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川本という男(2)
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川本はさっきまでの粘着質な態度を脱ぎ捨て男に挨拶をする。
「加藤さん、お久しぶりです! こんなところで会うなんて」
私の方向からでは川本が今一体どう言う顔でこんな挨拶をしているのかわからない。しかし私自身は、自分でも驚いた顔をしていることくらいわかった。
男は川本の挨拶を聞いた後、私の方へ視線を移した。それに気がついた川本が私の紹介をする。
「こっちは同僚の藤田です。加藤さんの案件一緒にやっていたんですが、藤田はプロダクトの担当だったので」
川本が言い訳をするようにペラペラと私の情報を売っていく。私は観念して軽く会釈する。
男は優しくそれを眺めていた。
「ごめん、お邪魔だったかな?」
加藤と呼ばれた男が川本に聞いた時、私の携帯が鳴った。私は川本の肩を掴み振り返ったところに着信している画面を目の前に差し出す。それとともに会社に戻るジェスチャーをした。
川本は加藤の方へ向き直し何かを話し始め、私は騒がしい店を出た。
外気のささやかな無音に苛立ちが募る。
私はそれを隠せないまま、足早に会社へ戻った。会社に戻る途中、川本は私と男のことで何か勘付いただろうか、と不安の波に飲み込まれていった。少なくとも、私を紹介したということは、両者面識があるとは考えなかったはずだ。
会社に戻ると、連絡してくれた同僚への礼もそこそこに、自席で会社の情報を洗う。川本の所属する部署は動物のような縄張りがあり、男の会社を特定するのは容易だった。
加藤は大手日系企業経営企画の人間だった。
こういうことにならないよう、会う男の靴やスーツ、時計やカバンには注意を払っていたのに。こんな奇跡に近い確率でこんなことが起こるものか。自分の常軌を逸した欲望を知る人間が自分の日常を脅かしている、そのことに私は深い絶望を感じ、思考能力を停止させた。
次の日、川本は何事もなかったように出社してきた。私はそれについて何も思うことはなかった。私がトイレで用を足し終わったところを見計らってか、川本は私に近づいてきた。
突然、川本は私の腕を掴み一番奥の個室に強引に連れ込んだ。
鍵を閉めると川本は私に抱きつき、熱くなった股間を恥ずかしげもなく私に押し付けてきた。川本は家に帰って風呂に入ったのだろう、その性格には不相応なほど良い香りが髪から漂う。
川本は荒い息を押し殺し、私のベルトを外そうとする。
「昨日、帰ってないから」
私のベルトを緩めようとした川本の手を振りほどいた。
当たり障りがない断り文句だと思った。
しかし川本は止めなかった。
私の顔を両手で包み私の唇をめがけて顔を寄せてきた。先日まで抱いていたこの男に対する嫌悪感の正体に、この時の川本の表情でようやく気がついた。
「やめろ!」
川本の手を振り払い、川本の体と、私に寄せている好意を突き返した。
川本に私を強請るネタはないと確信した。一方的に寄せられる好意しかないのであれば、川本を会社から追い出すように仕向けられるのは私の方なのだ。
川本はしばらく何も言わなかった。
別に弁明はないだろうと私は切り上げる。
「昨日と、今日のことは誰にも言わない」
私はそう言ってトイレの個室を出た。
その瞬間、一連の川本の行為に対する嫌悪が胃から物質を伴って込み上げてきた。
これを撒き散らかせば、川本に対するパフォーマンスになるだろうが、そんなことよりもこれ以上見縊られたくないという気持ちで、これを止まらせた。
私は足早にトイレから去り、会社の休憩スペースへ向かった。その時に、あの男から捨てアカウントにメッセージが飛び込んできた。
川本の方は取り越し苦労だった。しかしこっちは何も解決していなかった。私はメッセージを見る。
『もしよければ、今夜会おう。いつもの場所で22時に。20分待っても来なければ勝手に帰るから』
男の声で再生できるくらい、優しい文章だった。勝手に待っているのは構わないが、前と同じ場所で川本とこの男が出くわすのだけは避けたい。しかしこうした思考も、自分への言い訳に思えた。
私は今とても男に会いたかった。
手早く別の場所のマップを指定し、男にメッセージを送り返した。
「加藤さん、お久しぶりです! こんなところで会うなんて」
私の方向からでは川本が今一体どう言う顔でこんな挨拶をしているのかわからない。しかし私自身は、自分でも驚いた顔をしていることくらいわかった。
男は川本の挨拶を聞いた後、私の方へ視線を移した。それに気がついた川本が私の紹介をする。
「こっちは同僚の藤田です。加藤さんの案件一緒にやっていたんですが、藤田はプロダクトの担当だったので」
川本が言い訳をするようにペラペラと私の情報を売っていく。私は観念して軽く会釈する。
男は優しくそれを眺めていた。
「ごめん、お邪魔だったかな?」
加藤と呼ばれた男が川本に聞いた時、私の携帯が鳴った。私は川本の肩を掴み振り返ったところに着信している画面を目の前に差し出す。それとともに会社に戻るジェスチャーをした。
川本は加藤の方へ向き直し何かを話し始め、私は騒がしい店を出た。
外気のささやかな無音に苛立ちが募る。
私はそれを隠せないまま、足早に会社へ戻った。会社に戻る途中、川本は私と男のことで何か勘付いただろうか、と不安の波に飲み込まれていった。少なくとも、私を紹介したということは、両者面識があるとは考えなかったはずだ。
会社に戻ると、連絡してくれた同僚への礼もそこそこに、自席で会社の情報を洗う。川本の所属する部署は動物のような縄張りがあり、男の会社を特定するのは容易だった。
加藤は大手日系企業経営企画の人間だった。
こういうことにならないよう、会う男の靴やスーツ、時計やカバンには注意を払っていたのに。こんな奇跡に近い確率でこんなことが起こるものか。自分の常軌を逸した欲望を知る人間が自分の日常を脅かしている、そのことに私は深い絶望を感じ、思考能力を停止させた。
次の日、川本は何事もなかったように出社してきた。私はそれについて何も思うことはなかった。私がトイレで用を足し終わったところを見計らってか、川本は私に近づいてきた。
突然、川本は私の腕を掴み一番奥の個室に強引に連れ込んだ。
鍵を閉めると川本は私に抱きつき、熱くなった股間を恥ずかしげもなく私に押し付けてきた。川本は家に帰って風呂に入ったのだろう、その性格には不相応なほど良い香りが髪から漂う。
川本は荒い息を押し殺し、私のベルトを外そうとする。
「昨日、帰ってないから」
私のベルトを緩めようとした川本の手を振りほどいた。
当たり障りがない断り文句だと思った。
しかし川本は止めなかった。
私の顔を両手で包み私の唇をめがけて顔を寄せてきた。先日まで抱いていたこの男に対する嫌悪感の正体に、この時の川本の表情でようやく気がついた。
「やめろ!」
川本の手を振り払い、川本の体と、私に寄せている好意を突き返した。
川本に私を強請るネタはないと確信した。一方的に寄せられる好意しかないのであれば、川本を会社から追い出すように仕向けられるのは私の方なのだ。
川本はしばらく何も言わなかった。
別に弁明はないだろうと私は切り上げる。
「昨日と、今日のことは誰にも言わない」
私はそう言ってトイレの個室を出た。
その瞬間、一連の川本の行為に対する嫌悪が胃から物質を伴って込み上げてきた。
これを撒き散らかせば、川本に対するパフォーマンスになるだろうが、そんなことよりもこれ以上見縊られたくないという気持ちで、これを止まらせた。
私は足早にトイレから去り、会社の休憩スペースへ向かった。その時に、あの男から捨てアカウントにメッセージが飛び込んできた。
川本の方は取り越し苦労だった。しかしこっちは何も解決していなかった。私はメッセージを見る。
『もしよければ、今夜会おう。いつもの場所で22時に。20分待っても来なければ勝手に帰るから』
男の声で再生できるくらい、優しい文章だった。勝手に待っているのは構わないが、前と同じ場所で川本とこの男が出くわすのだけは避けたい。しかしこうした思考も、自分への言い訳に思えた。
私は今とても男に会いたかった。
手早く別の場所のマップを指定し、男にメッセージを送り返した。
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