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求心力
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椎名君はいつもの場所に陣取ると、ストレッチをはじめた。恋する乙女よろしく鞄を前に抱えてドキドキしていたら、椎名君が手を伸ばした。
夢みたいな光景に鞄をその辺に捨てて椎名君の手を握る。
「おっさんも、ストレッチくらいやろーぜ」
「え? ええ!?」
「俺に触りたくない?」
「い、いやそんなわけじゃ」
「俺はおっさんに触りたい」
もう、なす術がなかった。言われるがまま、スーツを着たおっさんが変な格好でストレッチに付き合わされる。今日は下心から上等なスーツを着てきたが、椎名君はそんなことお構いなしだった。行き交う通行人が何事かと僕を見るたびに、変な笑顔でカツアゲされてる訳ではないんですよ、と言い逃れをする。
椎名君は容赦なく僕を引っ張ったり、地べたに座らせたりする。そうしているうちに、やれ上等なスーツだ、カツアゲされてるように見えるだなどと、そんな小さなこだわりも無くなってしまった。スーツで地べたに座るという背徳感も相まって、ものすごく楽しかった。そして椎名君がかっこいい。
椎名君が踊っている様子を遠くから見ている時は、背がとても高くみえた。でもこうやって間近で見てみると170cmの僕より少し大きいくらいだ。放つオーラやダンスのダイナミックさで大きく見えてたんだな、と新たな発見が嬉しい。
「おっさん、じゃあ今日はそこに座って見てな」
「はーい!」
僕は指定された地面にあぐらで座り、椎名君を見つめた。スマホを操作して、その辺に転がしてあった携帯用スピーカーから音楽が流れ始める。HIPHOPみたいな前奏だった。その辺をうろうろしていた椎名君が急に僕に向き合って踊りはじめた時。息の根が止まるかと思った。
僕が好きだと言った曲のリフが流れはじめたのだ。独特なリズムをうまく捉えて椎名君は序盤から全力で踊りはじめる。僕の好きな曲は古いR&Bだった。しかし今、椎名君が踊るこの曲は激しいアレンジが施され、キラッキラに生まれ変わっていた。
胸がぎゅーっとなって、涙を堪えるのが大変だった。でも見つめてくれる椎名君から目を背けられず、僕が息苦しさから少し鼻を啜ると、椎名君は優しく笑った。軽やかなターンで瞳のキラキラが尾を引き、曲を引っ張るようにダンスが縦横無尽に暴れ出した。
圧巻のダンスだった。椎名君のダンスが終わり、すかさず立ち上がって拍手をしようと思ったら、僕を差し置いて周りからドッと拍手と歓声がわいた。椎名君に夢中で全く気がつかなかったが、彼を見ていたのはいつの間にか僕だけではなくなっていたのだ。
あちこちから女性や男性の歓声と拍手がわき起こる。間髪入れずに女性2人組が走り寄って、椎名君に話しかけた。
「お兄さんいつもここで踊ってるの?」
「ああ、うん。また見にきてよ」
女性は2人顔を見合わせて、小さな悲鳴をあげながら走り去っていく。僕の周りの人たちからの拍手は一層大きくなる。僕はなんだか話しかけてはならないような気がして、周りの人に溶け込むように拍手をする。曲が始まってからずっと胸が痛かったが、拍手をしている時が1番痛かった。
椎名君は突然その辺の荷物をかき集めて僕の方に走り込んできた。何事かと呆気に取られている間に、手を掴まれ、そして僕を引っ張り椎名君は走り出す。
椎名君はすごい足の速さで、右左と足を出すたびに僕は体ごと引っ張られる。こんな全力疾走したのは高校生以来かもしれない、そう思ったら急に椎名君が立ち止まり振り返った。あたりを見渡すと、上に遊歩道があるせいか車しか通らない裏道の端だった。椎名君が手を離したので僕は膝に手をつき肩で息をする。
男2人の荒い息だけが周りにこだまする。椎名君が黙っていたから、なんだか怖くて僕は顔をあげた。椎名君は足元に置いた鞄からタオルを出して汗を拭っていた。椎名君も汗だくだったが、僕もさっきの全力疾走で汗だくだった。
椎名君が汗を拭いたら鞄の中からもう一個タオルを出して僕を拭きはじめた。遠慮して後退りしているうちにビルの駐車場の壁に体がぶつかる。椎名君は逃げないようにか、僕の顔の横に手をついて、汗を拭い始める。椎名君は親切でやってくれているんだろうけど、僕は全く違うことを考えていた。
壁ドンだーーーー!
自分の顔のサイズが変わったのでは? と思えるほど顔が腫れぼったく、心臓の音がドクドク目の前から鳴ってるみたいだった。
「おっさんさ、なんで悲しそうな顔するの?」
「え?」
「踊り終わった時」
それは……。言いかけて言葉を飲み込む。簡潔に伝える言葉がなかった。でもすごい嬉しかったと言おうと思ったら、椎名君が持ってたタオルを地面に落として、両手を壁につける。僕が視線を左右に彷徨わせていたら逃さない気迫で顔を近づけた。
「おっさんのためだけに踊ったのに。違うことでも考えてた?」
心臓が爆発しそうだった。だからもう全然整理できてないけど、早く言わなきゃって焦ってこぼした。
「し、椎名くんが、かっこいいから、信じられないくらい、かっこいいから、悲しくなる」
「なんで?」
「僕だけ、椎名くんを独り占めしたら悪いかと……」
言い終わる前に椎名君の顔が眉間にシワを寄せながら近づいてきた。
また、唇にキスをしてくれた。
「今のは今日のご褒美じゃねーぞ」
僕の顔のすぐ目の前で、椎名君は目を逸らして吐き捨てる。もう、なにがなんだか、ヨクワカラナイ。
「おっさん明日仕事休みだろ」
「は、はい」
頭の中は大混乱で星が飛んでいる。なんでそんなこと聞くのかもわからず端的に答えたら、椎名君は僕の顔をまじまじと見た。
「仕事がなくても俺のこと見にきてくれる?」
足もガックガク震えてたし、唇も震えていたと思う。たださっきみたいな誤解を招かないように簡潔に! わかりやすく!
「来まぁすっ!!」
椎名君は口を大きく開けて笑い、鼻と鼻をつけてしばらく目を伏せていた。
しばらくしたら伏し目のまま、ゆっくりゆっくり僕の唇に唇を重ねて、何度も何度も、柔らかいキスをしてくれた。
夢みたいな光景に鞄をその辺に捨てて椎名君の手を握る。
「おっさんも、ストレッチくらいやろーぜ」
「え? ええ!?」
「俺に触りたくない?」
「い、いやそんなわけじゃ」
「俺はおっさんに触りたい」
もう、なす術がなかった。言われるがまま、スーツを着たおっさんが変な格好でストレッチに付き合わされる。今日は下心から上等なスーツを着てきたが、椎名君はそんなことお構いなしだった。行き交う通行人が何事かと僕を見るたびに、変な笑顔でカツアゲされてる訳ではないんですよ、と言い逃れをする。
椎名君は容赦なく僕を引っ張ったり、地べたに座らせたりする。そうしているうちに、やれ上等なスーツだ、カツアゲされてるように見えるだなどと、そんな小さなこだわりも無くなってしまった。スーツで地べたに座るという背徳感も相まって、ものすごく楽しかった。そして椎名君がかっこいい。
椎名君が踊っている様子を遠くから見ている時は、背がとても高くみえた。でもこうやって間近で見てみると170cmの僕より少し大きいくらいだ。放つオーラやダンスのダイナミックさで大きく見えてたんだな、と新たな発見が嬉しい。
「おっさん、じゃあ今日はそこに座って見てな」
「はーい!」
僕は指定された地面にあぐらで座り、椎名君を見つめた。スマホを操作して、その辺に転がしてあった携帯用スピーカーから音楽が流れ始める。HIPHOPみたいな前奏だった。その辺をうろうろしていた椎名君が急に僕に向き合って踊りはじめた時。息の根が止まるかと思った。
僕が好きだと言った曲のリフが流れはじめたのだ。独特なリズムをうまく捉えて椎名君は序盤から全力で踊りはじめる。僕の好きな曲は古いR&Bだった。しかし今、椎名君が踊るこの曲は激しいアレンジが施され、キラッキラに生まれ変わっていた。
胸がぎゅーっとなって、涙を堪えるのが大変だった。でも見つめてくれる椎名君から目を背けられず、僕が息苦しさから少し鼻を啜ると、椎名君は優しく笑った。軽やかなターンで瞳のキラキラが尾を引き、曲を引っ張るようにダンスが縦横無尽に暴れ出した。
圧巻のダンスだった。椎名君のダンスが終わり、すかさず立ち上がって拍手をしようと思ったら、僕を差し置いて周りからドッと拍手と歓声がわいた。椎名君に夢中で全く気がつかなかったが、彼を見ていたのはいつの間にか僕だけではなくなっていたのだ。
あちこちから女性や男性の歓声と拍手がわき起こる。間髪入れずに女性2人組が走り寄って、椎名君に話しかけた。
「お兄さんいつもここで踊ってるの?」
「ああ、うん。また見にきてよ」
女性は2人顔を見合わせて、小さな悲鳴をあげながら走り去っていく。僕の周りの人たちからの拍手は一層大きくなる。僕はなんだか話しかけてはならないような気がして、周りの人に溶け込むように拍手をする。曲が始まってからずっと胸が痛かったが、拍手をしている時が1番痛かった。
椎名君は突然その辺の荷物をかき集めて僕の方に走り込んできた。何事かと呆気に取られている間に、手を掴まれ、そして僕を引っ張り椎名君は走り出す。
椎名君はすごい足の速さで、右左と足を出すたびに僕は体ごと引っ張られる。こんな全力疾走したのは高校生以来かもしれない、そう思ったら急に椎名君が立ち止まり振り返った。あたりを見渡すと、上に遊歩道があるせいか車しか通らない裏道の端だった。椎名君が手を離したので僕は膝に手をつき肩で息をする。
男2人の荒い息だけが周りにこだまする。椎名君が黙っていたから、なんだか怖くて僕は顔をあげた。椎名君は足元に置いた鞄からタオルを出して汗を拭っていた。椎名君も汗だくだったが、僕もさっきの全力疾走で汗だくだった。
椎名君が汗を拭いたら鞄の中からもう一個タオルを出して僕を拭きはじめた。遠慮して後退りしているうちにビルの駐車場の壁に体がぶつかる。椎名君は逃げないようにか、僕の顔の横に手をついて、汗を拭い始める。椎名君は親切でやってくれているんだろうけど、僕は全く違うことを考えていた。
壁ドンだーーーー!
自分の顔のサイズが変わったのでは? と思えるほど顔が腫れぼったく、心臓の音がドクドク目の前から鳴ってるみたいだった。
「おっさんさ、なんで悲しそうな顔するの?」
「え?」
「踊り終わった時」
それは……。言いかけて言葉を飲み込む。簡潔に伝える言葉がなかった。でもすごい嬉しかったと言おうと思ったら、椎名君が持ってたタオルを地面に落として、両手を壁につける。僕が視線を左右に彷徨わせていたら逃さない気迫で顔を近づけた。
「おっさんのためだけに踊ったのに。違うことでも考えてた?」
心臓が爆発しそうだった。だからもう全然整理できてないけど、早く言わなきゃって焦ってこぼした。
「し、椎名くんが、かっこいいから、信じられないくらい、かっこいいから、悲しくなる」
「なんで?」
「僕だけ、椎名くんを独り占めしたら悪いかと……」
言い終わる前に椎名君の顔が眉間にシワを寄せながら近づいてきた。
また、唇にキスをしてくれた。
「今のは今日のご褒美じゃねーぞ」
僕の顔のすぐ目の前で、椎名君は目を逸らして吐き捨てる。もう、なにがなんだか、ヨクワカラナイ。
「おっさん明日仕事休みだろ」
「は、はい」
頭の中は大混乱で星が飛んでいる。なんでそんなこと聞くのかもわからず端的に答えたら、椎名君は僕の顔をまじまじと見た。
「仕事がなくても俺のこと見にきてくれる?」
足もガックガク震えてたし、唇も震えていたと思う。たださっきみたいな誤解を招かないように簡潔に! わかりやすく!
「来まぁすっ!!」
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