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第三章

第三章-04-

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 夜になり、誕生日パーティーが開かれることになった――。
「これはこれは。撫子の花の妖精が現れたのかと思いましたぞ。相も変わらず美しい」
「まあ、お上手だこと」
(案外、男だと気づかれないものだな)
 招待客たちに笑顔で接している嵐の横顔を見つめ、輝斗はしみじみと思う。
 実際、嵐の女装は完璧だった。肩まで伸ばした緩いウェーブのかかった髪に薄紅色のチークがほんのり色づいている。ピンクベージュの口紅は艶やかで愛らしい顔立ちをより一層引き立たせた。清楚な白いドレスも様になっている。会場に可憐な一輪の花が咲いたようで、その姿を見た者たちは自然と顔を綻ばせた。
 この愛する花を手折った者こそ罰せられて当然だと、人々は悪魔に殺された加害男性を誹り、その獣によって傷物になってしまったことには一切触れず、ただ愛らしさを褒め称える。たとえそれが被害者の女性ではなく入れ替わった男性だとしても――。
 誰も嵐が身代わりになっていると気づいていない。それだけどこからどう見ても、嵐は女性にしか見えなかった。
「輝斗くん、しっかりオレを守ってね」
「ああ」
 来賓の応対を全て終えた嵐は、くるりと身体の向きを反転させた。背後に控えていた輝斗の腕に自身の腕を絡め、しなだれかかる。
「ねえ、オレってば可愛い?」
 大粒の飴玉を思わせる瞳が、確認するように見上げてきた。
「可愛い方なんじゃないか」
「えへへ、輝斗くんに褒められると嬉しい!」
 可愛いと言われて、嵐は上機嫌だ。
「女の格好をするのは嫌じゃないのか?」
「別に嫌じゃないよ。オレってば可愛いから、どんな服装でも似合うよね」
 自分で可愛いと言うくらいだ。女装も嫌がっていない。それどころか喜んでいるように思える。
「可愛いオレと一緒にいられてラッキーだと思わない? なんなら、この格好で今度デートしよっか」
 上目遣いで誘い、より密着してくる。きっと世間一般の男性は、こんな風に誘われたら鼓動を高鳴らせ、頬を上気させるのだろう。しかし、相手は輝斗である。無表情で嵐を見下ろしている。
「お嬢様、あなたのフィアンセが探していましたよ?」
 不意に、嵐を呼ぶ声がした。
 振り返ると、仕立ての良い上等なスーツを纏った長身の男性が佇んでいる。手にはシャンパングラスを持ち、襟足まで伸びた髪は綺麗に整えられていて茶色の瞳も涼しげだ。高い鼻梁に厚い唇が魅力的である。羽鳥くらいの背の高さだが、嵐とはまた違った中性的な雰囲気を漂わせた美しさだ。
「はーい。それじゃあ、いってきます」
「ああ」
 ひらひらと手を振り、嵐は客人達の輪の中で談笑している男の元へ向かった。
 輝斗はその場から動かないが、嵐を見失わないように見守っている。また周囲で不審な動きがあれば、即座に対応できるように気配を探っていた。
「あなたは、彼女のボディガード?」
「ええ」
「そう……」
 輝斗の隣に並んだ長身の男はシャンパンを一口飲むと、形の良い唇を歪めた。
「不思議だな。あなたから美味しそうな匂いがする」
「匂い?」
 嵐がつけていた香水が移ったのだろうか、と輝斗は肘を曲げて袖に鼻を近づける。その様子に、男は涼やかな声で笑った。
「ふふっ。服の匂いじゃなくて、あなたの内面から香るものだよ。芍薬ピオニーのような……とても甘くて強い香り」
「自分ではよく分かりません」
「顔立ちも好みだけど。綺麗なお人形さんみたい。ルビーを思わせる赤い瞳が特に好きだな」
「どうも」
 淡々と答える輝斗に、男は数度目を瞬かせてから微笑む。
「口説いているのに、全く動じないね」
 輝斗の耳元に顔を近づけた。
「もっと別の場所で出会いたかったな。そうしたら、ふたりきりで過ごせたのに残念だ」
 するりと長い指が頬に近づく寸前で、輝斗が口を開く。
「仕事中なんで、もういいですか?」
「やれやれ、手強いね。もう少しだけ話していたかったのだけど……時間切れかな」
 男は残念そうに肩をすくませ、輝斗から離れた。飲みかけのシャンパンをウェイターに渡すと、輝斗の肩に手を置き、そっと囁く。
「また会おう、綺麗なお人形さん。その時は、もっと色々な表情を見せてくれると嬉しいな」
 一つ笑みを残して、男は立ち去った。
(やたらと触ってくる男だったな)
 任務に関係ない、と輝斗は気にしないことにした。

     × × ×

 特に目立った問題も発生せず、そろそろパーティーも終わるという頃だった。
 突如、会場の電気が消え、当たりが暗闇に包まれる。
「嵐!」
「うわっ!?」
 輝斗は反射的に動いていた。嵐の腕を掴み、後方へ下がらせる。数秒後、どこからともなく炎の矢が飛んできた。赤い直線の光を描き、先ほどまで嵐がいた所に矢が突き刺さる。
「悪魔か!」
 ホルスターから銃を抜き、周囲を警戒する。
「さっきの炎は何だ!?」
「ちょっと、電気はまだつかないの?」
 停電と炎の矢に、会場内はパニックだ。右往左往する人々が、うっすらと見える。
「この中に敵が潜んでいるの?」
「ああ。でも、このままじゃ満足に戦えない」
 暗闇の中もさることながら、一般人も多くいる。むやみに銃を発砲するわけにはいかない。
「狙いは嵐だ。会場を出て……危ない!」
「えっ!?」
 嵐の肩越しに、炎の揺らめきがちらりと見えた。輝斗は咄嗟に左手をかざし、握り拳くらいの大きさの炎を生み出す。飛んできた矢にぶつけて相殺させると、状況が分からない人々が悲鳴を上げた。
「敵は、嵐の居場所を正確に捉えている」
「それって不味くない?」
「ひとまず、俺たちは会場を出た方が良さそうだな……っ!?」
 背後で殺気を感じ、輝斗は嵐を抱き寄せて横に飛ぶ。風を切る音がして、足元に数本の矢が刺さった。一定方向からではなく、敵も混乱に生じて位置を変えていて対処がしにくい。
「また攻撃してきたし! そっちがその気なら、こっちだって……!」
 嵐は目を閉じ、意識を集中する。まぶたの裏で、ぼんやりと人の形がいくつも浮かんだ。温度を感知するサーモグラフィーのようなおぼろげな姿だが、近くにいるのはパニックになっている屋敷の者と客人たちだろう。右往左往する中、近くで大きな弓を構えている者がいる。
「輝斗くん、惨事の咆哮に敵がいる!」
 目を開け、敵の居場所を知らせた。
「了解」
 即座に輝斗は嵐を抱き寄せて、攻撃が当たらないようにする。
「嵐、出口を教えてくれ」
「分かった」
 嵐のクラフトは加速ヘイストと予知能力だ。それは未来を読み取る力ではなく、予測感知に限定され、どの方向から攻撃してくるのか予測することに特化していた。また敵の数や障害物など知覚に限られるが、暗闇でも感知することが可能だ。
「左から人がくる。あっ、今度は右から飛び出してくるよ。そのまま真っ直ぐ……。ちょっと左にずれて。はい、手を伸ばして。ドアノブがあるはずだから」
「これか……」
 扉を開け、廊下に飛び出した。運良く会場から出られた人がいるのか、ちらほらと声が聞こえる。
『こちらNr.8ヌマー・アハト。停電の原因は、現在調査中。それより屋敷内に悪魔の反応があった』
 千景からの通信が入り、輝斗は冷静に報告する。
「こちらNr.1ヌマー・アインス。たった今、攻撃を受けました。現在、嵐と共に廊下で待機中です」
『了解、暗視スコープを手配したいところだけど、現状は難しい。予測感知が頼りだ。嵐を連れて他の隊員と合流してほしい』
「了解」
 通信を終え、輝斗と嵐は廊下を駆ける。
「おい、さっき炎の矢が飛んできただろ。嵐は無事か?」
 背後から聞き覚えのある声がした。
「その声は忍か?」
「俺以外に誰がいるってんだよ」
 不機嫌そうに、こちらへ近づいてくる。
「煙草臭いし、忍さんで間違いないね」
「そうだな」
「おい、臭いで判断するな。まるで俺が悪臭放ってるみてぇじゃねぇか」
「――っ、後ろから何かくる!」
 危険を察知した嵐が鋭い声を放つ。
「チッ」
 真っ先に反応したのは忍だ。懐から数枚の札を取り出すと虚空に向かって放つ。札から薄い水の膜が出現した刹那、炎の矢がぶつかった。
「ほう……。我が放った矢を防ぐとは、なかなかやりおる」
 しゃがれた老人の声が響き、ひたひたと足音が近づいてくる。
「出やがったな」
 ぺろりと唇を舐め、忍は鞘から刀を引き抜く。
「炎の矢……。アキラを殺したのも、お前だな?」
 輝斗の問いに、悪魔はくっくっくと喉を鳴らした。
「いかにも。あの小物は、無限の快楽を得たいと申してな。少しばかり魅了チャームの魔法をかけてやったが、貴様ら悪魔狩りに目をつけられたんで始末したまでよ」
 一つ、二つ……と火の玉が出現し、周囲をぼんやりと照らした。輝斗たちの前に現れたのは、緑の衣を纏った悪魔だ。フードから覗く鋭い眼光は、獲物である嵐に注がれている。
「我は契約に従い、その娘の魂を欲す。邪魔をするな」
「まんまとおびき出されたのは、そっちだよ!」
 鼻で笑い、嵐は加速ヘイストで一気に距離を詰める。悪魔に向かって跳び蹴りを放った。あっさりと避けられてしまうが、輝斗が撃った銃弾が悪魔の腕に直撃する。続けざまに忍が切りつけるも、空を切ってかわされた。
「おかしい……。魂の波動は娘のものだが、この動き……。貴様は契約にある女ではないな」
 腕に食い込んだ銀弾が勝手に出てきて、ぽとりと床に落ちた。煙を上げ、傷口がみるみる塞がっていく。
「今頃気づいたの?」
 悪魔に偽物と見破られないために、外見だけでなく幻術の札を使って魂の波動を誤魔化していた。
「さすが千景さんの幻術だな」
「悪魔の目を、まんまと誤魔化せた」
 輝斗と忍は短い会話をし、悪魔に狙いを定めようと武器を構える。
「おのれ……本物はどこだあああああああっ!」
 悪魔は憤怒の形相に変化した。至近距離から何十本もの矢が放たれる。
「くっ……!」
 輝斗は複数の火の玉を出現させ、飛んでくる矢にぶつける。忍も札を放って水の結界を張り、攻撃を防いだ。
「本物を見つけ出さねば……。あの方に示しがつかぬ」
「待て!」
 床に溶けるように、ずるずると足元から沈んでいくと姿を消した。
「こちらNr.1ヌマー・アインス。悪魔が本物の女性を探しています」
 輝斗は、すぐに千景に連絡する。彼女を結界で警護しているのは千景だ。
『侑李が悪魔を叩きに向かった。羽鳥と威が、こっちに向かっているから何とかなると思う。輝斗たちは幸弘の指示に従って、侑李の応援に向かってくれ』
「了解。……幸弘、聞こえるか?」
 千景との通信を切り、幸弘にコンタクトを取る。
『聞こえるよ、輝斗』
 幸弘は千景とは別の部屋で隊員たちの通信管理を行いながら、悪魔と侑李の場所を探っていた。
『悪魔は屋敷内を動き回っている。その場所からだと、先に侑李と合流した方が早い』
「分かった。誘導を頼む」
『任せて』
 幸弘の指示に従い、輝斗達は暗闇の廊下を駆け抜ける。
『ところで、悪魔はどんな特徴をしていた?』
「緑の衣を纏い、大きな矢を持った悪魔だった」
『不味いな……』
「どうした?」
『千景さんが予測した悪魔と特徴が一致してる。そいつはソロモン七十二柱のひとり、侯爵レライエだ』
 レライエの詳細を聞き、輝斗たちは顔を渋面にする。
「大悪魔だな」
「面倒臭ぇ」
「あの矢に猛毒があるのなら、かすり傷も命取りになるね」
 不意に、向かい側から氷のような冷気が漂ってきた。
「何か来る」
 警戒を露わにすると、大量の悪霊ゴーストが襲いかかってきた。
「足止めのつもりか!」
「そういや、レライエは悪霊を率いてんだったか」
「もうっ、オレも早く自分の装備ほしい!」
 悪霊に物理的攻撃は通用しない。丸腰の嵐は応戦出来ないので、輝斗たちの後ろで大人しくするしかなかった。
「数が多い。全部を相手している暇はない。突っ切るぞ!」
 連射して何体か浄化させた輝斗が道を作る。ぽっかりと空いた隙間を縫って三人は駆け出した。
「輝斗くん、そこを右に曲がって!」
「分かった」
 嵐は戦えないものの、悪霊が襲ってくる方向を予測していた。幸弘が示す道順を案内するのも引き受けている。
『嵐、後で千景さんが装備を転送するって。羽鳥さん経由で受け取ってね』
「了解。その間はナビに徹する」
 角を曲がったその時だ――。
「なっ!?」
 巨大な塊が、輝斗達に向かって飛んできた。
 咄嗟に両腕を交差させるとアミュレットの石が強く輝き、纏っていたマントが淡い光に包まれる。パシンッと甲高い音を発し、それは弾け飛んだ。粉々に砕け散り、ガラガラと音を立てて床に転がっているようだが、暗闇では正体が分からない。
「一体、何が飛んできたんだ?」
「たぶん、彫刻だと思う」
「調度品をぶん投げてきたのかよ」
 悪霊の仕業かと足元を見つめる輝斗たちだったが、こちらに向かってくる二つの足音に気づき、警戒する。
「チッ、そのまま潰れろよ」
「あたしは綺麗なお人形さんでいてほしいから、無事で良かったわ」
「何者だ?」
 相手を確かめようと、輝斗は手の平の上に炎を生み出して目の前にかざす。
「お前は……」
「こんばんは♪」
 炎に照らされた顔は、先ほどパーティー会場で話しかけてきた青年だった。
 隣の男は両サイドに金メッシュが入った坊主頭だ。両耳に複数のピアスをしている。ゴーグルを首から提げ、派手なブーツを履いていた。見るからに柄が悪そうな男だが、その風貌に見覚えがある気がする。
「さっきはどうも。綺麗なお人形さん」
 微笑んだ男は、輝斗に向かって手を振った。
「レライエが契約を完了するまで、あたしたちと遊びましょう」
 言いながら、男の姿は足元から変化していく。男性用の革靴から高いヒールへ。スーツからドレスになり、煌びやかなアクセサリーをいくつも身につけ、スタッズやストーンがたくさんついた派手なネイルが輝いている。もともと整った顔立ちをしているが、濃い目の化粧によって、より華やかになる。襟足まで伸びていた髪は、高く盛られた長髪に変化していた。
「お前、女だったのか?」
 まるで違う姿に、輝斗は瞠目する。
「うふふ、どちらが本当のあたしだと思う?」
「俺たちが特別に相手してやるから、ありがたく思え」
 坊主頭の男が腰の後ろに手を伸ばすと、三本の棒を取り出した。それらは鎖で連結されている三節混さんせつこんという武器だ。
「……思い出した。お前は変な外国人と一緒に、天々来で炒飯を食べていた奴だ」
「炒飯? ……ああ、あの不味いラーメン出してた店か。あそこにお前もいたんだな」
 あの時、この男は炒飯を食べていたが連れの男はラーメンを絶賛していた。小鉄のラーメンを美味しいと評価する奇特な存在だった。そのため、輝斗も覚えていたのだが奇妙な縁である。
「悪魔だったのか!」
 まなじりをつり上げ、輝斗は銃口を向ける。食事をしている時は、それらしい気配を放っていなかった。高位の存在ほど擬態が上手いとはいえ、見逃していたのが悔やまれる。
「ただの悪魔じゃねぇよ」
「そうよ。すご~い悪魔なんだから」
 言い終わると、ふたりは含みのある笑みを浮かべた。
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