約束へと続くストローク

葛城騰成

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第四章 心煌めくストローク

第十六話 燃え滾るメドレーリレー

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 璃子が飛び込んだ時点では真ん中くらいの順位だったのに、折り返した今では三位にまで上り詰めている。一位との差はそんなに離れていない。温存していた体力を終盤で解放する璃子なら、充分に巻き返しを図れる距離だ。
 ――いける!!

「璃子、いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」

 あいつを本気になって応援することなんて今までなかったから、なんだか不思議な気持ちだ。あいつの速さと美しい泳ぎが大嫌いだったのに、どんな心境の変化だろう。
 今までは璃子の強さを感じれば感じるほどに、柊一君を遠くに感じてきた。小学校、中学校、高校――学び舎が変わっても立ち塞がる壁はいつも同じだから、自分の成長を感じにくくて、苛立ちと焦りを募らせてばかりいた。けど、今は違う。

「一位と二位の子たちは湾内さんの巻き返しにこれから驚くだろうね」
「うん。敵だと脅威でしかないけど、味方だと憎たらしいくらい頼もしいね」

 みっちーや中條ちゃんと関わったことで、皆がいろいろな事情や思いを抱えて泳いでいるんだってことを、身を以って実感することができた。
 そのお陰か、最近はメンタルが不調になっても試合中に立て直すことができるようになった。今までのウチは、他人をちゃんと見てこなかったから、相手を必要以上に強く大きく捉えてしまっていた。ちゃんと自分と相手の実力を理解して、過大評価も過小評価もしなくなったことで、焦ったり驚いたりしない心構えを養えるようになったんだ。

「ふふ、金井っちって湾内さんがいない所だと素直に褒めるよね。本人に言ってあげればいいのに」
「嫌だよ。なんでライバルに塩を送ってあげなくちゃいけないのよ」
「普段は素直なのに、湾内さんのことになると途端に素直じゃなくなるんだから」
「ウチのことはいいから璃子を見ててよ。そろそろあいつが本気の本気になる頃合いなんだから」

 璃子が行うストロークの間隔が短くなった。腕や足を動かすスピードが速くなっている。勝負に出たのがわかった。

「ほらっ、きたっ!」
「でも、いつもよりラストスパートをかけるのが早い気がしない?」
「多分、思った以上に一位と二位の人たちが速かったんだと思う。あの人たちもちゃんと自分の泳ぎができてるもん」
「そっか。やっぱり近畿大会ともなるとすごい人しかいないんだね」

 それでもあいつならやってくれる。中学の時に個人で優勝を飾ったあいつなら、メドレーリレーであったとしても立清学園を優勝に導いてくれるはずだ。
 猛追の甲斐あって璃子の順位が二位になった。一位の人とはほぼ横並びの状況までもちこんでいる。

「あと少しで追い越せそうなのにっ!」
「なかなか引き剥がせないね」

 拮抗している。両者とも譲らない。残り20メートルを切った。
 距離的に、一瞬でも気を抜いたら巻き返せる余地はないから、あとは気合で泳ぎきるしかなさそう。
 ウチだったらこの状況、焦らずに泳げるだろうか?
 ちゃんと自分を信じてゴールを目指せるだろうか?
 これまで自分にどれだけ向き合ってきたかが、勝敗を決する。

「最後の敵は自分だよ、璃子!」

 璃子は毅然としていた。全力を解放しているのにもかかわらず、フォームは綺麗なままだった。まるで水を味方につけているかのように、流れに乗ってぐいぐいと前に進んでいく。反対に一位の人の泳ぎは、ぎこちなくなっている。無我夢中で泳いでいるからか、自分のフォームが崩れていることに気が付いていないようだ。
 ――その隙を狙ったかのように、璃子が一位の人を抜かした。

「おおおっ!」

 みっちーも興奮が抑えられないようで、いつも以上に声のボリュームを高くして試合にのめり込んでいる。ウチも璃子から目を離すことはできそうにない。あいつに釘付けだなんてムカつく、ムカつくけど……。

「あんたがライバルで本当に良かったわよ」

 璃子が誰よりも速く壁にタッチをした。いつもは疲弊しているところを見せない彼女も、今回ばかりは肩を上下させて水中に留まっていた。自分が一位だということを噛みしめるように、タイムが表示されたモニターをじっと見つめている。

「湾内さん、勝ったね」
「うん。これでメドレーリレーは、全国に駒を進められたね」
「次は金井っちだ」

 これから泳ぐ100メートルは練習じゃなくて、自分の未来を決める大事な戦いだ。
 標準記録を越すことはもちろん、競争相手全員に勝つつもりで臨まないと。
 約束にいたるために、これまで努力してきただろ。あとはすべてを曝け出すだけだ。

「うん。行ってくる」
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