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向けられた刃
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しおりを挟むミナリアが次にユイセルと邂逅したのは普段と変わらない朝の花壇だった。
「リア、おはよう」
「……おはよう」
ユイセルがいつも通りの挨拶を告げて、ミナリアの隣に並ぶ。
ミナリアも挨拶を返して、普段通りの朝だ。
それだというのに、何故かユイセルの笑顔がいつもよりも眩く感じる。
この笑顔を、あの少女も見たのだろうか。
唐突に、昨日見た中庭の光景が、ミナリアの脳内に去来した。
胸の中がもやもやする。
ミナリアは軽く首を傾げた。
「リア、なんか元気ない?」
「……っ」
隣から心配気に声をかけられて、ミナリアは思わず息を詰めた。
「えっ」
大袈裟に仰け反ったミナリアに、驚いたのはユイセルである。
バランスを崩したユイセルは、立て直す間もなくその場に尻餅ついた。
「いたい」
「す、すまない。大丈夫か」
ミナリアは我に返って眼下のユイセルに手を差し伸べた。
大きなユイセルの手を掴んで、ぐいと引き上げる。
ユイセルはむっとした顔をして、逆にその手を引いた。
「なっ……!」
当然、ミナリアは重力に従って落ちることとなる。
ミナリアが着地したのはユイセルの胸の中だった。
「ま、……っ、ちょ、……っ」
そのまま抱き込まれて、声も出せずに狼狽える。
ユイセルの膝に乗り上げるような体勢に、ミナリアは羞恥で頬を染めた。
気が付くと、ユイセルの手はミナリアの背に回っている。
ミナリアは大いに混乱した。
「リア、もしかして疲れてる?」
「いや、疲れては……っはな、離れろ!」
「やだ。もう少しだけ」
低い位置から眉を下げられては強く出れない。
この表情を、あの少女は見れないだろうと思うと、何故か気分が高揚した。
気持ちの処理が追いつかない。
ミナリアは仕方なくそのままユイセルに体を預けることにした。
「お前は……」
一体、俺の、何なんだ。
ここまで心を掻き乱し。
俺に知らない感情を植え付けるお前は、一体。
聞けるわけもなく、ミナリアは開きかけた口を閉ざした。
ユイセルにも言葉は届いていただろう。
しかし、ユイセルはミナリアにその先を問うことはなかった。
「リア……」
どこか甘い響きを持ったユイセルの言葉が、耳を擽る。
それは何かを、ミナリアに請うているようで。
ユイセルが求めるものがわからず、ミナリアは代わりにその体を抱きしめ返した。
ミナリアはムザルとカラザールに忠誠を誓っている。
いわば、ミナリアが人国と真国のものであることに相違ない。
忠誠を誓う心と、国のために戦う体。
それは、ミナリアの体も、心も、ミナリア自身のものですらないことを意味した。
自分がユイセルに与えられるものなど、何一つない。
渡した鍵でさえ、本質はミナリアが与えた権利ではないのだ。
あの少女のように、国にも縛られず、好きなことを学び、好きなように生きていけるのなら。
ユイセルに、本当の意味で何かを与えられたのだろうか。
ミナリアは一度全ての思考を押し込めて、ユイセルの体温をその身に受けた。
体温も、感情も、感謝の言葉も。
頭を撫でてくれる手も。
ユイセルから得るものはたくさんあるのに、何も返せない自分が嫌になる。
「俺といるのは、楽しいか?」
苦し紛れに口から出たのはそんな問いだった。
「俺は、ミナリアといる今が、一番楽しい」
花が咲くようにミナリアに微笑むユイセルを、どこか切ない気持ちで見つめて、ミナリアはぎこちない笑みを返した。
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