はこれからご予定はございますか?」

「いえ、筋力トレーニングのリハビリくらいです。」

「もしご迷惑でなければ、私が街を案内したいと思うのですが如何でしょうか?」

突然の申し出に少しだけ戸惑ってしまう。

宰相自らが街の案内というのが意外過ぎて、いささか抵抗を覚えたからだ。
彼女が絶世の美女というのも要因の1つだと思う。

「・・・駄目でしょうか?」

対面に座る彼女は少し前屈みになり、上目遣いで僕を見つめる。
その姿勢から彼女の放漫な胸の谷間が衣服の隙間からチラリと見え、視線が自然とそちらへ向いてしまう。

「い、いえ。そんな事は・・・無いです。宜しくお願いします。」

まだ2回しか会ってないのに僕は彼女の美しさに完全に魅了されていた。

「では、1時間後に城の入口でお待ちしております。」

彼女はそう言って部屋を後にした。
僕はシトリーさんと部屋に戻り、彼女が準備した衣装に着替える。

「シトリーさんも一緒に来て下さるんですよね?」

「いいえ、私は別の要件を申し使っておりますので。」

シトリーさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
・・・って事はデウスさんと護衛の騎士2人で出かけるのか。

記憶を失う前はどうだったか知らないが、今の僕は多分激しく人見知りな方だと思う。
無口な黒色フルプレートの騎士2人を従え、宰相で絶世の美女と共に街をねり歩くのは難易度が高いと感じてしまう。

・・・なんだか急に緊張してきた。

「ラルク様、少し早めに行かれた方が良いかと思われます。デウス様は基本30分前行動を基準にされておりますので。」

シトリーさんが軽く耳打ちする。

その言葉を聞き、僕は壁掛けの時計に目をやる。
歪んだ時計の針の先を見ると、先程の会話から既に30分以上経過していた。

・・・ヤバイ!
僕は急いで城の入口を目指した。

走れるようになったものの、体力不足が顕著に表れ簡単に息切れを起す。
心拍数が急上昇し熱い血液が全身を巡る。

城の入口に着くと、白いワンピースに身を包んだデウス様の後ろ姿が見えた。
特徴的な緑色の長い髪で彼女だと直ぐに分かった。

「ハァハァハァ・・・ごめんなさい。お待たせしてしまいました。ハァハァ。」

両膝に手を付き前屈みで息を整えようとする。

不意に額に流れる汗をハンカチで拭かれる。
デウス様が自身のハンカチで僕の汗を拭ってくれているようだ。

驚いて顔を上げると、彼女の美しい顔と至近距離で見つめ合う形になってしまった。
彼女は黙々と僕の汗を拭き、僕は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。

「大丈夫ですか?私が早く来過ぎただけなので気にしないで下さい。」

そう言って彼女は優しく微笑む。
綺麗過ぎる・・・まるで人じゃないような美しさだ。

・・・あれ?

周囲を見渡して護衛の騎士がいない事に気付く。

「護衛の方は居ないのですか?」

「ええ、折角なので2人で回りたいなと思いまして。」

あの「魅了の魔眼」とも思える美しい黄金色の瞳の上目遣いで小悪魔的な表情を至近距離で受ける。
落ち着き始めた心拍数が一瞬で上がる。

「あ、あの大丈夫です!本当に!」

「そうですか。」

僕は焦りながらも1歩後退る。
彼女は終始笑顔で「じゃ、行きましょうか。」と言って歩き出す。


ティンダロス国は街並みも凄く個性的で、白い貝殻のような見た目の建物が立ち並んでいた。
道も全て曲線で引かれており、十字路が存在しないようだった。

街の人々は多種多様な人種が住んでいるらしく、妖精種エルフ人間種ヒューマン、そして珍しい猫人間種ワーキャット狼人間種ワーウルフも見かけた。

街並みは平和に見えるが要所要所に漆黒のフルプレートの騎士が視界に入る。
それに完全武装した傭兵や冒険者の姿も多数見受けられた。

「残念ですが、もうすぐ戦争が始まるのでその準備をしているんですよ。」

デウス様は冷淡な感じで説明をしてくれた。
この国は先日アビス国の魔王軍から改めて宣戦布告の書状が届き、現在軍備増強を行っている最中だと言う。

「魔王軍ですか、確か12年前に全世界に宣戦布告をしたと聞きましたが。」

「そうですね。平和的な戦争と言うふざけた事を宣っていました。しかし、今回は事情が少しだけ違うようです。フフフ・・・」

デウス様は何故か少しだけ笑う。
それは勝利する自信があるかのように思えた。

しかし、戦争か・・・
この平和そうな街も戦火に巻き込まれるかも知れないのか。

商業地域の露天街を通り、古都のような居住区画を回り工業地域を巡る。

デウス様が手を振ると住民の皆は頭を下げ、子供達は笑顔で手を振り返す。
その姿は高い地位を鼻に掛けない器の広さと凛とした気高さを感じさせる振舞いのように見えた。

しかし、横にいる僕の姿を見てヒソヒソと何やら噂話をしているように見えた。

何だろう・・・
視線が少し痛い。

昔同じような思いをしていたような気がする。
う~ん、気のせいだろうか?

1件の鍛冶屋の前で彼女が立ち止まる。

「ラルク様はルーン技術の事を御存知ですか?」

ルーン・・・
どこかで聞いた事がある単語だけど、思い出す事が出来ない。

「お持ちのペンダントもルーン文字が刻まれてますよ。」

僕は自分が身に着けているクリスタルペンダントを手に取り観察してみる。
クリスタル内部に丸っこい花が見え、金属部分に何やら文字が1つ刻まれていた。

「これがルーン文字?」

「そうですね。我が国にも有名なルーン技師が1名いまして、御紹介します。」

一際巨大な黒い貝殻のような建物に入ると、多くの作業員が働いて居た。
デウス様は作業員に話し掛けて、2人で工房の奥へと案内される。

そこにはソファに寝そべり、大口でイビキをかいている長髪の浅黒い老人が居た。
ソファの周辺には空の酒瓶が複数転がっており、作業場内で一際異彩を放つ場所に見えた。

「・・・眠っていますね。」

「起こします。」

デウス様は掌を寝ている老人に添えて、何かの魔法スペルを使用する。
ボウゥ・・・と青い光が輝き、老人の瞼がパチッと瞬間的に開く。

「なんじゃ・・・宰相殿か。せっかく良い夢を見ていたのに。」

老人が目を覚ましブツブツと言いながら体を起こす。

長く伸びた髪の隙間から長い耳が顔を見せる。
彼は闇妖精種ダークエルフだ。

「紹介します。彼は我が国最高のルーン技師ディガリオさんです。」

「何だ改まって紹介しやがって。コイツは何者なんだ?お前さんの彼氏か?」

無精ひげを搔きながら訝し気な表情で僕を見つめる。

「は、初めまして。僕は・・ラルクと言います。」

「お前さん何者だ?魔力マナの総量が半端無いな。レア個体か?」

老人は僕の手を掴みマジマジと見つめる。

「で・・・コイツとワシを合わせて何を企んどるんだ?」

「いえ別に。ラルク様に街を御案内している最中でたまたま立ち寄ったので、御挨拶をと思いまして。御迷惑だったでしょうか?」

「・・・ふん。こう見えてワシは忙しいんじゃ。防衛用の武器も納期が近付いておるしの。」

どう見ても酒飲んでサボっていたように見えたのは幻覚だったんだろうか。
ディガリオさんは机の上に無造作に放置してあった武器を手に取り、その武器に魔力マナを込める。

剣の刃に見た事の無い文字が刻まれており、その文字が赤く光り始める。

1文字、2文字、3文字・・・

3文字全てが赤く染まった時に剣全体が輝きを放った。

「相変わらず、お見事な手際ですね。3文字を5分弱で刻めるのは世界中でディガリオさんだけでしょうね。」

「ふん、まぁな。」

僕はディガリオさんの作業風景を見て何かを思い出しそうになる。
あの光景を僕は見た事がある。

・・・いや、僕もこの作業をした事が有るような気がする。

「あ、あの!今の・・・ルーン技術を僕にも教えて貰えませんか?」

何の意識をする事も無く、僕は自然と口から言葉を発していた。
どうしてか分からないが心から今の技術を学びたいと思った。
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