地味な図書館司書、異世界で「禁書」を解読したら、うっかり救国の英雄に

あーる

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操作のつもり

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「…行くぞ、アリアさん」
「はっ!」

 一歩足を踏み入れると、外の森とは空気が一変した。ひんやりと乾燥した空気が漂い、どこまでも静かだ。通路は意外なほど広く、壁や天井は滑らかな曲線を描いており、継ぎ目のようなものは見当たらない。壁には等間隔で青白い光を放つ水晶のようなものが埋め込まれており、それが通路全体を神秘的に照らしていた。

「これが…エルフの建築技術…! まるで、一つの巨大な芸術作品のようです…」

 アリアが、感嘆の声を漏らす。確かに、機能美と芸術性が高度に融合したような、不思議な空間だった。俺も、その精緻な造りには、純粋に関心させられた。

 俺たちは、その青白い光に導かれるように、遺跡の奥へと進んでいった。時折、行く手に壁のようなものが見えても、近づくと音もなく左右にスライドして道が開く。どうやら、まだ遺跡の機能の一部は生きているらしい。アリアは、その度に「賢者様のマナに反応しているのですね!」と感動しているが、たぶん人感センサー的なものだろう。

 しばらく進むと、ひときわ大きな空間に出た。ドーム状の高い天井を持つ、広大な円形の広間だ。そして、その中央。石造りの厳かな台座の上に、それはあった。

「……あれが…」

 一際強い、星屑のような輝きを放つ金属塊。大きさは、バスケットボールくらいだろうか。表面は滑らかで、内側から淡い光が溢れ出しているように見える。あれが、間違いなく『星銀』だ。想像していたよりも、ずっと神秘的な輝きを放っている。

 俺たちが、その星銀に引き寄せられるように広間の中央へと歩を進めた、その時だった。

 ゴゴゴゴゴ……!

 重々しい音と共に、今入ってきた通路が、分厚い石の壁で塞がれた! 同時に、広間の壁に埋め込まれていた水晶の輝きが増し、周囲のマナが急速に密度を高めていくのを感じる。

「なっ…!?」

 アリアが叫び、剣を構える。
 広間の四方から、音もなく、複数の何かが現れた。それは、水晶と光で構成されたような、半透明の滑らかな人型の像だった。大きさは人間より一回り大きい。顔にあたる部分には何も無く、のっぺりとしているが、両腕の先は鋭利な刃のように輝いている。それらは宙にふわりと浮き、明確な敵意を俺たちに向けてきた。

「古代エルフの守護ゴーレム…! しかも、純粋なマナで構成されているタイプ…物理攻撃は効きにくいです!」

 アリアが、絶望的な表情で叫ぶ。数にして、六体。どれも、先ほどの影喰らいと同等か、それ以上のプレッシャーを放っている。

「賢者様、ここは私が! なんとか時間を稼ぎますので、その間に!」
 アリアは悲壮な覚悟を決め、ゴーレムの一体に向かって駆け出した。

「待って、アリアさん! あれを見て!」

 俺は、彼女を制止し、星銀が置かれた台座のすぐそばにある、奇妙な操作盤のようなものを指差した。そこには、壁と同じような水晶がいくつか埋め込まれ、複雑なエルフのルーン文字がびっしりと刻まれている。

 俺は背嚢から、禁書の写しの中でも、特に重要そうな図やメモをまとめた束を取り出した。あった! この操作盤の形状、そしてルーン文字の配列…禁書に記されていた『古代エルフの動力システム及び、それに付随する防衛機構の制御法』の項目にある図解と酷似している!

 確か、この配列は…ええと、『緊急停止コマンド』だったはずだ。古い機械によくある、強制的に全機能を停止させるための…。

 俺は、アリアがゴーレムの攻撃を必死で捌いているのを尻目に、操作盤へと駆け寄った。ゴーレムの一体が、腕の先から鋭い光線を放ってくる!

「賢者様、危ない!」

 アリアが叫ぶが、俺は構わず、禁書の記憶を頼りに、操作盤の特定のルーン文字が刻まれた水晶を、決められた順番で、正確に押していった。まるで、図書館の検索端末を操作するように。

 ピ、ポ、パ…という、軽やかな電子音のような音が響く。そして、最後の水晶を押し込んだ瞬間。

 ――シン……

 広間を満たしていた、張り詰めたマナの気配が、嘘のように消え去った。
 俺たちを取り囲んでいた光のゴーレムたちは、一斉にその動きを止め、まるで電源が落ちた機械のように、スーッとその輝きを失っていく。やがて、形を保てなくなったのか、キラキラとした光の粒子となって、静かに霧散していった。
 塞がれていた通路の石壁も、音もなく再び左右に開き、元の状態に戻る。

 後に残されたのは、静寂と、呆然と立ち尽くすアリア、そして何事もなかったかのように鎮座する星銀と、操作盤の前に立つ俺だけだった。

「…………」

 アリアは、剣を握りしめたまま、完全に固まっている。霧散したゴーレムがいた空間と、俺、そして操作盤を、何度も何度も見比べている。やがて、か細い声で呟いた。

「…止め…た? 古代エルフの…あれほどの守護兵器を…たった、数回の操作で…?」
「うん」

 俺は、操作盤についた埃を手で払いながら、こともなげに答えた。

「なんか、『緊急停止』って書いてあったから。思ったより簡単だったな。古いシステムは、単純な停止コマンドが付いてて助かるよ」
「きんきゅう…ていし……」

 アリアは、その言葉の意味を咀嚼するように繰り返し、やがて、がっくりと膝から崩れ落ちた。

「なんと…なんと、恐るべき知識と御力…! 我々が束になっても敵わぬであろう守護者を、まるで子供の玩具を止めるかのように…! これが…これが賢者様の…!」

 彼女は、もはや尊敬を通り越して、何か神聖なものを見るような目で、俺を見上げている。その目には、感動の涙すら浮かんでいた。

(いや、だから、ただ電源を切ったようなものだって…)

 そう言いかけたが、もう無駄だろう。俺は、内心で深いため息をつきながら、目的の物へと向き直った。

 台座に近づき、星銀にそっと手を伸ばす。ひんやりとした感触。見た目よりずっと軽く、手に取ると、内側から微かな振動と、心地よい清涼感が伝わってくる。これが星銀…確かに、ただの金属ではない、不思議な力を秘めている気がする。

「よし、確保」

 俺は星銀を慎重に背嚢にしまい込んだ。これで、第一の目的は達成だ。

「帰りましょう、アリアさん」

 俺は、まだ放心状態のアリアに声をかけた。

「は、はいっ! 承知いたしました! …あ、あの、賢者様! この遺跡、他にも何か…?」
「いや、今はいい。目的の物は手に入れたし、長居は無用だ。それに、早く次の『月雫石』を探しに行かないと」

 俺の言葉に、アリアは再び「はっ!」と力強く頷いた。その瞳には、「賢者様の次なる偉業に立ち会える!」という、新たな期待の光が宿っていた。

 俺の胃は、確実に、この異世界に来てから小さくなっている気がした。
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