林檎の蕾

八木反芻

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よん『重度の微熱と甘え下手な絆創膏』

 ~~エピローグ~~

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 半分に切ったリンゴをくし形に4等分する。芯を切り落とし、皮をある形になるように残しつつ剥いていく。
 ハルはそのリンゴを小皿へ乗せ、サキに差し出した。
「食べなさい」
「あ、うさぎだ! ……わたしがもらっていいんですか?」
「ああ」
「いただきます!」とはいうものの、サキは皿をかかげ嬉しそうに眺めるばかりで一向に口へ運ぼうとしない。
「食べないのか?」
「うさぎがもったいなくて……」
「こんなのいつでも作れるだろ」
「……また作ってくれますか?」
「俺が?」
「はい!」
「自分でできるだろ」
 瞳を輝かせていたサキが気まずそうに目をそらす。
「……できないのか?」
「あ……はい……」
「わかった」
 その返答に曇り顔が一瞬でパッと明るくなるわかりやすいサキの表情を見ながら「俺が教える」と付け加えると、また雲行きが怪しくなった。
「そっちですか……」
 ロクな飯を食べていないサキは、包丁を持つどころかキッチンに立つこともあまりない。食事が提供されず仕方なく作るときもあるが、食材が滑ったりなんかして大抵指を切ってしまう。そのため料理に対して苦手意識がかなり強い。
 リンゴの皮剥きという高いハードルに懸念するサキを気にも留めず、ハルはもうひとつのリンゴとナイフを手渡した。
 持たされたからには一応構えてみるが、すぐに修正が入る。
「柄の上を持って、刃は寝かせて刃元をリンゴに当てる」
「……こう、ですか?」
「平行になるように」
「はい……」
「剥いてみなさい」
 リンゴに刃を軽く刺し込んでみる。
「刃に親指を添えながら……」
 もたつくサキに見兼ねたハルは、危なっかしい手元に手のひらを重ねた。
 ただでさえ皮剥きで心が慌てているというのに、手を添えられるという不時の出来事にますます悲鳴を上げる。
「ナイフだけでなく、リンゴも動かせ」
 少し誘導してあげるとサキは自ら動かしはじめ、 頃合いをみてハルは手を離した。支えがなくなってしまったサキの心に不安が募る。
 リンゴが思った以上にツルツルしていて、小さな手のひらでは片手で支えるのも結構大変。滑り落とさないよう、サキは集中してリンゴを回し続けた。
 ゆっくりと慎重に。
 おぼつかない手付きだが、いくらかスムーズになってきた。
「そうだ、そのまま……」
 厚く切りすぎたと思って刃を少し上に向けたのがよくなかった。
「いっち……!」
 ハルはすぐさまサキの手元からナイフとリンゴを取り、ポケットから出したハンカチでサキの切れた親指を覆い強く押さえた。
「すみません……」
「謝る必要はない。あんたが指を切ったのは教えた俺の責任だ。すまない」
「いえ、そんな、ぜんぜん……!」
 サキは血の染みていくハンカチが気がかりだった。
 押さえたハンカチを一度離し、傷口を見てまた押さえる。
「深くはない。すぐに止まるだろう」
 サキへハンカチを託し、ハルはカバンを探る。小さなケースから取り出した絆創膏の包み紙を開ける。
「あんたにもらってばかりだから、今度は俺のを使え」と、シールを剥ぎ血のにじむ手を掴むが、サキは絆創膏を受け取ろうとする。
「自分でできます……」
「いい。あんた不器用みたいだから」
 一度ムッとしたサキだったが、絆創膏を丁寧に貼る優しい指先は、そんなイラだつ感情をすぐに消し去った。
「一週間も経てば治る」
 サキは親指に視線を落とす。
 絵柄のないごく普通の絆創膏なのに、自分が持っている大好きなキャラクターが描かれた絆創膏よりも、どうしてこんなにも胸が高まるのだろう。サキは不思議で仕方がなかった。
「練習します……リンゴの皮剥き……」
「無理するな、指がなくなる」
 殴ってやろうかと思った。
「だから……」
 ハルはテーブルへ置いた小皿から、爪楊枝を刺したウサギ形のリンゴをひとつ取り、サキへ差し出す。
「あんたが望むならウサギでも龍でもなんでも作ろう。俺とあんたは友だちだからな」
 なにも言わず微笑むサキは、ハルが切ったリンゴに手を伸ばし、一口かじった。

 ──コシャリッ──

 口に残る少しの酸味に、サキは水を飲む。
 洗面室から戻ってきたハルは、果物ナイフの水気を新しいハンカチで拭き取り、手早くたたむとポケットにしまった。
「そういえば、どうしてずっとホテルにいるんですか?」
「追い出された」
「……え?」
 ソファに腰かけたハルは、キョトン顔のサキが握るコップを一目見ると、窓の外に目を移した。
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