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第1章
遺跡の守人
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深夜の古代遺跡群は、月と星々の光だけが頼りの、深い静寂に包まれていた。俺とプルは、先ほど感じた人の気配の方向へ、息を殺して慎重に接近していた。崩れた石畳を踏む音すら立てないよう、細心の注意を払う。リンドには拠点から念話で状況を伝えつつ、いつでも駆けつけられるよう待機を命じてある。
プルが微かな魔力の流れを辿り、俺を導く。気配の主は、どうやら移動はせず、ある場所に留まっているようだ。やがて俺たちは、半壊した円形の神殿のような建物の前にたどり着いた。気配はこの奥からする。
神殿の入り口から中を窺う。内部は広く、天井の一部は崩落して夜空が見えている。月明かりが差し込み、中央に置かれた巨大な石の祭壇らしきものを淡く照らし出していた。そして、その祭壇の前に、一人の人影が静かに佇んでいた。
(あれが……!)
その人物は、深いフードの付いた古びたローブを身に纏い、顔は影になって窺い知れない。背格好からは性別や年齢も判別しにくかった。ただ、その佇まいには、この遺跡の静寂と調和するような、あるいは遺跡そのものの一部であるかのような、不思議な雰囲気があった。
俺が観察していることに気づいたのか、その人物はゆっくりとこちらを向いた。フードの奥から、鋭く、そしてどこか人間離れしたような光を放つ瞳が、俺を捉える。
――見つかった。
俺は隠れるのをやめ、静かに神殿の中へと足を踏み入れた。プルも俺の足元で警戒態勢をとる。相手との距離は十数メートル。いつでも動ける間合いだ。
「……何者だ? この遺跡で何をしている?」
俺は静かに問いかけた。声は、静かな神殿によく響いた。
相手はすぐには答えなかった。ただ、フードの奥の瞳で俺と、そして俺の足元のプルを値踏みするように観察している。やがて、性別不詳の、古井戸の底から響くような声が返ってきた。
「そなたこそ、この聖なる地を土足で踏み荒らす者か? 何を求めてここへ来た。ただの墓荒らしではなさそうだが」
その声には敵意は感じられないが、明確な警戒と、底知れない威圧感が含まれていた。どうやら、俺がただの人間ではないこと、そしてプルが普通の従魔ではないことにも気づいているようだ。リンドの気配も感じ取っているのかもしれない。
「俺はレント。訳あって、この遺跡に身を寄せているだけだ。荒らすつもりはない」
「ほう……レント、とな。そして、その小さなスライムと、遠くに控える強大な竜か。随分と物騒な客人だこと」
やはり、リンドのことも見抜いていたか。この人物、一体何者なんだ?
「あなたこそ、何者です? この遺跡の……守り人か何かですか?」
「…………」
相手は答えず、再び沈黙した。だが、その沈黙が肯定を意味しているように俺には感じられた。
「ならば話が早い。俺たちに敵意はない。ただ、しばらくの間、静かに過ごさせてもらいたいだけだ。邪魔をするつもりはない」
「静かに過ごす、か。……そなたからは、血と争いの匂いがするがな。それに、何かを探しているようにも見える。この遺跡の『力』を狙う者か?」
相手の言葉に、俺は内心で警戒を強めた。こちらの事情をかなり見抜かれている。
「……あなたには関係ないはずだ」
「関係なくはない。この遺跡の安寧を乱す者は、たとえ何者であろうと許すわけにはいかぬのでな」
空気が張り詰める。相手のローブの下で、微かに魔力が揺らめくのを感じた。俺も無意識のうちに、『星穿』の柄に手をかけていた。
一触即発――。そう思った瞬間、相手はふっと魔力を収めた。
「……ふむ。そなたからは、邪悪な気は感じられぬ。むしろ、何かから必死に逃れ、守ろうとしているように見える。……あの『鉄の者たち』からか?」
鉄の者たち……騎士団のことか? この守人は、騎士団のことも知っているのか。
「……そうだとしたら?」
「奴らは、この遺跡の『力』を悪用しようとしておる。もし、そなたが奴らと敵対する者であるならば……話は別かもしれん」
敵の敵は味方、とはいかないまでも、少なくとも敵対する理由は薄れた、ということだろうか。
「俺は奴らから追われている。そして、奴らの企みを阻止しようとしている」
「ほう……」
守人は再び沈黙し、何かを考えているようだった。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「……良いだろう。そなたの目的が遺跡の破壊や略奪でない限り、今は見逃そう。ただし、この遺跡の奥深く……特に中央神殿には近づくな。そして、軽挙妄動は慎むことだ。次に相見える時、そなたが敵となっていれば……容赦はせぬ」
そう言い残すと、守人はふっと踵を返し、神殿の奥の闇へと溶け込むように姿を消した。まるで幻だったかのように、その場には静寂だけが残された。
「……行ったか」
俺は警戒を解き、深く息をついた。プルも緊張が解けたのか、俺の足にすり寄ってくる。
「あの人物……一体何者なんだ? だが、敵ではなさそうだ……今は、な」
謎めいた遺跡の守人。彼の存在は、この遺跡群が単なる廃墟ではないことを示していた。そして、彼もまた、騎士団を警戒している。それは、俺にとって予想外の収穫だった。
彼と協力できるかは分からない。だが、少なくとも、この遺跡で行動する上で、彼の存在を無視することはできないだろう。
俺は守人が消えた闇の奥を一瞥した後、静かに踵を返し、拠点へと戻ることにした。
深夜の遺跡は、まだ多くの秘密を抱えたまま、静かに佇んでいた。
プルが微かな魔力の流れを辿り、俺を導く。気配の主は、どうやら移動はせず、ある場所に留まっているようだ。やがて俺たちは、半壊した円形の神殿のような建物の前にたどり着いた。気配はこの奥からする。
神殿の入り口から中を窺う。内部は広く、天井の一部は崩落して夜空が見えている。月明かりが差し込み、中央に置かれた巨大な石の祭壇らしきものを淡く照らし出していた。そして、その祭壇の前に、一人の人影が静かに佇んでいた。
(あれが……!)
その人物は、深いフードの付いた古びたローブを身に纏い、顔は影になって窺い知れない。背格好からは性別や年齢も判別しにくかった。ただ、その佇まいには、この遺跡の静寂と調和するような、あるいは遺跡そのものの一部であるかのような、不思議な雰囲気があった。
俺が観察していることに気づいたのか、その人物はゆっくりとこちらを向いた。フードの奥から、鋭く、そしてどこか人間離れしたような光を放つ瞳が、俺を捉える。
――見つかった。
俺は隠れるのをやめ、静かに神殿の中へと足を踏み入れた。プルも俺の足元で警戒態勢をとる。相手との距離は十数メートル。いつでも動ける間合いだ。
「……何者だ? この遺跡で何をしている?」
俺は静かに問いかけた。声は、静かな神殿によく響いた。
相手はすぐには答えなかった。ただ、フードの奥の瞳で俺と、そして俺の足元のプルを値踏みするように観察している。やがて、性別不詳の、古井戸の底から響くような声が返ってきた。
「そなたこそ、この聖なる地を土足で踏み荒らす者か? 何を求めてここへ来た。ただの墓荒らしではなさそうだが」
その声には敵意は感じられないが、明確な警戒と、底知れない威圧感が含まれていた。どうやら、俺がただの人間ではないこと、そしてプルが普通の従魔ではないことにも気づいているようだ。リンドの気配も感じ取っているのかもしれない。
「俺はレント。訳あって、この遺跡に身を寄せているだけだ。荒らすつもりはない」
「ほう……レント、とな。そして、その小さなスライムと、遠くに控える強大な竜か。随分と物騒な客人だこと」
やはり、リンドのことも見抜いていたか。この人物、一体何者なんだ?
「あなたこそ、何者です? この遺跡の……守り人か何かですか?」
「…………」
相手は答えず、再び沈黙した。だが、その沈黙が肯定を意味しているように俺には感じられた。
「ならば話が早い。俺たちに敵意はない。ただ、しばらくの間、静かに過ごさせてもらいたいだけだ。邪魔をするつもりはない」
「静かに過ごす、か。……そなたからは、血と争いの匂いがするがな。それに、何かを探しているようにも見える。この遺跡の『力』を狙う者か?」
相手の言葉に、俺は内心で警戒を強めた。こちらの事情をかなり見抜かれている。
「……あなたには関係ないはずだ」
「関係なくはない。この遺跡の安寧を乱す者は、たとえ何者であろうと許すわけにはいかぬのでな」
空気が張り詰める。相手のローブの下で、微かに魔力が揺らめくのを感じた。俺も無意識のうちに、『星穿』の柄に手をかけていた。
一触即発――。そう思った瞬間、相手はふっと魔力を収めた。
「……ふむ。そなたからは、邪悪な気は感じられぬ。むしろ、何かから必死に逃れ、守ろうとしているように見える。……あの『鉄の者たち』からか?」
鉄の者たち……騎士団のことか? この守人は、騎士団のことも知っているのか。
「……そうだとしたら?」
「奴らは、この遺跡の『力』を悪用しようとしておる。もし、そなたが奴らと敵対する者であるならば……話は別かもしれん」
敵の敵は味方、とはいかないまでも、少なくとも敵対する理由は薄れた、ということだろうか。
「俺は奴らから追われている。そして、奴らの企みを阻止しようとしている」
「ほう……」
守人は再び沈黙し、何かを考えているようだった。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「……良いだろう。そなたの目的が遺跡の破壊や略奪でない限り、今は見逃そう。ただし、この遺跡の奥深く……特に中央神殿には近づくな。そして、軽挙妄動は慎むことだ。次に相見える時、そなたが敵となっていれば……容赦はせぬ」
そう言い残すと、守人はふっと踵を返し、神殿の奥の闇へと溶け込むように姿を消した。まるで幻だったかのように、その場には静寂だけが残された。
「……行ったか」
俺は警戒を解き、深く息をついた。プルも緊張が解けたのか、俺の足にすり寄ってくる。
「あの人物……一体何者なんだ? だが、敵ではなさそうだ……今は、な」
謎めいた遺跡の守人。彼の存在は、この遺跡群が単なる廃墟ではないことを示していた。そして、彼もまた、騎士団を警戒している。それは、俺にとって予想外の収穫だった。
彼と協力できるかは分からない。だが、少なくとも、この遺跡で行動する上で、彼の存在を無視することはできないだろう。
俺は守人が消えた闇の奥を一瞥した後、静かに踵を返し、拠点へと戻ることにした。
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