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インセンティブが支払われるということ(2)
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一度来ればわからない人間などいないくらいのマンションだった。
部屋番号も上層階は部屋が少ないのですぐにわかる。
階下の端末で部屋番号を打ち、男を呼び出した。呼び出された男は少し間を開けて、階下のオートロックを開けてくれた。
男は私が部屋のインターフォンを鳴らす前にドアを開けた。多分下の端末で呼び出してからずっと玄関で待っていてくれたのであろう。
「風呂沸かしてあるよ」
私は無言で以前入った風呂に向かう。
男は私の後に続いて、風呂の脱衣所のドアにもたれかかりながら言った。
「普段はメガネかけてるんだね」
私は振り返らずにメガネを洗面台に置き、時計を外してその辺に放り投げる。
男はそれを見てそっと脱衣所の扉を閉めて出ていった。
風呂場の扉を閉める音が哀しく響く。
なぜ男の部屋に来てしまったのだろう。これ以上男に迷惑をかけて、私はなにに勝てるというのだろう。混乱と自己嫌悪に陥った。
私は椅子に座り、シャワーを浴びる。あまりにも惨めで、支離滅裂で、心がバラバラになりそうだった。胸で暴れ出すいろんな感情を押さえ込むように、膝を抱えうずくまってしばらくシャワーを浴びていた。
そこになんの前触れもなく風呂の扉が開いて男が入ってきた。だから私は上半身を起こし、平静を装うため急いでシャンプーに手を伸ばす。
男は無言で湯船に浸かった。私は一通り体を洗ったら男のいる湯船に向かった。
いつも通り男の間に入って胸に手を伸ばした時に男がそれを遮るように言った。
「待って、嫌なら答えなくていい。誰に殴られたんだ」
私はびっくりして思わず自分の顎に手をやった。さっき見た時には全然腫れていなかったのに、今は自分の触覚だけでもわかるくらい腫れ上がっていた。
「殴られた時には何ともないだろうけど……打撲っていうのは水を含むと腫れ上がるんだよ」
私は頬から手を離し湯の中に手を入れた。もうこの手を男の胸に伸ばすことはできないのかと思った。
「それに……唇が切れてる……」
男が言い終えるよりも前に、近づいていく。拒絶されればすぐにでも引き返せるように、ゆっくり男の唇に、自分の唇を重ねた。
閉じた視界の中、男が目を見開く気配だけを感じる。
私は拒絶されなかったことを確認するとまた離れる。
「さっき、他の男と寝た」
この優しい男にこれ以上迷惑をかけられないと思う。だからなんの保身もなく、真実だけを述べた。さっき他の男と寝ていたのにもかかわらず、男の優しさに漬け込んでこうやって家にまで上がり込んでいるのである。
厚顔無恥な自分を汚く罵って、なんだったらさっき川本にされたように私を犯して、追い出して欲しかった。
しかし男の言ったことは全く的外れなことだった。
「初めて君の声をまともに聞いたよ」
私は特に言うことが無くなったので、下を向いて時が過ぎるのを待った。
「他の男に抱かれて、すぐに会いに来てくれたの?」
私はさっき述べたことと、男が言っていることの差異があるとは思えない。なので黙っていた。
「俺のところに来てくれてよかった」
予想だにしなかった男の答えに私は混乱して、思わず男の顔を見た。
目が合うと男は優しく目を細めながら言った。
「こっちへおいで」
私はいつもよりも緊張しながら男に手を伸ばし、耳をそっと男の胸に当てた。
「もう大丈夫だよ」
その男の言葉を聞いたら、私の中で汚く渦巻いていた全ての負の感情が全て許された気がして、私は男に気がつかれないように涙を流した。
しばらくして、男は風呂を出ようとした時に振り返って言った。
「中に出されたんだろう。洗ってあげるから、おいで」
男はシャワーを出し、私が壁に手をついて足を広げるようテキパキ指示し、事務的に私の中に残った川本の性液を掻き出してくれた。
男と一緒に脱衣所に出ると、洗濯機が回っていた。
「汚れていたから下着は洗ったよ。今日は帰れないから、一緒に寝よう」
男はそう言うと私にバスタオルを渡して先に脱衣所を出ていった。
男は先にベッドに入っており、私を見ると、布団をめくって私に来るように促した。
私は風呂に入るように男の胸に手を伸ばし耳を当てた。
「会社の人?」
多分誰に殴られ、犯されたのか、という疑問なのだと思う。しかしこれに答えなかった。
川本は多分会社から去る。私が会社に行かない理由はない。
ただ、この時芽生えた小さな欲望が何なのかわからない。
私は今までに感じたことがない心の安寧を味わいながら、男の鼓動を聴いて眠りに落ちた。
部屋番号も上層階は部屋が少ないのですぐにわかる。
階下の端末で部屋番号を打ち、男を呼び出した。呼び出された男は少し間を開けて、階下のオートロックを開けてくれた。
男は私が部屋のインターフォンを鳴らす前にドアを開けた。多分下の端末で呼び出してからずっと玄関で待っていてくれたのであろう。
「風呂沸かしてあるよ」
私は無言で以前入った風呂に向かう。
男は私の後に続いて、風呂の脱衣所のドアにもたれかかりながら言った。
「普段はメガネかけてるんだね」
私は振り返らずにメガネを洗面台に置き、時計を外してその辺に放り投げる。
男はそれを見てそっと脱衣所の扉を閉めて出ていった。
風呂場の扉を閉める音が哀しく響く。
なぜ男の部屋に来てしまったのだろう。これ以上男に迷惑をかけて、私はなにに勝てるというのだろう。混乱と自己嫌悪に陥った。
私は椅子に座り、シャワーを浴びる。あまりにも惨めで、支離滅裂で、心がバラバラになりそうだった。胸で暴れ出すいろんな感情を押さえ込むように、膝を抱えうずくまってしばらくシャワーを浴びていた。
そこになんの前触れもなく風呂の扉が開いて男が入ってきた。だから私は上半身を起こし、平静を装うため急いでシャンプーに手を伸ばす。
男は無言で湯船に浸かった。私は一通り体を洗ったら男のいる湯船に向かった。
いつも通り男の間に入って胸に手を伸ばした時に男がそれを遮るように言った。
「待って、嫌なら答えなくていい。誰に殴られたんだ」
私はびっくりして思わず自分の顎に手をやった。さっき見た時には全然腫れていなかったのに、今は自分の触覚だけでもわかるくらい腫れ上がっていた。
「殴られた時には何ともないだろうけど……打撲っていうのは水を含むと腫れ上がるんだよ」
私は頬から手を離し湯の中に手を入れた。もうこの手を男の胸に伸ばすことはできないのかと思った。
「それに……唇が切れてる……」
男が言い終えるよりも前に、近づいていく。拒絶されればすぐにでも引き返せるように、ゆっくり男の唇に、自分の唇を重ねた。
閉じた視界の中、男が目を見開く気配だけを感じる。
私は拒絶されなかったことを確認するとまた離れる。
「さっき、他の男と寝た」
この優しい男にこれ以上迷惑をかけられないと思う。だからなんの保身もなく、真実だけを述べた。さっき他の男と寝ていたのにもかかわらず、男の優しさに漬け込んでこうやって家にまで上がり込んでいるのである。
厚顔無恥な自分を汚く罵って、なんだったらさっき川本にされたように私を犯して、追い出して欲しかった。
しかし男の言ったことは全く的外れなことだった。
「初めて君の声をまともに聞いたよ」
私は特に言うことが無くなったので、下を向いて時が過ぎるのを待った。
「他の男に抱かれて、すぐに会いに来てくれたの?」
私はさっき述べたことと、男が言っていることの差異があるとは思えない。なので黙っていた。
「俺のところに来てくれてよかった」
予想だにしなかった男の答えに私は混乱して、思わず男の顔を見た。
目が合うと男は優しく目を細めながら言った。
「こっちへおいで」
私はいつもよりも緊張しながら男に手を伸ばし、耳をそっと男の胸に当てた。
「もう大丈夫だよ」
その男の言葉を聞いたら、私の中で汚く渦巻いていた全ての負の感情が全て許された気がして、私は男に気がつかれないように涙を流した。
しばらくして、男は風呂を出ようとした時に振り返って言った。
「中に出されたんだろう。洗ってあげるから、おいで」
男はシャワーを出し、私が壁に手をついて足を広げるようテキパキ指示し、事務的に私の中に残った川本の性液を掻き出してくれた。
男と一緒に脱衣所に出ると、洗濯機が回っていた。
「汚れていたから下着は洗ったよ。今日は帰れないから、一緒に寝よう」
男はそう言うと私にバスタオルを渡して先に脱衣所を出ていった。
男は先にベッドに入っており、私を見ると、布団をめくって私に来るように促した。
私は風呂に入るように男の胸に手を伸ばし耳を当てた。
「会社の人?」
多分誰に殴られ、犯されたのか、という疑問なのだと思う。しかしこれに答えなかった。
川本は多分会社から去る。私が会社に行かない理由はない。
ただ、この時芽生えた小さな欲望が何なのかわからない。
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