生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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熟年者の航路図

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 ノーパソを広げ表計算ソフトを立ち上げる。

「僕さ、今仕事ですごく漠然とした悩みがあって」

 チラッと見たら、椎名君はすごく真剣に僕を見つめてくれていた。だから安心して悩みを打ち明けた。

「どんな数値を解析してても、どんな企画の調べ物をしてても、最終的に幸福論にたどり着くんだ。なに言ってるか僕もよくわからないけど、それがすごい不安で。だから仕事に直接関係ないデータとかも解析してずっと悩んでたんだ」

 もう一度椎名君を見たら、椎名君はさっぱりわからないという顔をしていた。

「椎名君が今就職したい理由って、手っ取り早くお金が手に入るからだと思うんだけど、それって何に使う予定だったの?」

 僕の質問が急だったのか、椎名君は考え込む。

「あの、僕こんなおじさんだから、恥ずかしがらずに正直に教えてくれないかな?」

「一人暮らしして、自由に暮らしたい」

「自由って?」

「部屋とかでも練習したいし、ダンス教室にもまた通いたい」

「昔はダンス教室通ってたんだ!? そこでなにが1番楽しかった?」

「やっぱり、みんなでダンスするのが楽しかったし。ダンス好きなやつと話すのも楽しかった」

「そうだよね……好きなこと一緒に語れるのって嬉しいよねぇ……」

 友達がダンスをやめて予備校に戻った時、椎名君はすごく寂しかったんだろうな。さっきの軽率な発言を撤回したかったし、自分自身を殺したかった。僕は平均的な高卒と、大卒の生涯年収を調べてグラフを作り、平均的な労働時間を別軸で作った。

「予備校通ってるからには親も大学に行かせてもらえる感じなんだよね?」

「ああ、でも……」

「あ、行けとかそういう話じゃないよ? なんか偏差値的なこととか、ここじゃなきゃダメっていうこと言われたりしてるの?」

「いや特には……大学くらいでておけって……」

「椎名君は偏差値ってどのくらいなの?」

「最後に模試受けたときで60くらいだったから、今はもっと低いと思うけど……」

「60ってすごくない!? じゃあ50くらいの適当な大学で……学部も適当に経済学部にしとくね」

 僕はカタカタパソコンを打っている間、椎名君は訝しげに見ていた。

「なにやってるの?」

「僕はなにも誇れることはないけど、ファイナンシャルプランニングは得意なんだ。本業じゃないけど」

 椎名君はさらに眉間に皺を寄せた。

「できた!」

 椎名君にパソコン画面を見せる。椎名君は眉間に皺を寄せたまま、よく見えないのかソファから降りて地べたに座った。僕は椎名君の隣に移動して表の説明をした。

「高卒で働いた場合と、大卒で働いた場合のシミュレーションで、もちろん大学に行った場合の方が自由に使える時間が多いんだけど、大学の時に自由に使ったお金がどのくらいで返済できて、生涯年収にどれだけ変化があるかわかるよ!」

 椎名君は画面をじっと見つめる。

「大学の時の収入はバイト?」

 流石、偏差値高いだけある!

「それだと自由に使える時間が減っちゃうでしょ? 奨学金だよ」

「え? 奨学金がなんで収入になるんだよ?」

「奨学金はとても利息が低くいし、下手したら無利息で借りられる。親にちゃんと学費は払ってもらって、奨学金で好きなことを存分にやれるよ!」

「でもそれって借金だろ……?」

「借金ってすごく嫌なイメージかもしれないけど……。賢く使えば時間を有意義に使えるんだよ。住宅ローンとかも家賃払ってる風だけど、実質借金だし」

 椎名君は訝しげに表を睨んだままだった。

「若い頃に稼げるお金っていうのは、すごく少ないんだ。ほら、ここらへん見て。結構早い段階で大学で奨学金使った方が資産総額は全然高いでしょ? 時間を買うにしても取り戻すタイミングがすごくはやい」

 椎名君は納得したのか、へぇと溢す。

「それでね! この浮いたお金と時間を有効活用するために、ロードマップを引いてみようよ」

「ロードマップ?」

 僕はワクワクして、椎名君寄りに前のめりになる。

「このシミュレーションはそのまま会社員になった場合だけど、もっとダンスができる時間を増やすには、そういう職業につけばいいんだと思うんだ」

「プロのダンサー?」

「うん、この辺は詳しくないからそれこそ大学入ってからダンス教室の先生や友達に聞いてもらいたいんだけど……」

 そう言いながら、僕はダンサーについての情報をネットで調べる。検索のディスクリプションでわかるくらいネガティブなことしか書いてなかった。要約すると、ダンサー一本で暮らすのは大抵の場合難しく、ダンスレッスン講師と並行してなんとか生きる。

「なんかこのアプローチだと、なかなかネガティブなことしか書いてないね。アーティストはやっぱり生計立てるの難しいんだねぇ」

「昔ダンスの先生も言ってたよ」

 椎名君の表情が曇ったのを見て僕は確信した。椎名君は本当にダンスが大好きなんだと。

「椎名君、これから会社員だって同じ運命を辿るんだよ」

「え?」

「もう安泰なんて仕事はどんどん無くなるんだ。それに早く気づいたんだから、一緒に挑戦してみない?」

「な、なにを?」

「椎名君はダンス教室通ってないけど、今何で情報を得てるの?」

「YouTubeとかで見て……」

「ダンス事務所のオーディションとか大会とかスケジューリングしながら、YouTubeの動画も上げてみない?」

「俺、編集とかできないし……」

「多分僕もできるし、リミックスできるDJの友達もいるんでしょ? 海外をターゲットにしてもいいし、日本でもいいんだけど。その辺のマーケティングが僕の本業なんだ」

 さっきまで不安で消沈していた椎名君の瞳に、ダンスを踊ってる時のキラキラが戻ってくる。それが心の底から嬉しくて、溢れる感情が堰き止められなかった。

「4年もあればすごく楽しいよ。きっと知り合いも増えるし、楽しいことも広がるよ! せっかく手に入れられるチャンスなんだもん、余すことなく使おうよ」

 椎名君の瞳のキラキラが眩しい。椎名君は人生を楽しんでいるからキラキラしてたんだ。

「不安に思ってる時間がもったいないよ、色んな風景を見て、旅をするように人生を楽しもうよ!」

 一緒に、とは言えなかった。でもこのキラキラが見られるんだったら僕はなんでもする!

「僕ももっと椎名君のダンス見たいから、編集も覚えてマーケティング頑張る!」
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